第19話

「おい俊介!! お前!! …………なんか痩せたか……?」


「どっちかと言うとやつれた……」


 どんだけ頭を抱えてもそれでも明日はやってくる。康太の声でなんか日常に帰ってきた感あって妙に落ち着く。

 しかし久しぶりに学校に来た気分だけど、二日ぶりなんだよな……そもそも穂澄さんの告白からまだ四日ぐらいしか経ってないんだよなぁ。なんなのこの濃密な四日間。胃もたれ通り越して胃に穴が空きそう。


「まぁんなこたぁどうでもいいんだよ。マジで穂澄と何があったんだよ。俺が頑張ってクラスの連中誤魔化しといたけど、俺には聞く権利あるんじゃねぇの?」


 小声でそう言いながら教室を見渡す康太につられて

同じように教室を見渡すと、好奇な眼差しを感じるが、思っていた程ではない。おそらく言葉の通り康太がいい感じにフォローしてくれたんだろう。持つべきものは親友だな……。


「……なぁ、お前って実はVtuberやってたりしない? それかVtuberの関係者とかだったりしない?」


「は?? んなわけねぇだろ。そんなVtuber小説みたいな事あるわけねぇじゃん。小説サイトのランキングじゃなくて現実見ろよ」


「現実なんだよなぁこの世。せめて現代ダンジョンとかそっち系のジャンルになってくんないかな」


「……お前ってさぁ、真人間みたいな顔してるけど大概頭おかしいよ」


「なんでいきなりヘイトスピーチされてんの僕」


「そういう自覚してねぇところな」


 なんて失礼な奴だ。こいつで落ち着いたのは気の迷いだった。


「で、何があったか話せよ。穂澄と何があったのか」


 康太からすればもっとも疑問であるが、言いたくない。そもそも穂澄さんと付き合ってる事は隠しているし、今の僕の状況があまりにも冗談みたいな感じだから、正直今は誰も信用出来ない状態になってる。

 他にもVtuber紛れ込んでんじゃないの僕の周り。いやんなわけ……と、言いきれないのが僕の現状なんで頭を抱えるしかない。二度あることは三度あるって言うし。あってたまるか。


「大した事じゃないよ。色々あって仲良くなっただけ。もちろん友達として。それだけだよ」


「嘘くせー。ゼッテェただならぬ仲だろ。穂澄が言いかけたセリフだってちゃんと聞いてんだぞ俺。キリキリ吐け」


「こういう時って普通誤魔化されてくれるもんなんじゃないの?」


「現実舐めんな。つぅか青春っぽい話なら冷やかして遊んでやろうと思ってたけど、お前の顔見るにそういうんじゃなさそうじゃん。ダチとして気になるんだわ」


 わりと本気で気遣うような康太のセリフに喋って楽になろうか本気で悩む。

 もうこれ言っちゃっていいんじゃないかな。康太を巻き込んで僕も気を楽にしていいんじゃない? てかそもそも康太が穂澄さんに僕を差し出した事が……まぁ、原因の0.5割みたいな気がしないでもないし。

 しかしこの思考なんか既視感あるな。確か前もこんな会話をしてたら────


「おはよう俊介君。橘君。今日も仲がよさそうね」


 こんな感じで穂澄さんが話しかけてきたのである。もしかしてループしてるのかな? してないんだけどさぁ。


「あー、どうも穂澄さん。まぁダチなんで仲はいいんすよ。なぁ俊介」


「まぁなんやかんや中学時代からの付き合いだからなぁ僕達」


「なるほど。そういう関係って実在するのね」


「微妙に悲しくなる事を言わないで穂澄さん」


 本当に友達居なかったんだなこの人と悲哀の目を向けると、そこには完璧な猫を被った穂澄さんの姿。

 相変わらず、外や人前だと完璧な擬態だ。とても普段配信でキレて台パンジーになってる人とは思えない。


「てか、もう穂澄さんに聞くのが早いわ。なぁ穂澄さん、俊介となんかあったんすか?」


「おまっ」


 止める間もなく、康太がそう穂澄さんに問い掛けた。ただ、昨日の翔華に対する対応を見る限り、大丈夫だとは思うけど……猫被るのは完璧レベルだしこの人。


「なにか? そうね、少しばかり趣味の話で仲良くなったの。それがどうかしたの?」


「えーと……男女のお付き合いとか言ってませんでした?」


 小声でそう問いかけた康太に穂澄さんは少し考え込む。果たしてどう誤魔化すんだろう。


「……壇上のお付き合いと言ったのよ。こう、同じクラスなのだから、そういう付き合いになるのでは無いかしら?」


「なるほど。なるほど??」


 何言ってんだろうこの人。誤魔化し方が無理やりすぎて思わず噴き出しそうになる。

 案の定康太も胡乱な物を見る目で穂澄さんを見るが、穂澄さんは相変わらずのクール顔。これで誤魔化せたと思ってるのだろうかこの人。


「まぁ……とりあえず仲良くなったって事でいいんすか?」


「概ねその通りよ。それがなにか?」


「はぁ……いや、まぁ、なんでもねぇっす」


 イマイチ納得してない様子の康太は僕の方を見ると、「後でちゃんと話聞かせろよな」とだけ言って僕から視線を外す。

 ……うーん。とりあえず、康太に話す事を選択肢に入れておこう。翔華がアレなことになったので、正直に全部ぶちまける事が出来る相手が欲しい気もするし。


「えっと、それで穂澄さん? 何か用事でもあるんですか?」


「………………」


 なんだかめちゃくちゃ気まずそうに目を逸らしていらっしゃる。なんか珍しい反応に驚くけど、同時になにか嫌な予感がする。

 いや待て流石にそれは気のせいだろ。だって今の状況ですら最悪の最悪。これ以上酷い事になる事はないだろう。


「……学校が終わった後にゆっくり話をしたいから、またあの場所で話すわ」


「あ、はい。僕も話したい事あるんでそれはいいんですけど」


 ちなみに僕が話したいのは配信に声が乗っちゃった事である。

 一回ネットに上がった物を消すのは不可能ではあるが、それでもやれるだけの手は取りたいので一回ちゃんと穂澄さんと相談したい。尚、具体的な案は全くない。どうしよう……幸いな事に翔華がアレを僕だと気付いていないのが救いである。


「わかった。それと俊介君。私の話が終わるまでは絶対にツブッターやまとめサイトを見ないでほしい。お願いね」


「え?」


「お願いね」


 念を押すように言って離れていく穂澄さんにとてつもなく嫌な予感がする。

 めちゃくちゃ見たい……そう思うが、お願いを破った時の方がリスクがありそうだから我慢する事にする。


 …………流石にこれ以上はないよな?? そんな僕の思考を打ち消すように、チャイムの鐘が鳴った。




△▼△


「あー、腹減った。飯どうする?」


「いつも通り購買行くかな僕は。そっちは弁当?」


「おう。じゃあはよ買ってこい。食いながら聞きてぇ事もあるしな」


 昼休み。本来ならば心休まる時間ではあるが相変わらず追求の姿勢を崩さない康太。

 どうすっかなぁ……パン買いに行ってそのまま校舎裏で時間潰そうかな……なんて考えていると、何やら大きな荷物を持った穂澄さんが僕らに近づいてきた。


「一緒に食べてもいいかしら?」


「えっ」


「ありがとう。隣失礼するわね」


 答えも聞かずに僕の隣に座る穂澄さん。思わず康太と顔を見合わせるが……なんというか、今日の穂澄さんは全体的におかしい。

 まず、今までの授業での姿を思い返そう。



 1時限目


「じゃあここの答えを……穂澄。解いてみろ」


「先生、考えても答えが出ない事は世の中にあると思うの」


「理科で哲学語られてもわからんぞ穂澄……」


「そうですか。残念です」


「…………橘、解いてみろ」


「俺!?」


 2時限目


「穂澄さん。教科書が出ていないけど、もしかして忘れましたか?」


「そこに無ければ無いです」


「…………えっと、隣の席の子に見せて貰ってくださいね」


「そこに居なければ居ません」


「穂澄さん? 池田さんは隣に居ますよ?」


「あの先生。僕が貸します。康太、悪いけど見せてくれ」


「お、おう……」


 3時限目


「穂澄……真剣な顔でノートを書いてるところ悪いが……それシャーペンじゃなくてタブレットとかで使うタッチペンじゃないか……?」


「念で書いてます。私レベルになるとこれぐらい容易いものです」


「念じゃなくて黒鉛で書いてほしいんだわ」


「実はこれ、光るんです」


「俺はそれになんて返せばいいんだ?」


「最近何でも光らせるのがトレンドなんです」


「そっかー……」


 4時限目


「穂澄さん、この問題わかりますか?」


「世界には正解なんてないと最近よく聞きます」


「なるほど。深いね。じゃあ空野君、この問題わかりますか?」


「えっと、その前に先生はつっこまないんですか?」


「私は生徒の自主性を重んじるタイプの教師でね」


「事勿れ主義かよ……答えはエベレストです」


「不正解。全く、これだから自主性という言葉に踊らされて勉強しない最近の子は……」


「おい教師」




 と、こんな感じで今日一日アッパラパーなのである。

 マジでどうした穂澄さん。いつもおかしい人だけど今日のはおかしいのベクトルが違う。おかげでクラスメイトの穂澄さんを見る目に困惑が宿ってる。

 あまりにもアレすぎてツッコムべきか否か悩むけど、本人がこうして直接コンタクトを取ってきたのだから、ご飯を食べながらそれとなく探りを入れよう。


「一緒に食べるのはいいですけど……康太は?」


「あー、俺は構わんけど、もしかして俺邪魔っすか?」


「そんな事はないわ。是非とも、橘君も、ご一緒に」


「お……おぉ……」


 穂澄さんの圧により、康太は居心地悪そうな顔をしながら弁当を机に出す。

 しかし穂澄さんなら僕と二人で食べたいと言うと思ってたけど……まぁいいか、時間もないし、僕も急いで買いに行くか。


「待って俊介君。少し作りすぎたの。良かったら食べて」


「はい?」


 立ち上がった瞬間、穂澄さんは荷物の中からお弁当箱を取り出すと、それを僕の目の前に置く。

 良かったらなんて言っているが、もう置いてある時点で食べるという選択肢以外はないのだけど……どうしよう。食べたくない。丁重にお断りしたい……けど、よくよく見ると穂澄さんの目が不安げに揺れてる事に気付く。

 ……正直、クラスメイトの目もあるしお断りしたいけど……ご飯に罪は無いし、無駄にするのはもったいないからなぁ……


「……そういう事ならありがたく貰いますね、穂澄さん」


「そう、よかった」


 ホッと息を吐く穂澄さん。なんか今日はおかしいんだけど……それと同時にしおらしくもある。猫を被っているからわかりにくいけど、いつもの勢いがあまり感じられない。もしかして体調が悪いんだろうか?


「へー、弁当、弁当ねぇ。ほーん?」


「なんだよ、何か言いたそうだな」


「言いたい事しかねぇよ」


 凄く何かを言いたげな康太を受け流しつつ、穂澄さんから渡されたお弁当箱を開く。


 …………なんだろう。めちゃくちゃ豪華だ。僕の貧相な語彙では言い表せないぐらいに豪華。

 すげぇ、なんかいい感じのエビとかお上品な感じの卵焼きとか、見ただけで金かかってそうって感想が浮かんでくる弁当の中身。

 こういう時のお約束としては見た目は普通だけどクソまずい弁当持ってくるってのがあるけど、今のところそんな要素は一切感じない弁当に食欲が湧いてくる。


「えっと、本当にこれいただいても……?」


「勿論。私からの誠意」


「……誠意?」


「なんでもないわ」


 なんか微妙に引っかかる事を言われるが、空腹には勝てないのでひとまず弁当を食べる事にする。

 まず、いい感じのエビ……煮付けかな? に箸を伸ばす。

 うん、いい感じの甘み。みりんの風味とエビの旨味が効いててとても美味しい。

 こうなると少し塩気も欲しくなるのだけど……そう思い卵焼きにも箸を伸ばすと、こちらは塩で味付けしているのか、口に広がってた甘味を打ち消していく。

 これは……美味い。焦げ目もなくて綺麗に焼けているし、何より我が家の卵焼きは甘くないので、好みにもあって美味しく感じる。


 やっぱりこの人、全体的にハイスペックなんだよなぁ……本当にお世辞抜きで美味しい。


「うん、美味しいです穂澄さん。穂澄さんめちゃくちゃ料理お上手なんですね」


「そう。口にあったならなにより」


「へー、お前がそこまで言うレベル? 俊介も結構料理得意じゃなかったっけ? お前がたまーに持ってくる弁当結構美味かった記憶あんだけど」


「まぁ妹と二人暮しだからそれなりには作れるよ。あくまでそれなりにだけど」


 穂澄さんの笑みと康太の疑問にそう返しながらも僕の手は止まらない。いやマジで美味しいなこれ……!


「……マジで付き合ってねぇのかぁ?」


 何かをポツリともらした康太はその直後にあっとした表情を浮かべた。


「そーだ思い出した。お前の推しの夜芽アコだっけ? なんか今すげぇ事に」


「橘君。実は作りすぎてまだお弁当残ってるの。良かったら食べて。とても量があるから、おかずだけでも、早く」


「え、あ、はぁ……ありがとうございます……?」


 何かを言いかけた康太の前に更に鞄からお弁当箱を出す穂澄さん。

 一体康太は何を言いかけたんだ……? そんな疑問が浮かぶが、同じく弁当を食べだした康太もうめぇうめぇと言って食べだしたのでそれを確認する間がなくなる。


 そうこうしている内にあっという間に時間が過ぎていき、食べ終わる頃には昼休み終了の鐘が鳴る。

 ……今のところは穂澄さんがなんか変である事を除けば平和そのものだけど……うぅん、なんか寒気がするなぁ。風邪かな?





△▼△


「あのぉ、穂澄さん? お話ってなんですか?」


 今日一日、なんかおかしかった穂澄さんに言われた通り僕は誰も居ない空き教室に足を運ぶ。

 そしてそこに居た穂澄さんにそう問いかけるが……なにやら明後日の方向を見ている。


「…………不可抗力、というものがあるの」


 そう言い訳するように語り出した穂澄さん。更に言うなら口調的にまだ猫を被っている状態で僕は困惑する。一体何があったんだこの人。


「そんなつもりはなかったのだけど、勢いでやってしまう。そういう事が世の中には沢山あると思うの」


「……それは身をもって理解してますが」


 例えば夜芽アコの配信で僕の声が乗った事とかね。


「えっと、穂澄さん? 今日一日様子がおかしいですけどもしかしてなにかありました? 体調とか悪いんです?」


「その優しさが海水のように染み渡るわね……」


「拷問でもされてんですか?」


 いつもなら「俊介君……!!」なんて言いながら目にハートを浮かべるのに、相変わらずどこか遠い方向を見ている穂澄さんになんだか本気で心配になってくる。

 ……心配? いや、違う。違うから。あくまで一般的な感情としてこういう人見たら心配するから。大丈夫大丈夫、なんもおかしくない。


 自分の中で何かに言い訳をしていると、穂澄さんは大きな息を吐き、意を決した様な表情を浮かべてそのまま喋り出す。


「まず最初に、ごめんなさい。今日一日、誠意を持った対応で俊介君に接していました。だから今日はお弁当を持ってきたし、この口調で話をしています。本当にごめんなさい」


「えっ……と……謝られるだけじゃ何もわかんないんですけど……」


「……そうね、では、端的に、話します」


 しかし、何を謝ってるんだろうこの人。今までの行動全て? なわけないだろうけど……うーん。でも正直今の段階で色々されたから別に何言われても大した事ないものだと思うけど。

 まぁ、とりあえず話に耳を傾けよう。なぁに、今より最悪な事なんてそうそうある訳が────


「実は、天谷夢華とゲームで勝負をする事になったの。負けたらかれぴと顔出しして引退する事を賭けて」


「なにしてくれてんの!?!?」


 地獄の底は、深かった。

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