第20話
「えっ、ちょ、穂澄さん? 嘘でしょ? 僕を騙そうとしている?」
「人生はコンティニューできないの」
「答えになってないよ!?」
最初からクライマックスを通り越してTheENDォオ!! な状況。マジでなんで!? なんでこう畳み掛けるようにスキャンダルが押し寄せてくるの!? そもそもスキャンダルの使い方あってる!?
「説明を、今、すぐに」
「そうね。あれはそう、私が家に帰ってからの事よ」
ホマンホワンホワンコノコノ〜。そんな擬音が聞こえてきそうな雰囲気と共に、穂澄さんの語りが始まった。
△▼△
「暇だな〜」
ゴロゴロゴロゴロと床を転がる私は穂澄心恵。ちなみに心恵とは、パパが恵まれた心を持つようにという意味で付けてくれた名前だそうです。
どうしてそんな意味の名前なのかはよく知らないけど、「このえ」という響きは好きなので私は自分の名前が好き。
さて、こんな取り留めのない思考をするぐらいには今の私は暇。俊介君にメッセージを送りたいけど、『疲れたので寝ます』との事なので送れません。私は気遣いが出来る彼女です。ウフフ。
それにしても今日は楽しかったな。同世代の女の子と遊んだのは久しぶりだし、何より翔華ちゃんはとてもいい子。将来の義妹になる子と仲良くできそうで私はとても嬉しいです。
けど楽しかったさっきまでとは違い、現在の私はとても暇です。パパとママもまた修羅場でお部屋にこもっていて、話し相手もいません。忙しいのはわかるけどもう少しかまって欲しいなぁ。でもお仕事だから仕方ないねと自分に言い聞かし、どうやって暇を潰すか考えます。
「……あ、今日は配信してない」
元々、ストレス発散ではじめたVtuberだから、現実が充実していると少しだけ配信に対する意欲が落ちてるのかもしれない。
今日は休もうかな……そう思うけど、せっかく俊介君が私のために! 色々してくれているんだから配信しようかな。俊介君が! 私のために! 色々してくれてるし!!
「〜〜〜〜♪」
上機嫌でパソコンの前に座り、さて今日はどうしようかなと悩みます。
スラブラ……は、持っているけどあまり得意じゃないことが翔華ちゃんを通してわかったので、ひとまずは置いておきます。多分煽られたら怒っちゃうし。怒ったら俊介君との約束を破っちゃう気もするし。私はこのようにできる女です。
なら今日はどうしようかなぁ……久しぶりに雑談配信でもやろうかな? 最近はゲームばかりだったし、そろそろ別の事もやらないとね。Vtuberだし!
それはそれとして他のVtuberの人がずーっと同じゲームをやってるとそろそろ別の事やらないかな? なんて思うのは私だけかな? これも雑談で言っちゃおうと思うけど、なんだか私の脳内俊介君が微妙な顔をしてるのでやめておこうと思います。
「あー……あー……」
声の調子を整え、機材を用意して配信の準備をする。
とりあえず枠の名前は……『適当にお話しよう!』でいいかな。早速枠を立てて配信を始める。
……んー? なんだろう。なんかチャット欄が騒がしいな。流れが早すぎてコメントが拾えない。何かあったのかな?
「こんやみ〜! 今日は軽く雑談配信でもしようとしてる夜芽アコだよ! なんか今日はコメントの流れが早いけど、なに? またどこかから荒らしが来たの?」
いつも通り誰も返してくれない挨拶も程々に、流れてくるコメントをよく見る。えーと、なになに……?
:かれぴは?
:天谷夢華と兄貴とかれぴの声似てる事についての説明はよ
:かれぴ出せかれぴ出せかれぴ出せ
伝説の虫けら:ワイはカップル配信あるまで認めへんぞ
:マジでアレかれぴなん?
:240円に謝罪しろ
「え? なになに? かれぴ? かれぴの声? ……あっ、そっか。前の配信で声乗っちゃったんだよね。ごめんごめん、今日忙しくて何も見てなかったんだー。でもこんな騒ぎになってるんだ」
そういえばあの時、俊介君が勢いのままに配信切っちゃったから声が乗った事を思い出しました。
アレから色々忙しかったからすっかり忘れていたけど、とうとう配信に声まで乗っちゃったから、カップル配信も近い内にできそうね! なんて思うけど、流れるコメントの中に少し気になる物があった。
「声が似てる……? なにそれ? 気のせいじゃない? そんな偶然あるわけないよー」
:比較聞いてこい
:声の大きさ違うからなんとも言えんがなんか似てるぞ
:かれぴ出せかれぴ出せかれぴ出せ
:夢ちゃんキレてるぞ
皆のコメントの勢いがあまりにも早いから、ちょっとだけ興味が出てチャット欄に貼られていた動画のタイトルで検索すると、すぐに出てくる。
結構再生されてるなぁ……まぁいいや。とりあえず聞いてみよう。
「…………うーん? 似て……る? 確かに比べると似てる気はするけど……気のせいじゃない? だってかれぴに妹さんは居るけど、喋り方の雰囲気とか天谷夢華とは全然違うよ?」
聞いてみると、確かに似てる。
でも流石にこんな偶然あるわけないと思うし、そもそもこの人が俊介君だったら、天谷夢華と翔華ちゃんは同一人物という事になるけど……二人の声質は似てるけど、雰囲気は全く違う。
天谷夢華はまぁ、あまり言いたくはないけど色んな人に愛されるタイプのアイドルっぽい子でハキハキ喋る元気な子。対して翔華ちゃんは……ダウナー? で、俊介君によく似た気だるげな雰囲気で、どことなくギャルというか、気高い猫のような子。
そんな子がこんゆめ〜なんて言いながら配信してる姿は想像ができない。解釈不一致です。
……うん、どう考えても二人の人物像が一致しないのでやっぱりこれは偶然だと思う。
「もー、皆気にしすぎだよ。だってさぁ、そんな事あるはずないよ? それにそもそも、皆が知ってると思うけど私と天谷夢華ってとっても仲悪いんだから、そんなリアルで付き合いあるわけないし。偶然だってー」
:ビジネスギスギスだったんですか?
:やっぱ炎上商法かよ。ガッカリだわ
:かれぴ出せかれぴ出せかれぴ出せ
:かれぴも配信に出そうぜ
:240円に謝罪しろ
天谷夢華/ゆめちゃんねる:ツブッターのDMにウェルコのID送ったので通話で話してください。早急に
:お?
:あれ?
:今ゆめちゃん居なかった?
:本人降臨草
:祭りじゃ祭りじゃ
:夜芽アコの配信はあったけぇなぁ……!
「…………ん? あれ、ほんとだ、本当に天谷夢華が居る。え、ウェルコ? 私は話すことないんだけど」
正直に話してるのいつも通り荒れに荒れてるチャット欄にイライラしていると、見慣れた名前を見て困惑する。話したいと言われても、別に私から話す事なんてなにもないんだけど。
天谷夢華/ゆめちゃんねる:逃げんなメンヘラ
:天谷夢華ブチギレでワロタ
:そりゃそうなる
:ゆめちゃんかわいそ……
「はぁ???」
天谷夢華の煽りとそれに同調するチャット欄に一気に頭が温まる。なんなの? ムカつく!!
「というか今回別に私悪くないじゃん!! 理不尽だ!! いいよ! お望み通り通話して、直接文句を言う! 今からかけるからそっちこそ逃げないでよ!!」
天谷夢華/ゆめちゃんねる:上等。
:ゆめちゃんの事務所これ知ってんのか?
:頭抱えてそう
:事務所君「めちゃくちゃ炎上しない限りはもう好きにしてください」みたいな事を前に言ってたから大丈夫なんじゃね?
:草
伝説の虫けら:お前達もう寝なさい
ツブッターを起動し、『電話、出ろ』というメッセージと共に送られた来たIDをウェルコに入力すると、すぐに天谷夢華という名前のアカウントが見つかり、送りたくはないけどフレンド申請を送って通話を飛ばします。するとワンコールの途中で通話が繋がります。
『もしもし? 天谷夢華です。聞こえてますか夜芽……さん』
「聞こえてる。別に無理にさん付けする必要なくない? そういう仲じゃないし」
『いえ、よく考えたら呼び捨てにする程あなたに親しみを持っていないので』
「は?」
『あ?』
:バッチバチで草
:ゆめちゃんマジでアコと話す時は声が低い
:実家でも声が低そうだよなゆめちゃん
「……ていうかなんの用? 別に今回私悪くなくない?
見た人が勝手に騒いでるだけなんだけど? むしろ私も迷惑してるんだけど?」
『こっちの方が迷惑してるんですよ。あなた一体なに考えて生きてるんですか? 今回のは百歩譲って事故だとしても、それでも毎回毎回人に迷惑かけるのなんなんです? というかそっちのリスナーさんの手網ぐらい握ってくださいよ。いい迷惑です』
「あのさ、ネットイナゴの統制を取れると思ってるの? 無理に決まってるよ。こういうの書いてる連中ってリスナーじゃなくて単純に荒らしたい人だよ。そんな連中の面倒まで見ろって頭にお花が咲いてる? あ、だから天谷夢華って名前なの? お可愛らしいね。そのお花の名前はパッパラパーって名前かな〜? 花言葉はきっと『もっとお勉強しよう』かな〜??」
『はぁ〜???』
:煽りキレッキレで草
:こういう時は無駄に口が回るの見てると頭はいいのか?
:ネットイナゴに関しては一理あるけどさぁ
:エンジンかかってきた
:かれぴもし実在するならはよ止めろw
『本当にこの女……!! あのですね! 私が言いたいのはあなたの言動と行動が悪いって事です!! もうちょっと人に迷惑かけないように生きられないんですか!? 彼氏さん? にもどうせそんな事して迷惑がられてるんじゃないですか? 人に対して気遣いできない人が彼氏さんに気遣いできると思わないんですけど?』
「はぁ〜???」
お互い頭に血が上っているのか、とてもお聞かせできないような会話が続く。
『メンヘラ!』
「猫被り!」
『炎上芸!』
「コントローラーにエイムリング付けてそう!」
『それは関係ないでしょ!!』
それでもお互いYouTubeのコンプライアンスに引っかかる事を言わない辺り、お互いのキレてる姿を見て少し冷静になっていた部分があったのでしょう。
お互い悪口を言い切ると、ぜぇぜぇと肩で息をしながらそのまま話を続ける。
「結局なにしに通話に来たの!! 喧嘩なら配信切ってから続けるけど!?」
『そ、そうだった……こんな事してる場合じゃない……!』
そこで気を取り直すように天谷夢華は咳払い。
『……いいですか? 私達はお互い嫌いあってるし、今回の事で迷惑をしている。それを前提として話したいんですが──お互い、引退を賭けてゲームで勝負しませんか?』
「はい??」
思いもよらない提案にそんな声が出る。
確かにお互い嫌いだし、今回の事で迷惑してるのはそうだけど、その話と引退の繋がりがイマイチ理解できない。この子は何を言ってるんだろう? 怒りすぎておかしくなっちゃったかな?
『正直な所、私にも非があるのは業腹ですが認めます。元々配信に兄の声が乗ったのが根本的な原因ですし。
けど、それはそれとしてあなたの存在はとても邪魔です。あなたがなにかする度にこっちのチャット欄も変に盛り上がりますし、ネットイナゴの荒らしも鬱陶しいですし。それはあなたもそうですよね?』
「まぁ……そうだね。こっちのチャット欄でも『天谷夢華が悪口言ってたぞ!』みたいなコメントがちょいちょい流れてきて鬱陶しい」
『でしょ? だから、お互い居ない方がいいと思いません?』
「だから、引退を賭けて勝負って事?」
『はい。その通りです。事務所の方もやっていいと許可をくれたので』
理由を聞いて、一応納得します。
けど、別にそこまでやる必要は無いのでは? と冷静な私が語りかけてきます。そもそも今回のは勝手に声を比較して無駄に盛り上がってる連中が悪いのであって、無視していればその内居なくなると睨んでいます。よく燃やされる私はその事をよく理解しています。それに、私はゲーム得意じゃないから尚更この話を受ける理由がありません。
ですが、天谷夢華の方は私より頭に血が上っているのか、その事に気づいてる様子はありません。
そう思うとだんだん落ち着いてきた。人間、自分より怒ってる人を見ると落ち着くものだと改めて理解します。
うん。丁重に断ろう。それに今は俊介君と色々やってるし、勝手にこういう話を受けるのはダメだと思う。
『それとですね、私としてもうちの兄がそちらの何処の馬の骨ともしれない彼氏さんと同一人物扱いされるのは気に食わないんです』
「いまなんつったこのやろう」
私に対する煽りなら、正直ムカつきますが我慢できないことはありません。ムカつきますけど。
けど、パパやママ、俊介君といった近しい人達を小馬鹿にするような発言には、どうしても我慢がなりません。
「はー! いいよ! やってやろうじゃない! 私だってそっちのよくわからない変なお兄さんとかれぴを同じ人扱いされて迷惑してるし! 引退? いいよ別に。その条件で勝負してやろうじゃない!!」
『言いましたね。ええ、白黒ハッキリ付けようじゃないですか。私が勝ったらあなたの引退。私が負けたら私が引退。構いませんね?』
「上等!! なんなら顔出しして謝罪配信でもするけどぉー??」
『へぇ?』
「……あっ」
そこまで言って、しまったと思います。
どうしよう。勢いで言っちゃった。でも顔出しはマズイ。だってママに顔出しだけはしちゃダメって言われてるし、もし顔出しなんてしたらママは……とても怒ると思う。
今からでもこれは訂正しないと……!
「いや、あの」
『いいですね。じゃあその条件も追加で。それと……ついでに彼氏さんも顔出しして貰えませんか? 私としても、間違いなく違うとは思いますけど、一応兄と別人だと言うことは確認したいので』
「あのー……ちょっと……顔出しはー……」
『……ああ、もしかして夜芽さんも彼氏さんもお顔に自信が無いんですか? そうですね。それなら勘弁してあげますよ。かわいそうだから』
「なんだとこのやろう! ……じょ、上等だよ!! じゃあそっちも私が勝ったらお兄さんと顔出し謝罪配信してから引退しなよ! まさか、逃げないよね??」
『……逃げる? 私が?? ……ええ、いいですよ。その安い挑発に乗ってあげますよ夜芽さん。お互い同じ条件で勝負という事で構いませんね?』
「いいよ!! 予定はそっちが決めて! 私は基本的に暇だから企業所属のあなたの予定に合わせてあげる!」
『なんで無駄なところに常識が……では、来週の金曜日頃に予定を組みます。内容とかそれまでに詰めますからウェルコは登録したままにしてください。では』
そう、取り返しのつかない事が決まると同時に通話が切れます。
……チラリと、コメントを見ます。
:草
:盛り上がってまいりました
:正気かこいつらwww
:兄貴と彼氏かわいそうすぎるwww
:前世でなにかしたんか兄貴と彼氏w
伝説の虫けら:こいつらバカなんか?
「…………」
無言で配信を切ってから、私は頭を抱えます。
「……どうしてこうなった……」
△▼△
「……と言うわけなの。本当にごめんなさい」
「なんでそうなるんだよおおおおお!!!!」
なんで!? なんでここまで状況が悪化してるの!? そもそもこれどっちが勝っても僕終わりじゃん!?
頭を抱えてその場にしゃがみ込む。どうしよう……これマジでどうしよう……!!
「だ、大丈夫俊介君。実はいい考えがあるの」
「……なんですか?」
心の底から申し訳なさそうな様子の穂澄さんから出た言葉。信用ならないがとりあえず耳を傾ける事にする。
「まだ時間はあるの。だから、それまでに翔華ちゃんにゲームを教わりたくて……」
そいつお前の敵だよ。喉元まで出たその言葉を飲み込んで、僕は曖昧な笑みで返した。
…………マジでどうしようこれ……!?
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