第21話

「翔華ー!? 何してくれてんだお前ェ!?」


「帰ってきて早々うるさいし」


「うるさくもなるよ!! 顔出しってなに!?」


 穂澄さんから話は聞いたので、ちょっと急用が出来た!! と言って逃げるように帰ってきた僕は、リビングでくつろいでるもう一人の容疑者である翔華にそれはもう全力で問い掛けた。

 そして僕の問い掛けを聞いた翔華はわかりやすいぐらいに目線を泳がせてから、そっぽを向く。


「……大丈夫、勝つから」


「そーいうー問題じゃないんだよなぁ! お菓子のオマケ感覚で顔出しをお付けするんじゃないよ!!」


「いや、ほら、最近の食玩って凄いから。お高いけど普通のプラモデル以上のサイズの物が付いてきたりするから」


「あれはお菓子がオマケなんだよぉ!!」


「……いや、まぁ、うん。勝手にやったのは悪かったと思ってるよ。ごめんなさい」


 そう言って素直に頭を下げる翔華に勢いを削がれ、言おうとしてた文句が喉元で止まる。


「こう、ムカついてたのと、向こうが顔出しして謝罪するなんて言うからつい……売り言葉に買い言葉というか、ね?」


「売り言葉に買い言葉で顔出しする羽目になる兄貴と彼氏の気持ちを考えてやれよ……頼むから……」


「だ、だからごめんって! それに大丈夫だよ! 私が勝つから俊介が顔出しする事にはならないって」


 お前が勝っても負けてもダメなんだよ。そう言いたくなるが我慢してなんとか口を回す。


「だとしても嫌だからな。てかそもそもだよ? 顔出しなんて絶対ダメだからな。ネットリテラシー的にアウトだろ。お兄ちゃん許しませんからね。今すぐ夜芽アコと話し合って条件を変えなさい。」


「……だから大丈夫だって。考えてもみてよ俊介。相手はあの夜芽アコだよ? 私の負けは万に一つもないって。そりゃ、巻き込んだ彼氏さん? には悪いなって思うけど、最初に顔出しとか行ったの向こうだからね」


「だとしても無関係の彼氏さんと兄貴を巻き込んだのは翔華だからな? かわいそうだろ!!」


「なんかすごい彼氏さんの肩持つじゃん」


「……そりゃ同じ立場だからね!!」


 加えて言うなら同じ人間でもある。ふざけんなマジで。


「そりゃ巻き込んだのは悪いと思ってるけど、一回言っちゃった事を取り消すのは配信者としてのプライドもあるというか」


「捨てちまえそんなもの……」 


「やだよ! 曲がりなりにも仕事なんだし、そこ曲げるのは違くない? それに、もう盛り上がってるから今更取り消すなんて無理だし」


 そう言ってスマホの画面を見せてくる翔華。

 画面には匿名掲示板サイトが写っており、そこにはとあるスレッドのタイトルが表示されていた。


【夜芽アコの倍率】夜芽アコVS天谷夢華の結果を予想するスレ@54枠目【2057倍】


「……もう54スレまで行ってるのか」


「なんかめちゃくちゃ盛り上がってる。ツブッターの方でもトレンド入ってるし、これで取り消したりしたらまた変なのに粘着されるし……」


 ネットイナゴ共が……! 余計な盛り上がりを……、


「と言ってもさぁ……やっぱり顔出しは……ダメだと……思うんだ……ほら、万が一負けたら母さんにもバレると思うしさ……母さんにバレたらお前も嫌だろ……?」


「……そりゃ嫌だけど……てかさっきから俊介、顔出しするの前提の話してるけどなんで? まさか本当に私がアレに負けると思ってる? あのゲームド下手くそな女に」


「……正直負けることは無いと思ってる」


 知っての通り、翔華はとてもゲームが上手い。格ゲーやFPSなどの対人ゲームで、あの穂澄さんが翔華に勝つのは正直現段階では天地がひっくり返っても無理。というのが僕の感想である。

 まぁ運が絡むゲームは苦手みたいだけど、少なくとも翔華はアクション系のゲームで負ける事はない。


「でしょ? だからそれに関しては大丈夫だって。だから顔出すのは向こうだけだし、向こうがどうなろうが私の知ったこっちゃない。だから俊介は安心していいって」


「……一応聞くけど、お前の事務所はなんて言ってるの?」


「『話題になるしいいよ。お金にもなるし。ボーナス期待してて』だって。うちその辺りは結構ゆるいから」


「バカが経営してる事務所なの???」


「否定はしない。で、良いかな? 勝手にこんな条件出して乗ったのは悪いと思うけど、勝つから安心して。それでこのめんどくさいのともお別れ」


 清々したとでも言いたげな翔華に、僕は一つ気になっていた事を問い掛けることにする。


「てかさ、なんでわざわざ彼氏も兄貴も顔出しなんて条件出したのさ。夜芽アコが鬱陶しいなら、普通に引退賭けて勝負ってだけで良かったんじゃないの? 最初に顔出しで謝罪って言ったのは夜芽アコだけど、あれもなんか売り言葉に買い言葉みたいな感じだったし、ここまでの事にする必要はなかったんじゃないか?」


「そ、それは……」


 僕の指摘に、翔華は急にさっきまでの勢いが無くなってモゴモゴと口の中で何かを言っている。

 けど、一つ大きな息を吐き出してから、プイとそっぽを向いてから言葉を続ける。


「……通話でも言ったけど、どこの誰とも知れない他人と兄が同一人物だろって言われてムカついた。だってアレが俊介なわけないのに、コメントとかだと同じ人ですか? って書かれたし。

 それだけなら無視できるけど、事務所からももしかして同じ人? なんて聞かれるし……だったら彼氏さんにも顔出ししてもらって、違うってことを物理的に証明したかったの」


「……つまり、僕が彼氏さんと同じ人扱いされてムカついたって事?」


「そう言ってるじゃん。……なに? なんか言いたい事でもあるの?」


「僕のこと大好きかよ」


「は?? 違うし。ふざけんなバカ。身内がアレの彼氏扱いとか不名誉極まりないだけだし。別に大好きじゃないし。フツーだし。ぶっころがすよこのやろう」


 急に早口になったなコイツ。

 ……まぁ、それはひとまず置いておいて、僕は改めて冷静に考える。


 まずこの勝負、どっちが勝ってもアウトである。

 だって僕の顔が出た時点で全部がバレる。だって同一人物だもの。何一つ違わない完全な僕だもの。

 それに僕の顔出しを回避したところで、どっちかの顔出しは確定。その時点でも全部バレる。


 …………あれ? もしかしてこれ詰んでない? 詰みセーブした覚えはないんだけどなぁ……おかしいなぁ……いやマジでどうなってんだよふざけんな。


「てか、もう話は終わり? なら色々やる事あるし部屋に帰りたいんだけど」


「あのぉ……中止にできないこれ……? 万が一にでも負ける可能性だってないとは言いきれないんだからさぁ……」


「無理。もう言っちゃったことだし。勝つから安心してって。それに一応、それまで練習はするからさ。ちょうどいい練習相手も見つかったし」


「え、誰?」


「心恵さん。あの人は初心者だけど、教えてると基本的な立ち回りを自分でも改めて理解できるし。

 それにさっき、早急にゲームが上手くなりたいから力を貸して欲しいってメッセージ飛んできたしね」


「……そっかー……」


 もう、何も言葉が出ない。


「じゃあ部屋に戻るから。配信はしてないけど、用があるならノックはしてよ」


 そう言って部屋に戻っていく翔華をしっかり見送ってから、僕は頭を抱えて床を転がる。


「終わりだ……」


 翔華の方はこれ以上打つ手がない。これ以上言ったら逆に怪しまれそうだし、ここらが引き際なんだろう。

 ……勝負に関しては間違いなく翔華が勝つだろう。

 だから顔出しするのは穂澄さんなのはほぼ決まったも同然である。

 ……穂澄さんの顔出しだけならワンチャン誤魔化せなくもない気がしないでもないけど、そんなのはソシャゲでピックアップ外のキャラクターを狙うような愚行である。


 誰か相談できる相手は居ないのか……そこまで考えて、そういえばあの時に優人さんが言っていた事を思い出す。


 ────それに元々あの子、Vtuberじゃなくて普通に配信者やろうとしてたんだよ。マスクして顔隠してって感じで。けどそれに結衣子が怒ってな。顔が出るリスクがある事はしない!! ママが絵を描くから絶対に顔だけは出しちゃダメ!! 顔出したら本当に怒るからね!!! って


 ……優人さんはわからないけど、少なくとも結衣子さんは顔出しに関しては否定的みたいだ。

 穂澄さん、門限をしっかり守ってるあたり、親御さんの言うことはちゃんと聞きそうではある。

 つまり……ワンチャン結衣子さんに相談すれば、穂澄さんにそれはダメ!! って言って、穂澄さんはそれでやめてくれるかもしれない。


 てか、そもそもまだ穂澄さんがどう思ってるか聞いてないし、もしかしたら穂澄さんも今回の事は嫌がってるかもしれないし……


「…………あ、もしもし穂澄さん? 僕ですけど、今から家に行っても大丈夫です?」


『構わないけれどごめんなさい。こんな時間にどうしたのごめんなさい。私は構わないのだけれどごめんなさい』


「うん。行くまでに正気に戻っててね」


 ……やれるだけの事はやろう。それでどうにもならなかったらもう全部諦めて部屋に引きこもって逃げよう。そう決意し、僕は穂澄さんの家に向かうのだった。

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