第22話

「とりあえず穂澄さん、正気に戻りました?」


 所変わって、ここは穂澄さん家のリビング。相変わらず少し開いた作業部屋の扉の向こうから結衣子さんのエキサイティングな叫び声が聞こえてくるが、ひとまずはスルーし、向かい合って座ってる穂澄さんにそう語り掛けると、ふっと薄い笑みを浮かべて、周りをキョロキョロしはじめた。


「……大きな星が点いたり消えたりしてるわね。流星かな?」


「君もガ〇ダム好きなのかよ」


「ごめんなさい。実はXしか見てないの」


「逆になんでなんだよ」


「家にそれのBlu-rayしかなかったから……」


 謎の趣味をしているご両親は置いといて、少しばかり落ち着いた様子の穂澄さんと話をしつつ、ここからどうするべきか考える。


「えーっと……とりあえず確認なんですけど、穂澄さん、顔出しについてどう思ってます?」


「介錯を……お願い……したいわね……」


「何時代だよ。というかもう普通に喋ってくださいよ。違和感めちゃくちゃあるんで」


「う、うん。わかった。痛くしないで欲しいかな……」


「現代に戻ってきて」


 とりあえず心の底から反省してるのは目に見えてわかるので、僕からこれ以上ツッコむのは良心もあるしやめておく。

 さて、やっと話が出来る状態になった穂澄さんはそのまま言葉を続ける。


「……どうしよぉ……勝てるかなぁ……いや勝たなきゃ……大丈夫、私なら出来る。なんとか……なる!」


「なんともならないと思うんですけどねぇ……」


「やる前から諦めるのはいけないことだってママが言ってたから大丈夫」


「結衣子(諸悪の根源)さんは置いといて、そもそも穂澄さん、この勝負を止める気ないんですか? ほら、勢いで出たセリフなら……取り消しとか……謝って許してもらうとか……」


「それは……こう、曲がりなりにも配信者としてのプライドが……」


 お前もかよ。ってツッコミを我慢した僕は偉いと思う。


「それにそのぉ……私としても俊介君をバカにされたのが頭に来たと言うか……そんな相手に謝るのは嫌というか……そもそも先に喧嘩売ってきたのは向こうだし、顔出しとか言い出したのは私だけど、事の発端自体は私に非がないと言うか……その……はい」


「それはまぁ……はい……」


 穂澄さんの言葉の通り、今回ばかりは正直穂澄さんにはそこまで非が無い。

 そりゃキレて変な事言っちゃった事に関しては悪い。でも本人もその辺りについては反省してるみたいだけど、今回はわざわざ声を比較して騒ぎを作った連中が悪い。六割ぐらいは穂澄さんは被害者であるとも言える。

 ……後はまぁ、僕の声が乗った事も悪い部分もあるので、自分で自分の首を絞めただけとも言える。

 でもさ、普通こんな状況読めるか? 読めないよ! って言い訳ぐらいはさせて欲しい。ちくしょう。


 ……双方の事情や考えは把握した。でもだ、こんな勝負を認める訳にはいかない。だってどっちが勝っても終わりだもんこれ。


「……で、でもですよ? 正直な所、勝算はめちゃくちゃ低いというかもはや無じゃないですかこれ? いくら翔華に教えて貰っても、流石にこんな短期間じゃ……」


「だ、大丈夫! 実は3本勝負にしてって話はしたの。それで1本目はスラブラだけど、2本目は私が得意な麻雀にして貰ったから! 3本目は……ヤリオカートだけど……」


「いつの間にそんな話を進めたんですか」


「ついさっき。『自分が得意なフィールドでしか勝負しないの?』ってメッセージ送ったら『は??? ならお前が得意なジャンルも入れて3本勝負なら文句ない??』って返ってきて、それで麻雀を……」


「あのバカ……」


 あいつ、昔から煽りに弱い所はあるけど……なんだろうな、自分に非がない場合の穂澄さんはなんか口が回るから、改めて翔華との相性がめちゃくちゃ悪い事を理解する。

 ただ、まぁ、それでもやっぱり翔華が断然有利な気はする。スラブラとヤリカは得意だし。

 けど麻雀か……麻雀はどうなんだろう。あいつ昔から運が絡むゲームは嫌いって言ってたし、あんまりやってるイメージはない。

 それに穂澄さんだって、麻雀得意とは言ってるけどそもそも配信で麻雀やってないから実力がどんな物か知らない。ただ様子を見る限り得意なのは嘘じゃなさそうだけど……


「だから大丈夫。一本は確実に取れるの。残り二本は勇気でカバーする」


「ほとんど0と完全に0って確率的に完全に違うからね? 0に何を掛けても0なんだよ?」


「思いつきを数字で語れるものではないわ」


「こいつ結構ネタ拾ってくるな……やめる気はないんですよね? ……一応これは提案なんですけど、穂澄さんの勝率はとても低いですし負ける可能性の方が高いです。だから……負けちゃった場合、そのまま失踪するのはどうなんでしょう? 引退するならわざわざ律儀に約束守る必要はないと思うんですよ」


 これは穂澄さんが相手だからこそ提案出来たことである。

 翔華の場合はそもそも負ける可能性はほぼないし、何よりあいつは一応企業所属。その辺りのしがらみも色々あるだろうし、気安く失踪しろとは言えない部分がある。何よりあいつが逃げの手を取るわけないし。

 

 けど穂澄さんは別だ。穂澄さんの場合そもそも勝ち目はとんでもなく薄いし、なにより夜芽アコは個人勢。正直負けた場合……そのまま失踪した方が被害はない。

 そりゃネットでは叩かれるだろうけど、あくまでそれだけだ。夜芽アコが居なくなるんだからネットの連中も向ける矛先を失う。だからそのうち風化して……で、終わるとは思う。


 ただ正直な所、曲がりなりにも僕は夜芽アコのファンである。ファンの身としては、負けが決まってんだから失踪しろ。なんて言うのには抵抗があった。

 今回の騒動も傍から見てる立場だったら「またやってんのかよ。まぁ……面白いからいいか。彼氏と兄貴かわいそう」で終わってるんだけど、僕は完全に当事者なので抵抗だのなんだの言ってる場合では無い。


「それは……ヤダ」


 僕の思考を打ち消すように、明確な否定を口にする。


「……身勝手なのは理解してるし、俊介君が言った通りにするのが一番なのはわかってる。

 でも……夜芽アコは私なの」


 ぽつり、ぽつりと、俯きながら穂澄さんは言葉を吐き出していく。


「配信は面白くない時が多いよ。だって皆、私の事をバカにするし、挨拶だって返してくれないし、チヤホヤしてくれないし、他のVtuber見に行くわとか煽ってくるし……それでも、楽しくなかったわけじゃないの。あんなにも素を出していられたのは他になかったし、本当にたまにだけど、面白いってコメント貰ったりもしたし……それに、俊介君にだって逢えた。

 だから、失踪なんて最後はヤダ。私を……ママに描いてもらった夜芽アコを、そんな最後で終わらせたくない」


 最後に、真っ直ぐに僕の目を見て言い切った穂澄さんに返す言葉を無くす。

 これは、穂澄さんのポリシーの話だ。それに対して……自業自得の結果故の自己保身な僕の言葉で返すのはそれこそ誠意に欠ける。

 ……いや、まぁ、キレて余計な事を言った穂澄さんに思うところはあるけど、それはそれ。誠意には誠意で返す。これも僕のポリシーの話だ。


「だ、大丈夫。最終的に負けたとしても、なんとか俊介君の顔出しは回避の方向で頑張るから……! それか最悪、パパにかれぴのフリして貰って……!」


「それは俺が結衣子にエライ目に合わされるからなぁ……」


 その時、リビングにもう一つの声が響く。

 そちらに目を向けると、壁に背を当て、腕を組んだ優人さんがそこに立っていた。


「────話は大体聞かせてもらった」


「それが言いたかっただけでしょう」


「まぁ、男のロマンだな」


「パ……パパ!! あ、あの……ママはこの話……」


「まだ言ってない。一応、今は寝てるから話も聞こえてねぇよ」


 そう言われて部屋の方に耳を傾けると、さっきまで聞こえてきてた『原稿でサッカーしよう。ツーアウトフルカウント満塁でタッチアップ。メンバーは4人。ラケットは羽子板』なんて気が狂った発言が聞こえないのがわかる。オマケに言うと扉も閉まっている。


 優人さんまぁ待てと言った感じでジェスチャーをした後に穂澄さんの隣の座ると、そのまま頭を抱え出した。


「…………腹切る時ってどうすりゃ痛くねぇと思う?」


「あんたもかい」


「いやぁ……ビビったよなぁ……娘の配信見たらいつの間に顔出し賭けて勝負とか決まってて……ふぅ、実はこれ夢だったりしねぇか?」


「残念ながら現実です」


「ごめんなさい……」


「そっかぁ……」


 天を仰いでどこか遠くを見つめる優人さんの姿になんとも言えない哀愁が漂う。

 それはそうだ、だって、実の娘がインターネットで顔出し賭けて勝負するとか予想外にも程ある。


「あの……ママには言わないで欲しいの……お願いパパ! だって、絶対怒られる!」


「まぁ……怒るだろうなぁ……顔出しだけは絶対やるなって再三言ってたからな……」


 そこで優人さんは大きく息を吐き出し、次の瞬間にはキリッとした表情。まさか、何かいい考えが……?


「よし。俺も寝て夢から覚めてくるわ。大丈夫、明日になったら何事もない平和な一日だ。世界最高!」


「現実だって言ってんでしょうが!」


「夢ぐらい見させてくれよ……」


 そこまで話した所で、僕は元々この家に来た目的を思い出す。

 結衣子さんは顔出しに否定的だから、結衣子さんに言えばワンチャンどうにかなるかも……って事でここに来たんだ僕は。

 と言っても結衣子さんは今寝てるみたいだ。まぁ、忙しそうだったからなぁ……そうなると、優人さんに話しておくべきなのだろうか。色々と


「あの……優人さん? ちょっとお話があるんですけど」


「あ? 話? 一体……」


 少しばかり目線で合図を送ると、優人さんは何かを察したような表情を浮かべ、少しばかり悩む仕草をした後に口を開く。


「あー……そうだ心恵、コンビニ行ってきてくれないか? 丁度コピー機の用紙が切れててな……話とかは帰ってきてからだ。頼めるか?」


「……うん。わかった。ごめんね俊介君。ちょっと行ってくる」


「はい。気を付けて行ってきてくださいね」


 手を振って穂澄さんを見送ると、この場にいるのは僕と優人さんの二人になる。

 穂澄さんが玄関から出ていくのを確認すると、優人さんは僕に視線を向ける。


「……で、なんだ? 話って」


「察しが良くて本当に助かります」


「まぁ、それなりに大人だから。それで?」


 話の続きを催す優人さんに、まずは結衣子さんに止めてもらうことを話す……ではない。


 そもそもの話である。何故こんなめんどくさい状況になってるか考えると……色々原因はあるけど、決定的な理由としての僕が正直に話していない事がデカい。

 そりゃ、こんな事になるなんて普通想像できないから仕方ないという面もあるだろとは言いたいけど、それでも僕が最初から翔華に包み隠さずに話していれば避けれた問題ではある。


 だから僕は考えた。事情をある程度把握していて、それでいて頼りになりそうな人。

 その人に全部話して、知恵を借りるのはどうだろうか? そしてその中で該当するのは、一人しか居ない訳で────


「実は、天谷夢華の事なんですけど────」


 優人さんに全部ぶちまけて知恵を借りよう。そう考えた僕は現在置かれている状況を洗いざらい全部話す事にした。








△▼△



「なるほど、なるほど、なるほど……つまり天谷夢華の中の人は君の妹さんで……どっちが勝っても君の顔出しは確定。そもそも君の顔を出さなくても双方の正体がバレる、と」


 僕の話を全部聞いて、優人さんは腕を組んでたっぷりと唸る。


「それどこのVtuber漫画だ?」


「その手のツッコミは僕何回もやりました」


 ウッソだろお前。表情でそう語る優人さんに僕は自分の判断が間違ってない事を信じたい。

 ……助けて!! 先駆者!!

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