第23話

「……とりあえず、一度状況を整理するぞ」


 深い息を吐いた優人さんの言葉に頷きつつ、僕はその話に耳を傾ける。


「現状、どっちが勝ってもアウト。顔出しの時点で双方の正体がバレる。負けた時点で失踪すればいいと思うが、本人達の性格を加味するとそれはほぼ無理。

 加えて言うなら現状だとどう考えても娘の負ける確率が高い……この状況をなんとかしろ。君は俺にそう言いたいんだな?」


「はい。なにかいい案ありますかね……?」


「…………全部正直に話して土下座するのが一番早くねぇか?」


「ぐぅのねも出ない正論」


 早速ぶちかまされた正論。

 うん、正直な所、薄々は思っていた。全部洗いざらい話して僕が腹切るのが一番丸いのでは? 一番簡単でシンプルな方法である。

 けど、これに関してもリスクは存在するわけで、


「それが一番手っ取り早いし丸く収まるのはわかりますし、正直僕も話すべきだと思います。ただ勝負自体が無くなると……これ、もう勝負する事自体めちゃくちゃ広まってますよね。だから勝負自体が無くなると……」


「……まぁ、ぜってぇ荒れるだろうな。若かりし日の俺でもコメント連投して荒らしてるだろうな……」


「うわっ……」


「今は絶対やらんからな、んな事は」


 こんな状況になったんだ。もう隠す事に意味が無いというか、これ以上黙っていたら更にヤベー事になる気しかしない。

 だから二人に正直に全てを話すのはもう仕方ない事だとして割り切る。僕の自業自得もあるのだし。

 ただ全部話そうと思っても今はタイミングが悪すぎる。このタイミングで中止とかになると傍から見たら『は? ひよったか?』ってなって更に荒れるのは火を見るより明らかである。


「つまり……なんとかお互いのフォローをして炎上しない流れで勝負自体を有耶無耶にしたい。そういう訳だな?」


「はい。概ね」


「キッついなぁ……」


 僕もそう言ってる自覚はある。でも僕一人では何ともしようがないからこうして優人さんに知恵を借りようとしているわけである。

 助けて……僕の最後の希望……!


「……俺のプランでは、結衣子に全部ぶちまけて心恵に説教して貰うってのが最適解だと思ってたんだよ。結衣子は顔出しについては絶対に許可しねぇから。まぁ俺もそうなんだが、結衣子は俺以上にその辺りは厳しい。話を聞いた瞬間に怒るだろうな」


「というかそもそもの疑問なんですけど、結衣子さんは夜芽アコの配信を見てないんですか? こう、知ったら真っ先に止めてそうですけど、今の所は知らないみたいですし」


「……なんつーかなぁ。俊介君。俺達も後数年で四十路だ。結衣子もまぁアレだが、アレでも人並みに黒歴史を思い出して恥じる感性は持ってるんだよ。

 …………共感性羞恥で娘の配信は見れないそうだ。だから娘の配信チェックは俺に任されてんだよ」


「それはしょうがないですね」


 あの言動で恥じらいとかある事に驚きつつも、確かに黒歴史を思い出すなら見れないのは仕方ない。

 ……それはそれとして結衣子さんがどんな配信してたか気になるな。今度探してみるか……


「ちなみに顔出しについて断固拒否なのはその辺りも関係している。まぁ、結衣子にも色々あった、色々」


「……というか心恵さんが僕と同じ歳で、優人さんと結衣子さんがまだ四十路にもなってない……? あのぉ、ニ〇生で活動してた時のお二人の年齢は……?」


「聞くな。成人はしていた。この話はこれで終わりだ」


 えーと、成人してたと仮定して、穂澄さんの歳と、もう数年で四十路って言い方から考えると36〜8歳付近なのは間違いない。

 そこに穂澄さんが生まれるまでの期間を含めて考えたら大体の年齢が割り出せるわけで…………


「…………あっ」


「おい。察したような顔するな。やめろ。今はその話はどうでもいいだろ!」


「す、すいません。なんかこういう掘ったら闇がありそうな話題はつい……興味が……」


「いい趣味してんな、シュゴルナイツ240世君」


「すいません僕が悪かったです。話を戻しましょう」


「ったく……で、結衣子に言ったら間違いなく心恵はやめるだろうな。ただ炎上させたくねぇって視点で考えると……『お母さんに怒られたから勝負やめます』で皆が信じると思うか?」


「絶対信じないですね。僕がリスナーだったら『あ、こいつ逃げやがった』ってなります」


「俺もだよ」


 そこまで話して、二人揃ってため息を吐く。

 本当に考えれば考える程、詰んでるのがよくわかる。


「……一個疑問があるんだが」


「はい?」


「翔華ちゃんを炎上させたくねぇってのはまぁわかる。身内だからな。んでも娘も炎上させたくねぇってのはどういう事なんだ? なんつぅか、親としての視点を抜きにするなら娘の方は燃えてもいつも変わらねぇ気がするんだが」


「それは……」


 優人さんの言う通り、現状だと結衣子さんに全部話してお説教くらって勝負自体を無くすのが一番丸いと思うし、僕もさっきまでなら選択肢に乗っていたと思う。

 ただ……


 ──配信は面白くない時が多いよ。だって皆、私の事をバカにするし、挨拶だって返してくれないし、チヤホヤしてくれないし、他のVtuber見に行くわとか煽ってくるし……それでも、楽しくなかったわけじゃないの。


 あの時、そう語った穂澄さんに……なんだろうな、少し尊敬した。

 僕も変な楽しみ方をして夜芽アコを見ていたけど、それでも穂澄さんは穂澄さんなりに楽しんでやっていた。なら、ファンとしては燃えて欲しくない。そう思った。

 ……いやでも穂澄さんも悪い部分多くない? 咄嗟に出た言葉とはいえ、顔出し勝手に決めたのは君ぃ?? って思う。僕の自業自得もあるけど。

 でも、そういうカス女ムーブが好きで夜芽アコを見ていたのは他ならぬ僕だ。


 それになにより……


「……守護るって言っちゃったからなぁ……」


「ん? なんて?」


「いえ、心恵さんが燃えるのは僕も嫌だから。って事です」


「ほーん? そうかそうか、娘を守護るために色々考えてくれてんだな」


「……聞こえてるじゃないですか」


「難聴系は今どき流行らねぇよ。ま、わかったわかった。俊介君がうちの娘を大事に思ってくれてる事はよくわかった。いやぁ、娘がいい出会いに恵まれたみたいでよかったよ。なぁ同志?」


「少なくとも僕は出会い厨の真似事はしてないですけどね」


「この野郎」


 根本的な話をするなら、これは僕が撒いた種だ。なら、それをどうにかするのは僕の責任でもある。

 責任でもあるんだけど……


「まぁ、そうなると話は振り出しに戻るんだよなぁ」


「それなんですよね」


 二人して何度吐いたかわからないため息を吐き、頭を抱える。

 現状、全て丸く収めるのは難しい。少なくとも僕一人で考えてもいい案が浮かびそうにないから、色んな意味で人生経験が豊富そうな優人さんに助けを求めたわけだが、優人さんもいい案が浮かばないのか、難しい表情を浮かべている。


「リスナーを納得させる方法なぁ……それこそ、現実で無理になったって事を誰から見てもわかるように証明しないと難しいだろうな。それを具体的にどうすっかなぁ……って話だが……」


 うーんと二人仲良く首を捻っていると、僕のスマホから通知音が鳴り響く。

 誰だろう? 優人さんに一言断りを入れてから僕は受信したメッセージを開く。


「…………うわっ」


 メッセージの差出人に思わずそんな声が出た。


「ん? どうした。すげぇ顔してるが」


「……母さんからメッセージが来たんですけど……内容が……」


 僕の母さん。仕事の都合で海外を飛び回ってる母さんからメッセージが来ること自体は珍しくない。

 ちゃんとご飯食べてるかとか、生活に不備はないかとか、進路どうするとか、そんな至って普通のメッセージが飛んでくる事が多い。それに仲が悪いわけでもないけど……今回ばかりはそんな声が出る理由があった。


『今週金曜の夜頃に帰るよ。それと一つ聞きたいんだけど、翔華なんか隠してない? 最近様子がおかしいんだけど。ついでにお父さんも』


「……って内容の物が届きまして」


「……そういえば翔華ちゃんは内緒でやってたのか。バレかけてるな、それ」


「なんでこのタイミングで畳み掛けるように爆弾が押し寄せてくるんだよ……!!!」


 これ以上処理しきれねぇよ!! マインスイーパーじゃねぇのよこの世界!! バカ!!


 ど、どうしよう。この件に加えて母さんに対する誤魔化しも必要になる!? しかも金曜日って対戦する日じゃん!! バカ!!! 無理だよこんなもん!!


「俊介君。詰みだ。もうどうしようもない。これ以上足掻くのは無理ゲーだ。諦めてごめんなさいしよう。心恵相手には一緒に謝ってやるから結衣子相手には俺と一緒に謝ってくれ」


「そこをなんとか!! こんなん予想外ですよ! マジで僕の親も帰ってくるとか……こんなの……」


 そこまで言って、ふと、頭に何かが引っかかる。


 お互いの母親は顔出しに否定的。穂澄さんも翔華も母親の方に怒られるのは回避したい。

 結衣子さんも僕も母さんも、顔出しなんてわかったら絶対に怒る。結衣子さんは話を聞いた瞬間に怒る。僕の母さんも怒るだろうけど……あの人は理由を話せば通じる部分はある。怒るのは確定としても……性格的な部分は僕によく似ている。


「……あの、優人さん? 視聴者に証明出来たらいいんですよね? 勝負が有耶無耶になっても納得出来る理由を」


「まぁ、そうだが……でも実際問題、無理だろ。そんな都合のいい手段があるなら聞いてみたい」


「……あの、一つ、浮かんだ案があるんですけど……」


 もしかしたら、これならどうにかなるかもしれない。

 一つだけ浮かんだ案を、僕はそのまま優人さんに話す。


「────って、案なんですけど……」


「…………君、エゲツねぇな」


「いや僕だってこんな案採用したくないですけど……」


「……ただ、確かにそれなら納得させる事は出来るだろうな。けど、いいのか? 無茶苦茶になる事は確定してるぞ」


「これ以上無茶苦茶になる事はないですよ。それに終わったら全部話して僕が土下座します」


「……君がそれでいいなら協力しよう。なに、俺も結衣子に話してねぇから土下座は確定だ。こうなりゃ最後まで付き合う」


「ゆ、優人さん……!」


「なに、同志だからな」


「僕はデアワナイツです」


「この野郎」


 僕たち二人が熱い握手を交わした所で、玄関の扉が開く音。

 恐る恐るといった様子でリビングに入ってきた穂澄さんは、僕達の姿を見て目を丸くする。


「え、えっと……ただいま……その、仲良いね……?」


「穂澄さん!!」


「はい!?」


 帰って来た穂澄さんに近づいた僕は肩を掴み、穂澄さんの目を見て熱く語る。


「頑張りましょう!! 僕もできる範囲でお手伝いするので! もう勝負するななんて言わないです! 全力で!! やりましょう!!」


「え……えぇ!? ほ、本当にいいの? だって、負けたら……」


「大丈夫です! なんとかなります!! ほら、やっぱりやる前から諦めるのは良くないことですから! ねぇ優人さん!!」


「そうだな。やる前から諦めてちゃいけねぇ。お前は俺の娘だ。何とか出来る。大丈夫だ、結衣子には黙っててやるから」


「ほら! 優人さんもこう言ってる!」


 僕と優人さんの安っぽくて厚みもクソもないペラッペラな言葉。

 けど僕は知っている。穂澄さんはあんなスパチャをマジにするぐらい────


「そ……そうだね!! そうだよ! 勝てばいいんだよね! うん! わかった!! 俊介君が応援してくれるならなんだってやってみせる!! だって彼女だから!! ……えへへ……」


 ────クッソチョロいのだ。


「よーし! じゃあ早速勝負まで特訓するね! 翔華ちゃんが付き合ってくれるって言ってたから、勝負まで練習する!! 期待しててね!!」


 さっきまでの元気のなさは何処へやら、すっかり元気になった穂澄さんは背後に炎とかなんかフワフワした物を撒き散らかしてやる気に満ち溢れている。


「流石穂澄さん。じゃあ僕は────」


 この案が成功すれば、それなりに丸く収まるだろう。最後は僕の土下座が確定しているけど。

 ……とりあえず、この案に名前をつけるとするなら────


「────土下座の練習でもするかな」


「あれ!? 俊介君負ける準備してない!?」


 ───穂澄さんと翔華、二人仲良く……作戦。


 この作戦が成功する事を祈って、僕と優人さんは目と目でわかり合うのであった。

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