第24話
「……」
送られてきたメッセージに返信してから、僕は振り返って目の前にいる二人に言葉をなげかけた。
「えー、ではこれより穂澄さん強化週間の始まりです。担当講師は翔華。よろしくお願いします」
「よろしくね、翔華」
「なんで俊介が仕切ってるかわからないけど……まぁ、はい。講師です。よろしくお願いします」
火曜日。本日を含めて勝負まであと四日しかないので、学校が終わった後、早速穂澄さんを家に連れて来て練習をしてもらおうと思ったわけだ。
「てか質問なんだけど、わざわざ家でやる必要あるの? オンラインでも良かったと思うんだけど」
「それは私も思っていたのだけど……」
まぁ当然の疑問である。
勿論それには理由があるので、まずは建前を話すことにする。
「それはアレです。やっぱり手元の動きとかも見てもらった方がいいと思いますし、何よりせっかくこういうご縁があったんだから二人仲良くしてもらいたいなぁ……と」
ちなみに本音は、この二人だけでやり取りしてたらどっちかがボロ出しそうだからそれを阻止するためである。僕のやる事が……多すぎる……!
ちなみに穂澄さんの門限問題に関しては、この勝負までの期間は大目に見てもらうという事で優人さんからお許しを貰っている。
「ふーん……まぁいいけど。じゃあ、早速やります?」
「ええ、時間も勿体ないもの。頑張って金曜日までに上達したいと思うわ」
「……なんで金曜日なんですか?」
「それはアレだよ翔華。穂澄さんが親戚の子とスラブラの対戦する事になったから、それまでに上達してわからせたいって事なんだよ。ね? 穂澄さん??」
「そ、そうね。その通り。親戚の子がとても強いから、そろそろお姉さんとしての威厳を……みたいな……」
「大変ですね……」
早速ボロを出しかけた穂澄さんをフォローする。
まだ猫が完璧では無い辺り動揺してるんだろう。まぁ、目の届く所でやってもらうのは正解だったな……
「ちなみになんですけど、どれくらい上手くなりたいんですか?」
「そうね……翔華ちゃんから一本取れるぐらいには……」
「そこまで行ったら親戚の子が泣くと思いますけど……まぁ、とりあえずやってみましょうか」
翔華に勝つ=天谷夢華に勝つだから目標的には間違ってないのに変な笑いが出そうになる。神の視点ってこういう事を言うんだろうな……
まぁ、そんなこんなで始まった穂澄さんの特訓スラブラ。お茶を飲みながら画面を見ると、案の定穂澄さんのヤリオが翔華の勇者ランクにボッコボコにされている。
「手も足も出ないわね……」
「うーん…………心恵さん。試しにコンボ入力して貰ってもいいです? 私動かないんで、好きにやっちゃってください」
「えぇと……確か強いコンボはこれだったはず」
そう言いながらコンボを入力されたヤリオはさっきまでのサンドバッグ状態とは打って変わって機敏な動きで勇者ランクに攻撃を叩き込む。
その姿は正しく世界で一番有名なゲームキャラ、僕らのハイパーヤリオ。何度も世界を救った英雄であると納得が出来る動きに舌を巻く。
「えっ、凄いじゃないですか穂澄さん。めっちゃコンボ上手い!」
「……ふふん。覚えるのは得意なの」
ドヤ顔である。でも本当に上手いな……あ、そうか。この人一応頭はいいんだ。だから覚えれば出来る部分に関しては得意なのかもしれない。
「うん。心恵さんは落ち着いた状態ならポテンシャルは高いですね。後は……対戦でもこれが発揮出来ればそれなりにやれるとは思うんですけどね」
「あっ」
コンボから抜け出した勇者ランクが繰り出した斬撃に切り刻まれ、最後にヤリオは場外まで吹き飛ばされて星になってしまった。ギャラクシーである。
「そんなわけで、まずは攻撃された時に適当にボタンを押す癖を直しましょうか。そこさえ改善すれば結構やれると思いますね」
「むぅ……やっぱり翔華は強いわね」
「まぁこういうのキャラクター同士の相性とかもありますからね。実はヤリオはランクとの相性良くないんですよ」
「へぇ。逆にランクと相性が良くないキャラは誰なのかしら?」
「んー……色々居ますけど、重量級のキャラの相手はしたくないですね。ガッパとクノンとか、後は俊介が使ってるウッキーコングとか。一撃一撃が重いキャラの相手はあんまりしたくないですね」
「なるほど」
そう言いながら、次はウッキーを選ぶ穂澄さん。そっか、天谷夢華は勇者ランクの使い手だから、相性を重視するわけか……穂澄さんも考えてるなぁ。
「これで空野君とおそろいというわけね」
「げほっごほっうえっへ!」
「ちょ、なに俊介? 大丈夫??」
「だ、大丈夫。噎せただけだから……」
そっちの理由かよ!! って突っ込まなかった僕を褒めて欲しい。
ただお茶で噎せたおかげで翔華にはよく聞こえてなかったみたいだ。怪我の功名である。
「よし。じゃあ試しにウッキーで一本取らせて貰うわ」
「いいですよ。じゃあウッキーのコンボから軽く教えますね」
「ウッキーなら僕も口出し出来るかも。穂澄さん、十字キーの下押してみて」
「? こう?」
FIGHT! その言葉が画面に表示された瞬間、肩を竦めてやれやれと絶妙にムカつくポーズをするウッキー。
その瞬間──空気が変わった。
「…………」
表情の消えた顔で的確にボタンを入力し、完膚なきまでにウッキーを切り刻む勇者ランク。
哀れ、最後にウッキーは吹き飛ばされた後にそのまま追撃され、奈落の底へと落ちていった。
「私達のウッキーが!?」
「お、おい、翔華……?」
「……あっ」
全部が終わった後にしまった! って表情を浮かべると、気まずそうな顔で僕らを見てなんとも言えない笑みを浮かべている。
「す……すいません。ウッキーのアピールコマンド、本当にムカついてつい……」
「大人げないな……」
「いや、俊介のせいだからねこれ。昔これで私を煽りまくったのそっちだからね」
「……そんな事あったっけ?」
「あったよ。それで負けるのがムカついたからゲーム頑張ったんだからね、私」
「お前がゲーム得意な理由それかよ」
今明かされる真実に驚く。というか僕としてはそんな事あったっけ? ってレベルである。確かに昔からウッキー使っていたけど…………いや、思い返せば昔から妙にムカつくタイプのキャラばっかり使ってた記憶がある。
多分その流れでウッキーのアピールコマンド連発してた気もする……カスじゃん僕。
「てか覚えてない事にムカつくんだけど。俊介、次お前サンドバッグ」
「兄をボコる事をサンドバッグって表現するなよ。てか今は僕じゃなくて穂澄さんのスパーリングな」
「チッ」
「本気の舌打ちじゃん」
もしかしたら翔華の対応が昔より雑になってるのは僕の積み重ねがあるのかもしれない。気をつけよう。自分の行動と言動には。最近身に染みてわかったし。
「ふふっ、仲がいいのね」
そんな僕らを見て微笑ましそうな笑みを浮かべる穂澄さん。見てくれはいいので見惚れそうになるが、いつもの言動を思い出して気の迷いを振り払う。
「まぁ……悪くはないです。でもどこの兄妹もこんな物じゃないですか?」
「でも康太とかは妹に殴られる事はあるみたいだし、僕らは結構仲良い方なんじゃないかな?」
「……恥ずいからやめてくんない?」
「照れるな照れるな」
「照れてないし」
わかりやすく顔を逸らす翔華を見て更に微笑ましそうな笑みを浮かべる穂澄さんだが、次の瞬間に真剣な表情を浮かべて、ぽつりと言葉をもらす。
「……翔華ちゃんのためにも、絶対勝たないと」
「? 何か言いました心恵さん?」
「兄妹仲が良くて羨ましいな。って言っただけよ」
「だから……はぁ、もういいです。特訓を続けましょう」
「ええ。今度こそウッキーの使い方を教えて貰うわ」
「んー……じゃあ、決まればほぼ確実に一本取れる技を教えますね。多分俊介も知ってるやつ」
「僕も? ……あ、あれか。投げか」
「?」
習うより慣れろです。翔華はそう言うとメニューに戻り、自分でもウッキーを選んでからそのまま対戦が始まる。
「とりあえずその技を見せますね。端の方に寄ってもらってもいいです?」
「ええ、どういうものかしら?」
それぞれ端に移動するウッキー。
そして翔華のウッキーが穂澄さんのウッキーを掴んだ瞬間──
「まぁ、いわゆる道連れです」
「えぇ!?」
場外目掛けてバックドロップをキメ、お互いそのまま奈落の底に落ちていったのであった。
これは翔華も言ってる通り相手を道連れにしてお互いの残機を減らすウッキーの有名な技。
決まればお互い必殺。確実に相手のタマをとれるのだ。僕も昔はよく使ったものだ。
「これさえ決まれば確実に相手を倒せます。ただ有名な技なんで、相手も警戒するとは思いますけど」
「へぇ! 凄い! これさえ決まれば誰でも倒せるわけね……!!」
「ただ欠点もあるんですよこの技。ね? 俊介」
「ああ、ウッキーのこの技、決まれば必殺なのは間違いないけど……ゲームの使用上、判定としては自分、敵の順で撃墜判定されるので、ストック……残機が残り1同士でこれをやると、自分の負けになっちゃうんですよね」
「そう。スラブラは基本的に対戦だと3ストック制なので……やるなら必ず相手よりストックが上回ってる状態でやる事が大事です」
「なるほど……勉強になる……」
メモメモとどこからともなく取り出したメモ帳に何かを記入すると、穂澄さんはそのままウッキーを使って翔華相手に投げの練習をしようとする。
「まぁでも、実際にやるのは中々難しいんですよねー」
そう言う翔華は華麗にウッキーの投げ掴みを躱しつつ、回避の合間に穂澄さんのウッキーに的確にダメージを与えていく。
「投げにばっかり意識を持ってると動きが読まれやすいので、他の動きも覚えましょうね。後で説明しますけど、動きはこんな感じです」
「むむむ……!」
……しかし仲良くゲームしてるなぁ。うんうん。仲良きことは美しきかな。
……とりあえず胃薬をそろそろ買おうかな。キリキリしてきた。
「コンボはこの手順です。じゃあ、動かないので試しにやってみてください」
「わかったわ。えぇと、まずは…………あっ」
穂澄さんは押すボタンを間違えたのだろう。画面上の穂澄さんのウッキーはまたも肩を竦めてヤレヤレといったポーズをしている。
今度は翔華は容赦ない真似はしなかったが、眉間を押えて、深いため息を吐いた。
「……とりあえず、そのアピールコマンドは使わないように気をつけてください。人によっては冷静さを欠くので、対人で使うのはマナー的にアウトです。ねぇ俊介?」
「気をつけます」
「…………なるほど。ありがとう翔華。それはよく覚えておく事にするわ」
神妙な様子で頷く穂澄さん。
……なんだろう。なんか思いついたような顔してる気がするけど……まぁ、大丈夫か。見たところ真面目にゲームしてるし。
そんな感じで、穂澄さん強化週間の初日は過ぎていくのであった。
△▼△
「んんー……うん。だいぶ上達しましたね心恵さん。まだ粗はありますけど、落ち着いて対処できるなら勝率は悪くないと思います」
「ありがとう。これも講師のおかげね」
「そんなたいした事はしてないですよ」
うーんと伸びをして疲れた様子ではあるものの、それでも楽しく遊べたのか二人は満足そうな顔を浮かべている。
ただ傍から見てて思ったけど、やはり穂澄さんのポテンシャルは高い。翔華相手に一本は取れてないけど、それでも落ち着いてる状態なら僕でも勝てるかどうか悩ましいレベルの腕前にはなってきている。
……やっぱり遊び相手がいるって大事な事なんだなぁとしみじみと理解した。
「うん。今日は楽しかった。他の誰かとゲームで遊ぶって経験はあまりないから、本当に凄く楽しかった。これも人間関係鍛える。って物に入るかしら?」
「あはは、心恵さんなら大丈夫だと思いますけどね。話せば話しやすい良い人ですし」
「…………えへへ」
「その笑い方いいじゃないですか。普段のツーンってした感じよりそれの方がいいですよ」
「い、いえ、今のは自然に出ただけだから……」
……絵面はだけは完璧にま〇がタイムき〇らなんだよなぁ。なんだこのフワフワした女の子空間。僕の存在は異物ではないか?
「そ、そんなことより! やっぱり翔華は本当に上手いわね。私はこの手のゲームはやってこなかったから、尊敬するわ」
「まぁ長くやってるからってのもありますけど……そういえば心恵さんって普段はどういうジャンルのゲームやってるんですか? 他のゲームはやってるみたいですけど」
「どんなジャンル……そうね、一人で出来るゲームなら結構プレイしているわ。RPGとかパズルとかシミュレーションとか……後はボードゲームね。将棋やオセロや麻雀とか。結構得意なの」
「麻雀、得意なんです?」
「僕もそれ興味ある。穂澄さん麻雀は得意って言ってましたよね?」
なにせ三本勝負の中に麻雀をねじ込んだのは他ならぬ穂澄さんだ。ということは余程の自信があるはずだが……なにせ夜芽アコの配信で麻雀やってるのは見た事がない。なので僕から見たら穂澄さんの雀力は未知数だ。
「そうね、一人でずっとネトマをやっていた時期もあるから、麻雀にはそれなりの自信があるわ」
「一人でずっと……」
「いい暇つぶしになったわ。それにネトマは場所によるけどエモートの煽りがないから心穏やかにやれたわね」
少なくとも今流行りの麻雀ゲームをやるのは難しそうだな。なんて感想を抱きつつも、ここまで自信たっぷりに言うからには麻雀は本当に得意なんだろう。
どうせなら、実際に麻雀をする穂澄さんを見てみたいな……
「あの、ちょっといいですか?」
「? どうしたの翔華」
「実は……その……私、麻雀ってあんまり得意じゃないんですよね」
「そうなの? なんでも出来ると思っていたけど」
「運が絡むゲームはどうしてもこう……」
翔華の言ってる事は本当だ。翔華は昔から運が絡むゲームを好んでやる事は少ない。
有名所で言うと、ヤリオパーティーとか桃太郎鉄道とか運が絡む一発逆転要素が苦手らしく、運に左右されない格ゲーとかアクションを好んでいるのが翔華だ。ヤリオカートとかも得意ではあるけど、アイテムで状況が一変するのはあんまりとか言ってたしなぁ
それに前、翔華と軽く麻雀をやったけどすぐに飽きてやめた事もあったのが記憶に新しい。
「だからそのぉ……もし良かったらなんですけど、私に麻雀教えてもらうことって出来ませんか? 実は金曜日に麻雀をやる予定が生えてしまって」
お前の自業自得だよ。なんて口を挟みたくなるが賢い僕は沈黙を選ぶ。
「なるほど……と言っても、私も人に教えられる程ではないけど……うん。いいわ。翔華にはスラブラを教えて貰ってるからね。その代わりと言ってはなんだけど、私に教えられる範囲の事なら教えてあげるわ」
「本当ですか! ありがとうございます!」
「ええ。ただあくまで自己流でやってたから、教え方が正しいものかはわからないけど」
「……ちなみになんですけど穂澄さん、実際麻雀どれだけ上手いんですか?」
「そうね。最後にやったのはしばらく前だけど、最高段位は────八段よ」
『へぇー』
キリッとした表情でそう言った穂澄さんに僕らはそんな声を上げる。
……ちなみに、僕と翔華は麻雀全くやらないのでその辺りでどれだけ凄いのかわからない。多分めっちゃ強いのか。知らないけど。
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