第25話

「御無礼、ロン。メンタンピンドラドラ。……裏ドラも乗ったから……空野君の飛びね」


「えぇ!? 索子で当たる!? 穂澄さん索子ばっかり捨ててたからいけると思ったんだけどなぁ……」


「……表スジぐらいは読むべきだと思うの」


「つ……強いですね……」


 今人気のスマホ麻雀アプリ雀心を使い、CPUを混じえてはじめた四人麻雀。

 結果としては……穂澄さん鬼強ぇとしか言えない。

 最初の頃は様子見だったのか、僕と翔華がドンドン上がっていたが、穂澄さんの親番になった瞬間空気が一変。穂澄さんの独壇場となった。

 こちらがリーチをかけても全然上がれない所か、僕や翔華のリーチをダマテンでかっさらって行く穂澄さんには開いた口が塞がらない。

 マジで麻雀強いぞこの人……!! これがネトマ八段とやらの実力か。結構すごいんだな八段って。


「これぐらい普通よ、普通。ネットにはもっと強い人も沢山いるし……オカルト打ちとかいうこちらの予想を超えてくる人も居るの」


「オカルト打ちってなんですか? 咲-S〇ki-的な?」


「あれは異能バトル。場の流れや自分の運がいいと「これ……ツキがきてる!!」って感じでデータや確率を無視して突っ張ってくる人達。私は典型的なデータ論者だから考えが理解できないの」


「僕が穂澄さんの事を理解できないのと同じ感じか……」


「恐れとかを知らない戦士みたいに振舞った記憶はないのだけど」


「……心恵さん、結構古いネタを拾ってきますね」


「ぼくらが産まれる前のネタが通じるこの空間が異常な気はするけど」


 それは置いといて、穂澄さんが自信たっぷりで麻雀を推した理由を身をもって理解した。

 麻雀はある種の覚えゲーと聞いた事がある。つまりそれなりに頭は良い穂澄さんにとって、麻雀は自分のフィールドなのだろう。身をもって思い知った。

 これは……翔華が勝つのは無理だ。だって隣で翔華は険しい表情を浮かべているし。


「うぅーん……やっぱり麻雀は苦手ですね。ルール自体はわかるんですけど、イマイチピンと来ないです。運が絡む要素が多すぎます。自分の実力でカバーできない所があるのは……」


「では、ここで一つ、私が麻雀をやる上で心掛けている言葉を送りましょう。

 ──勝ちは運。負けは実力よ」


 偉いキメ顔でよくわからないことをおっしゃった。


「えっと……これって完全な運ゲーじゃないんですか?」


「違うわね。麻雀というのはいかに自分の負け筋を潰していくかのゲーム。だから負けに関しては自分の実力」


「でも勝ちは運なんですね」


「そうね。クソゲーよこんなもの」


「多方面に喧嘩売る発言はよくないですよ穂澄さん」


「私はオカルト打ちを許さないから……昇格試合で運ゲー突っ張マンに負けた事は今でも許せないから」


「まぁ負けは実力なんですよね」


「むぅ……」


 バツが悪そうに目を逸らす穂澄さん。まぁ茶化すのは置いておく。ただやっぱり、親しい人間相手だと怒る様子は全く見られない。これが見知らぬ誰か相手でも適用されて欲しい。


「まぁ……つまり私が言いたいことは、負け筋は潰せます。だから麻雀で勝ちたいなら、まずは守りを覚えましょう。さっき言った表スジとかそういう話ね」


「ふむふむ。現物牌とかですよね?」


「そうね。その辺りは知ってるのね」


「一応、やるにあたって調べてはいるので」


「では、その辺りを踏まえて解説すると〜」


 そんなこんなで始まった穂澄講師による麻雀教室。

 ぶっちゃけ僕は真面目に麻雀を覚える気がないので何を言ってるかサッパリわからない。

 表スジ、中スジ、裏スジ、片スジとかなんか色々言ってるけど、僕にはバナナやみかんのスジが浮かぶだけだ。

 隣で聞いてる翔華は神妙な顔で頷いており、どこからか取り出したメモに聞いた内容を書きとっている。


「防御……についてはなんとなくわかりました。とりあえず振り込まない事が大事なんですね」


「その通りよ。その辺りさえ押さえれば安易な振り込みはなくなるから勝率は上がるわ。

 ただ、それでも読めない物があるから、そこだけは注意ね」


「どういう物なんです?」


「……私のようなデータ論者にとって一番嫌なのが、シャボ待ちと呼ばれる物ね……シャボだけは読めないから私はとても嫌いです。けど戦術的には良いものなので、使えるなら使っていきましょう」


「……なるほど。覚えておきます」


 穂澄さんがそこまで話したところで、穂澄さんのポケットからスマホの通知音が鳴り響く。

 ふと壁時計に目を向けると時刻は22時。結構遅くまでやっていた事と、あっという間に時間が過ぎた事に驚いていると、スマホを見た穂澄さんはあっとした表情を浮かべた。


「ごめんなさい。時間も時間だからそろそろ帰らせて貰うわ」


「あ、いえいえ。こちらこそ遅くまでありがとうございます。また教えて貰っても大丈夫ですか?」


「それは勿論。私もスラブラを教えて貰っているから、おあいこよ」


 二人とも、柔らかい笑みを浮かべてとても仲がいい雰囲気。

 うん、感動的だ。あの穂澄さんがこうやって誰かと仲良くしてる姿にある種の感動すら覚える。いやぁ、いいよね、難がある子が人との触れ合いで成長していく姿って。

 …………この裏で広がってる惨状さえなければもっと良かったんだけどなぁ。


「俊介。そんな微妙な顔してないで遅いんだから送っていく。夜も遅いんだから」


「はいはい。それじゃあ帰りましょうか穂澄さん」


「ありがとう空野君。じゃあね翔華。明日もよろしくね」


 かくして、穂澄さん強化週間一日目は何事もなく平和に終わったのであった。



△▼△


「んん〜……やっぱり難しい……だ、大丈夫!! 絶対勝つから!! 安心して!」


「あはは。知ってます? 星って光るんですよ」


「空じゃなくて私の方を見て!」


 すっかり暗くなった夜の町を歩く。

 星が朧気に見える夜空を見て現実逃避をしていると、グイッと顔を掴まれて穂澄さんの方に視線を向かせられる。


「その……改めて本当にごめんなさい。勝手に話を進めて」


「それはまぁ……もういいですよ。やっちゃったもんは仕方ないですし、穂澄さんも反省してくれてるみたいですから」


「ううっ……優しさが胃に染み渡る……」


「あったかい飲み物じゃないんだからさぁ」


 正直なにしてくれてんだコイツらと思うけど、もう過ぎた事だし仕方ない。もう流れに身を任せるしかないのだ……頼むぞ、上手くいってくれ。後は僕らの作戦がバレないように立ち回るだけだ。


「……翔華ちゃん、とってもいい子だよね」


「え? まぁ……たまにふざけんなって思う時はありますけど、いい奴ですよ翔華は」


 昔と比べたら素っ気ない所もあるし僕の扱いが雑だったりするけれど、それでも根っこの所の優しさは変わってない。こうして穂澄さんを送っていけって言うのが良い例だし、穂澄さんにも根気よくゲームを教えてるし、兄としての贔屓目抜きにしても翔華はいい奴だと思う。ツンデレ……というか、やれやれ系な感じあるから、ヤレデレ? なのかな。


「いいなぁそういう関係。私、お兄ちゃんやお姉ちゃん居なかったからそういうの憧れる」


「っても仲良いだけじゃないですよ。喧嘩だってよくしますし。この前なんてノックなしで部屋に入ったら死ぬほど怒られましたからね」


「そりゃ翔華ちゃんも怒るよ。女の子の部屋にノック無しはダメです」


「うーん、返す言葉がない」


「私の部屋は大丈夫だけどね! 将来的には同じ部屋になるし!」


「あははは」


 笑って誤魔化しつつも、ふと思った事を問いかける。


「もしかしてですけど、翔華を結構気に入ってくれてます?」


 ずっとパパパパママママ僕僕僕僕僕。って感じの人だったから、翔華を気遣うような発言が多くてそこが気になった。


「だって将来の義妹だからね! そりゃ仲良くしたいよ!」


 まずいな。墓穴を掘ったな。いい加減学べ僕。


「それにさっきも言ったけど……翔華ちゃん、本当にいい子だからさ、翔華ちゃんの為にも頑張らないとなって……せっかく教えて貰ってるんだし、それに俊介君の顔がネットに出たら翔華ちゃんに顔向けできないし……! 絶対に守護らないと……!」


「なるほど」


 意外と言うか、なんと言うか、こうやって誰かを気遣える人なんだって驚き。

 ……そういえば元々翔華に会わせた理由って、対人スキルとかそういう物を上げるって理由だったから……穂澄さんも穂澄さんで、翔華との関わりで成長しているんだなって実感する。

 それはそれとして親子揃って守護構文使うのは恥ずかしいからやめて欲しい。


「だから、将来的にはちゃんと翔華ちゃんにも素のままで話せるようになりたいなぁ……やっぱりこう、隠してるみたいでちょっと……」


「それは大丈夫ですよ。近い内に腹割って話す機会は出来るとおもいますから」


「……つ、つまり、ついにかれぴって事を……!」


「まぁそこは後々、後々で。まぁ楽しみにしててください」


 その時は僕の切腹ショーも始まるんだけど、まぁ、それはその時の僕に任せよう。

 未来の事は未来の自分に任せる。一番お手軽な現実逃避である。



 そして、そんなこんなであっという間に日にちは過ぎていき────気が付けば、あっという間に金曜日。運命を賭けた戦いの日が訪れたのだ。



△▼△


『今日、だな』


「はい。そちらの準備は?」


『上々だ。今は寝てるから時間の調整もできてる。そっちは?』


「こっちもなんとか大丈夫です。後は上手くいくのを祈るだけですね」


 金曜日の朝。僕と優人さんは電話で互いの状況を確認していた。

 こっちは……やるべき事はやった。後はなるようになるしかない。


『だな……はぁ〜、お互い生きて帰ろうぜ俊介君。いや、シュゴルナイツ卿』


「それやめてくださいって言ってるでしょ」


『いや、なんか裏でこんなやり取りしてるとコードネーム的なの使いたくねぇか?』


「じゃあ優人さんのコードネームはワンナイト人狼でいいですか?」


『俺が悪かった』


 なんかこういうやり取りも慣れてきた物だけど、確かにコードネーム的な物に心惹かれる男の気持ちはわかる。普段ネットで使ってるハンドルネームが『丸焼き大草原』とか二秒で考えた物だし、かっこいい物に憧れる気持ちは少しある。

 ……ふむ。


「でも確かにコードネーム的なのは憧れますよね。どうせ後々ヤベー事になるのは確定ですし、今を全力で楽しんでいきましょう」


 現実逃避とも言うけど、気にしたら負けである。


『お、話がわかるじゃねぇか。そうそう、今を全力で楽しむ事が楽しく生きる秘訣だぜ。後の事なんて後になりゃわかるが、今の事は今しかわからねぇからな』


「さっすが。テンションに身を任せた男の言葉は重みが段違いですね」


『お前の俺弄りの方が容赦ねぇ気がしてきたんだが……まぁいいさ。後悔はしてねぇし。んで、どんなのにするよ? なんか希望とかあるか?』


「うーん……」


 希望、希望か。あんまりないけど、どうせなら今回の事と関係ある感じにしたい。

 シュゴルナイツは置いといて、ナイツって言葉はかっこいいし使いたい感じある。

 ……ナイツは騎士。騎士でいい感じでかっこいいの…………あ、あった。


「──ランスロット」


『は?』


「†裏切りの騎士†ランスロットとかどうでしょう?」


『………………マジで言ってる?』


「えっ、マジですけど……」


『そ、そうか…………そうか、うん。そうか。いいんじゃないか? 運命的で』


「よし。なら僕は今からランスロットです」


『…………こういう方面で振り切るタイプかー』


 優人さんが小声で何か言ってるけど、聞き取れなかったしそろそろ学校に行く時間なので通話を切り、改めて作戦が上手くいく事を祈る。


 そういえば優人さんのコードネームはどうしよう。まぁアーチャーとかでいいか。それっぽいし。

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