2話

「皆揃ったから本題に入ろうか。事情は諸々把握したけど、翔華の配信活動については認めてないからね」


 逃げ出した後、康太の家に転がりこもうとしたけど康太の家を知ってる翔華に回り込まれ、後ろから追ってきていた穂澄さんの二人の連携プレーですぐさま捕まった僕はズルズルと引きずられ、母さん達との話し合いに参加する事になった。なんでこういう時はちゃんと協力するんだこの二人。

 さて、客室の扉を開けると土下座をしている翔華の事務所の人とそれを見下ろす母さん、その母さんの後ろでは僕らの父さんも土下座してる。

 そして部屋の片隅では結衣子さんに向かって土下座をしている優人さんの姿。


 大の大人達が土下座をしている姿に回れ右したくなるが、翔華と穂澄さんに押されて仕方なく客室に足を踏み入れる。絵面があまりにも酷い。誰だよこの惨状生み出した奴。僕だよ。


「あ、あの……お母さん……? その、黙ってたのは心の底から反省してるから……その……許可的な物を……」


「理由から説明しようか。

 一つ。元々配信やバイトの許可を出してない。

 二つ。そもそも黙ってやってた事が問題。

 三つ。顔出しってなに??

 他にも色々あるけど、今のところ何か反論はあるかい?」


「…………ごめんなさい」


「うん。そこで素直に謝れるのは良い事だよ。反省してるのは理解してるし、親フラがだいぶ効いてると思ってるから翔華にはもう怒ってないよ。

 けど、謝るという事は悪い事をした自覚があるんだろう? なら、母さんが許可を出さないって言うのも理解できるね?」


「はい……」


 顔を伏せ、すっかり落ち込んだ様子の翔華にどう言葉をかけるか悩むけど、今下手に口を開いたら逆効果にしかならない気がするので翔華の隣で母さんの言葉に神妙に頷く。

 ……母さん、怒ってないのは本当だろうけど、お説教の時はこんな感じで正論で詰めて来るから反論する前に全部潰されるんだよなぁ。いやまぁお説教される時は普通に僕らが悪いから反論なんてないんだけどさ。


「まぁ……今回に関しては、一番の理由は事務所なんだけどね……」


 そう言って母さんがチラッと事務所の人を見ると、その言葉の対して思うところがあるのか、土下座をしながらビクッとする。


(なぁ翔華、あの人ってお前のマネージャーとか?)


(…………うちの社長)


 まだ僕に対して思うところはあるみたいだけど、それでもこうして疑問に答えてくれるあたり頭が上がらない。

 というか社長、社長か。なんか偉い人が来たな。


「あの……一つよろしいでしょうか空野さん……」


「あっはい。なんでしょうか」


「いや颯馬じゃなくて私だろう? めんどうだからめぐるでいいです」


 恐る恐るといった様子で事務所の人……翔華の事務所の社長の女性は頭を上げ、口を開く。


「あの……改めまして、誠に申し訳ございませんでした……翔華さんの責任に関してはすべて私に非があります……」


「それは何度も聞きましたけど……そうですねぇ、なぜ止めようと思わなかったんです? 普通止めると思うんですが、未成年のやった事なので」


「そのぉ……翔華さんは我が事務所の稼ぎ頭でして……こちら意見を出しにくい空気的な何かがあったと言いますか……夜芽アコさんには多分負けないだろうという慢心があったと言いますか……これで話題になれば事務所の知名度も上がっていい感じになるかもと思ったと言いますか……はい……」


「…………なるほど?」


 やばい。母さんが眉間を押さえてめちゃくちゃ険しい顔してる。あんな母さん見たの久しぶりだ、思わず隠れたくなるけど翔華が僕の後ろに隠れて服をガッチリ掴んでるから無理だし、僕の右腕はいつの間にか隣に立ってた穂澄さんにガッチリホールドされてる。締まってるって。


 しかしなんだろう、事務所の社長さん、思ってた10倍ダメな人で僕ですらどんな反応すればいいかわからなくなる。大人って普通もっと頼りになる人なんじゃ……? そう考えて改めて優人さんと父さんの微動だにしていない土下座姿を見て、大人って……なんて思う。


「翔華、実際意見とかはされなかったのかい? 今まで」


「えっと、うん。なんか前はこうした方がいいとか、これはやめといた方が……って言われる事はあったけど、伸びてきてからは全然無かったかな……多分……」


「なるほど」


 確かに事務所の稼ぎ頭が一人だけだと事務所側の立場の方が弱くなるのかもしれない。配信者の人気が高すぎると、事務所が口出ししすぎると配信者がそれでお気持ち表明してリスナーが事務所叩き始める事案って多かったし。

 あの手の案件、本当に事務所が悪い場合もあれば配信者が嘘言って事務所を陥れようとする場合もあるから判断が難しい。

 ……と、思考が逸れてきた。頭に浮かんだ数々のVTuberの姿を消し去り、続きを聞くのだ。


「えー、はい。稼ぎ頭にたいして意見を出せなかったという理由に関しては百歩譲ってわかります。が、それでも未成年の活動者に好きにさせるのは大人としてどうなのか? 私はそう思いますね。他の理由は論外です。見通しが甘すぎる」


「はい……おっしゃる通りです……」


(てか翔華、お前そんな人気あったの?)


(……そこそこ。事務所では一番だったけど)


(案外凄いんだなぁ……)


(凄いねぇ翔華ちゃん。あんなにちゃんとしたファンがいっぱい居るなんて。こっちは変なのしか居ないから羨ましいなぁ)


(いや私の所も結構変な人がチラホラ……いや別に悪口じゃないですけど。個性的な人はどこにでも……てかなにナチュラルに会話に入ってきてるんですか穂澄さん)


(義妹との交友をもっと深めたいなって思って)


(は??)


「そこ、気が抜けるから今は静かに」


 母さんの一言で僕らは口にチャックをし、再度話に耳を傾ける。


「まぁそういうわけで、私は認めないよ。だからこの話はこれでおしまいです。どうかお引き取りを」


「その、環さん。なんとかなりませんでしょうか……雇用的な何かを……」


「いや普通に無理です。そもそも未成年を守らない事務所に娘を預けろというのは親として考えられないですし」


「そこをなんとか……その、翔華さんの意志的な何かを考慮して……」


「未成年の雇用関係については親の意見が尊重されますね。あなた風に言うなら法的に何かで。娘が成人ならまだ話は違ってきますが、未・成・年。なので。おわかりですか?」


「はい……おっしゃる通りです……常識的な何かで……今回の件に関しては本当に申し訳なく思っており、心から謝罪をさせていただきますが、それでももう一度チャンス的な何かを……」


「……そこまで食い下がる理由的な何かでもあるんですか? 正直に包み隠さずお話ください」


「正直に……嘘偽りなく……はい、お答えします……」


 これもう母さん半分ネタにしてないか? 的な何かを感じつつも、社長さんはぽつりぽつりと口を開き、言葉を続ける。


「────大富豪に……なりたくてぇ……」


「は?」


「長年ブラックな世界で働いていて……一発逆転を狙ってこの会社を立ち上げて……翔華さんのおかげで軌道に乗って、このままこの世界でトップになれば……セレブ、的な何かに……なれるかなぁ……なんて……」


「おー……おぉー……えっ……えぇ……?」


 マジで困惑してる母さんの顔初めて見たけど、多分僕も同じ顔してると思う。

 こんな人現実に存在する??


「あ、あの、お母さん。社長、変な人だけど悪い人とかじゃなくて……ダメな人だけど皆に色々買ってくれたり奢ってくれたりで良くしてくれてるからダメな人だけど悪人じゃなくて……ダメな人だけど……」


「バカが経営してる事務所について否定しなかったのそういう事かよ」


「ダメで済ましていいレベルではないだろう…………いや、これは血筋か……」


 何故か母さんは僕と翔華を見てからハァと息を吐いてから頭を掻き、改めて父さんを見てから今日一番のため息を吐いた。

 なんで今僕らを見てあんな今日一番渋い顔してるんだろう。


「えー、はい。理解しました。そうですね、では天谷夢華の活動を一つだけ認めましょう」


「本当ですか!?」


「はい。引退発表の動画の撮影です。企業として通すべき筋だけは通させてあげますから、これで終わりです。以上。玄関はあちらです」


 目が笑ってない笑顔でそう言いきった母さんに社長さんも翔華は何も返す言葉が出なかったのか、無言でこくりと頷いたのだった。

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