第4話

「……うん、あれは夢だな。いやぁ、悪い夢を見た。知ってるか翔華しょうか? 夢って起きてても見れるものなんだよ」


「目ぇ開けたまま寝言吐くのやめてくれる?」


 そのまま帰宅した僕は、妹である翔華と夕飯の唐揚げを囲みながら現実逃避をしていた。


 空野翔華。説明するまでもないが僕の一つ下の妹。実は血が繋がってないとかそういう設定はなく、血を分けた実の兄妹である。

 昔はお兄ちゃんお兄ちゃんと僕の後ろに付いて歩き回っていたのだが、最近は俊介。なんて呼び捨てにしてくるし、今なんてまるで不審者を見るような目で僕を見ているではないか。

 まぁこの目に関しては僕の現実逃避のせいだけど、兄妹なんてどこも大体こんなものだろう。


「翔華、僕は悪い夢を見ているみたいだ。試しにグーで殴ってくれない?」


「頭パーになったんならチョキの方がよくない?」


「目は反則。てか箸を人に向けるんじゃないよ」


 こうして妄言にもちゃんと付き合ってくれるから仲は悪くないんだよなぁ。なんて事を考えながら箸で作った翔華の目潰しピースを避けつつ、今日の出来事を再度思い返す。

 推してるVtuberの中身がクラスメイトで、そのクラスメイトに告白された。


「どこのVtuberラノベだよ……」


「…………なんでいきなりVtuber?」


 ため息と共にこぼれた言葉を唐揚げと一緒に飲み下すと、ピタリと、箸を止めた翔華が怪訝な様子で問い掛けてくる。


「いや、まぁ……学校で色々あってさ」


「い、色々って? なんなの? なに、なにかあったの?」


 思いの外食いついてくる翔華に驚きつつも、流石に内容が内容だけに言うのもな……と思うのと、そもそも推してるVtuberがクラスメイトでそのクラスメイトに告白されました〜なんてそのまま説明しても「妄想がイタイ」で終わりそうだ。

 ただ、誰かに相談したいのも確か。ちょっとぼかして聞いてみようかな。女性からの視点で穂澄さんの行動についてどう思うか聞きたいとも思うし。


「……これは友達の話で、色々ぼかすからわかりにくいだろうけど、なんかいきなりクラスメイトのA子さん告白されたらしいんだよね。んで、本人は好きじゃないから断ったらしいけど、実はちょっと前に、本人に自覚は無いけどA子さんに告白まがいの事を言っちゃったらしいんだよね。

 んで、それをマジにとっちゃったA子さんから僕の友達に告白されたみたいで、友達は断ったのにA子さんから今日からかれぴっぴ! って言われてるんだってさ。どう思う?」


「俊介の友達が悪いんじゃないの。A子さんに告白まがいの事を言ったのが事の発端でしょ」


「いや……こう……正確には変装したA子さんに言っちゃったらしくて、友達はそもそもA子さんに告白した認識すらなかったんだよ」


「なんなのそのややこしい状況……」


 何とも言い難い表情で唐揚げに箸を伸ばし、うーんと唸っていらっしゃる。


「聞いてる感じ、A子さんって地雷系の人?」


「多分メンがヘラってる系の人っぽい」


「その手の人とは関わらないのが吉だよ。関わった俊介の友達が悪い。多分話し合っても無駄だと思うし、優しくしたら付け上がるから適当にあしらうしかないんじゃない?」


「まぁ……そうなるよなぁ……」


 翔華が言ってる事にその通りだとも思うけど、穂澄さんはなんかこう……ちょっとしか話してないけど生半可な対応でどうにかなる相手だとも思えない。

 というか夜芽アコの中の人だし、尚更どうにかなる気がしない。


「それか……一回ちゃんと付き合ってみて、向こうに幻滅されるとかかな?」


「えっ……いやそれ悪手じゃない? だってそれってお付き合いを認める事でしょ?」


「うん。そもそも前提として、そのA子さんが勝手に惚れて舞い上がってるって感じで、その友人さんの事とか全く知らないとかそんなのでしょ?

 で、その手の人って基本的に自己愛と承認欲求拗らせてるから、実際にお付き合いすると男の方に「なんか思ってたの違う」ってなって勝手に冷めるらしいんだよね。だから、それを狙って一回付き合ってみるのも手じゃない? 後、一応付き合ってる状態なら多少の手綱は握れるかもしれないし」


「なるほど……一理ある」


 けどそれは最終手段な気がする。こう……僕の予感的にそれやってもう逃げ道が無くなるような、そんな予感。

 …………でも予感に従って告白断ったらこんな目に遭ってんだよなぁ……あの時受けてたらこんな事になってなかったのかも……当てにならないぞ僕の直感。

 とりあえず一応この案は覚えておこう。一応。


「そういえば話は変わるけど、なんか妙に実感が籠った感じだな。その手の人となんかあった?」


「……色々あって調べただけ。そんな事より、今の話のどこにVtuber要素が?」


 わかりやすいぐらい話題を逸らしに来たなと思いつつも、なんでそこまでVtuberが気になるんだろうという気持ちが同時に湧く。

 翔華、あんまりその手のものを見てるって感じはしないんだけどな。


「や、まー、あれ。なんて言うか最近流行ってるVtuber小説とかでありそうなシチュエーションじゃん? なんてか、正体知らずに推しに告白したら実はその推しがクラスメイトだった。みたいな?」


「リモってスト○ロ飲酒配信垂れ流して伝説になったVtuber小説しか知らないんだけど」


「リモるって久しぶりに聞いたな……」


 ちなみにリモるとは、配信を切り忘れてそのまま放送を垂れ流す事を言う。昔はよく使われていたらしいけど、十年以上前の言葉なので死語である。


「てかさ、翔華って案外Vtuberとか配信とかに興味あるの? なんか意外に話題についてきてるし」


「……いや、俊介が見てること多いから気になって調べただけでそこまで知んないから。興味無い」


「へー。ってか僕もそこまで見てるわけじゃないけどなー。最近だと夜芽アコしか見てな」


「そいつ嫌いだから話題に出さないで」


「あっ……はい……」


 シャレにならない目で言ってる辺り、どうやら本当に嫌いなようだ。まぁ、確かに夜芽アコは女に嫌われるタイプの女ではあるからなぁ。


「……ま、Vtuberの意味はわかったからもういいよ。ごちそうさま。美味しかったよ」


「そりゃどうも。洗い物はやるからシンクに置いといて」


 手早く食器を片付けた翔華はそのまま二階へと続く階段を上ろう……としたところでくるりと振り返る。


「私は部屋に戻るけど、どーしても用事があるならノックして。絶対に」


「覚えてたら」


「ノック忘れたらグーチョキパー全部叩き込むから」


「覚えました」


 ジ〇ン拳の構えと共に部屋に帰って行った翔華を見やり、最近はあんな感じでノックノックプライバシーノックとうるさくなったなぁと考える。

 この前、うっかりノックを忘れて部屋に入ったらマジギレされたのは記憶に新しい。そのクセ僕の部屋にはノック無しで無断で入ってきて、勝手に僕の漫画を借りて行くのだから妹という生き物は摩訶不思議だ。まぁ別にいいけどさ。


 改めて一人になり、どーしたものかと頭を悩ませる。


 クラスメイトが推してるVtuber。なおかつそのクラスメイトに告白される。

 あまりにもテンプレ。親の顔より見た展開。そんなこと普通ある? ここは現実世界だぞとツッコミたくなる。


 もしかしたらこの世界は現実では無い? つまりは夢? 再度現実逃避しかけたところでピコンとスマホから通知の音が鳴る。


 おや? と思いながらスマホを見ると、そこには夜芽アコの配信通知。

 タイトルは……『かれぴっぴが出来ました!!!!』


「…………」


 開きたくは無いが、開きたくはないが、意を決して配信を開く。


『世界って、こんなに輝いてたんだね……現実こそがエデン。神に創られし楽園……ってことね』


 開幕早々アクセルを踏み込んだ痛々しい女の姿がそこにあった。


:は?

:は?

:厨二になりきれてないワードのチョイス見てるこっちが恥ずかしい


『ふふっ……凄いよ、かれぴっぴが出来るとゴミもこんなに光り輝く宝石に見えるんだね……ハァー! 世界、サイコー!!』


:うざい

:嘘乙

:テメェに彼氏なんか出来るわけねぇだろ。証拠だせ


『いや嘘じゃないからね! 馴れ初めとか聞きたい? 聞きたい? どう皆? 聞きたいよね? あーでもー、個人情報とかそういうのあるしなー? 特定されるのはなー! やだなー!!』


 ウゼェ消えろ調子乗んなというコメントで溢れかえるチャット欄にそりゃそうだと同意する。僕はこの子のファンだけど、今日は当社比5倍のウザさでウゼェと言いたくなる気持ちが湧き上がる。

 だが夜芽アコはそんなチャット欄を気にする様子もなく、絶好調にウザさを撒き散らかしている。うっぜぇ……!!


『って、証拠。証拠かー……そうだ! カップル配信者みたいな感じで放送するのとかどう!? あーいうの憧れだったんだよね。ほら、事務所とか入ってる人らはそういうの出来ないじゃん? ね? どうかな皆?』


:やれるもんならやってみろ

:まーた出来もしない事を言う

:出来なくていつもの謝罪芸やるんだろ。お前もうオワコンだよ。夢ちゃんの配信見に行くわ


『は??? マジだから。アコマジだからね今回は。てか何が夢ちゃん見に行くわだよ。他人の名前出すなよシラケるわ〜……てかそんなことわざわざ書く必要なくない? 勝手に行けばいいじゃん。わざわざ書いてアコを不快な気持ちにさせたいの? はー? 余計な手間までかけてお疲れ様ですねぇ〜!! お暇でいらっしゃるようで〜!?』


 あーこれまた温まってきたな。ヤバいな。いつもの配信ぶち切りパターンじゃん。

 はいはいお約束お約束。そう思ってコメントを打ち込んだ所で────あっ、ヤッベ。


丸焼き大草原:アコちゃん落ち着いてください。


 ……僕のアカウントこいつにバレてるんだった……


:240円のナイトくんチッスチッス

:守護りに来たぞ、騎士くんが

:アコは……俺が守護る……


「ぐあああああああああああ!!!」


 案の定前に送ったスパチャがネタにされてるし! ヤバい恥ずかしくて死ぬ!! 転がって羞恥心を掻き消そうとするが三半規管が気持ち悪くなっただけである。

 ちくしょうなんで僕がこんな辱めを……自業自得だけど!! 自業自得だけどさ!!


『……んふ、んふふふ……ありがとうね丸焼き大草原さん。おかげで落ち着いたよ、めっちゃ落ち着いたよ』


 画面から聞こえてくる変な笑い声に疑念を抱くと同時に、マジで落ち着いたことに対する驚き。

 それどころが上機嫌な様子の夜芽アコはそのまま語りを続ける。


『ま! そうだね! やみん。いやごみんのさえずりにイラつくのがダメだよね。うんうん。わかったわかった。丸焼き大草原さんのおかげで、かれぴっぴもこの配信見てるの思い出したからね。うふふ……本当にありがとうねぇ丸焼き大草原さん』


 名指しで甘ったるい声で囁かれて背筋に汗が伝う。

 これ、絶対頭冷えてないよね。むしろ燃え上がってる。燃えるのは炎上だけにして欲しい。


『じゃあそうだねー、バカタレさん達にも近々証拠を見せてあげるよ。私にかれぴっぴが居るって事のさ』


:期待せずに待ってるわ

:マジなら5万くれてやるよ

:5万投げたら騎士団長扱いされそう

:嫌すぎる


『言ったな? 5万投げるって言ったな? 覚えたからな、えーと……『伝説の虫けら』さん。言っとくけどアコ、頭いーからこういうのちゃんと覚えてるからね。投げなかったらブロックするからね。わかったな虫けら』


伝説の虫けら:馴れ馴れしいわ


『さっ! じゃあ今日はゲームするよー! 今日やるゲームはこれ。乙女ゲームなんだけど、最近声優さんがやらかして問題になったやつでねー』


 また炎上の種を撒いてる夜芽アコの配信を切り、僕は改めて、改めて、考える。


「…………僕、告白受けてないんだよなぁ……」


 カップル配信とかマジでどうするつもりなんだろう。いや……まぁ……うん。考えても無駄だな。

 というかそもそもこれは悪い夢だ。飯食って寝れば現実に戻れるさ。そうに決まってる。明日はきっといい日になるだろうなー!!

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