第3話

「そんなわけで俊介君。一緒にカップル配信をしよう!!」


「いやどんなわけだよ!?」


 衝撃過ぎる真実に驚く間もなく、そんな事を抜かしてきた穂澄さんに声を荒らげてツッコんでしまう。

 いや、てかマジ? マジで!? 夜芽アコの中の人ってマジ!?


「あの……マジでアコちゃん……なんですか……?」


「もー、本当だよ。ほら、このかわいい声でわかるでしょー?」


 きゃるん♪なんて擬音が聞こえてきそうな甘ったるい声が穂澄さんから発せられて、理解が追いつかない。


「いや、こう、穂澄さんの声帯からそんな甘ったるい声が出て脳がバグりそうというか、まともに思考できないと言いますか……」


「んー、じゃあコレ見て」


 そう言ってスマホを取り出した穂澄さんはそのまま僕に画面を見せてくる。

 そこに映っているのは夜芽アコのツブッターアカウント。僕に画面を見せながら器用に文字を入力すると……夜芽アコのつぶやきが更新される。


『かれぴっぴとおはなしちゅう♡(*´³`*)』


 頭が痛くなる文面なのは置いておいて、念の為に僕も自分のアカウントで夜芽アコのツブッターを確認すると……今穂澄さんが入力した物と同じ内容が、一字一句違わずに呟かれていた。


「……マ、マジだ……マジで穂澄さんが……アコちゃんだ……そんな、まさか穂澄さんがこんな、こんな残念な人だったなんて……」


「ツッコミに容赦がなくなってきたねぇ……これが彼氏彼女の距離感……だね!」


「異常者と健常者の距離感だと思うな……」


 やれやれと肩を竦める穂澄さんにそれは僕がやるべき仕草だよとツッコミたくなるが、一々ツッコむとキリがないので喉まで出かかった言葉を飲み込む。

 理解した。この人が夜芽アコご本人だということは身をもって理解した。理解した、けど……


「こんな偶然ある……?」


「私も驚いたよ。でも、これが運命……赤い糸って、本当にあるんだよ、私達の存在がその証拠よ」


 頬を染め、キャッキャ言ってる穂澄さんの様子にマジで夜芽アコの中の人だなと思うと同時に、今までクラスメイトで孤高の人だった穂澄さんのイメージが一気に崩れさる。例えるなら爆破で解体作業したようなそんな感じ。


「って言うか穂澄さん。さっきから彼氏彼女とかカップル配信とか言ってますけど、僕告白断りましたよね……?」


「うん。でも最初の告白は俊介君からだもの。そっちの返事はおっけーだから私達はカップルだよ?」


「アコちゃん落ち着いてください」


 いやマジで何言ってんだこいつ。僕は別に穂澄さんに告白なんてしてないぞ。うん、だって穂澄さんと話したのは今日が初めてだし。


「あのぉ……その告白とは……? 身に覚えが全くないんですが……」


「えー? それを私の口から言わせるのー? もう、俊介君っていい趣味してる!」


「ちょっと頭バグりそうだから穂澄さんの口調で喋って!!」


「……こほん、全く、仕方ないわね」


 不満気な様子でこほんと咳払いをすると、いつもの口調に戻った穂澄さん。良かった、ちょっとだけ落ち着いてきた。


「『スパチャ解禁おめでとう。アコが頑張ってる事、俺は知ってるよ。君の笑顔に俺は元気を貰っている。

 あまりお金は投げれないけれど、少しばかりのお祝いを送ります。

 どうか世間の目を気にしないで欲しい。俺はありのままの君に一目惚れをしたんだ。だから、アコは俺が守護まもる……』」


「ぐわあああああああああ!?!」


 昨日生み出してしまった黒歴史を突然朗読されて思わず呻き声を上げてしまう。

 ダメだこれ朗読されるとマジでキツい!! 誰だよこんな呪物を生み出したバカは!! 僕だよ!!


「ほ、穂澄さん……何故いきなりそのような精神攻撃をお使いになられて……?」


「何故って、俊介君が言ったんでしょう? どんな告白をしたか、って」


「それが僕の黒歴史となんの関係が…………あっ」


 冷静に、僕が書いた文面について考える。

 …………いや、ちょっと、まさか……ねぇ?


「一目惚れ。俺が守護まもる……こんな告白をするなんて……俊介君、案外情熱的なのね」


「アレが告白扱い!? 嘘だろ!?」


「純度100%に告白だと私は受け取ったわ。そう、だから最初に告白してきたのは俊介君よ。なので私はその告白を受けました。つまり俊介君はかれぴっぴです。理解したかしら?」


「してたまるかっ!!」


 想像の遙か斜め下から斜め上へとジグザグを描くようなかっとんだ事をおっしゃる穂澄さん。

 マジでやばい。やばい。流石は夜芽アコの中の人だ。思考回路が常人のそれじゃない。


「でもね俊介君。いや丸焼き大草原さん。あなたがアコに情熱的なスパチャを送ってくれた事実には変わらないの。それはわかるよね?」


「グッ……! い、いや、送ったけど、送ったけどさ……! マジに取られると思わないし、そもそも穂澄さんだってわかってたらあんなの送ってないと言いますか……いやよく考えたら普通にあんなもんノーカンだよ!」


「吐いた唾は呑めぬ。いい言葉だと思うの」


「この場合適切なのは取らぬ狸の皮算用だよ」


「ふふっ、嘘から出た誠ね」


「身から出た錆だよ。てか無理にことわざで返そうとしなくていいから。後上手いこと言って返そうとしてるのが透けて見えて意味が通じない会話になってきてるし」


「覆水盆に返らずね……」


 しつこい。という言葉をぐっと飲み込み、落ち着いて、冷静に口を開く。


「……穂澄さんがアコちゃんなのは身に染みて理解したし、僕のスパチャを告白と認識してるのはわかりましたけど……それはそれとして、なんでそこまで僕を彼氏にしようとしてるんです? なんと言いますか、穂澄さんならもっといい男とか狙えると思うんですよ。ほら、こう、配信見てる感じ承認欲求高い人だからスペック高い彼氏の方がいいでしょうし」


「……ではその答えの前に私から質問だけど、俊介君、私の事をかわいいと思う?」


 この人、本当に残念な人なんだなと思ってしまう。いやまぁ夜芽アコの魂なら……納得できるけども。


「そんな残念な物を見るような目で見ないで。真面目な質問だから」


 思いの外、真剣な様子で問いかけてくる。

 まぁ、嘘を吐く理由もないし、ここは正直に答える。


「……いや、まぁ、忌憚なき意見を述べますけど、穂澄さんはまぁかわいい容姿をしています」


 正直な所、穂澄さんはとてつもなく美少女である。

 腰まで伸びた黒い髪は絹のように艶やかで、見ただけでよく手入れされている事がわかる。

 顔は……内面と違い、鋭く光る赤い眼差しでクールな印象を抱く。けれどそれが悪印象にならないぐらい、彼女の容姿は整っている。

 文句なしの美少女。だからこそ謎なのだ。穂澄さんならもっとこう、いい男を狙える感じなのに。


「でも、私と付き合いたいとは思わない。そうよね?」


「それはさっきも言った通り、そうです」


「つまり私の事をかわいいと思うけど、容姿がかわいいからと言って付き合う理由にならない。そういう事ね?」


「言い方微妙にムカつきますけどまぁ概ねそんな感じです」


「そう! そこなのよ! 俊介君!!」


 急に元気になった穂澄さんに面を食らう。一体何が、と思う間もなく穂澄さんはそのまま言葉を続ける。


「自慢では無いことも無いのだけど、私は容姿にそれなりの自信があります。かれぴっぴにこう言う事は言いたくないけど、今まで何度も告白された事があります」


「かれぴっぴじゃないです」


「けど、私は自分の顔だけを理由に好かれる事は嫌いなの。大事なのはそう、本当の私を理解してくれること……それで俊介君。あなたは私の容姿に惹かれてない。そしてなにより、私の本性をさらけ出している夜芽アコに対してあんな告白……これはもう、運命としか言えない! なので! 俊介君は私のかれぴっぴです。何より俊介君から告白された事実は変わりません。つまり……かれぴっぴ!!」


 ほうほう、なるほどなるほど。これは……そうだな……うん、わかったぞ。

 こいつヤベェ。


「穂澄さん。僕はあくまでキャラクターとしての夜芽アコが好きなだけで実際の穂澄さんに関してはヤベェ奴という感想を抱いてドン引きしているので勘弁していただけないでしょうか? 僕を見逃してください。いやマジでお願いしますお金払うんで許してください」


「……つまり、夜芽アコが好き=私が好き……って事ね!」


「同じ言語を使ってるのに話が通じないぞぉ……?」


 延々と墓に向かってドッジボール投げてるような一方通行の会話に頭を抱えたくなる。

 けど何としても会話を成立させないと絶対まずいことになるってこれ。いやもう手遅れレベルだけどさ!


「大丈夫。俊介君が照れ屋さんなのは理解してるわ。だから徐々に、徐々に、慣らして行きましょう。時間は沢山あるのだから」


 そう言って、腕を絡めて来る穂澄さん。

 普通ならドキドキするシチュエーションではあるが、なんだろう、今の気分はさながら蜘蛛の巣に雁字搦めにされた蝶の気分。捕食される手前のような感じで胸がバクバクする。心不全か??

 てか、とにかく何とかしてあの告白を撤回しないと絶対にマズイ! てか今の時点でマズイよ!!


「あの! 穂澄さん! ちゃんと話し合いを────」


「俊介君」


 しよう! と言いかけた所で、右手の人差し指で唇を塞がれる。不意打ち気味にやられたそれのせいで思わず口を閉じてしまう。


「私だけ名前で呼ぶのは、よく考えたら不公平よね。心恵と呼んで貰っても構わないわ。勿論、このちゃんとかそういう愛称でも言いけれど」


「勝手に呼んでるだけでは……?」


「まぁ、俊介君が照れ屋なのはわかったから、この辺りも徐々に、ね?」


 ニコリと、花が咲いたような笑みを浮かべる穂澄さんに思わずドキりとしてしまう。

 普段のクールな様子とは一転し、普通の女の子のように笑う穂澄さんに……こう、ギャップを感じた。

 いや、イカれた言動もギャップではあるけどアレはドキッ! ではなくゾクッ!! だし。


「……あ、そろそろ時間だ。門限を過ぎるとママに怒られるから、今日の所はこれでおしまいにしましょう。続きはまた明日、ね?」


 穂澄さんにひかれて時計を見ると、話し始めて少し時間が経っているのに気付く。

 って、今日の飯当番僕じゃん。早く帰らないとマズイ。

 …………仕方ない。今日はひとまず帰る事にしよう。というか今までの発言内容から考えると、今の穂澄さんには何を言っても無駄だ。なんて言うか頭がお花畑になっている。

 一日置いて頭を冷やせば何か変わるかもしれない。それに賭けよう。


「……わかりました。明日もっかいちゃんと話しましょう。うん」


「ええ! お互いを知るのは大事な事だもの。明日からゆっくり、ね」


 そう言って、立ち去って行く穂澄さんの後ろ姿を見送りながら、ふと触られた唇をなぞり、僕は思っていた事をボヤく。


「……あ、あざとい……」


 脳裏で夜芽アコの姿と穂澄さんの姿が重なるが、首を振ってそれを打ち消し、僕も帰路につく事にした。


 ……明日からどうなるんだこれ……?

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