第2話
「俺が思うに、お前の青春は冬模様なんだよ」
「青春なのに?」
「青春なのに」
今日も一日学生としての務めを果たし、康太の家に遊びに行こうという所で康太が微妙にそこまで上手くない事を言い出した。
「考えてもみろよ、お前がやる事は帰ってゲームするか妙なVtuberを見るか炎上ウォッチング。出会いも無ければそもそも出会う気も無い。これが冬じゃなきゃなんなんだ?」
「康太だって人の事は言えないでしょ。前まで地下アイドルの追っかけやってたじゃん。なんだっけ、裏でファンにアホほど貢がせてるのがバレて、最終的にクソほど燃えて引退した人」
「うるせぇ!! それでもあの青春はサイリウムより光り輝いてたわ!! それに俺は貢いでねぇし!! いいか! 俺はあの悲劇をお前にも味わって欲しくないから変な女を推すなと口が酸っぱくなるほど言ってるんだよ」
「あぁ言うのって傍から見てるのが面白いから僕がそういう沼にハマることはないよ」
「そーいう斜に構えてる奴ほど沼に落ちやすいんだよ……俺ら高二だぜ? 青春しようぜ、青春」
康太はいつもこんな感じで青春とは! みたいな事を言ってくるけど、そもそも僕は彼女が欲しいわけじゃないからいまいちピンと来ない。
そりゃあ僕だって健全な男子高校生。興味が無いと言えば嘘になるけど、康太みたいに必死になるほどでもない。
そんな僕を見て康太は「枯れてる」だの「絶食系男子か?」と言ってくるが、僕からすると康太はがっつき過ぎだと思っている。
「いいか? 俺たちはもう高二だ! 青春真っ盛り。色々頑張る時であってだな」
「わかってるわかってる。康太は頑張ってるよ、うん頑張ってるさ」
「雑に聞き流してやがるなコイツ……あのなぁ────」
「ねぇ、少しいいかしら?」
そろそろ雑に聞き流しながら帰ろうとした所で、後ろから凛とした女の声がかかる。
「えっ……ほ、穂澄、さん……?」
まるで信じられない物を見たような康太の顔に釣られ、後ろを振り返る。
そこには、ちょうど今朝話題に上がった穂澄さんが立っていて僕も思わず驚いてしまう。
まさか僕らに用? にしても相変わらず美人だよなぁ。なんて考えていると穂澄さんは何故か僕の方を見据えていた。
「な、なんでございまして? いったいどんな要件があるのでございまして?」
「あら康太さん、口調がとち狂っていましてよ」
「まぁ緊張で口が回りませんわってやかましいわ!」
「コントの練習?」
驚き過ぎてお嬢様になった康太の真似をしたら、穂澄さんが珍妙な物を見る目でそんな事を言ってきた。
いや、反射的にボケたけど僕も康太と同じで内心とても困惑している。
穂澄さんはクラスメイトではあるが、一度も話した事がないし人と話してるのもあんまり見た事がない。
ぼっちというか孤高のクールビューティー。私は一人で生きていけるわ。なんて言葉が似合いすぎる人。
なのに、何故か僕ら二人に話しかけてきた。予想外にも程がある。
教室に残っている他のクラスメイトも物珍しい目で見られる。気分はさながら見世物であるが、穂澄さんはそんな視線を一切気にした様子もなく、言葉を続ける。
「空野君、あなたに用があるの。少し顔を貸してくれない?」
「えっ?」
僕らではなく、僕に用があると言われて思わずそんな声が出た。
「いや、なんで?」
そして次に出たのは疑問の言葉。
でもこれは仕方ない。なにせ用があると言われても、僕と穂澄さんにはなんの接点もない。なのに、いきなり用があると言われても正直ちょっと怪しい。
そしてこれは個人的な理由だけど、僕は少しばかり疑い深いのだ。何故なら、インターネットで色々な闇を見てきたからである。
「ここだと話せないの。だから付いてきて欲しいのだけど」
「はぁ……」
どうやって断ろう。
用があると言われても、穂澄さんに話しかけられる心当たりはないし、そもそも今日は康太の家でクソ映画鑑賞会の予定がある。なので、正直にその事を言って断ろう。
「あの、ちょっと今日は用事が──」
「や! どーぞどーぞ!! こいつ帰宅部で暇に暇してるんでどーぞ連れてってやってください! な? 俊介」
「いやだから用事」
と続けようとした瞬間に康太の顔が眼前に迫り、小声なのにすごい勢いで喋り出す。
(バッカお前! 穂澄だぞ! あの穂澄に声掛けられてんだから顔ぐらい貸しとけって! つーかフラグだぞフラグ、回収しに行けよ!!)
(いや、お前と遊ぶ用事あるんだけど)
(あんな無駄なもん見る用事なんざどーでいいわ! いーから行ってこい! んで後で話聞かせろ!)
(こういう時普通嫉妬して邪魔とかするんじゃないの?)
(穂澄はかわいいが好みとは違うし、後お前に春が来たらそれはそれで面白いからな)
「んじゃ俺はこれで!! また明日なー!」
余計な気を回した康太は声をかける間もなく一目散に立ち去っていきやがった。あの野郎、次あいつの家に行ったら椅子に括り付けてクソ映画耐久会をしてやる。
「えぇと、それで、大丈夫なの?」
どうしたものか。とでも言いたげな表情で聞いてくる穂澄さん。
康太にあんな風にされた手前、断るにも角が立つからなぁ……まぁ、うん。話だけでも聞こう。
もしかしたら僕の思い過ごしで、たいした用事じゃないかもしれないし。
「大丈夫になりました。それで、どこで話を……?」
「ありがとう。じゃあ付いてきてくれる?」
クラスメイト達の奇異な物を見る目を背に受けながら、僕は穂澄さんに付いて行くのだった。
△▼△
「ここ、先生も滅多に来ないからお気に入りの場所なの。だから聞かれたくない話にはピッタリなのよね」
教室からそれなりに離れた場所にある空き教室まで連れて来られ、僕と穂澄さんは向かい合う。
というかお気に入りの場所にまで連れてきて本当になんなんだろう。謎は深まるばかりだ。
「それで穂澄さん、用事とは……」
「そうね……じゃあ、単刀直入に言うのだけれど」
凛とした、それでいてなにかを確かめるような口調のまま────
「私と、恋人としてお付き合いしてください。空野君」
「はい??」
絶対なにか裏があるでしょ。そうツッコミたくなるセリフを言った。
「……いや、いやいやいや、穂澄さん? えぇと、何かの罰ゲームですか? あんまりこういうのは良くないと思うかなー……って」
「同じクラスだから知ってるでしょうけど、私の周りにそんな事させようとする人、居ると思うかしら?」
「……居ないですねぇ」
穂澄さんに友達が居るという話は本当に聞いた事がない。なので自分で言っといて罰ゲームの可能性はほぼない。
そうなるとからかわれてるのかと思うが、そもそも穂澄さんの性格的にそれもなさそう。
……まさかマジ? 嘘でしょ?
「それで、返事を聞きたいのだけど」
「いや、えっと……」
……どうやって断ろう。
だって、絶対なにか裏があるでしょこれ。
そもそも何度も言うけど僕と穂澄さんはクラスメイトってだけで面識がないし、惚れられる要素なんて全くない。
それにこれはただの勘なんだけど、なんかこの告白を受けたらダメだと僕の本能が警鐘を鳴らす。
……こういう時の僕の勘はわりと当たるんだよなぁ……具体的に言うと夜芽アコの配信見て「あ、炎上するなこれ」って思ったら九割炎上してるし。
うん、正直に断ろう。僕は自分の勘を信じる。
「えぇと……その、そう言って貰えるのは嬉しいけど、ごめんなさい。お断りします」
正直に、誠意として穂澄さんの目をじっと見て僕はそう言いきった。
すると穂澄さんはなんだか、とても興味深そうな顔をした。あれ、何その表情?
「理由を聞いてもいいかしら? 私、容姿にはそれなりに自信があるのだけれど」
その言葉の通り、穂澄さんは非の打ち所がない美少女である。
正直な感想を述べるなら、見惚れるような容姿を持っているし、学校でも穂澄さんに好意を抱いてる人は沢山いるし。
この告白受けちゃっていいんじゃないか? なんて思うけど、僕の勘が嫌な予感を知らせるし……それになにより、もう一つちゃんとした理由がある。
「……僕は穂澄さんに対して恋愛感情を持っていないから、それで告白受けるのはなんだろう。なんか誠実さに欠けて良くない気がする……と思って……はい」
これだ。今まで色々とインターネットの闇を見てきた身としては、好意に対して誠実さに欠けることはあんまりしたくない。という信条がある。
「そう……」
「その、ごめんなさい、本当」
「構わないわ。だって───私の見る目は間違ってなかったんだから」
何故か、穂澄さんが今まで見た事がないぐらいとても良い笑顔を浮かべた。
思わず見とれそうになるが──その瞬間、凄まじいまでの寒気が背筋を走る。
?? なんだ、なんだこの……とてつもない嫌な予感は……? というか、見る目は間違ってないって、どういう意味だ?
「あの……」
訪ねようとした瞬間、穂澄さんがずいっと僕にいきなり近づいてきて──腕を絡めてきた?!
「えっ、ちょ、あの、穂澄さん?!」
「やっぱり、私は間違ってなかった! いやー、わかってた、わかってたよ! 私のかれぴっぴは顔で判断しないって!」
なんだコイツ頭湧いてるのか??? 思わずそんな言葉が飛び出そうになる。
大丈夫? この人なんか狂ってる?
「あの、穂澄さん? もしかして聞き間違えましたか? 僕は告白を断りましたよ?」
「うん、知ってる。でも、最初に告白してくれたのは俊介君だから。相思相愛だね!」
「はいぃ??」
なるほど、どうやら頭がどうにかしちゃったみたいだ。鼻に物がつまったような甘ったるい声で存在しない記憶についてまで語っている。
どうしようこの人、フラれたショックで人がここまで狂うなんて予想外だ。何とか穏便にお引き取り願いたい……けど、なんだろう……? この甘ったるい声どっかで聞いた気がするな……?
……いやそんな事はどうでもいい。何とかして穂澄さんに正気に戻ってもらわないとこう、なんか絶対めんどくさい事になる。
「あのー……僕、そもそも穂澄さんと話した事すらないので告白した覚えはありませんけど……」
とりあえず、まずは正論のジャブ。
「そうだねぇ、私とは、話した事がないよねぇ……じゃあ、そうだなぁ……こうしたらわかるかな?」
どこかイタズラめいた笑み。
けど、なんだろう、僕にはそれがまるで捕食動物の獰猛な笑みにも見えて────
「────言った通り、
「………………はぁ?!」
カチリと、頭の中で引っかかってた何かがかみ合うような音。
……わかった。わかって、しまった。この甘ったるい声。だってこれはほぼ毎日聞いてる声で、なんなら昨日も聞いたばかりで────
「ま、まさか、君……!?」
「あ、わかってくれた? やっぱり! 流石『丸焼き大草原さん』! アコの事は何でもわかるんだね! そうです! そーなんです! 私、穂澄心恵は────」
僕から離れ、ふわりとその場で一回転。
僕がインターネットで使っているハンドルネームを口にし、コッテコテのぶりっ子みたいな仕草と共に横ピースを決めた彼女は────
「Vtuber夜芽アコの魂でーす!」
僕の推し。夜芽アコだった────ウッソだろお前。
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