第5話
「よーう。お前の推しに彼氏できたらしいじゃん。どんな気持ち?」
「現実を見せるな!!」
「そんなキレるレベル!?」
「人がせっかく現実逃避してたのに……」
「えぇ……ガチ恋じゃん……」
翌日、登校した僕は康太に早速現実を叩きつけられて昨日の一件が夢じゃない事を改めて思い知らさせる。
チラリと教室内に視線を向けるが……穂澄さんはまだ来てないようだ。
「まー元気出せよ。人生いい事ある。ほら、俺を見ろ。推してた地下アイドルがクソやらかして炎上したけどそれでも俺は元気に生きてるんだ。
…………思い出したら気分が悪くなってきた……」
「僕を通してトラウマを掘り返さないでよ……そもそも康太の推しは恋人が出来たから炎上とかそういうレベルじゃなかったでしょ」
炎上というか、草木も残らない大惨事ではあった。当時リアタイで見てた僕はそれはもうドン引きしたし、笑ってしまった。
楽しい祭りだったな、アレは。
「まぁその話は置いといてだ! お前昨日はどうだったんだ? 穂澄からどんな話をされたんだ? ん? 気になるから教えてくれよ」
「……別になんもないよ。ふつーの世間話だよ」
「その世間話が気になるんだよ。なっ! ちょっとだけ! ちょっとだけ!」
「…………」
正直に話したい所ではあるけど、内容が内容だけに下手に言っていいのかどうかわからない。
と言うかこう、曲がりなりにも一応僕は夜芽アコのファンであるので、彼女が身バレするような真似はしたくない。
……でも元はと言えば昨日、康太が僕を置いてったのが悪いのでは? 責任の2割……いや1割ぐらいは康太にあるんじゃないか? 少しぐらいは話して、知恵を貸してもらうべきではないだろうか?
「────おはよう俊介君。今大丈夫かしら?」
話そうかどうか迷っていると、甘ったるさの欠片もない凛とした声がかかる。
嫌な予感を覚えつつも声の方に振り返ると、いつも通り怜悧な雰囲気を漂わせるクラスの美少女、穂澄さんが立っていた。
「うおっ!? ほ、穂澄さん。おはようございます!」
「おはよう橘君。実は俊介君と付き合う事になったの。昨日のはそのお話ね」
「ちょ!?」
「はぁ!?」
唐突にぶちかまされた爆弾発言に僕ら所かクラスの連中全員が驚愕したような声を上げる。
何を抜かしてくれてんだ!? ……いや、こいつ僕にだけ見えるように笑ってる……!? こいつ外堀から埋めてきやがった!?
「穂澄さぁーん!? 穂澄さんは言葉が足りないなぁ!! そんな言い方だと誤解されちゃうからー!」
慌てて大声でそう言うと、クラスの連中も『なんだ違うのか』といった様子。よし、後はこのまま勢いで誤魔化して────
「誤解もなにも、男女のお付き合い」
「穂澄さんちょっとテンパってるみたいだから外で話そう!! ね!! 康太はこの状況フォローしといて!!」
「何をどうフォローしろってんだよ!? ちょ、俺にも後で話聞かせろ!!」
叫ぶ康太とクラスメイトの視線を背に受けながらも穂澄さんの手を引っ張ってひとまず外に出る事にする。
「まぁ、大胆ね」なんて穂澄さんが言ってるけど聞こえないフリをする事にした。この女……!!
△▼△
「何してくれてんの?? ねぇ何してくれてんの??」
「???」
「首を傾げるんじゃないよ!!」
階段裏まで穂澄さんを連れて来た僕は思いの丈をぶちまける。けれども穂澄さんは? とかわいく首を傾げて何を言ってるかわかりません。と言ったご様子。そろそろ頭引っぱたいても許されんじゃないだろうか。
「あのですね。まず大前提として僕らは付き合ってないです。現実を見よう? 寝言は目をつぶって言うものだよ?」
「そうね、何故皆の前で公言したかについての説明ね」
「話聞いてる??」
「聞いてるから説明をしようと……」
「こ、この野郎……」
会話のキャッチボールって本当に大事だなと、僕は身に染みて理解した。誰かこいつとキャッチボールする方法を教えて欲しい。このままだと僕はデッドボールを投げてしまう。
「こう……憧れるじゃない。クラス公認のおしどりカップルとかそういうエモい概念。将来結婚した時にあんな事もあったなぁって過去を懐かしむ事が出来そうなそういう概念」
「待って今流れるように籍を入れてない?」
「大丈夫。貯金は大事だもの。これからスパチャで貯めるから大丈夫よ」
「誰も君にスパチャ投げないでしょ!!」
冷める所か茹で上がった脳みそをしてる奴の相手は疲れる。どうしよう。マジでどうしたらいいのこの子……
「てかそうだ穂澄さん。昨日のカップル配信ってなに? マジでやるつもりなの? 僕絶対やんないよ」
「うふふ」
「笑って誤魔化すな」
マジで話しても通じないこのモンスターをどう扱うのが正解なんだろう。
穂澄さんの中では僕とお付き合いしてるのが確定みたいで人の話なんて聞きもしない。マジで関わってはいけないタイプの人だとヒシヒシと理解する。
…………もう諦めるしかないのでは……? いや待て! 何か、何か手はあるはずだ。考えろ僕。考えるんだ僕!!
…………その時、昨日翔華とした会話を思い出した。
────その手の人って基本的に自己愛と承認欲求拗らせてるから、実際にお付き合いすると男の方に「なんか思ってたの違う」ってなって勝手に冷めるらしいんだよね。だから、それを狙って一回付き合ってみるのも手じゃない? 後、一応付き合ってる状態なら多少の手網は握れるかもしれないし。
…………この案、正直な所嫌な予感しかしない。でも、昨日は僕の直感に従った結果ああなった。
つまり僕の直感に従わなければ事態は好転するのでは? その考えが浮かんでしまう。
でも正直このまま断り続けても外堀を埋められて引き返せない事になりそうだし、いっそ踏み込んで、内側から腐らせるべきじゃないか? いやまぁ既に腐りきってそうだけどそれは置いておく。
というか、この人何やらかすかわかったもんじゃないし、一旦付き合って手網を握るべきだとも思うし。
……僕は別に穂澄さんの事が好きじゃないから付き合うとか嫌だけど、今回はもうしょうがない。
そう、これはトロイの木馬だ。敵陣に飛び込む……しかない!
信じるぞ、信じるからな翔華!! マジで信じてるからな!!
「穂澄さん……カップル配信とかそういうのはまた今度でいいんじゃないかな……ほ、ほら、何せ僕らはまだ、現実のお互いの事をあんまり知らない。まずは互いの事を知っていくのが……こ、こ……恋……人……関係として大事なんじゃないでしょうかねぇ!?」
「…………た、確かに……!!」
ヤケクソ気味な僕の叫びに何かを感じとった穂澄さんはハッとした表情を浮かべ、キリッとしたいつもの穂澄さんフェイス。
「……そうね。確かにカップル配信はまだ早いかも……俊介君のV体もないし機材も行けるかどうかわからないし、そもそもまだお互いの事をあんまり知らないわね……あっ、でも大丈夫。俊介君の事は昨日今日で色々調べたから。確かお義父さまとお義母様はお仕事で海外に行ってて、今は妹さんと二人暮らしであってるかしら?」
「その通りなんだけどなんで昨日の今日で家族構成と家庭の事情が握られてるのか理解したくないからそれ以上は言わないで欲しいかな。本当に」
リアルに背筋が凍る。おかしいな、冬はまだ先なんだけどな。寒気が止まらないぞ。
「……うん。わかった。ちょっと浮き足立ってたかも。こういう関係はじめてだから」
「わかってくれたらいいよわかってくれたら! こういうのは段階が大事だからね!」
いじらしく指先同士をツンツンするあざとい仕草にどう反応するのが正解なんだろう。
でもよかった。流石にちゃんと認めたら言う事を聞いてくれた。
……好きじゃないのに付き合うってのは、こんなモンスター相手でも流石に良心が痛む。けれどやるしかないのだ。
とりあえず適当に付き合って手網を握りつつ、向こうに失望されるような感じの立ち振る舞いをして別れる……!! もはや、このモンスターに対策する術はそれしかない。藁にも縋る気持ちで……僕は……やるしかない……っ!!
「あ、後、周りにアピールするのは僕ちょっと恥ずかしいからしばらくはしない方向でお願い。こういうのも段階踏んでやるのが大事だし、僕も人とお付き合いした事なんてないから勝手がわからないしさ……!」
「えー」
「……か、隠れて付き合うカップルとかもエモくない……? ほら、初々しい感じとかさっ!! 僕はそういうのが好きだなー!!」
「…………ありね!」
もしかしてこの人、案外チョロイ?
いやそもそもあんなクソみたいなスパチャで落ちてる時点でチョロチョロのチョロだった。
「全く、俊介君は仕方ないわね。いいわ。そういう事ならしばらくは隠れてお付き合いにしましょう。
……でも、その前に私からも二つ程お願いがあるのだけど」
「お願い?」
身構える。一体何を言う気なんだ。
「一つは、二人でいる時は普通に喋っても大丈夫かしら? 私としても慣れた口調で話したいのだけど」
「まぁ……それは構わないですけど」
昨日は正直突然の事で理解が追いつかなくていつもの口調で喋ってと言ったけど、本性を理解した今ならまぁ……拒否する理由は無いので頷く。
「そう? 良かった! あー! 自由!! あの喋り方苦手なのよねー。こっちが素だからね!」
「やっぱり穂澄さんからその声したら脳みそがバグる……」
というかそもそもなんで口調とか本性隠してるんだろう。なんか顔だけで告白される事多かったとか言ってたけど、本性出てない穂澄さんも悪いんじゃないか?
まぁこの本性は隠すべきだと思うけど。
「それで二つ目はなんですか? 名前呼びとかはハードルが高いのでまたの機会にお願いしたいです」
「それも良いけど、俊介君照れ屋さんだもんね。そっちは後々にして……二つ目。俊介君が言った通り、まずはお互いの事について知る事が大事だって思うんだ」
それはそう。対策するにもこの人の事を知ることがまずは大事。なんだろう。デートとか言ってくるのかな。嫌だな、お断りしたいな。
「それで提案だけど────私の家で遊ぼう!」
「それハードル1000mぐらい高くない??」
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