4話

「うーん、やっぱダメかぁ」


「あら、ダメだったの?」


「うん。短期じゃ無理って断られた。まぁそりゃそうだよね……」


「そりゃ三ヶ月で辞めるバイトなんざ接客業に必要ねぇだろうな……」


「俊介君の場合は三ヶ月以上働けないから仕方ないわね……」


「なんか詳しいっすね」


 昼休み、康太といつの間にか混ざってた穂澄さんと昼ご飯を食べながら早速電話でコンビニの方に申し込んでみたけど、短期はちょっと……という理由でお祈りをくらった。

 短期のつもりありません。長く働きますって言えばよかったんだろうけど、それはなんか誠意に欠けるのでやりたくないしバイト探しは振り出しに戻ってしまった。

 ちなみに穂澄さんにはあらかじめ、僕がバイトを探してる理由とかは話してあるので事情は全部理解している。


 どうすっかなぁ……なんて思いながら今日は母さんが作ってくれた弁当に箸を伸ばす。うん、うまいうまい。なんか期間限定とかにありそうな味がする。


「っても、そろそろ夏休みだろ? それなら俺ら向けの短期バイトの募集とかもあんだし他にも色々あるんじゃねぇ?」


「……あ、そっか。そろそろ夏休みじゃん。最近色々ありすぎて忘れてた」


「普通夏休み忘れるかお前……」


 康太が信じられないものを見る目で僕を見るけど、忘れるぐらい濃密な日々が続いたから仕方ないんだ。

 でもそれを言う訳にはいかないので適当に笑って誤魔化すと今度は疑いの目を向けてくる。


「つーかそろそろ話してくれてもいんじゃねぇの? お前ら二人の関係。俺だけ除け者かー?」


「いやぁ……だから、ほら……趣味で話があって」


「そうね。VTuber的な物で少し」


「嘘くせー。つぅか穂澄さん、Vとか見てんの?」


「そうね。推しは天谷夢華さんだったのだけど、ね」


「あー……それはなんつぅか、おつかれさんです」


 手の平グルングルンな穂澄さんはひとまず置いておいて、話題を逸らすために僕は口を挟む。


「ま、まぁ夏休みだし短期メインのやつでも探してみるよ。てかもう夏休みって早いな……康太は進路とかどうするつもりなの?」


「お前急に現実見せんなよ……まぁ、普通に大学じゃねー? 親にも行けって言われてるし」


「康太もそんな感じなんだ。僕んとこもそうだからとりあえずは大学だけど、どこに行くかって話だよね」


「まぁ三年になってから決めたらいいだろ。今楽しもうぜ、今」


「一理ある。そういえば穂澄さんはどうするの? 進路とか」


「私も大学は行くつもりだけど、なるべき物は決まっているからどこの大学に行くかまでは決まってないわね」


「お、もう将来の夢とか決まってんすか。見据えてんすね、先を」


「そうね。未来を見据えた行動が大事だと私は思います。ねぇ、俊介君?」


「まぁでも未来ってまだ白紙だからさ……」


「未来は描くものよ」


 なんかもうこの時点で穂澄さんがなるべき物について察しがつく僕は穂澄さんマスターを名乗ってもいいかもしれない。名乗りたくないけど。


 穂澄さんの目を見ないようにしつつ、僕は再度求人誌を開くがあんまり良さげな仕事がない。というか飲食とか接客とか短期だと無理そうな物しかないなら選択肢に入らない物が多いとも言うけど。


「ねぇ、康太の知り合いとかでなんかバイトについて詳しい人とか居ないの?」


「いねぇなぁ。日丘ひおかとかならその辺り詳しそうだが、クラスちげぇしお前あいつのこと苦手だから聞きたくないだろ」


「まぁそれはそう」


 日丘さんは去年同じクラスだった陽キャ女子だけど、僕はあんまりあの人の事が得意じゃなかったからそもそも話す機会なかったし、聞く候補からは除外される。


「とりあえずネットとかでも探してみろよ。

 ……後、お前結構仕事舐めてるから一応忠告しとくが、妙に金払いがいいのに仕事内容が楽な求人とかは絶対やるなよ」


「いや流石にそこまでバカじゃないよ。闇バイトとかでしょ? 見えてる地雷は流石に踏まないよ」


「ならいいけどよー。お前って慎重そうなのになんか変なのに引っかかりそうな感じあるし」


「ヘイトスピーチ?」


 と、口に出してみたけどよくよく考えたら何も否定出来ない事に気付いて僕は黙る事しかできなくなる。

 何とは言わないけど、穂澄さんを見ると穂澄さんは首を傾げた後、ハッと何かに気付いた表情。


「私がしっかりしないと……」


 違う、そうじゃない。気合いが入った様子の穂澄さんを見てため息を吐いた瞬間、昼休み終了のチャイムが鳴るのであった。



△▼△



「あー……なんか疲れたなぁ……」


 学校も終わり、帰り道を歩いているけど足が重い。

 理由としては翔華である。

「怒ってない。認めてないだけ。以上」って言ってはいたけど、なんか喧嘩した後に感じるなんとも言えない雰囲気を僕が勝手に感じてるからだ。

 多分翔華は気にしてないんだろうけどさ。


「大丈夫? どこかで休む? 向こうに喫茶店とかあるよ」


 学校が終わり、いつもの化けの皮を脱ぎ捨てた穂澄さんが僕を気遣ってくれるけど、残念ながらお小遣いが課金で消えて尚且つお小遣いを半分カットされた身としては余分に使えるお金が無い。

 でもお金が無いから無理。なんて言ったら穂澄さんが気を使うかもしれないし、いい感じの言い訳を考えることにする。


「や、お腹は空いてないし大丈夫。それに穂澄さん門限あるんだから寄り道するわけにはいかないでしょ?」


「それは大丈夫! 俊介君と一緒に居るなら門限とかはそこまで気にしなくていいって言われたから! それに私もしばらく配信できないし、その間は俊介君の助けになりたいなぁって」


「別に穂澄さんはそんな気にしなくてもいいのに」


「それを言うなら俊介君もだよ? だって、元々私達が顔出しって言い出したから悪いんだし、そもそも翔華ちゃんの事務所がちょっと……ってのあったし」


「それはそうなんだけど、僕が勝手に気にしてるだけ」


 元々、母さんならちゃんと話せば翔華がV続けたいって言っても色々条件付けて許可はくれると思ってたからなぁ。

 ただ蓋を開けたら事務所が思ってた以上にダメ過ぎて計算が狂った。あそこまでダメとは普通に思わないでしょ。

 …………あれ? よく考えたら全部事務所が悪いのでは? 事務所に金出させた方がいいのでは?


「そっか。でも無理はしないでね。相談なら私も乗るから! だって今暇だし!!」


「あー、穂澄さん今お休み中だもんね」


「うん。なんか今ね、あの時の配信を素材にして私のMADとか作られたりしてるからインターネットもあんまり見たくなくて……」


「それめっちゃ興味ある」


「そこは嘘でも慰めてほしかったなー?」


 後で調べておこう。その手のMADはついつい見てしまうから仕方ない。仕方ないんだ。


「まぁ、だから私も今は暇で暇で仕方ないから任せて。どうせだったらお仕事とかも一緒にしたいね。ほら、オフィスラブとかそういうのもあるよね」


「なんか一緒の仕事申し込んで働くカップルの破局率って高そうだよね。ライブ感で生きてる感じがして」


「偏見じゃないかな??」


 ……ここしばらく一緒に居てわかったけど、やっぱり穂澄さんってちゃんと話せば話が通じるし常識はあるんだよなぁ。

 やっぱり人間関係の少なさが色々裏目に出てる感じがある。そこさえ改善すれば……今穂澄さんが言ってたけど、一緒に仕事するのは結構いい案なんじゃないだろうか?


 色々あって流されそうになってるけど、僕はまだ穂澄さんと別れることを諦めてるわけじゃない。逃がしてくれそうにないけど、やれるだけの事はやってみるべきだと僕は思うんだ。

 ……なんかもう無理な気はするけど、するけども。


「いい仕事があったらするのはいいかもしれないですね。穂澄さんの人間関係を広げるのもありかもしれない」


「別に私は今のままで満足してるよ? パパもママも居るし、俊介君や翔華ちゃんだって居るし、それになんやかんやあいさつ出来なかったけど俊介君のお義母様とお義父様だって居るし……それに配信だってまだ諦めたわけじゃないし……」


「……少ないと思いますねぇ」


「い、いや、他にも居るよ!! えっと、えっと……よく行く古本屋の店長とか!!」


「なんかいきなり新キャラ湧いてきた」


 誰だその人。全然知らない人が出てきた。


「えっとね、家の近くの路地裏に古本屋があるの。そこの店長さんは私の素を知ってるから、話し相手になってもらってる時もあったなぁ……」


「へー。意外。穂澄さんって普段全く素を出さないのに他にも知ってる人居たんだ。てか外でも素を出せないから人に飢えてるとか前に言ってませんでしたっけ?」


「なんか、出す気はなかったけど「嬢ちゃん、化けの皮は剥いだ方がいいぞ」っていきなり言われて……それにその人はなんか、あくまでよく行く店の店長だからこう、友達とは違うからノーカウントみたいな」


「なるほど……にしてもなんかまたキャラが濃そうな人だな……」


 なんかここ最近、胃もたれおこしそうな人達と出会ったからもういいって言いたくなる。

 しかも古本屋の店長ってそれだけでキャラが立ってるやつだよ。これがラノベならキャラ多すぎて作者が使いきれてないとか言われるやつだよ。


「あ、ここ。ここの路地裏にあるんだ。せっかくだから寄ってきていいかな? 最近顔出してなかったから」


 穂澄さんが指さした先を見ると、そこは路地裏に続く道……奥の方をよく見ると、なんだか寂れた古本屋らしき店がある事がわかる。

 こんな場所に本屋あるって知らなかった。誰も気づかないような立地だな……ちょっと心惹かれる物がある。


「いいですよ。僕もちょっと気になりますし、覗いていきましょう」


 古本屋に向かって歩き出す穂澄さんに僕も続く。

『すずかぜ古書店』って看板を掲げた店は、近づいて見るとかなり寂れている外観をしており、これ本当にやってる? って思うぐらいには寂れてる。

 中の様子を伺おうにも、引き戸は曇りガラスだから中を見る事ができない。

 シャッター閉まってないからやってはいるんだろうけど……そこで、この寂れた書店に不釣り合いな物を見つけた。


『短期バイト募集してます。接客と店内の清掃をお願いします。場合によっては別の仕事も頼みます』


 なんて言葉と共に、流行りのキャラクターが描かれた紙が引き戸の端の方に貼られていた。

 なんだこれ……? なんて疑問を抱く間もなく、穂澄さんが勢いよく引き戸を開いた。


「こんにちはー! 久しぶりに来たよー! 元気にして……して…………?」


 なんか穂澄さんの勢いが一瞬で萎んでいく。

 穂澄さんに続いて僕も店の中の覗き込むと、古本屋独特の匂い広がる空間。

 本棚には大量の本が詰まっており、まぁ典型的な本屋だな……って景色。そしてカウンターの向こうには一人の女性が座っていた。

 眼鏡をかけた、僕らより少し歳上っぽい女性。

 この人が穂澄さんが言ってた店長だろうか? なんて考えていると、女性の方はあんぐりと口を開け、言葉を発した。


「えー……いらっしゃいませっすー……えっと、お元気そうなお客様っすね……?」


「あっ……あっ……えっと、はい……失礼しました……」


 ピシャリと、穂澄さんはすぐさま引き戸を閉めてからその場にしゃがみこんだ。


「あの、穂澄さん? 大丈夫?」


「…………し、知らない人だった……恥ずかしい……」


「その恥じらいお願いだからもっと別の所で発揮してよ……」


 本当に恥ずかしかったのか顔を真っ赤にしてる穂澄さんは置いといて、外の張り紙が気になった僕は穂澄さんの代わりに引き戸を開けるのだった。

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