5話

「あー、常連さんなんすか? すんません、今じい様の代わりにウチが店番やってんすけど……えーと、大丈夫っすか? お顔が真っ赤っかでいらっしゃる」


「だってさ穂澄さん。ほら、いつまでも俯いてないで」


「恥ずかしい……恥ずかしい……」


 両手で顔を押さえてる穂澄さんを連れて店の中に入って話を聞くと、どうやら店員さんは穂澄さんが知ってる人ではなかったようで、それで穂澄さんは恥ずかしさに悶えているようだ。


「すいません、この人ちょっと人見知りみたいな所がありまして」


「あー、はいはいはい。ウチと一緒っすね。いやほんと、ウチも人見知りで苦労してるんすよねー! やー、人ってやっぱり、見知るもんっすよね!」


 店員さんは視線をキョロキョロとさ迷わせながら、人当たりの良さげな笑みを浮かべている。 

 人見知りと言ってるけどテンション高いし普通に話せてる感じはあるけど……なんだろう、長い三つ編みと眼鏡で落ち着いた印象を与えるけど、言動に落ち着きがないって印象を感じる。

 てかなんだよ見知るものって。


「………こほん、失礼。取り乱しました。別に私は人見知りではないです。ただ驚いただけです」


「あー! すんませんすんません。ウチと一緒は嫌っすよね! これは失礼。いやしかしウチは喋りのマシンガン。コミュ障っすけど言葉の弾丸の数だけは負けない自信が! いやー……今日もいい天気っすねぇ! ちなこれコミュ障あるあるの会話の切り出し方っす。ぴえんえん。あ、すんませんどうでもいっすよね。すまねぇ、ウチには人間の会話がわからねぇ……!!」


「いえ、あの、えっと……ど、どうしよう俊介君。こういう時どうすればいいかわからない……!!」


「とりあえず穂澄さんは素で喋った方がこの場はめんどくさくないと思うかな、後店員さんは少し落ち着いてもらって」


 というか改めて猫を被り直そうとする穂澄さんにびっくりだよ。この人、妙な所でポンコツなのはわかってたけどさ。


「やー! ウチマージのコミュ障なんすけど無言の空間が苦手なんすよー。なんで、喋って喋って畳み掛けないと動悸息切れ心不全で体が震えて吐き気がするんで、喋ってないとマージで落ち着かねぇーんですよねぇー。いやほんと、難儀難儀、そのせいで思ったことをすぐに口に出しちゃって気まずくなった過去は数え切れず。全くコミュ障には生きにくい世界っすよ。え? 聞いてない? サーセーンっす。でも会話の勢いでマウント取らないとウチは本当にぴえんえーん。なんすよ」


「ちょっと早口過ぎて聞き取りきれないんですけど……」


「そしてこのように会話のステージにすら立てない。世知辛い! この性分が憎い! ケ・セラ・セラ。なんとかなるっしょ! まぁなんとかならなかった結果、友達とかいねぇんですけどね!! これは本当にぴえんです。つらっ……」


 店員さんははっはっはーと笑っているが、よく見るまでもなく落ち着きがない。

 多分喋れるタイプのコミュ障って言うのは本当だと思うけど、ここまでうる……饒舌なタイプは初めて見た。穂澄さんも素はテンション高いけど、こういうタイプのはっちゃけ方ではないし。


「さーって! 本日はどういったご要件で!! ……あっ、いや、本屋に来るって事は普通にお客様っすね! どーぞどーぞごゆるりと!! 最近は近所の爺様や婆様の憩いの場となってる当すずかぜ古書店を満喫してくださいっす! ウチは隅に居るので、御用の際は呼んでくださいっす。あとは若い二人でごゆるりと……」


「いや、僕らは……というかこっちの子が店長さんの所に顔を出したいからって理由で来たんですよ。店長さんはいらっしゃらないんですか?」


「あー、じい様はちょっと、というか私用で数ヶ月程留守にしてまして。こう、旅に出たと言いますか」


「旅!?」


「はい、なんかジ〇ジ〇系作品を読み直して聖地巡礼したくなったとか言って旅に出たっす。

 まぁ実際はただの旅行なんすけど……そのせいで店番居なくなるから、家族で一番暇してるウチが店番やらされてんすよねぇ……あ、ちなウチはじい様の孫っす」


「なんというか、ファンキーな店長さんですね……」


「あの人らしいなー」


「今はルーブルに居るらしいっすねー」


「最近流行ってるなあ……」


「あ、その漫画ならそこの棚にあるっすよ! この前まではドーンとデカデカと置いてたんすけど、ジャンル的な意味で端の方に追放してやりましたわ」


「なんで今のセリフだけでネタがわかるんですか」


「いやー、やっぱ追放系ってやっぱ今のトレンドなんすよ! まぁ最近本当に流行ってんのは配信×ダンジョンっすけどねぇ。てかこういうとBLみたいっすね。アレなんすかねぇ、配信が攻めって事はいろいろ撮りながらやってんすかね。ふぅー! アブノーマル!」


 もう濃い人はうんざりだから旅に出ててよかった気がしないでもないけど、面白そうな人だから話してみたかったって感じもある。

 でもこの店員さんは店員さんでキャラが濃すぎる。なんなんだよ本当にもう。僕もうツッコミしないからな。


「ま、そんなわけでじい様は今は居ないっす。なんか用があるならウチが伝えときますけど」


「うぅん……単純に顔出したかっただけだからそこまでじゃないかな。あ、そうだ、お土産あったらちょうだいぐらいかな?」


 穂澄さんは少し悩む様子を見せた後、仕方ないと言いたげに首を振ってから、まだ顔は赤いがそのままいつもの口調……素でそう答えた。この調子で普段から素を出せる相手が増えるのはいい事なのかもしれない。


「うすうーす。伝えとくっす。そちらのお兄さんは?」


「いや、僕はその人知らないから何もないですけど……えーと、外の張り紙について聞いていいですか?」


 僕の言葉に店員さんは目を丸くするが、すぐさまずいっと僕に近づいてくる。


「なんと!? もしやバイト募集の!?」


「あれ、そんなのあったの?」


「うん。丁度短期のバイト探してたし、話だけでも聞いてみたいかなって思って」


 外にあった張り紙、真新しい感じがあったから貼ってからそんなに時間は経ってないように思えたし、何より学校から近いからバイト先としては結構良さげな感じがする。

 後、立地的にあんまり人が来なさそうだからのんびりやれそうな気もするっていうのもあるけど。


「お……おぉ……!! マジすか。ついにバイトが……いやー! じい様の代わりに店番やってんすけど、ウチ一人じゃちょっとキツいんすよね!! なんで、張り紙に書いてる通り接客とか清掃とか、あとなんか色々やってもらう感じっすねー。

 ……時給とかは安めっすけど、場合によっては上がる……かも……的なー? みたいなー?」


「その場合によってはってなんなんですか?」


「それはまぁうんはい。場合によりけりと言いますか……適性があるかどうか見極めてからと言うか……ヘッヘッヘ……適合者、素晴らしき厨二心をくすぐられる響きに興味あったりしません?」


「正直好きです」


 男の子だもの。仕方ないよね。

 昔は翔華もこういうノリわかってくれたけど、最近ってかここ数年は「そう……いんじゃない……? 知らないけど……」なんて感じで素っ気ないし、康太は康太で微妙な顔するからこの手のノリには飢えているのだ。

 適合型ランスロット。なんか数年前のソシャゲにありそうな響き。かっこいい。


「よーし! 話が早いのはいい事っす! そんじゃ今から面接とか……どっすかぁ!! やるって!? 了解!!」


「急展開すぎる。いや、履歴書とかないんですけど」


「だーいじょうぶ大丈夫っす。バイトって言っても個人のお手伝いみたいなもんと言いますか、きっちり雇用契約するとかそういうアレじゃないんで。

 あ、ちゃんとお給料は出すんで!! そこはね、きっちりと手渡しでサプライズ感覚でお届けっす」


「へぇー。そういうのもあるんですね」


 初耳である。バイトした事ないから知らないけど、そういうのもあるんだなぁ。

 まぁ正直怪しいか怪しくないかで言うと怪しいけど、近場にある短期バイトって時点で心惹かれる物がある。

 それに緩くやれそうな感じもあるし、とりあえず面接だけやってみようかな。


「……じゃあ、お願いしていいですか?」


「あ、私も私も! やりたい!!」


「いや、流石にこの規模で二人はいらないと思うんだけど」


「大丈夫っす! 誰でもウェルカム!! …………頼める人材が多いに越したことはないっすしねー」


「ん? なんか言いました?」


「いえ何もー! それじゃあ椅子とか色々持ってくるんでしばしお待ちをー!!」


 最後の方になんか言ってたけど、そこは小さく呟くように言ったから上手く聞き取れなかった。

 この人、マジでテンションが高いから対応に困るな……なんて考えていると店員の人は奥から椅子と…………なんか小さめのホワイトボードを持ってきたんだけどなんで??


「ではお二方、まずはこちらのホワイトボードとペンを」


「あの、これはなんなのかな……?」


 流石の穂澄さんも意味がわからないのか、僕より先に疑問の声を上げる。

 すると店員さんはフッと粘着質な笑みを浮かべた。


「なにって……面接っすが……? あれ? ウチまた何かやっちゃいました? うっ、蘇る学生時代の苦い記憶……ウチがなんかやると固まってしまう場の空気……!! 涼風さんもう少し落ち着いた方がいいよ……ううっ!! クラスメイトの冷静な視線が突き刺さる!!」


「いえ、面接でホワイトボードは使わないと思うの」


「実はこれ、時代を横取りする最先端のスタイルなんすよ。ニュースタイルニュースタイル。新型って響きもいいっすよね。ウチは旧型機とか改修機とかのが好きなんすよね。リペアとか名前がついてる機体とか」


「時代を横取りしてどうすんですか。僕は変形するタイプの機体とかの方が好きです」


「私は専用機とかかなー」


 やっぱこういうのって趣味がバラけるよね。ちなみに僕が一番好きな機体はZである。


「では早速いってみまっす!! ……あ、その前にお名前とか年齢を!!」


「えーっと……空野俊介、16歳です」


「穂澄心恵、俊介君とお揃いの16歳です」


「はいはい、空野くんに穂澄さんっすね! あ、ウチは涼風すずかぜ寧々ねねと申しまっす! 涼しい風で涼風。安寧の寧にカタカナのマのパチモンみたいなので寧々っす! ……さっ! そんじゃあ改めてやってきましょーっす!」


 僕と穂澄さんを置き去りにして、面接……面接? が始まった。いやマジでなにこれ? これ絶対受ける場所間違えたって僕。


「えー……では第一問。デケデケデーデデン!! エロ耐性があるかどうかお答えください」


「それ面接関係あります!?」


「ククク……大事な質問っすよ……古本でえちぃ漫画とか触る事があるんで……」


「あのぉ、僕ら未成年なんですけど」


「R18じゃなくてもえちぃのは沢山あるっす。年齢制限の隙間を通り抜けたHENTAIブックがね……まぁそれに昔の漫画とかはわりとコンプラゆるゆるふわふわたこ焼きみたいなもんなんで、R18じゃなくてもヤベーの沢山あるっすからねー……それではお手元のホワイトボードにお書きください!!」


 いや書きたくないんだけど……チラリと穂澄さんを見ると、もうこの状況を受けいれたのか真剣な様子で書いてる。嘘でしょ?

 えー……耐性、耐性。確かに関係ある……いやないでしょ。

 ……しょうがない。一応ちゃんと思った通りに書くか。


「では、書けた方から挙手して発表お願いしまっす!」


「じゃあ、はーい」


 サラサラと手早くホワイトボードに書き込んだ穂澄さんはさっと手を上げる。この人、なんだかんだ適用するのが早いな……


「うす、ではそちらの穂澄……さん。回答をどうぞ!」


「一応、こんな感じかなー?」


『NL◎BL△GL‪△R18G‪✕‬』


「SNSのプロフィール??」


 ツブッターとかミクシブのプロフィールで見覚えしかない書き方が出てきて思わずそうツッコンでしまう。

 後は18↑とか、成人済みとか、推しマーク的な物を書いてるプロフィールとかもあるなぁ……いやどうでもいいんだよそんな事は。


「なんかこういう書き方してる人が多いから真似してみただけかなー。BLとGLは嫌いじゃないけど特に見に行く事はしないね。ボーイミーツガールが好き。グロイのは嫌い」


「だからガ〇ダムX好きなんだね……」


「ふむふむ。極めて普通寄りの感性っすね……まぁ、新しい扉が開く事はあるので今後に期待っすね……では次ー!!」


 そのまま次は僕の流れとなる。マジでなんだよこの空間、頭おかしいだろとは思いつつも僕は自分のホワイトボードを見せる。


『BL以外はそこそこ耐性あり。度が過ぎたのは年齢的にアウト』


「こんな感じですね。多分至って普通だと思いますその手の耐性は」


 まぁ、僕も健全な男子高校生なので興味が無いとは言わないけど、流石に年齢的にね、アウトだからね。現実世界だと「この作品の登場人物は18歳以上です」なんて言葉で誤魔化す事はできないからね。


「つまり、押せばいい……?」


「穂澄さんちょっと黙っててお願い」


 そもそもこれホワイトボードの意味ってあるのか……なんて考えていると、涼風さんはなんだか興味深そうな目を僕達に向けている。なんでだろ?


「ふむふむ。つまり、お二人は嫌なものに対してNOと言える。そういうわけっすね? NOと言える日本人である訳っすね?」


「いや、まぁ、はい。一応そうですけど」


「うん。だって嫌な事はちゃんと断りなさいってパパとママに言われてるから」


 けどNOと言い続けたのにこんな状況になってんだよな僕。ふざけんなこの世。


「NOと言えるメンタルはあるんすね……なるほど、なるほど。では次の質問いきまーっす!

 お次はこちら。厄介な人に目をつけられたらどうするっすか? こちらは接客的な意味で関係のある質問っす。やっぱり今の世の中クソみたいなお客さんもチラホラ居るっすからね。あーヤダヤダ怖い怖い!」


 なんかめちゃくちゃまともな質問が来た。温度差がひどい。

 と言っても、普通に考えたら適当に受け流すしかないけど……そんなの相手しても時間の無駄だし。

 まぁ、これも正直に書こう。嘘を吐いた結果あんな事になったんだし、しばらくは正直に、正直にね。


「はい!!」


 サラサラとペンを走らせていると、書き殴るように素早く書いた穂澄さんがなんかいきなり元気に手を上げた。なんだろう、これ大喜利番組かなにかなのだろうか。


「では穂澄さん、どぞーっす!」


『二度と泣いたり笑ったりできなくする』


 完全にMAD動画作られた事に対する私怨が混ざってる答えが来たよ。

 しかしどういうMADが作られたんだろ。僕的には配信の声を繋ぎ合わせて、歌を歌わせてるMADとか好きだったりするけど。


「無視した方がいいのはわかるけどやっぱりムカつくもん。ただちょっと面白いのもムカつく……!!」


「はいはい。おクールそうな見た目に反して直情型っすね。いやまぁ……接客業という点では……というか面白い? 面白いとは? まぁ気になるっすけどそこは置いといて、では次空野君!!」


「はぁ……まぁ僕のは普通の答えですけど」


 これしかないでしょ常識的に考えて。そう思ったままの解答をホワイトボードに書いてから見せる。


『全スルー。相手にしない』


「相手にしたら負けだと思うのでよっぽどじゃない限りは全スルーでいいんじゃないですかね。よっぽどじゃない限りは」


「俊介君? なんでそこで私を見るの?」


「ちょっと自分の胸に手を当てて欲しい」


 本当に自分の胸に手を当てた穂澄さんは、一般的に考えるとやや慎ましい自分の胸を触るとしゅんとした顔で俯く。コンプレックスだったのか……


「はいはいはい……えー、つまり全スルー出来るぐらいのメンタルはある。そういうわけっすね?」


「まー、はい。実際経験したらまた違うかもですけど、基本的なスタンスはこれです」


 インターネットで様々な荒らしを見てきた身としては、その手のは適度にスルーが一番だと僕は思ってる。相手にしても無視しても効いてる効いてるwなんて言われるんだし、それなら全スルーしておいた方がいいかなって。

 ただまぁ……本当に度が過ぎた誹謗中傷がこの世にはあるので、全スルーって言うのも難しい話だからなぁ。SNSとかで直接本人その手の発言を送れたりするし、嫌でも目に入るのがよくないと思う。

 誹謗中傷が無くなるのが一番なんだよなぁ……世界よ適度に優しくあれ。


「はいはいはい……うんうん。空野君はメンタルに問題無さそうっすねぇ。まぁ実際経験したらまた色々変わってくるかもっすけど、そこは今後を要観察! ……では次が最後の質問っす!!」


「早くないですか?」


「いやぁ……ホワイトボード使ったら思いの外テンポ悪いなって思っちゃって……それもう使わなくていっす! 産廃!!」


「えええ……」


 丸々必要なかったじゃんこれ……なんも言えない気持ちになりながらも、十分も経たずに役目を終えてどこか悲しげな雰囲気を出してるホワイトボード君を持ちながら最後の質問に耳を傾ける事にする。


「では最後の質問なんすが……お二人は配信者とか、VTuberとかに興味あるっすか? 配信してみたい!! とか、実は配信やってるよー。みたいな」


 予想すらしてなかった質問に僕と穂澄さんは思わず顔を見合わせる。

 なんで? とお互い表情に出すと、涼風さんはにへらぁと笑みを浮かべる。


「あー、ほらほらアレっす。やっぱほら、バイトテロとかそーいうのあるじゃないっすか。後ねー、配信者の職場バレとかでリスナーがバ先に鬼電かけてくるって話もあるじゃないですか。そういうケアをね、していきたいと思ってるんすよ。ちな別に配信とかはしててもいいんすけど絶対身バレはしないでね!! って感じのノリっす」


 その理由になるほどと納得する。

 Vとかでそういう話はあんまり聞かないけど、生身の配信者だと身バレからそういうの事があるって噂で聞いた事がある。多分この辺りは優人さんとか結衣子さんの方が詳しそう。活動してたプラットフォーム的に。


 僕の答えは決まってるけど、穂澄さんはどう答えるんだろう。

 穂澄さんを見ると、穂澄さんは凄く考えてる表情を浮かべつつ、慎重な様子で口を開く。


「身バレのリスクがある事なんてしないかな。それにリスナーのアンチコメとか見たくない。

 配信自体に興味が無いわけじゃないけど……」


 ツッコミを入れたくなるけどそれはこの際置いておいて、やっぱり穂澄さんが夜芽アコって事は隠すよね。なんやかんやそれなりに有名ではあるし、そりゃ隠すか。


「ほうほう。うーん、なるほどなるほど。了解了解! それじゃあ……」


 そこで涼風さんが僕を見たので、僕も口を開く事にする。考え自体は元からある物だから、答え自体はすぐに出た。


「じゃあ、僕答えますね。VTuberとか配信者は好きですけど、やりたいってのはないですね。

 あー、でも友人相手にウェルコの画面共有とかで配信の真似みたいなことはしてみたい感じはありますねぇ。そのぐらいの興味です」


 VTuberがウェルコでファン鯖とかで画面共有して実況してるってのよく聞く話だし、その真似事で康太相手にやるのは結構面白いかもしれない。

 ちなみにカップル配信に関してはいつか本当にやる羽目になりそうだから何としても回避したい。


「じゃあ加えて質問なんすけど、好きな配信者とかよく見てる配信プラットフォームとかはなんすか? こちらも参考までに」


「うーん、えーっと……見てる配信者は基本的にVの人かなぁ……大手の人を切り抜きとかで見てるから特別誰かが好きってわけじゃ……い、一応、夜芽アコとか天谷夢華ちゃんとかはよく見てて好き。見てるプラットフォームはYouTubeとT〇kTokぐらいかなぁ?」


 一体どんな気持ちでその二人の名前を出したんだよとツッコミたくなる。

 いや百歩譲って天谷夢華はわかるけど、ここで自分の名前出すのはこう、なんというか、ほら、なんだろう……承認欲求が隠しきれてない感じが凄い。


「僕は……えーっと、生身もVも両方よく見てますね。でも全員見てたら流石に時間が足りないので、僕も切り抜きメインだったりしますけど……まぁその中で最近一番見てるのは夜芽アコちゃんかなぁ……見てるプラットフォームはYouTubeとかT〇itchとか、後はVライバーメインの奴とか……なんかまぁ色々見てます」


「俊介君……!!」


 穂澄さんが横で目を輝かせているけど、別に喜ばせるつもりで言ったわけじゃなくて事実を言っただけだ。実際、最近一番見てたのは夜芽アコなのは事実だし推しなのも事実だし。

 けど最近は夜芽アコが穂澄さんと知ってしまったので、なんだか純粋に楽しめない所もあるのでそろそろ新しい人材を発掘する時なのかもしれない。


「夜芽アコさんと天谷夢華ちゃんっすかぁ。最近流行ってますけど、中々にこう、コメントに困るラインナップっすねぇ……なんでしょ、お二人共、燃えてる人が好きなんす? なんか……こう……いい趣味されておりますねー!」


「言い方」


 流石の涼風さんも微妙な表情。そんな涼風さんですら言葉を選ぼうとした結果、最終的にオブラートに包みきれてない。


「私は普通に好きだから見てるだけで荒らしコメとか嫌いです! ……最近はもうなれちゃっけどさぁ……」


「度が過ぎた誹謗中傷が無くて笑える範囲の物なら……」


「ふむ……ふむふむ……つまりまとめると、お二人とも全く興味がないわけではない。後汚めなコメント欄にもそこそこ耐性がある。そういうわけっすね? ファイナルアンサー??」


 今日一の食いつきに思わずたじろぐ。ただ嘘を言ってるわけじゃないから、僕らは頷いて肯定の意思を示す。


「ほうほう……なるほど、なるほど、いいっすねぇ……お二人ともいっすねぇ………………どっちに頼むか……いやその前にメンタル……男性の方がいっすかねぇ……空野君の声ならボイチェン込みでなんとか……?」


「ボイチェン?」


「あ、いや! なんでもないっす! えっと……こう……ボイチェンって……ボイチェンっすよね……! ボイー! チェーン!! みたいな。ほら、聖〇士星矢とかに出てきそうな感じで」


「それを言うならネビュラだと思いますし、一回落ち着いた方がいいと思います」


 少し話してわかった事だけど、おそらくこの人は穂澄さんとは別のベクトルでコミュニケーション能力に難がある人なんだと思う。

 だからテンパったら変な言葉や行動が出る……んだと思う。なんで意味無いホワイトボード持ってきたり、ボイチェンなんて言い出したのか全くわからないし、多分まぁそういう人なんだなって僕は心の中で勝手に納得する。


「よし!! では 面接は以上となります!! 合否に関しては……デケデケデケ……デデンドン!! 合格という事で!! よろしくお願いしまぁーす!!!」


「あの、決まるの早すぎないですか? 本当に大丈夫なんですかこれ?」


 あまりの超スピードで物事が進んで頭がおかしくなりそう。というか今の茶番で合否が決まるって絶対おかしいよコレ。

 けど涼風さんは相も変わらず愉快なおどけた口調ではあるが、至って真剣な表情。


「そこは大丈夫っす。実際、一人じゃ手が足りないのは事実っすし。喉から手が出るぐらいにお手伝いの人が欲しいんすよ。ちな質問はほとんどノリっす」


「ノリ採用していいんですか」


「いやぁ、真っ当な社会人の真似ってやってみたかったんすよ。ずーっと家にこもってたんで社会との触れ合いが大事なんす。ってもニートじゃないっすからね! ちゃんと在宅ワーク的なんで家にお金入れるタイプのアレなんで!!

 というわけで面接は非常に楽しめました。ゴールデンタイムで放送できそうっすよねこれ」


「すぐに打ち切られるタイプのやつだと思うんですけど」


 なんだろう、なんか凄く疲れた。ここ最近は妙に変な人と関わる事が多いな……いやこんなこと思ったら失礼なのはわかってるけど、最近出会った人らって皆が皆なにかしらの問題児なんだよ。どうなってるのこれ? これがもしかして特異点とかそういう概念か……?


「えっと……パパとママにも話さないとだから、いつから来れるかどうかはまた後で言えばいいのかな……?」


 おずおずと手を上げてそう言った穂澄さんに続き、思考を打ち切ってから僕も言葉を続ける。


「僕もそうです。まぁ大丈夫だとは思いますけど」


「あ、それは勿論! というか許可は本当に大事っすからね! まぁ最近その手の事例がありましたからねぇ……天谷夢華ちゃんとか……いやはや、やー、隠し事はやっぱダメっすね!! …………ハァ」


 何か遠くを見て思いを馳せる様子の涼風さん。

 まぁ、涼風さんが言った通り、天谷夢華って例があったばかりだからね……僕も身をもって理解してる。親に隠し事、ダメ絶対。


「それじゃあありがとうございました! 電話番号とかは口頭で教えるので、そちらのホワイトボードに書いてお持ち帰りくださいっす! プレゼントフォーユー!!」


「いや普通にメモとかに書いて渡してくださいよ」


「いやぁ、ノリで買ったけどもう二度と使わないと思うんで……面接記念のお土産的なもんです。ささっ、どーぞどーぞ。遠慮もお返しも全くいらないっす」


「ゴミ押し付けてるだけじゃないですか……」


 そんなこんなで、電話番号を書かされて、無理やりホワイトボードを押し付けられた僕達はすずかぜ古書店から出たのであった。


 ……なんか急に仕事見つかったけど、大丈夫なのかなこれ? なんかめっちゃ嫌な予感するけど…………そう思って、僕は穂澄さんを見る。


「? なぁに?」


 へらーっとした笑みを浮かべる穂澄さんを見て、僕の予感って当てにならないからな……まぁ、大丈夫だろう。そう結論付けて僕らはそのまま帰路に着くのであった。

 物語風に言うならそう、バイト編が始まったとかそんな感じかな? 多分。



 …………このバイト編によって降りかかる災難について、この時の僕は知る由もなかった。 

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