6話

「というわけで、僕バイト決まったから。学校の近くにあった古本屋」


 帰宅した僕は母さんが作ったカレーを食べながら、早速バイトが決まった事を報告すると意外そうな表情。


「思ってたより早いねぇ。それに短期の接客業なんてそう簡単に見つかるのかい?」


「なんか店長さんが今居なくて、人足りないんだって。だから短期でも欲しいとかなんとか」


「ふーん。色々あるんだね。てっきり適当にコンビニバイトとか申し込んで、落とされてを繰り返すと思っていたんだけどね」


「ははは……」


 どこまで僕の動きを見抜いてるんだろこの人。

 母さん、昔からこんな感じでよく人を見てる感じあるんだよね。頭も回る人だからヘタに嘘ついても誤魔化しきれないし僕と翔華も昔から母さんに対する苦手意識はちょこっとだけある。あくまでちょこっとだけ。


「まぁ頑張りなさい。これも経験だからね。社会に出たら働かないといけないんだし」


「やだなぁ……まぁまだ将来の事なんてわかんないし、今は気楽に……」


「そうだね、まずは近い将来の話だね。大学とか」


「未来の僕に任せる」


「……この楽観的な所は私に似てないんだよねぇ……」


 なんとも言いたげな母さんの表情から目逸らしつつ、僕は隣に座ってる、さっきから一言も話さずにカレーを食べてる翔華に目線を向ける。

 ちなみに父さんは相変わらず熱で寝込んでるみたい。さっき母さんがカレーと一緒にお粥を作ってたからそうなんだと思う。


「そういえば、翔華はバイトとか……どんな感じ? なんかいいのあった?」


「ん……別に……えっと……そっちは決まって良かったじゃん。おめでと」


「あ、ありがとう……いややっぱり母さんのご飯は美味しいなぁ。期間限定みたいな味というか」


「年に何回か店に並んでるタイプの味みたいな?」


「それは褒められてるのかい?」


 で、会話が終わる。

 ……なんだろう、多分お互いなんか気を使って逆に気まずい空気になってる感じ。

 と言ってもこのまま終わらせるわけにもいかないので、もうちょい会話を続けるため口を開く。


「なんにせよ、そろそろ夏休みだし学生向けの短期バイトもあるだろうしね、翔華もすぐ見つかるって。てかあれだ、お前の友達とかにバイトしてる人居るならその人にアドバイス貰うのとかいいんじゃない? 僕も康太に話聞いたりしたし」


「私の友達、バイトしてる子あんまり居ないししてる子も長期バイトだし」


「あー、じゃああんまり参考にならないかぁ」


「うん。後さ、今の内に俊介に言っておきたい事あるんだけど、これは私の問題だから俊介がどうこうしようとか考えなくていいから」


 僕の考えを見透かしていたのか、翔華は先手を打ってきた。やばい、しかも母さん目の前に居るじゃん。


「いや、別にそういうわけじゃ……ほら、僕もお金ないからバイトしたいわけで」


「私、今お金の話とかしてないよ。でもそう言ったって事は考えたって事でしょ?」


「うっ……」


 思わず言葉に詰まると、翔華は小さく笑みを浮かべてからそのまま言葉を続ける。


「気ぃ使いすぎて全然頭回ってないじゃん。そんなわけでお母さん、確認するけど俊介の手助けとかはルール違反って事でいい?」


「まぁ、私もそういうつもりだとは薄々察してはいたけど……そうだね。翔華にお金をあげるとか、そういうのはあまりよろしくはないね。それ以外なら……まぁ、常識の範囲内なら特に何も言わないよ、とだけ」


「……了解」


 しまったな。翔華は十中八九断ると思ってはいたけど、ここまで早く先手を打ってくるとは思ってなかった。

 うーん……どうしようこれ。時間かけて説得しようとしたけど全部パァだ。それ以外って言われても、どうすればいいんだろうこれ?


「はい。この話終わり。何回も言うけど俊介には怒って……ないとは言いきらないけど、状況が状況だったんだしそこで文句言うほど性格悪くない。

 だから気を使われる方がしんどい。いつも通りでいいから」


「翔華だって別にいつも通りじゃなかったじゃん」


「そっちが変に気ぃ使ってるからでしょ。こう、普通にこの空気感続くのしんどいって」


「それは確かにそう」 


「はいはい。仲がいいのはよろしいけど早く食べなよ。期間限定の味なんだろう? ん?」


「「いや本当に褒め言葉だから」」


 母さんの言葉と共に、さっきまで感じてた妙な気まずさが消えていく。

 ……まぁ、うん。お互い気にしすぎだったんだろう。それは僕自身も自覚してたし、翔華がそう言うならいつも通りの対応にしよう。どう手助けするかは一旦置いておくとする。後でなにかいい案浮かぶかもしれないし。


「……てか俊介、心……穂澄さんは今なにやってんの? なんか、謹慎するみたいだけど」


「お母さんにこってり絞られてしばらく配信禁止の刑に処されたみたい。本人はまぁいつも通り元気だよ」


「ふーん……まぁ別にどうでもいいけど」


「めっちゃ気にしてるじゃん」


「は? 別に。ただの世間話なんだけど」


 そう言って会話を打ち切り、黙々とカレーを食べ進める翔華に素直じゃないなぁと思いつつも、そういえばまだ言ってなかった事あったなと思って僕はそのまま言葉を続けた。


「あ、バイトなんだけどさ、穂澄さんと一緒にやる事になったから。なんか隠しててバレたらまた話しがこじれそうだし今のうちに言っとくね。

 それと、穂澄さんに伝えたい事とかあるなら僕から言っとくよ」


「………………」


 その瞬間、翔華のスプーンの動きがピタリと止まった。例えるならYouTubeで画面が固まった配信者みたいな感じ。

 数秒のフリーズの後、翔華はギギギなんて音が聞こえてきそうな動きで顔をこちらに向けた。なんか怖い。


「あのさ俊介、別に怒ってないけどさ」


 なんだろう。怒ってないって言ってるけど目の光が消えてる。この前の穂澄さんみたいな目をしてる。ブラックホールより色が深い


「アレが彼女なのは認めてないから。

 ……ごちそうさま。美味しかった」


 そう言って、カレーを食べきった翔華は丁寧に手を合わせてからそのまま部屋へと帰って行った。

 ……こっちはなんか、思った以上に根が深いなぁ。わかっていた話ではあるんだけどさ。


「母さん、なんかいい知恵とかなかったりしない?」


「うーん、当人同士の話だからねぇ……時間が解決か……まぁ、嫌ってるわけではなさそうだからねぇ。翔華としてもどう受け止めればいいかわかってないんじゃないかい?」


「そもそも彼女ってわけじゃないんだけど……」


「そこは自分が撒いた種だから母さんも知らないよ。カップル配信する事になったら早めに言っておくれよ。顔出ししないならまぁ……うん」


「やらないってば!」


 そこはやるなって言わない辺り、母さんは母さんで楽しんでるな……まぁ、僕の母さんだから納得なんだけど。そんなことを考えながら、僕も手早くカレーを食べるのであった。

 うん、やっぱり期間限定みたいな味で美味しい。



△▼△



「そんなわけで、本日よりよろしくお願いしまーっす!!」


「バイトだー!」


「おー」


 相も変わらず元気一杯な穂澄さんと一緒に、次の日から早速すずかぜ書店でのバイトが始まった。

 涼風さんに手渡された紺色のエプロンを身にまとい、準備は万端……という感じではある。


「それにしても穂澄さん、ここだと素は隠さないんだね」


 なんやかんや涼風さんの前では素を出している穂澄さんにシンプルな疑問を投げかける。


「うーん……なんかもう見られたし隠してもなぁ……って。あ、でもでもお客さん来たら流石に隠すよ。知らない人にバレたくないし見せたくない」


「まぁそれはそうだよね」


「うーーむ、穂澄さんの闇を感じる感じはあるっすけど、気にせずいきましょー!! おー!!」


 涼風さんの掛け声と共に、ついに仕事が始まった。

 これも経験という事で頑張ってみるぞ!





 〜2時間後〜




「常々思ってるんすけど、同接10〜30ぐらいの個人Vのチャット欄に現れる『俺社長で〜』みたいなよくわかんない自分語りってなんなんすかね。そんなに自分語りしたいならお前が配信しろよっていーっつも思うんすよ! Vの人も反応に困って微妙な感じになりますし、マージでいらねっす! てか絶対嘘っすよあれ! 社長ならもっとスパチャ投げて推し応援しろ!!」


「はぁ……まぁ……居ますねぇ、そういう人。大手の所に書いてもスルーされるからそういう場所で書いてるんでしょうけど。そういう事を書いてる人の9割嘘で1割はホンモノだと思います」


「わ……夜芽アコの配信ではそういうの見ないけどなー。なんでだろ?」


「あそこのコメントのノリは一般的なVの物ではないというか、ニ〇生とかプ〇レクみたいなノリだから自分語りなんてしたらおもちゃにされるからだと思う。

 なんだろう、良くも悪くも匿名掲示板みたいな民度だからあそこ」


「あー、確かに。最近だと丸焼きさんとかランスロットとかネタにされてたっすねー」


「あはは……」


 まだ塞がってない傷口を抉られて曖昧な笑みを浮かべる。クソっ、無駄に広がってるのマジでツラい。アカウント爆破して無かったことにしたい。無理なんだろうけど。

 ……いや、まぁ、そんな事はどうでもいいんだよ。問題はまた別。

 話をしながら紙の裏に無駄に上手なラクガキ……デフォルメされた天谷夢華を描いてる穂澄さんを横目に、僕はおそるおそる手を上げた。


「あの……すいません。ちょっといいですか……?」


「ん? なんすか? 質問は三つまで受け付けましょう……こい!! 精々考えて囀るがいい!!」


「一個で十分です。あの、仕事は?」


 勤務が始まって2時間は経過したけど、ずっと涼風さんのトークを聞いてるだけで仕事らしい仕事は何もしてない。

 加えて言うなら、ずっと涼風さんが喋ってて、僕と穂澄さんが適当に相槌打つだけだから時間の進みがバカみたいに遅く感じる。体感4時間経った気がするけどまだ2時間って嘘だろ?


「ふっ……お気づきになられましたか……」


「これに気づかない程バカって思われてるですか僕達」


「違うっす! いやちゃうんすよ! ここ! ご覧の通り!! 人が! 滅多に!! 来ませーん!! 加えて言うなら掃除も頻繁にやるわけじゃないで今はマジでやる事ないっす!!」


「なんで僕ら雇ったんですか!?」


「いやぁ……人手が足りなくてぇ……!!」


「これで??」


 これで人手が足りないとか正気じゃないでしょ。

 確かに、確かに楽な仕事がいいとは思ってたけどここまでやる事がないとは思わなかった。

 掃除も既に涼風さんやってるみたいだし、レジはそもそも電子決済とかに対応してない簡素な物だから、涼風さんが作ったらしい紙1枚に纏めたマニュアルでほぼほぼ理解出来た(ちなみに穂澄さんはそのマニュアルの裏にラクガキしてる)。


 結論。本当にやる事がない。さっきから涼風さんが話しているけどそろそろしんどくなってきた。

 このバイトを三ヶ月? 嘘でしょ? なんかの拷問?


「まぁまぁお二方。社会に出たら上司のこういう語りを聞くなんて日常茶飯事なんすよ。まぁウチは社会に出てないんで知らないんすけど」


「それ誇る事じゃないと思うんですけど」


「空野くん、見た目に反してわりとズバズバ言う性格っすね……いいっすね! わりといい性格してそうで!」


「それ褒めてないと思うんですけど」


 この人がコミュ障な理由がだんだんわかってきた。

 どうするか悩みつつ穂澄さんのラクガキに目を向けると今度はその紙を使って鶴を折っていた。もうこっちの会話興味無くなってきてるよこの人。


「いや……まぁ仕事はちゃんとやって貰う事あるんで大丈夫っすよ。この2時間は決して無駄な時間ではないっす」


 突然キリッとした表情でそんなことをおっしゃり始める。またなんかオタトークでも始まるのかな。やだな。


「まず、お二人の人柄というのを把握したかったんすよ。ほら、こういうのって話さないとわからないですし、本当に求めてる人材と合致するかも確認したかったですし」


「そうなんですね」


「その対応、いいっすね! もう会話に興味なくなって来てるけど適当に相槌はするかってノリ! 悪くねぇっす!」


「そうなんですか」


「うんうん。地味に語尾を変えて反応にバリエーション持たせてるのもポイント高いっす。いやー、流石、私の目に狂いはなかった」


 もう帰っていいですかと言いたくなるけどグッと堪える。これは仕事、仕事なんだ。

 にしても求めてる人材的にって言われても全く意味がわからない。ここまで暇なら正直誰でも出来ると思うし、この人は本当に何を言ってるんだろう。ノリで生きてるタイプなのだろうか。


「実はですねぇ……本屋としての仕事はご覧の通り全くなくてぇ……」


「さっきそう言ってましたけど……別の仕事ならあるって事ですか?」


「YES!! その通り!!」


「……あれ、詐欺では?」


「いやほら、場合によっては時給上がるかもって言ったじゃないっすか。嘘は一切言ってないっす」


 それは確かにそうなんだけど、なんとも言えない気持ちになる。


「まぁ……別に変な仕事じゃないっすよ。二〜三時間ぐらいパソコンの前に座ってもらう簡単なお仕事っす。マジで。楽して稼げる感じの皆好きでしょ、今の世の中」


「詐欺の常套句じゃないですかそれ。裏バイトとかやりたくないんですけど」


「大丈夫っす! クリーンな! クリーンな仕事っす!」


 疑いの目を向けると、涼風さんはわかりやすく顔を逸らして微妙にリズムが外れた口笛を吹き出す。いや反応が昭和かとツッコミたくなるけどひとまずは置いておいて、そのまま話の続きに耳を傾ける。


「まぁ……ちょっと……お二人に奥まで来てもらいたくてぇ……!」


「店番居なくなるんですけど……」


「どーせ誰も来ないっすよ!! こんな過疎地!」


「……穂澄さん、穂澄さん、鶴折ってないで奥に行くよ」


「はぁーい」


 身も蓋もない事を言い出した涼風さんに促され、仕方なく僕らは店の奥へと入っていく。


「百聞は一見にしかず。というわけで具体的に何するか見てもらった方が早いっすね!」


 涼風さんに連れられて廊下を進むと奥に扉があり、涼風さんはそこで立ち止まると一気に扉を開け放つ。


 そこは古めかしい古本屋の外観とは違い、なんだか見覚えしかないような近代的な部屋。

 部屋の奥の机には大きなパソコンとディスプレイが鎮座しており、その横には色んなゲーム機やヘッドセットにマイク。そしてよく見るとキャプチャーボードやWebカメラ……うん、なんだろう。既視感しかない物が至る所に置かれている。


 いや既視感とか濁したけどこれ、穂澄さんや翔華の部屋で見たような物、いわゆる配信機材と思わしき物が置かれているのが一目でわかった。


「配信機材……だよね?」


「うん……キャプボとか、マイクもあるし……パソコンもあれ、配信向けのモデルだと思う。前にVTuberとのコラボで発売したやつ」


「そこまで理解されると話が早いっすねぇ!!」


 予想外の物があって困惑してる僕と穂澄さんとは裏腹に、涼風さんは話が早いとばかりにテンションが上がっている。

 …………なんだろう、なんか、今までの涼風さんの発言とか照らし合わせるとめちゃくちゃ嫌な予感がしてきてんだけど。穂澄さんも察しがついたのか、なんかめっちゃ微妙な表情を浮かべている。


「ウチが探してた人材……それは!! ウチが考えた最強つよつよ美少女VTuberの中の人を探してましてぇ!! お二人にちょっとお手伝い頼みたいなぁ……って!! 具体的には空野くんに魂やって貰いたいなーって」


「絶対嫌なんですけど!!」


「なんでぇ!?」


 なんでこんな立て続けにVTuber案件に巻き込まれるんだろう。もはやVTuberって概念に呪われてるじゃないかな。そろそろ参拝してお祓いでもした方がいい気がしてきた。


「……あれ? 頼むの逆じゃないかな?」


 サッと目をそらす涼風さんを見て、穂澄さんに対する理解度は高いなぁなんて事も思うのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【第二部スタート】炎上してるVtuberを擁護したら、クラス1の美少女に告白された件 わたり @watariwatari

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ