第29話

 時間は数日前、母さんから金曜日に帰るってメッセージを貰った後の話。

 僕は帰路につきながら母さんに電話をかけていた。


『どうしたんだい俊介? 翔華には内緒の話があるって』


「その前に確認なんだけど、まだ翔華には帰るってこと言ってない?」


『まだだね。俊介に翔華の事を聞いておきたいから先にそっちにメッセージ送ったわけだし』


 条件はクリア。まぁ仮に言っていたとしても後で母さんに訂正してもらえばなんとかなったけど、翔華が疑念を抱く事自体は避けたかったからよかった。

 ……腹、括るか。僕は一息を吐いてから全てをぶちまける事にした。


「実は翔華がVtuberやってて、僕の彼女って事になってるVtuberとお互いの正体を知らずに大喧嘩して、次の金曜日に顔出しを賭けて配信で勝負する事になったんだ」


『待って情報量が多い。は? えっ? どういう事だい?』


 初手で母さんの出鼻は挫けた。よし、これでペースは握れるな。困惑してる母さんに僕は今まであった事を一から丁寧に全部話した。

 最初はそんな冗談を〜なんて様子だったけど、ボクが真剣に話すから段々と母さんが無言になって行く。


「────と、言うことがあって……」


『………………えーと、うん。そうだね。全部聞いた上で言わせてもらうけど……嘘だろ?』


「本当なんです……」


『えぇ……』


 マジでドン引きしたような声の母さん。そりゃそう。僕だって家族からこんなに話を聞いたらこんな反応になる。


「そんなわけで母さん。お助けください。やっぱり未成年の揉め事は保護者になんとかしてもらいたいんだ」


『状況が特異過ぎないかい?? いや、なんとかするけど……えぇ……? 情報がイカれてて怒りとかより困惑しかないな……なんでそんな面白……変な事になってるんだい? まだ処理しきれてないけど……いやその前に、颯真そうま? これどういう事? 翔華がVtuber…………いや、土下座はいいから。説明しろって言ってるんだけど?』


「母さん、父さんは後でどうしてくれても構わないからとりあえず僕の話を聞いて欲しい」


 颯真。僕らの父さんは状況を把握してすぐさま土下座を披露したみたいだ。それにしても父さん、事情把握からの土下座が早いな。この姿勢は見習うべきなのかもしれない。


「とりあえず母さん、やっぱり怒ってるよね?」


『まぁ、そうだね。散々やるのはダメだよって言ったことを黙ってやって、その結果顔出しを賭けた勝負をする事になったんだろう? 説教ものだね』


 明らかに声から感じる機嫌が悪い。そりゃそうなる。だって母さんの言ってる通りやるなよって言ってた事をやらかしてこんな事になってるんだ。そりゃ怒る。ただ今キレてもらうわけにはいかないので僕は口を回して説得を試みる。


「説教はまぁいいんだけど、それ待ってもらえないかな?」


『なんで……ああ、なるほど。今お母さんに怒られたからやめます。ってなったら翔華と心恵ちゃん? が燃えるからってことかい?』


「流石母さん。理解が早い」


 母さんは平たく言うなら僕の完全上位互換みたいな人であり、ネット上の出来事や事件についてはかなり詳しい。

 なんでちゃんと話せばこうして分かってくれるはず────


『あのねぇ俊介。親としては今すぐ雷落とすべき案件なんだよこれは。翔華側からやめます。ってなったら心恵ちゃんの方はそこまで燃えないだろう? だから私としては待つギリはないよ。というか早く説教してやめさせた方が視聴者も納得するだろう?

 俊介は……まぁ言ってる事が全部本当なら怒る理由はそんなにないけど、翔華は別。後お父さんもね。事務所の方はよくわからないけど、なにしてくれてんだい案件だし』


「ぐっ……」


 ごもっともである。反論のしようがない正論に鼻白むが、ここで口を止めては全てがおじゃんだ。

 必死に頭を回して僕は言葉を続ける。


「気づかなかった僕にも非があるから翔華に対しては多少手心加えてあげて欲しいけどそれはそれとして、待ってもらって金曜日に説教してもらえるなら翔華を心の底から反省させる事が出来るプランがあるんだ母さん」


『いや、金曜は勝負の日だろ? 当日に説教してやめさせたら更に燃えて──』


「違う。勝負の最中に説教して止めて欲しい。母さんならこれで察しがつくでしょ?」


『…………あー、親フラかい? えげつないな……一体誰に似たんだろうね』


「母親似ってよく言われてるよ」


『はっはっは。まぁそれは置いといて』


 少しばかり機嫌が良くなった様子の母さん。多分……いけるはず。もう一押しだ。


『確かに俊介の言う通り親フラが一番反省させる事が出来るだろうし、視聴者も納得させる事が出来るだろうね。けど私がそれを飲む理由はないね。もう一度言うけど、親としては状況的に今すぐに止めて説教すべきなのはわかるだろう?』


「かわいい息子の頼みという事でここは一つ……」


『かわいい娘の為を思って言ってるんだよ』


 くっ、確かに親として。と言われたら言い返す手段は少ない。優人さんは最初から色々知ってるから理解して納得してくれてるけど……やっぱり母さん相手はやりにくい。

 けど大丈夫。なんやかんや母さんの性格はよく理解している。

 だって僕は母さん似だ。つまり────


「……これは母さんとしてじゃなくて、母さん個人に質問なんだけど」


『うん?』


「────配信中に配信者両方親フラくらってマジの説教されてる姿って、見たくない?」


『……………………詳しく』


 ────母さんも僕に似ているという事だ。


 だって今回の件、もし僕らと全く関係ない他人がやらかして、顔出し賭けた対決するけど親フラで全部ぐちゃぐちゃになるとかだったら……僕と全く関係ないなら正直めちゃくちゃ見たい。最高のコンテンツでしょこんなの。

 いや今回は僕と僕に近しい人に関係があるからコンテンツなんて言えないけどさ。見せもんじゃないぞ散れ! って言いたいけどさ。


 思考が逸れたけど、僕と似てる母さんなら間違いなく多少は心惹かれる物がある。実の娘と息子の彼女(仮)が関わってるからダメでしょって思ってはいそうだけど、これで説得するしかない。


「もう向こうの親御さん……お父さんの方は納得してくれてるから後は母さんが手を貸してくれたらなんとかなるんだ。向こうのお父さんとしても娘が燃えるのも翔華が燃えるのもちょっと……って感じみたいだから乗ってくれたんだ」


『母親の方は?』


「……そっちの人は今回の件を知った瞬間にブチギレるから金曜日に全部知ってもらう予定。具体的に言うと母親の方に親フラしてもらう。あの人怒ったらシャレにならないタイプっぽいし生の感情を見せてくれるからインパクトは申し分ない」


『なーるほど。もう手は回してるって事かい。

 ……そうだなぁ、一つ聞きたいけど、俊介は今回の件についてどう思ってるんだい?』


「どう、とは?」


『俊介の話を全面的に信じるなら、まぁ多少の非は無いとは言えないが、まぁ九割ぐらいは不運な事故だ。言わば巻き込まれた身。それが前提にあるとしてだ、翔華と心恵ちゃん、どっちも庇う必要はあるのかい?』


 本当にそれ。と頷きたくなるけどそれはしない。

 これはどう思ってるかの話だ。だから、僕は自分の考えを母さんに包み隠さずに言う。


「なんで僕がこんな目に。って思わない事はないけど……九割が不運な事故だとしても、一割は僕の自業自得でしょ? 僕が嘘ついて黙ってなかったらここまで拗れてなかっただろうし……誠意に欠ける対応をした僕も悪いから、僕はどっちも庇う。翔華は大事な妹だし、穂澄さんは…………まぁ、うん。一応彼女だし」


『なるほどね。その一点に対しては責任があると自覚してるなら私から言う事はないよ。

 ……仕方ないなぁ。今回は俊介の口車に乗るよ』


「ほんとに!?」


『ただし条件がある』


 ぴしりと、強い一言で母さんは言う。


『まず、全部終わったら翔華と心恵ちゃんに俊介の正体……兄であり彼氏である事を全部話す。これは絶対。一割の非を認めたんだからね、そこの責任は取りなさい』


「それは母さんに言われるまでもないよ」


『喋らなかった結果こんな状況になったんだからそこは反省しなさい。240円の丸焼き大草原君』


「ちょ!? それ言ってない!?」


 そこは完全にぼかしてたのにバレてる!?


『いや、心恵ちゃんにロックオンされたきっかけってどれだろ? って思って調べたら出てきたよ。全部話すというのはこういう事を言うんだ。条件を守らなかったらこれを印刷して家にポスターとして貼るからね』


「はい……肝に銘じます……」


『……うん、ちゃんとした説教はまた今度するとして……その条件を呑むなら母さんは協力するよ。

 ……翔華に対しては親フラの方が効果的だしね』


 フッフッフ。そんな妙に黒い笑い声が母さんから聞こえてくる。やっぱりめちゃくちゃ怒ってるな母さん……許してくれ翔華。これしかないんだ。


『翔華にはまだ帰らないって伝えておくよ。で、黙って金曜日に帰って親フラ……ふむ、そうなると向こうの親御さんと話を擦り合わせておきたいな。俊介、連絡先を教えてくれるかい?』


「了解。向こうに伝えておくけど……擦り合わせって何する気?」


『なに、決まってるだろ?』


 あっけらかんとした口調で、母さんは言った。


『やるならとことんだ。歴史に残る親フラをお見舞いしてあげよう』


 やっぱりこの人、僕の母さんだな……なんて思いながら僕は電話を切り、W親フラ作戦の準備を裏を進めたのだった。



△▼△


 そんなわけでこれがW親フラ作戦の裏側である。

 タネをあかせばシンプルな物で、全部の事情を知ってる母さんと優人さんに協力してもらっただけだ。

 穂澄さんの部屋で待機してる僕がタイミングを伺って母さんと優人さんにメッセージを送り、母さんにはそのまま翔華の部屋に突入。優人さんは結衣子さんの作業場の扉を開ける。そして僕がチャット欄で二人を煽って更にブチギレさせてから穂澄さんの部屋の扉を開けて、結衣子さんの部屋まで声が届くように仕向ける。


 作戦は成功。全てが丸く収まった。いやぁ、本当によかった。このまま平和な日常に戻っていくんだろうな……本当、よかったよかった。全部が丸く収まった。


 …………うん、現実逃避はやめよう。腹を括ろう。いや捌くの間違いか。


「ママね、やったらダメって何回も言ったよね? そういう約束だったよね? ちゃんと言ったよね? それになんで彼氏くんの顔まで出そうとしてるの? おかしいよね。ママもう怒るとかそういうのじゃなくて悲しいよ」


『百歩譲って約束を破ったことは許すとしよう。けどそれを隠そうとしたのは本当にダメ。最初から正直に話しなさい。嘘を嘘で塗り固めたら取り返しにつかない事になるってお母さんは言ってきたはずだよ? 加えて言うなら、兄まで巻き込むんじゃないよ。勝てるという過信でやったんだろうけど……世の中には想定外の事があるってわかるだろう? 今のお母さんがその気持ちだよ。娘が顔出し賭けて勝負とかお母さんどんな顔すればいいんだい?』


「『ごべんなざいぃぃ……』」


:ほんとすいません……

:反省してます

:誠に申し訳ございませんでした。

:なんか俺らも怒られてる気分……

:マジ泣きしてる……

:台本か?

:wwwww


 W親フラの効果はテキメン。チャット欄もどうすんだこれ……といたたまれない空気が流れている。


『えー……そうだな、配信を聞いている皆様、私としましても娘の今回の件について何も聞いていないので一度家族会議として持ち帰らせてもらいます。夢華、配信切ってくれるかい?』


「私の方も娘から何も聞いていないので、配信を見ていただいている視聴者の方々には申し訳ありませんが、一度詳しく話を聞きたいのでこの配信はここで切らせてもらいます。アコちゃん、配信切って?」


「『はい……皆様、今日は本当にすいませんでした……』」


:かーちゃん泣かすなよ……

:俺もっと親孝行しようって思った

:なんでこんなしっかりとした母親居るのにこんな真似したんだコイツら……

:クソ笑ったw

:親にしっかり謝ってこい

伝説の虫けら:J( ᐛ )し


 そして、なんとも言えない空気のチャット欄を残して配信が切れる。夜芽アコと天谷夢華の両方の配信が切れたのをしっかりと確認する。

 ……大丈夫だよな? ちゃんと配信切れてるよな? 二度三度と確認し、二人の配信が切れてるのをちゃんと確認する。

 これで配信つきっぱなしだとシャレにならないからな……! うん、大丈夫切れてる。なら──ここで畳み掛ける!


「あの、通話はまだ繋いだままにしてもらっていいですか? 皆、そのまま僕の話を聞いて欲しい。翔華も心恵さんも」


『えっ……しゅ、俊介!? なんでそっちに!?』


「…………翔華……ちゃん!?」


 この二人の禊は済んだ。

 出会わせたのは僕だし、始まりのきっかけも僕だし、面倒見る事を選んだのも僕だ。

 なら、最後の最後、僕も責任を果たそう。


「僕は空野俊介。天谷夢華の中の人である空野翔華の兄であり、夜芽アコの中の人である穂澄心恵の彼氏。様々な顔を持つ僕にはもう一つ正体がある。その名も────」


 さぁ、始めよう。


「†裏切りの騎士†ランスロットです。これから真実をお話させていただきます……」


 ────僕の自爆ショーを!!!

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