第30話

「本当にすいませんでした……煮るなり焼くなり好きにしてください……僕の口座の暗証番号は0141です……」


「面白いネタならわかるけど大して面白くないネタ擦られても反応に困るんだけど。なんなの? 売れないお笑い芸人目指してんの? 才能あるよ」


「…………あ、なるほど。煮るなり焼くなりで料理って意味で、暗証番号が美味しいの語呂合わせだからそう言ってるだ。へぇ〜、賢い」


 僕の自爆ショーが開幕……しようとしたタイミングで、母さんの『直接顔合わせた方が良くないかい?』という提案と、じゃあ私達の方からそちらに向かいます。という結衣子さんの言葉により優人さんが運転してくれた車によって自分の家に帰宅した。


 そして僕は現在、今までの全てを包み隠さず洗いざらい綺麗にぶちまけて土下座をし、ネタについてのダメだしと解説をされるという生き地獄を味わっていた。


 そして翔華と穂澄さん相手にリビングで土下座を披露しながら隣の客室に耳をすますと、母さんが父さん、結衣子さんが優人さんをガン詰めしてる声。

 そして母さんか父さんのどちらかが呼び出したのか、翔華の事務所の人が謝り倒している声が聞こえてくる。

 まぁあっちはあっちでどうにかなるだろう。難しい話は大人に任せるとして、問題はこっちである。


 僕は全部話した。穂澄さんと付き合ってるのも別れるため。それも含めて全て話した。だから、これで全部終わりになる。母さんが言ってた全部話すってのは、そういう意味であると思ったからだ。

 責任は取るけど…………生きて帰れるかなぁ僕。


「……整理がつかないから、一回口に出してまとめるけど……心恵……さんが夜芽アコ。で、俊介がその彼氏……? で、ランスロット? それで、私達のどっちが勝ってもまずいから裏で色々暗躍して、親フラやったって事……?」


「概ね間違いないかな……」


「…………」


 改めて事実を口にした翔華はフリーズ。背後に宇宙が見えるような気がするけど多分きっと気の所為。だって僕ずっと頭下げてから床しか見えてないのだもの。これ床とか舐めた方が誠意が伝わったりするのかな?


 本気で床ペロするか悩んでいると、翔華からあっと何かに気づいたような声。


「…………待って、じゃあ、今までのA子さんって…………あ、ああああ!? アコ!? アコだからA子!?」


「おっしゃる通りでございます」


「丸出しじゃん!? なんで私気づかなかったの!?」


「翔華はお茶目さんだなぁ」


「ぶん殴るよクソ兄貴」


 兄としての株がもはや地の底を突き抜けてしまった気がする。自業自得ではあるから仕方ないけどさ。


「はぁ〜……理解した。理解は、した。

 ……けど納得はしてない!! 心恵さんがアコで俊介が彼氏!? どこのVtuber小説!? 冗談でしょ!? 兄のクラスメイトが夜芽アコって宝くじより薄い確率だよ!!」


「やっぱり翔華って僕の妹だよな」


「言われなくてもわかってるっての!!

 ……ああもう!! 嘘だって思いたいけどそうすると全部の話に筋が通るから……ああああ!!!」


「あんまり大きい声出したら喉に負担がかかるぞ……」


「誰のせいだと……っ!! ……いや、もう……はぁ〜〜……私も悪いけど、悪いけどさぁ……!!」


 ちらりと視線を翔華に向けると、脱力したように座り込んでいる。

 …………穂澄さん、ギャグの解説以外口を挟んでないけどどうなんだろう。でも今穂澄さんの顔を見る勇気は僕には無いから改めて目線を床に固定する。

 床……君は今日も綺麗だな……ダメだ現実逃避したすぎて変な思考になってる。目を覚ませ僕の思考よ誰にも侵略されるな。


「……あの、心恵……さん? 本当なんですか? あなたが……その……夜芽アコだと言うのは……?」


「……そうだね。って事は、翔華ちゃんが天谷夢華なのも本当なんだね」


「…………喋り方完全にアコじゃないですか」


「素はこっちだからねー。それにもう隠す意味も無いかなって。翔華ちゃんは天谷夢華と全然違うから気付かなかった」


 個人的には天谷夢華と翔華の声、なんか似てるなと僕は思ってたけど穂澄さんはそうじゃなかったらしい。なんでだろう? 長年の付き合いとかそういうアレなのかな。


「……そりゃあ、喋り方とかは変えてましたし……いや、そうじゃなくて、そうじゃなくてですね……その……えっと……な、なにを言えばいいのこれ……?」


「えっと、落ち着いて翔華ちゃん? 一回深呼吸しよ?」


「逆にあなたはなんでそんな落ち着いてるんですか……!!」


「こう、ママに怒られたばかりだから逆にこう……ほら……うん……」


「……お疲れ様です……」


「そっちもね……」


「†裏切りの騎士†ランスロットって奴が全部悪いんだよ」


「お前だよ。てかそろそろ頭上げてくんない? 床見て現実逃避すんな丸焼き大草原」


「はい……」


 翔華にズバリ真実を言い当てられてしまったので僕は土下座をしたまま顔を上げ、二人の顔を見る。

 なんとも言えない気まずそうな空気が流れている。翔華はまだ困惑が抜けきらない表情をしているが、逆に穂澄さんは普段……猫かぶってない時の雰囲気に近い。

 傍から見てると落ち着いてるように見えるけど、穂澄さんだからな……気を抜かずに誠意を見せていこう。


「……そのぉ……お互い思う所があるのはわかるけど全ての原因は僕にあるという事で俊介レクイエムでどうかここはご勘弁していただけませんかね……」


「土の味でも知りたいの? てかそれならランスロットは私になるんだけど? ……話全部聞いたら俊介の立ち回りは理解できるし、顔出しに関しての非は私にあるし……怒ってるけど、怒ってはいるけど、そこは今どうでもいい。後で詰めるから」


 そこで翔華は大きいため息を吐いてから改めて穂澄さんを見る。


「…………それで、どうしますか? 私としては……心恵さん自身は好ましく思ってましたけど、あなたがアコなら話が違う。お互い、今まで嫌いあってましたからこれからも仲良くなんて出来ないでしょう?」


 翔華の言葉には嘘は無いだろう。物心ついた時からの付き合いだからそれは顔を見るだけでわかる。

 けど、翔華自身もまだ整理が付いてないのだろう。夜芽アコが嫌いって感情と穂澄さんは好ましく思ってるって感情。相反する二つの感情に板挟みになってるようにも見える。


「……だから、お互いもう関わらない方がいい思うんですけど。多分、その方がいいと思います。俊介がその……彼氏になったのも、私のアドバイスのせいでもあので……」


「あの……全部僕のせいなので罰は死なない範囲なら受けますから翔華の事は憎んだりしないでいただけると……」


「……えっと、なんで?」


 心底キョトンとしたような穂澄さんに僕と翔華は思わず顔を見合わせる。

 いや、だって、穂澄さんにも文字通り全部……別れるために付き合っていた事も含めてぶちまけたわけで、正直刺されても仕方ないと思っていたわけだし、穂澄さん自身も天谷夢華の事を嫌っていたからこの反応はなんというか、予想外というか……


 ……なんだろう。なんか、嫌な予感がするぞ……?


「えっとね、そりゃあ私も驚いたよ。天谷夢華が翔華ちゃんな事にも、俊介君が関係者だった事も。

 けど……うん。別に怒ってないよ? それに天谷夢華の事は嫌いだったけど……翔華ちゃんなら話は別かな?」


「えっ……? いや、何を言ってるんですか……?」


 翔華の本気で困惑している声が響く。


「だって将来の義妹だし、喧嘩ぐらいするのは普通じゃないかな? それにほら! ああやってお腹割って話すの初めてだから、よく考えたら楽しかったかもしれない! こうして素で話せるようになったわけだし、むしろ良かったかも!」


「…………えっ??」


 翔華が助けを求めるように僕を見てくる。

 どうしよう。僕だって助けて欲しい。穂澄さんが言ってる事がよくわからない。

 ただやはり兄としてここで妹の助けを無視できるわけが無いので、僕は意を決して口を開く。


「穂澄さん……? あの、僕全部言いましたよね? 別れるために付き合ってたとかそういう事とか、ランスロットって名前で煽って親フラけしかけたとか、全部包み隠さず話しましたよね……?」


「────でも、付き合ってるのは変わらないよね?」


「えっ?」


 ──ぬるりと、体に蛇が巻きついたような感覚。


「ショックはショックだけど、でも俊介君が今まで私の為に色々してくれたのは変わらないよね? 私の為に裏で色々してくれたり、私の為に翔華ちゃんと出会わせてくれたり、そこに嘘はないんだよね?」


「それはそうですけど……あの、穂澄さん? 大丈夫? 正気?」


 おかしいな。穂澄さんの眼、キラッキラしてるのに底が見えない闇の色をしているぞ。

 例えるならそう、ブラックホールに吸い込まれる流れ星の最後の輝きが光を放ってる。そんな感じの眼ぇしてる。TikT〇kの加工かな?


「別れるために付き合ってたのはショックだけど、でも現状、私達は付き合ってるって事で間違いないんだよね? なら、別れなかったら今までと何も変わらないって事だよね?」


「穂澄さん一回深呼吸しよ? 君の気はトチ狂ってる」


「うん。私はそんなに怒ってないよ? だから────」


 ……僕は、今の今まで穂澄さんという人を見誤っていたのだろう。

 正直な所、今回の件で穂澄さんは僕に愛想を尽かしてこのまま別れて、多分僕が刺されたりとか、しばらく翔華に口聞いてもらえないとかそういうのはあるだろうけど平和な日常に戻るって思っていた。


 けど、現実はそうじゃなかった。


「言った通り、私を守護ってね、俊介君?」


 全てを吸い込みそうな眼で、僕を一点に見つめてそう言い切った穂澄さん。僕と別れる気も離す気もサラサラない。そんな穂澄さんを見て、僕の脳裏に浮かんだ言葉はこれだ。


 ──これ、僕もう逃げ切るの無理じゃない?


「ちょ、ちょっと待ってください! 何言ってるんですかあなた!? 普通このまま別れてそれでおしまいですよね!? それに私はこのまま仲良くなんてできませんけど!?」


「私は別にいいよ! 赤の他人が天谷夢華なら話は違うけど、未来の義妹である翔華ちゃんなら別でーす! 同じ親フラ仲間として、義姉として、これからもよろしくね!!」


「ちょ!?」


 そう言ってから翔華に引っ付く穂澄さん。

 困惑、混乱、意味不明。そんな様々な表情を浮かべ後に、翔華は叫んだ。


「こいつ話が通じない!! てかくっつくな!! 邪魔!! はっなっせっ!!」


「俊介、ちょっといいかい?」


「あ、私もー」


 目の前のじゃれ合い……じゃれ合い? を見ていると、客室から母さんと結衣子さんが顔だけ出して僕に話しかけてくる。


「まぁ……色々察する所はあるけど……そうだな、母として一つだけ言わせてくれ」


 もしや、母さんはこの状況に対してなにかいい一言をくれるのか? 流石母さん。亀の甲より年の功とはこの事だな……!!


「とりあえず大学は出てくれ。お母さんからは以上だ」


「待って母さん。ここは普通いい感じのアドバイスとかくれる所じゃない?」


「カモがネギしょって自分で鍋の蓋まで閉めてコンロに火を入れた状態からなんとかしろと言われても無理だよ。そもそも別れるために付き合うとかやらかしたのは俊介なんだから、お母さんのアドバイスじゃなくて自分でなんとかしなさい」


「なんも言い返せない……」


 残るは結衣子さん。頼む……なにかこういい感じのアドバイスとか……そんな藁にも縋る期待を込めて、結衣子さんを見る。


「私からはまぁ、色々言いたい事はあるけど心恵ちゃんがいいなら特に言うことは無いよ。改めて心恵ちゃんをよろしくね? ぐらいかな。後は優人からの伝言」


 絶対役に立たない事を言うと思うあの先駆者。


「『未来で待ってる』だって。確かに伝えたからねー」


「案の定だよ!!」


 二人はそれだけ言って、再度客室に帰って行く。

 相変わらず父さんと優人さんが詰められてるみたいだけど……いや、今はそんな場合じゃなくってさ!


「いいですか!! そもそも私はあなたが彼女だって認めてませんから!! 私が認識してる心恵さんならまだ話は別ですけどアコなら無理!! 認めません!!」


「でも俊介君はお付き合いを認めてくれたわけだし、そもそも後押ししてくれたのは翔華ちゃんだし、それに翔華ちゃんが認める認めないとかはあんまり関係ないと思うんだ。大事なのは愛だよね、愛」


「その愛まやかしだよ!!」


「嘘から出た真。いい言葉だと思うんだ」


 ぎゃあぎゃあと騒いでいる翔華とそれを見てうんうんと頷いてる穂澄さんをしり目に、僕はひっそりと立ち上がる。

 ……うん。そうだな、もうやる事はやったよな。僕の責任は果たしたよな。


 気付かれないように足音を殺してこの場から立ち去ろうとした瞬間、背中に突き刺さるような視線を感じる。


「……俊介? どこ行く気? まだ話は終わってないんだけど」


「そうだよ俊介君。未来の事とかをちゃんと今話し合っておかないと。将来のために貯金しようね、俊介君」


 二人のまとわりつくような視線に振り返る──事は絶対にしない。

 ただ最後に、穂澄さんの言葉にポケットから取りだした財布を床に置いてから──


「お金払うから許してくれない?」


 ──駆け出した!!


「あ!! 逃げるな!! まだ話は終わってないこのバカ兄貴!!」


「そうだよ! それにまだランスロットの件とか親フラの事も──」


 全部、全部無視して僕は玄関まで走り、外に飛び出してそのまま夜の街に向かって駆け出す。


 ああ、確かに言ったよ。言ったさ。僕が守護るって。でもさ、普通こんなことになるなんて予想できないじゃん? それにこれで終わりだと思ってたのに、まだ続きそうじゃん? だからさ、自業自得だけどせめて一つだけ、一つだけ叫ばせて欲しい。


「誰でもいいから僕を守護ってくれよぉぉぉぉ!!!」


 そんな僕の叫びは夜空に浮かんでいる、まるで神の視点で空の上から僕を嘲笑ってるような形をしている三日月が吸い込んでいくのであった。





 第一部。おしまい。


後書き

後か明日に一部総括的な後書きみたいなのを投稿します。後は二部の予告と更新ペースどうすんの的なのを

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