第30話 プリズム
タクミが確かに刺してしまったけど、全てタクミが悪い訳ではないと俺は思う。
男女の仲のもつれあいではなく。友情のすれ違い。そしてマイカのサクラに対する態度。タニガワが言っていた事はあながち間違いではなかったのかもしれない。まだ俺の知らなかったマイカの一面が沢山あった。関係の浅い俺はマイカの表面的な部分しか知らなかった。
人の感情は複雑だ。単なる価値観の不一致だと簡単に片付けられる事ではない。
サクラはマイカが好きで大切で、どんなに事があっても離れられない。一緒にいて嫌だなと感じる事があっても、好意を向けられると嫌う事が出来ない。ましてや嫌だなと一瞬でも考えてしまった自分に罪悪感を感じてしまう。これは自己肯定感の低さから来る感情なのか。
それとも一緒にいて楽しかったと言う記憶が繋ぎ止めてしまうのだろうか。
マイカは自分の事で精一杯でその気がなくても、知らず知らずのうちに人を傷つけてしまう。
伝えない事が優しさなのか。嘘をつく事が優しさなのか。それが守ると言う事なのか。それともマイカにこれ以上の苦しみを与えてまで現実を突きつけるべきだったのか。この事件において何が一番正しかったのか俺にはわからない。
「好きな子の事どこまでなら受け入れられる?」と言っていたタクミの顔が浮かんだ。タクミはずっと一人で葛藤して生きてきたのだろう。
人間は限界を超えると選択肢を見失ってしまうものだ。
結果的に物事が良くない方へ進んでしまったが、皆がもう少しだけ自分自身をの気持ちを大切にできていたのなら、上手く伝える事が出来ていたのなら何かが変わっていたのかもしれない。
それはただ本当に単純で、幼い頃なら簡単に出来たはずなのに、成長するにつれて拗れて絡み合い、どんどん難しくなっていく。
これが大人になると言う事なのだろうか?
「私のせいなの?確かにサクラに、前にそんな話を何度かされたかもしれない。私がいつも遅刻してくるだとか、酷い言い方をしている時があるから言葉使いに気をつけて欲しいとか。でもサクラは大人でいつも許してくれて、優しくて、私はそんなサクラが大好きで……」
「マイちゃん、あとね。ウサギが具合悪くなったのは偶然だし、意地悪して来た子が優しくなったのはあの時マイちゃんと掴み合いの喧嘩になったからだと思うんだ。昔の事だから覚えてない?それとも辛い事は忘れてしまうのかな?オレは本当に何もしていないよ。マイちゃんが一人にならないようにクラスの状況見ながら遊びに誘ったり、話を聞いて来た。時には庇って来た事もあったかもしれない。でもオレが自分から誰かを傷つける事はしてないよ。マイちゃんは都合のいいように記憶を書き換えて来たんじゃない?自分がした事をオレがしたと思い込んで来たんじゃない?」
「それは……」
「コウキを階段から突き落としたのもマイちゃんだよね?」
「それは……違くて……」
「マイちゃんが辛い思いして来たのはわかるよ。一番側で見て来たからね。でもね、皆が優しいからって甘えすぎはダメだよ。辛くても向き合わなきゃダメだよ」
「知らないよ。私は悪くないよ。コウキくんを突き落としたのだってミズホちゃんが……」
タクミは泣いているマイカをゆっくりと抱きしめる。マイカを抱きしめるタクミなんて何回も見て来たはずなのに、心臓がギュッと掴まれるように苦しかった。タクミの底抜けの愛情が伝わってくる。二人の関係性が羨ましかった。何があっても味方でいてくれる人なんて俺にはいない。そしてそんな二人の姿がドラマのワンシーンのように美しいとも思ってしまった。そこだけ時間が止まっているようだった。
「ゆっくりでいいから。人のせいにしないでちゃんと話して。大丈夫。一人じゃないから」
ミズホは雰囲気をぶち壊すように、マイカの肩を無理矢理掴み引き剥がすようにしていた。鬼のような形相だった。
「マイカちゃん!もう!タクミくんのペースに乗せられちゃダメじゃない!!この人は、間違いだったとしてもサクラを刺したのよ!」
「でも……」
マイカはとても戸惑っていた。
「あのー、ちょっとさ、すごく気になった事があるんだけどいい?事件の日にタクミとサクラとの会話の中に出て来たあの子って恐らくミズホの事だよね?違う?」
きっと俺はミズホにとって、最高に都合の悪い存在だと思う。
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