第25話 目は口ほどに物を言う




目を覚ますとそこには見慣れない天井があった。白くて少しぼこぼことした模様のある壁紙だ。ゆっくりと瞬きをしながら目を慣らしていく。


「……コウキ?コウキ!?」


そこには眉をハの字に曲げながら不安そうに俺の顔を覗き込むタクミの姿があった。他には誰もいない。俺が寝ているベッドにタクミが座っている椅子、壁際に書類が積まれた机と古い椅子があって小さな保健室のような部屋だった。


「どこ……?ここは……。……っ」


ズキズキと頭痛がした。頭の中が混乱していた、起きあがろうとすると身体のいたる所が痛んだが、タクミと話そうとゆっくりと上半身を起こした。


「階段から落ちたんだよ。ここは医務室。大丈夫か?血も出てないし、軽い脳震盪だと思うって言われたけど……。ちゃんと病院行こう」


医務室か。救急車ではなくて医務室に運ばれる事もあるのか。それとも俺が家出中だからタクミが気を使って医務室を選んでくれたのだろうか。素朴な疑問が頭を駆け巡った。

俺は階段から落ちる前の事を思い出そうとした。俺がトイレに行って帰って来たら、タクミが居なくなっていたんだ。だから探しに行った。タクミはどこにもいなくて下のフロアに移動した可能性があると俺は考えた。それで階段を降りる前、立ち止まってスマホを見ていたら……。そう。誰かに突き落とされたんだ。そして俺は、俺を突き落としたであろう人物の人影を見たんだ。


今、タクミに言ってしまおうかと考える。いや、でも今は言うべきではないのだろうか。


俺は平然とタクミに返答する方を選んだ。



「医務室とかあるんだ。初めて入ったよ。へー……。大丈夫。ちょっと身体が痛い所はまだあるけど、骨が折れてる感じではなさそうだしさ!元気!」


「でも!」


「大丈夫だって。今はそれ所じゃないだろ?」



そうだ。ミズホとマイカを説得する方法がまだ見つかっていない。時間が迫ってくる。ゆっくり休んでいる場合じゃない。


「でも……何かあったら言えよ?」


「……うん」


タクミはずっと浮かない表情だった。その表情を見ていたら俺は疑問が膨らんでしまい、やはり今タクミに質問する事にした。後でややこしくなってしまうよりきっと良い。俺は軽く呼吸を整えた。


「……さっそくだけど、やっぱタクミに聞きたい事がある」


「何?」


「俺がトイレに行って帰って来たら、どこにもいなかったけど何してたの?」



「……ごめん。ちょっと他のショップに気になったものがあってさー。断らずに行ってごめんな。本当こんな事になるなんて……ごめん……な」


少しだけ目が泳いだような気がした。そして何故そこまで謝るのだろうか。本当は疑いたくない。


「なんで、そんなに謝るんだよ?他の店にちょっと用があっただけなんだろ?大丈夫だよ。俺もそういう時あるし。今回こんな事になってしまったけど、俺の不注意だしさ。ははっ」


「……だって、オレが勝手に行かなければ、階段から落とされるのふせぐ事が出来たかもしれないのに」



タクミは嘘をついている。かもしれない。俺は階段から落ちた。そう、落ちたのだ。最初にタクミも確かにそう言っていた。でも今は「階段から落とされた」と言っていた。俺が知らないだけでタクミは周りにいた人から話を実は聞ていて「落とされた」と言ったのかもしれない。もしもそうだとしたら、きっとタクミなら目覚めた瞬間に「誰に落とされた?」聞いてくるのではないだろうか。やっぱり、俺が見た人影は間違いではなかったようだ。確信してしまった。




「うん。……タクミ。タクミの事だから何か事情があるのかもって思ってた。言わなくてもいいかなって考えたりもした。マイカとミズホの事もあるから今は穏便に過ごしたいしね。でも今のままじゃ信用できないし、やっぱり言うね」


「……何?何の話?」


「何か隠してるよね?」


「何かって?……だから……勝手にいなくなったのはごめんって」


「そうじゃないよ」


「何の事かいまいちわからないんだけど……」


「タクミは何でそんな表情してるの?」


「え?オレ?今どんな顔してる?」


タクミは焦って頬に手を当てていた。オレは真っ直ぐにタクミの目を見た。タクミも目を逸らさずこちらを見ている。吐き出す場のない不安を溜め込んでいるような苦しい表情をしていた。



「タクミ……そんな顔するなら、なんで俺を階段から突き落としたんだよ……?」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る