第15話 経緯




「話は戻るけど、俺も両親には少しでも、わかって欲しくて、諦めたくなくてさ、ちゃんと話そうとはしたよ?車の中で言ったんだ。


『父さん、母さん、信じて貰えないかもしれないけど、俺何もやってないんだ。ただミズホの事が好きで告白したら変な事になってしまって……』


『証拠でもあるのか』


仏頂面で父さんは言っていた。


『……ない。でも認めたら終わりだと思う。だから俺は謝りたくない』


『……』


でも、父さんも母さんも何も言って来なかった。学校に着くといつもの教室ではなく、校長室に案内された。楽しいはずの学校がとても冷たい場所に感じたんだ。俺達が歩く音が異様に廊下に響いていた。俺達三人は俯きながらミズホとその親を待っていた。担任と学年主任と校長と教頭がその場にはいた。

ミズホの両親が入ってきた瞬間俺の父さんは立ち上がり腰を直角に曲げ、頭を下げた。


『この度は息子がご迷惑をおかけしてしまい申し訳ございません。しかし、息子はやっていないと言っています。もう一度状況を振り返り、確認して話し合えませんか?』


少しだけだけど父さんに俺の想いがちゃんと届いたのかなってこんな状況の中でも嬉しかった。


『いきなり何をおっしゃるかと思えば……!うちのミズホちゃんが嘘をついていると言うのです?信じられないわ!!どれだけ傷ついたか下品なあなた達にはわからないでしょうけど』

『うちの娘をなんだと思っているんだ!?そっちは男だからいいかもしれないが、こっちは大事な娘なんだぞ!』


ミズホとミズホの両親は怒りながら俺達と机を挟んで向かい側の椅子に腰掛けた。ミズホの父親は有名な大学病院の先生だと言う。母親は専業主婦だが、生花や着付けなどの習い事を充実させていると前に誰かに聞いた事があった。俗に言うしっかりしたご家庭だ。ミズホはそんなご家庭のお嬢様だった。



『承知の上です。しかしうちの息子も同様に苦しんでおります。ちゃんと状況がわからないのです。もう一度昨日の事を振り返る事はできませんか?』


って父さんも父さんなりに相手方と一生懸命話そうとはしてくれていた。亭主関白な父さんが俺の為に頑張ってくれたのだと思うと少しだけ目頭が熱くなった。それでもミズホの両親は一般家庭の俺達を見下すような目で見るばかりで、話に耳を傾けてくれる事はなかった。話はずっと平行線のままだった。担任もイライラし始めたのか、謝れと俺達に圧力をかけるようにチラチラとこちらを見ていた。


『俺もミズホとちゃんと話がしたいです』って言ったけど『黙ってろ』って向こうの父親に怒られちゃったよ。

あまり考えたくはないけど、学校側はミズホの家が立派なご家庭で俺達が普通の一般家庭だから立場が弱い方を犯人扱いした方が楽だなんて思ったりしているのだろうか?って感じてしまった。その方が事が荒立つ事がないから経緯や理由はどうでもいいなどと思っているのではないだろうか?って。

その時、ミズホが言ったんだ。


『ママ、パパ、もういい。私もうここに居たくないわ。謝ってもらわなくてもいい。この場にこれ以上いられない。コウキくんの顔見るだけで辛いの。昨日の事を思い出しちゃう。あの、制服の襟を触られた時の感触は今までに感じた事がなかったくらい恐怖だったんだもの。鳥肌が立つくらい怖かったんだもの。思い出して、具合が悪くなって来たわ。涙が我慢できないわ』


ミズホは両手で顔を覆うと泣いていた。ミズホは母親に肩をだかれ、可哀想に、可哀想にって言われていた。ミズホの両親は俺に向かって謝れと言う顔で睨んできた。


『なんなんだよ。とんでもない虚言癖じゃん』


って俺はうっかり本音が出てしまった。信じられなかった。そんな嘘をつくなんて。そんな事をする子だったなんて。俺がミズホに何かしたのか?って思った。そんな子を俺はずっと想い続けていたのかって、女を見る目がなかった自分自身にも情けなさを感じた。昨日の出来事は何かの間違いでもなく、ミズホは絶対にわざとやったんだと改めて思った。


ミズホは泣いたまま顔をあげる事はなかったけど、ミズホの両親は顔を真っ赤にして俺達を更に怒鳴りつけて来た。俺の発言に対して俺の親もまずいとは思っていたようだった。でも、俺は後悔はしていないよ。それから先は相手方の話を右から左へずっと受け流して聞いていた。ウチの両親は腰を直角に曲げて、ひたすらに頭を下げていた。俺がミズホに告白した時と同じ体制だった。そんな所が親子で似ていると正直笑いたくなってしまう。それほどの余裕が不思議と俺には出て来てしまっていた。何もかも馬鹿らしくなって来てた。父さんに無理矢理頭を押さえつけれ最後に俺も一緒に謝罪し、その場は丸く収まる事となった。結局俺が悪い事になった」




「ミズホちゃんは本気でそう言っていたの?勘違いとかがあったんじゃないの?」


「それしか話していないからわからないよ。でも勘違いするような事はないんじゃないかと思う」


マイカにはこれ以上なんと言っていいかわからなかった。マイカは少しだけ目が潤んでいた。


「偽善者って言ってた時点で確信犯……だよな?」


タクミが切ない表情でそう言っていた。





「俺は停学処分となった。先生と親はそのまま話し合いをしていて俺は教室に荷物を取りに行く事になった。

俺はいつもの調子で教室のドアを開けた。俺とミズホを除いてクラスメイト全員が自習をしていた。クラスメイトの一人や二人は俺の事気にかけてくれるんじゃないかって当たり前のように思っていた。いや、今までの俺にはそれが当たり前で疑う事はなかった。俺の考えは甘かった。教室に足を踏み入れるのが怖かった。


想像出来るだろうか?


昨日まで楽しく話していた友人が友人ではなくなってしまったと知る瞬間を。いきなり赤の他人かのように軽蔑の目を向けられる気持ちを。

全部初めての感情だった。人から向けられる視線がこんなにも刺さるように痛い事を知らなかった。昨日まで仲の良かった友達に空気のように扱われるのが吐き気がするほど苦しいなんて知らなかった。俺の事を大切に思ってくれていると信じていた人たちがイチミリも俺の事など考えていなかったのだと知った時、涙さえも忘れてしまうという事を知らなかった。


百八十度世界が変わった。


その時に何故かミズホの顔が脳裏に浮かんだ。女子同士の間でいじめられていたミズホは毎日毎日この感情を噛みしめて、この苦さを飲み込みながら生きていたのだろうか。何も知らないままミズホの事を軽率に助けたいなどと言った俺はやはり偽善者なのか。でも、もしも俺が最初からミズホの立場だったら、誰かに「大丈夫?」の一言を貰えていたのなら救われるとまではいかなくても、少なくとも俺の決断は変わっていたと思う。俺の出した答えはこうだった。

『家出しよう』

俺の未来なんてもうないも同然だ。こんな場所に居たって何も良い事はない。味方はいない。戦ってまでここに居たいわけじゃない。難しい事を考えるのは疲れた。帰りの車の中も家族三人にずっと無言だった。それぞれ皆、何をどう思っているのだろう。もうどうでもよかった。俺は家出の事ばかり考えていた」



「酷すぎよ……」



「家出するにあたって、不思議と淋しいという気持ちはなかった。両親の目を掻い潜りながらこの家を出ていくことが出来るのかという謎のスリルだけはあったが、きっとそんな事は絶対に起こらないという確信と諦めがあった。きっと両親は俺にもう期待なんかしていない。

家につくと無言で二階の自室に向かった。きっともう袖に手を通す事のない制服を雑に脱ぎ捨て足で部屋の端の方へよせた。行儀が悪いのは承知の上だ。でもこれくらいの悪事なら、誰でもない自分の中の善意が許してくれるだろう。自分が友達と遊ぶ時によく使っていたお気に入りのリュックサックに荷物をまとめる事にした。財布には数千円しか入っていない。俺の名義で母さんが作ってくれた通帳が一階の台所にある引き出しの中にあったはずだ。いけないと分かっていても持ってきてしまった。流石にこれは善意の心がチクッと少し痛んだけど、これも仕方のない事だと自分に言い聞かせた。子どもが自立する為に親が貯めてきたとのなら今が使う時だと思った。

ありきたりかもしれないけれど、『探さないでください』と一言書いた置手紙を自分の勉強机の上においた。風呂に入っている父さんには気づかれる事はない。帰宅してから出てこない母さんのいる和室の横を通って静かに外に出た」


出て行く時はドキドキしたんだ。それは家出への期待からなのか、自由を手に入れられるからなのか、はたまた両親への申し訳なさからなのかわからなかったけれど。



「そして自転車に乗って寒い中、一時間かけて駅の方へ向かった。

新幹線も電車もなかったしヤケクソになって丁度来た、予約がいらない夜行バスに行先も確認せずに乗り込んだんだ」


「……そこで私達が出会ったんだよね?」



「そうだね。マイカが突然隣に座って来た時はびっくりしたけどね。……ミズホの顔を見て声を聞いたら数日前のこの一連の出来事が一気に思い出されて吐き気を催してしまったんだ。不快になるような態度をとってしまってごめんな」



あとは、マイカとタクミが何を信じるのか判断は任せる事になる。

俺は、家出を決めたあの時から重かった心が、話した事で少しだけ軽くなった気がした。





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