第16話 沈黙



沈黙の中、最初に口を開いたのはマイカだった。


「バスで始めてコウキくんを見た時、遠い目をしていたように見えた。すぐ隣にいるのに、私じゃなくて違う何かを見ているようだった。自分自身と葛藤していたんだね……辛かったんだね」


マイカは一つ一つの言葉を大切に、丁寧に選ぶようにゆっくりと話をしていた。


「話を聞いてくれてありがとう。……これが俺とミズホの関係の全てだ。俺はミズホとこれ以上関わる事はできない。マイカは……もしこのままミズホと仲良くしたいのなら気をつけた方がいいと俺は思う。さっき大浴場の前で、幸いにもミズホの両親と鉢合わせにならなくて本当によかった。もし、会っていたらとんでもない事になっていたと思う」



タクミがこっちを見ているような気がして、俺もタクミの方に視線をやった。


「……コウキ!泣けよ?辛かったら」


「……」


思いもよらない反応だったから言葉が喉に詰まってしまった。ずっと辛かったんだ。誰にも話す事が出来なくて。そして、告白した時から今まで時間の巡りが遅いようで早くてあっという間に今になって、泣く事を忘れていた。気がついたら汗のように無意識に自然に涙が出ていた。「あ、俺泣けたんだ。泣くほどやっぱり辛かったんだ」ってやっと自分の想いと向き合う事が出来た気がした。


しばらくの間、情けなないけどタクミとマイカにハンカチやティシュを差し出されながら泣いてしまった。泣いていたら、ずっと泣いてる自分が何だか可笑しくなってきて、話を受け入れてくれた二人の顔を見たら安心出来て、気づくと笑顔がこぼれていた。


そしたら、タクミとマイカも笑っていて自然と気持ちが落ち着いた。二人についてまだ謎は多いけど話せてよかった。


タクミが神妙な面持ちで話し始めた。


「辛い事思い出させてごめんな。話してくれてありがとう。ミズホちゃんがコウキにした事は絶対に許される事じゃない。……けど、オレは何となくミズホちゃんは寂しかったのかなって思ったよ」


「……寂しい?」


「うん。誰かにかまってもらいたくて大騒ぎしたようにも見えなくないなって。オレはミズホちゃんとさっき出会ったばかりだし、本心はわからないけど。そもそもミズホちゃんは友達がどれくらいいたの?」


「……わからない。ミズホは学校で一人で本を読んでいる事が多かったし、ミズホ自身は……虐められているって言ってた。でも、俺はそれでもミズホが好きだったし、一人より二人で居れば楽しいだろうなって思ったんだ。だからミズホの力になりたいって言ったんだよ」


「そうなのか。難しいよなこればっかりは……。助けたいって手を差し伸べてもそれをどうするか、どうしたいかはミズホちゃん次第だもんね。自分で何とかしなくちゃいけない、ミズホちゃん自身の心の問題だよね。でも虐めの原因は何だったの?」


「それも……わからない。ミズホの事好きだって言いながら何も知らなかったんだなって今なら考えられる。でももう、何とか力になりたいとか、好きだとかそう言う感情はない。もう関わらずに生きていきたい」



ミズホの近くにいた俺よりもタクミの方がずっとミズホの気持ちを考えられている気がした。俺にはまだ理解する余裕がなかった。



「……私は、ミズホちゃん出会ったばかりだしまだ何もわからない。コウキくんの事は信じてる。でもね、ミズホちゃん、大浴場で私が櫛を何処へやったかわからなくなって慌てていた時に『よかったら、これ使って?』って言ってくれたんだ。優しかったんだ。見ず知らずの人に優しく出来る人ってすごいと思った。私すごく嬉しかったんだ」



「マイちゃんは、マイちゃんでその気持ちは大切にしなよ。でも今後もミズホちゃんと関わる事があるならばコウキが言っていた事もちゃんと考えて置いた方がいいからね」


「もう!言われなくてもわかってますー!」



マイカはタクミに向かってイーツと歯を向けてふざけていた。そんなやり取りも楽しそうで、いつもの元気な様子だったので、マイカはマイカでミズホの事を受け入れる事が出来たのだなと思った。俺が話をした事で、折角出来た友達がそんな人だったのかと落ち込んでしまったらどうしようと少しだけ心配だったのだ。



「……これからどうする?」


「「どうって?」」


タクミとマイカがハッとしたように同時に反応する。


「俺は家出している身だし、これから新幹線で、また都会の方に戻ろうと思う。貯金が底を尽きる前に仕事を探さなくちゃ。二人はこれからどうするの?」


ミズホが悩んで首を傾げながらこう言った。


「余計なお世話かもしれないけれど……ご両親ともこのままでいいの?こっちにいるうちに何か言わなくてもいいの?」


着信拒否をしているから、何も連絡は来ない。俺の事どう思っているのだろう。全く気にならないと言えば嘘になるけど。でも連絡をとりたくないからと着信拒否を設定したのは自分自身だ。


「せめて、電話だけでも……」


「……」


それ程時間は経っていないはずなのに、連絡先の画面を開くのが何だかすごく久しぶりに感じた。二日前はスマホのバイブがなるだけで動悸が収まらなくなるくらい誰かから連絡が来ると思うと怖かった。


母さんの連絡先の画面を見つめて俺は動けなかった。


「えいっ!!」


「ちょっと!何すんだよ!」


マイカが勝手にスマホの画面に触れてくる。電話がかかってしまった。焦って手を滑らせ、スマホを畳の床に落としてしまった。


「ごめんっ。でも嫌なら自分で電話切りなよ?」


「えっ……」


プルルルッ。プルルルッ。迷っている間に電話のコールが鳴り響く。回数を重ねるたび頭が真っ白になっていく。


もしも母さんが出てしまったらどうしよう。怒られる?泣かれる?いや、そもそも切ればいいじゃないか。でも、本当にそれでいいのか?


「ただ今留守にしております。ピーッとなりましたらお名前とご用件を……」


母さんは出なかった。ほっとしている自分がいた。電話を切ろうとする俺の右手をマイカが掴んでくる。


「ほら、何か……話しなよ?」


そう言うマイカの顔はとても真剣で、でもどこか寂しそうだった。


「えっ……と、母さん?俺だけど、何も心配しなくていいから。……それじゃ」


電話を切る。少しだけ呼吸が乱れていた。でもマイカを振り切って直ぐに電話を切る事なんて簡単に出来たはずなのに、そうしなかった自分は本当は連絡をしたかったのかななんて思ったりもした。


「それだけ?」


「え?でもこれで用件は全部伝わっただろう?」


「だってオレオレ詐欺みたいな電話だったじゃん!!」


「そんな事ないと思うけど……?」


「他にあるじゃん?!ステキな仲間ができたよーとかさー?」


「……ステキな仲間?」


「うん、うん!!」


マイカとタクミの顔を見ると、タクミは何故か照れながら頭を掻いていて、マイカはとても目をキラキラさせながら俺の事を見つめていた。

そんな二人の様子とは裏腹に俺は冷静に言葉を返すす。


「まあ、電話はもういいでしょ。もう家に帰らないつもりだし……で、話は戻るけどこれからどうする?」



「私もコウキくんと一緒に新幹線乗るよ!?……私、まだやらなくちゃいけない事があるしこのまま帰る事はできない」


「オレもマイちゃんを放ってはおけないから一緒に行く」


「えー?タクミは学校で皆勤賞狙ってたんじゃないの?」


「マイちゃんと、コウキの為なら別にいいよ。皆勤賞よりマイちゃんが大事だよ」


「今、俺の事も大事って言ってたよね?」


「は?ばか、変な事言うなって」


「タクミったら照れちゃって。コウキくんの事本当は好きなんでしょ?」


「まぁ……ちょっとだけ……ちょーっとだけだからな!」


そう言いながらもタクミは楽しそうに笑っていた。


「って事でミズホちゃんが部屋に来たり、連絡してくるかもしれないから、まずは早く旅館を出よう」




そうして、俺の家出が今度こそ本格的に始まると思っていた。







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