第17話 一推し



「昼ご飯は向こうで食べる?こっちで食べる?」


俺達は旅館をチェックアウトし、その後駅を目指してブラブラと歩いきながら今後の予定を話していた。歩道が狭い為、タクミを先頭にマイカ、俺で縦一列に並んでいた。外は風邪が強かった。声が中々聞き取りにくい。つい大きい声になってしまう。


「まずは新幹線の時間確認しなきゃじゃない?切符先に買った方がいいよ。そういえば私昨日、タクミと会う前にコウキくんと水族館いったんだよー!いいでしょー?」


タクミが足を止めて勢いよくクルッと振り返る。


「何それ?!ずるい!オレもマイちゃんと水族館行きたい!!ね!あっち行ったらさ少しは遊んでいいよね?!ね?」


余程行きたいのかすごい剣幕だ。


「タクミとマイカは遊ぶ事ばっかりだな。でも水族館はもういいかな……」


「じゃあ、テーマパークとか行こうよ!いいじゃん!だってさ、遊べる時に遊んでおくって大事だよ!この三人でいられるのだっていつまでか、わからないし……」


「そうだよ!コウキ!」


タクミもマイカも子どものように目をキラキラさせてノリノリだった。


「それも、そうか。まあ、それは新幹線の中で考えよう。遊ぶより、泊まる場所が毎回俺は心配だよ」


「大丈夫だって!こんな田舎より倍の倍あっちにはホテルも旅館もあるんだよ?!」


「でも、倍の倍人も多いって事だよな?」


「まあ、それもそうだけど……」


「それも新幹線の中でパパッとネット予約しちゃおうよ!あんまり心配したってしょうがないよ!心配したからって何か変わるわけじゃないよ」


マイカのマイペースな明るさが完全復活した気がする。とても楽しそうに話していた。



「ここの駅から向こうまで二時間くらいかかるから、一時の新幹線がいいんじゃない?」


「そうするか。まずは切符を買って、その後早めの昼ご飯にして……」


話し合って時間も決めたが、向こうに着いたら、今日もホテルを探してなんだかんだ一日が終わりになりそうな気がする。良さそうなバイト先が一つでも探し出せればいい方かなーなんて思っていた。


切符を買った後、この近場で昼食と言ったら絶対にここと言うタクミの一推いちおしのお店に来た。うどん屋さんだ。店に入ると天ぷらを揚げる油のいい香りがした。見える所に大きくメニューと値段が書かれており、かけうどんが四百円からと大変お手頃だった。タクミは学校帰りに友達とも、一人でもよく来るらしい。流石タクミとマイカの地元だ。


早い時間と言う事もあり、まだお客さんがほとんどいなかった。その為広い四人掛けの席に腰掛けた。店の人も楽しそうに働いており、落ち着く雰囲気だった。


昨日も今日もタクミは私服だったので、学校生活を送っているタクミの姿が何だか想像出来ない。皆勤賞を狙っていたと言うくらいだからすごく真面目な生徒なのだろうか。


「タクミとマイカって学校でどんな感じなの?二人でよくうどんは食べに来る?」


「家が近所だから、朝はほぼ毎日一緒に登校してたけど、帰りはバラバラが多いかなー。うどん屋さんは私は久しぶりに来た。ほら、タクミはモテるし」


タクミは飲んでいた水を吹き出しそうになる。 


「ゔっ……。マイちゃん!それは違うから。こんなにマイちゃん一筋なのになんでそういう事言うの?」


「だってよく、女の子に声かけられているじゃん?」


「声は掛けられなくはないけど、オレいつも男友達と帰ってるからね!?男友達とうどん食べて、ゲーセン行って、カラオケ行ってるからね?!女の子なんか入ってくる隙がないくらい男友達大好き!だから安心して?」


「なんか、語弊を生むような……」


「え?何?コウキなんか言った?マイちゃん他にオレについて聞きたい事はない?マイちゃんになら何でも教えちゃうよ!」


「えー?何も?」


二人のテンポの良いやり取りを見ていると仲の良さが伝わってくる。何だか羨ましかった。こんなに明るくて優しい二人はきっと皆から愛されているのだろう。タニガワを除いてだが。


「タクミは友達多そうだね」


「タクミはすごいよ、男女問わず人気にだよね。面白いし、優しいし、イケメンだしねー。私は平凡などこにでもいる普通の女子高生って感じかなー」


「マイちゃん、オレの事イケメンって言った?マイちゃんも最高に可愛いよ」


「えー?言ってないよー?」



「俺も、二人と同級生だったらなー」


「それなら、楽しそうだな!コウキがいたらもっと学校が楽しくなりそう」



少し前に辛い事があったのに自分がどうやって乗り越えてきたかなんて簡単に忘れてしまう。乗り越えて来たから今の自分があるはずなのに全部夢でも見ていたのではないかと言うくらいに簡単にその時の感覚が薄れてしまう。徐々に自分はそうなっているのだと感じた。それくらい今がきっと心地よい。でも何か自分にプラスになる事があったか、自信が持てるようになったか、いい方向に進めているのかと言われるとそれはまた別の話になってくる。でもこのまま辛い記憶は消えてしまえばいいのにって思った。


このままずっと楽しい時間が続けばいいのにって思った。



「あー、駅ビルにある本屋さんで俺、履歴書買おうかな。時間あるし、新幹線の中で暇になるだろうから書けるし」


「履歴書?」


「バイトとか、仕事する時に必要らしいよー」


「へー」


「証明写真も撮らなくちゃ」


「証明写真?あの機械に入って撮るやつ?プリクラじゃダメなの?」


「ダメでしょーよ!」


「今度皆でプリクラもとろーよ!」


「だって目がめちゃくちゃ大きくなるじゃん。女の子は可愛いけど、男はなんとも言えないキラキラ感がでるんだよな」


「きっと二人とも可愛くなるよ?」


「考えておく……」


プリクラでなくても写真は撮りたいなと思った。何か形に残しておきたいとは思った。



「でも、コウキは社会人になるのかー。すごいなー」




皆で食べたうどんは感動する程の美味しさだった。硬すぎず、柔らかすぎずコシのある麺。鰹と昆布の味がしっかりする透き通った出汁。ぜひもう一度食べたい味だ。タクミが一推しするのもわかる。



「「「ご馳走様でした」」」



皆大満足だった。お腹も心も満たされた。店を出て本屋さんへ向かった。


歩いていると誰かのスマホのバイブが鳴る。俺ではない。タクミも違うようだ。マイカのスマホだ。


マイカはスマホの画面を見ると眉をひそめていた。足を止めてしばらく画面を見ていた。そして、泣き出しそうな表情で俺達の方を見るとこう言った。



「……ごめん、私……やっぱり一緒に行けない」







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