第18話 話
「……ごめん、私……やっぱり一緒に行けない」
「え?どういう事?」
「行けなくなったから、二人で行って。私は新幹線の切符払い戻しに行かなくちゃ」
「誰かから連絡来てたみたいだけど何かあった?」
「まだ言えない。……会わないといけない人がいるんだ。今日中に。絶対に今日じゃないといけないんだ」
「そっか。じゃあ、待ってるよ。待ってるから一緒に行こう」
「……」
あんなに一緒に行動するのが嫌だったはずなのに、今更マイカだけを置いて行くなんて出来なかった。マイカが何を考えているのかがわからない。ただ心配だった。マイカは伏し目がちでこちらを見ない。長いまつ毛が綺麗だった。まつ毛に涙がついてキラキラと光っていた。
「迷惑かけちゃうかも」
「もう充分かけられてるし」
「……わかった」
「マイちゃん……オレも一緒じゃダメなの?」
「……ごめんね。ちゃんと連絡するから。……コウキくんも、気をつけてね」
マイカを見るタクミの目はいつも優しい。優しいけれど、マイカはその目をあえて避けているような気もしてしまった。それが何の為なのかはわからないけれど。マイカとあれから二人きりで話をする機会もないものだから、結局サクラを刺した犯人も何故マイカが狙われているのかも聞けないままだ。マイカを一人にして大丈夫なのだろうかとも思う。
「何かあったら、すぐ連絡して……」
「わかった」
皆で新幹線のチケットを払い戻しに行った。「じゃあね。今日の夜中になっちゃうかも。用事が済んだら連絡する」そう言うとマイカは一人でどこかへ言ってしまった。きっと重たい何かを抱えているのだろう。寂しそうな後ろ姿は、とても小さく見えた。そして、人混みの中へと消えていった。
今日も一日をこの街で過ごす事になりそうだ。移動する事よりも、今何ができるのかを考えようと思う。
「なー、コウキー。マイちゃんの連絡の相手って誰だと思う?」
「オレ以外に好きな人がいたらどうしよー」
タクミはいつもの口調で呑気な事を言っていた。でも表情は固く、どこか寂しそうだった。「何でマイカは何も教えてくれないんだ」と言う思いが口からは出なくても、顔を見ればわかってしまった。足取りが重そうで、気だるげに歩いていた。
「男ではないと思うけど。ミズホ……だったりして」
「朝いろいろあったばかりなのに?」
「まあ、うん。他に心当たりと言えば……サクラが意識を取り戻した……とか?」
「もしそうだったらオレに言ってくれてもいいよね?」
「……言えない相手だもんな」
答えは出るはずがなかった。マイカの交友関係なんてほんの一部しか俺は知らない。タクミでもわからないのだから俺にわかるはずなんてない。ただ俺達に言えない相手だと言う事はタクミと同様に引っかかっていた。
俺達は予定通り履歴書を買う為、本屋さんへと向かった。本屋さんは立ち読みをしている人が数人いるだけで、静かな雰囲気だった。
タクミはいつも通っているからであろう、何も迷わず小説コーナーへと向かって行った。待てよ、と俺はタクミの後を追う。
「タクミ小説とか読むんだね」
「オレこう見えて頭も結構いいんだぜ!!」
「頭悪そうに頭いい発言されてもなー」
「小説って面白いじゃん。普段、人の心って見えないでしょ?話をすれば言葉や表情で思っている事が伝わるけど、それが全てじゃないと思ってる。小説は読むと登場人物の心情が詳しく文字で書かれているし、自分が関わった事がないような人、絶対関わる事が出来ない人の気持ちも理解しやすい。自分の情緒の次第で文章の受け取り方も変わってくるけど、何回も何回も読む度に自分がその登場人物に近づける気がするんだ。これは漫画とかドラマでも感じとる事は出来るけど、登場人物の表情がわからない小説だからこそ、想像力も膨らんで新しい発見も出来たりする。オレは小説のそんな所が好き」
タクミはチャラチャラとしているようで真面目だししっかりと芯がある。知られたくない何かを隠すようにいつもおちゃらけている。マイカもそう見えるけど。きっと俺だけじゃなく二人もまだ言えない何かを抱えているのだろう。
「あ、これ、これ!!この作品とかコウキにお薦めだよ!」
タクミが一冊の本を両手で持って、丁寧に差し出してきた。
「『恋をしてしまった』?恋愛小説……?」
「ただの恋愛小説じゃない。主人公は俺達と同い年の女子高校生。努力しても何も報われないって、どうでもいいって思いながら日々生きてるんだけど、ある日、同じクラスの男子に恋をするんだ。そいつは全く主人公に興味がないし、顔もタイプじゃないって言われてしまう。そして挙げ句の果てには絶対に付き合わないってボロクソに言われてしまうんだけど、それでも諦めたくなくて何度も何度もあの手この手で振り向かせようとするんだよ。そして主人公は恋をした事で前向きな性格になっていくんだ。青春だろ!?泣けるだろ?オレのバイブル」
「へー。割とありきたりな感じがするけど」
「ありきたりとか言うなって。読んだら絶対感動するから。オレとマイちゃんにちょっと似てるだろ?性別は逆だけど。オレは何度も主人公に救われたんだよ」
「へー」
「キモイとか言うなよ?!」
「……結局二人は付き合えたの?」
「……それは、読んでからのお楽しみ」
タクミはどんな結末を見たのだろうか。救われたと言うくらいだから二人は結ばれたのかもしれない。現実はそう上手くはいかないかもしれないけれどタクミは何を思って読み終えたのだろう。
俺は物語の行く末よりもタクミの思想に興味を持った。
「時間はあるし……気になるから読んでみようかな」
その後も何気ない話をしながら本屋さんの中をぶらぶらと歩いていた。タクミは小説だけでなく漫画もよく読むようで、様々な作品の話をしてくれた。漫画には漫画の良さがあると活き活きと語っていた。恋愛ものだけでなく、少年漫画はもちろんの事バトル漫画やダークファンタジーなどジャンルを問わず読むようだ。漫画は俺も読む方だと思っていたけれどタクミはもっとずっと詳しくてタクミの話につい引き込まれてしまった。
履歴書と「恋をしてしまった」を購入して俺達は本屋さんを後にした。本を買うのは久しぶりだった。男友達に勧められた恋愛小説なんて何だか変な気持ちだけど、ブックカバーもかけてもらったし俺は案外読むのを楽しみにしていた。
履歴書を無事に買えたとなると次は証明写真だ。
スマホの内側カメラを鏡代わりに使って身だしなみを整える。髪型を軽く整えると、初めての証明写真機に戸惑いながらも固い笑みを浮かべた。
「一枚くらい記念にふたりで撮ろうぜ」
「やだよ!何でだよ」
タクミは犬っぽいと思っていたけど、実は猫っぽいのかもしれない。少しだけ心を開いてくれたタクミと俺の関係は立場が逆転しているようにも感じる。出来上がった証明写真を見ると当然俺は「盛れていない」。半目でおかしな表情だった。タクミは普段と変わらない。いや寧ろ写りがとても良く綺麗に見えた。タクミはその証明写真を見ると面白かったようで声を上げて笑っていたけど、その後は財布を取り出し大切に中にしまっていた。
行く場所もないので近くのカラオケで時間を潰す事にした。
カラオケの楽しい雰囲気は好きだが俺は歌がそこまで得意ではなかった。しかし、何も気にせず髪を振り乱しながら全力でアニソンやら演歌やらアイドルソングを歌いまくるタクミを見ていたら自分もいつの間にか腹を抱えて笑っていたし、タクミも楽しそうにしていた。
気がつけば時刻は十八時を回っていた。意外とあっという間に時間が過ぎていた。
カラオケの音楽を掻き分けて微かにスマホのバイブが聞こえる。タクミは待ってましたと言わんばかりにすぐにスマホに飛びついた。
「あ!……マイちゃんから連絡来たみたい!」
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