第19話 マイカの視点




「お待たせ……」


「いいのよ。来てくれてありがとう」


「二人に内緒で来てってどういう事なの?さっきは他人のフリしていた様に見えたけどコウキくんとも知り合いだったんでしょ?!」


「そうよ」


「絶対に今日話さなくちゃいけない事って何?何が目的なの?」



私はこの子の事を信用していない。でも信用したいと思った。彼女の優しさを信じたいと思った。友達になりたいと思った。だから一人でここに来た。



「……ミズホちゃん」



「ただ私はマイカちゃんと仲良くなりたいだけなの。何もおかしな事は言っていないつもりよ」



そこにはカフェで優雅に紅茶を飲みながら私の事を待つ、ミズホちゃんの姿があった。さっきまで家族と旅館でくつろいでいたはずなのに、それを放り出してまで私に話したい事ってなんなのだろう。

ミズホちゃんはお上品と言う言葉がピッタリな紺色のワンピースを着ていた。艶々の綺麗な黒髪は結ってはおらず耳にかけていた。レースの袖からのびる細くて白い手で丁寧にティーカップを支えている。地元のカフェでなくミズホちゃんだけが高級ホテルでアフタヌーンティーを楽しんでいるかのような独特の雰囲気を放っていた。


いつもの私なら楽しくなって「素敵だね」なんて声を掛けてしまうだろうけど、今は雰囲気に飲まれてはならない。まだ隙を見せられない。感情を飲み込んだ。


「じゃあコウキくんに対して他人のフリしたのは?コウキくんとミズホちゃんの間に何があったのかも聞いちゃったんだ……。ごめん。ミズホちゃんは何がしたいの?」


「いきなりそんなに怒るなんてひどいわ。……いえ、ごめんなさい。マイカちゃんはそれだけコウキくんの事が好きなのね。まず座って?一緒に紅茶でも飲みましょう?」


「そういう訳じゃ……」



私はミズホちゃんの向かい側に腰掛ける。カバンの下ろし方から、座り方、何から何まで一挙一動をミズホちゃんにじっと見られているようでやりにくさを感じた。見定められているようだった。



「……コウキくんには学校での事悪いと思っている。だから旅館で会った時は気まずくて他人のフリしちゃったの。他人のフリして一から関係を築けばもしかしたら仲良くなれるかもしれないと思って。……私が間違っていたの。ごめんなさい。……ごめんなさい。マイカちゃんとなら友達になれると思ったの。本当の気持ちを話せると思ったの」


ミズホちゃんは両手で顔を覆って泣いていた。こんなに思い詰めていたなんて意外だった。私はミズホちゃんにハンカチを差し出した。悪いと思っているなら、私ならすぐに謝るけどミズホちゃんは素直にそれが出来ない不器用な子なのだろうか。でも今の様子を見ているとそんなに悪い子ではないように感じる。こんなに涙を流している。ずっと誰かに話したかったのだろう。コウキくんと元通りとまでは言わなくても、和解できるくらいの関係になれたらなんて思ってしまった。


「私はミズホちゃんの本心が聞きたかった。私もミズホちゃんと友達になりたいと思っていたから」


「ありがとう。マイカちゃんと話せてよかった。私、友達が少なくて辛かったの。寂しかったの」


「話くらい、いつでも聞くから!もう泣かないで……」


私は震えるミズホちゃんの手を優しく握った。


「マイカちゃんはタクミくんとは付き合ってるの?」


「タクミは幼馴染で付き合ってるとか言う訳じゃ……」


「いいなぁ。マイカちゃんはどっちが好きなの?」


「え?」


「コウキくんとタクミくん」


「ミズホちゃんの言う好きの意味がわからないけど、私はどっちも大切だよ。大切だからこそ怖い」


「怖い?」


「うん。自意識過剰かもしれないけどタクミは私の事が恋愛対象として好きなんだと思う。でもそのせいで、タクミは私だけで、そればっかりで、嬉しいけど重くて、たまに逃げたくなるの。タクミはタクミのやりたい事を見つけて何処かに行ってくれたらいいのにって思ってしまう。私がタクミを縛りつけてるのかもって苦しくなる。タクミはいつも全力で助けてくれるのに、私酷いやつなんだ。そして、こう思ってる事も本人には言えない。タクミを傷つけちゃうかもって。でもそれは本当は自分が苦しくなりたくないだけなんだと思う。私は優しいフリをしているだけ。私って残酷なんだ」


「そんな事はないと思うわ。あまり自分を責めちゃ駄目よ。タクミくんだってきちんと告白してきた訳じゃないのでしょう?だったら気にする事ないわよ。マイカちゃんが何をしようと、誰に恋しようと自由よ。寧ろそんな曖昧な男性はお断りくらいでいいのよ?」


「ミズホちゃんカッコいいね。大人みたいな考え方」


「すごくなんかないわ。私、本を読むのが好きなんだけど登場人物の受け売りなのよ。私、こんなに話したのマイカちゃんが初めてよ。嬉しい。友達がいるってこんなにステキなのね。でもコウキくんの事はどうなの?」



「……だから私はコウキくんと一緒にいたいと思った。出会った時コウキくんは何だか自分と同じ目をしている気がして安心したんだ。でも違った。コウキくんは私よりもずっと心が綺麗だった。だからこんな自分を知られてしまうのが怖い。自分の事ばかり話してごめんね」



「いいのよ。もしかしたら、聞いたかもしれないけど、私コウキくんに好きって言われたのよ」


「え?……うん。聞いたよ」



心に何かがチクッと刺さった。ミズホちゃんはなぜ今恋愛話をしようと思ったんだろう。私の事を知りたかった訳ではなくて、もしかしてミズホちゃんはコウキくんの事が好きでとられたくなくて探るために聞いてきた?でも好きだとしたら何故あのような事をしたのだろう。辻褄が合わない。私は何も気づかずベラベラと話してしまった自分が恥ずかしかった。そして話してしまった事を少しだけ後悔した。


ミズホちゃんは本当に私と友達になりたいのだろうか?ミズホちゃんの目を見るのが怖い。私はテーブルの上の紅茶に映る自分の顔を見ていた。何を話せばいいのかわからないと疲れ切った表情の自分に心の中で問いかける。


椅子に置いてあるミズホちゃんのカバンにふと目がいった。茶色のショルダーバッグだ。カバンにはお守りがついていた。見覚えのあるお守りだった。それは私が昨日サクラへと買ったものと同じものだ。



「ミズホちゃんカバンについてるそのお守り、私も知っている神社のものかも」


「これ?私のとても大切な子に貰ったのよ。ステキでしょ?」

 


「偶然だね。私つい最近、お守りを売ってる神社に行ったんだ。ミズホちゃんはいつ貰ったの?」


「昨日」


「え……?」



そんな事ある訳ない。だって昨日、ミズホちゃんは家族と旅館に居たじゃない?ミズホちゃんが奪う事何て出来るはずがない。だってミズホちゃんとサクラはなんの接点もないのだから。なのに何故か直感でそう考えてしまった。悪い妄想だけがどんどん膨らんでいく。コウキくんから話を聞いたから先入観でそう考えてしまうだけ。違う。きっと違う。



「顔色悪いわよ。何をそんなに驚いているのかしら?私変な事言った?」



「ねえ、ミズホちゃん。最近話題になってる女子高生が同級生に刺されたって事件知ってる?」


「どうして?」


「毎日のようにニュースで見るから、なんか気になってさー」


「知っているか……ね……。知っているも何も被害者は私の血縁なのよ」


「え……。待って、ミズホちゃんの苗字って……」


「……クガワ。……クガワミズホよ」


「サクラと同じ……?」


「私は犯人を知っているわ。私が今日マイカちゃんと話をしようと思った本当の目的はマイカちゃんを助けたいと思ったから」



「え……?」




私がサクラと友達だなんて、私の口からミズホちゃんにまだ一言も話していないのに何を知っていると言うのだろう。





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