第14話 関わってはいけなかった




「ミズホちゃんは何て言ったんだよ?」


「……偽善者って」


「それってどう言う意味なの?ミズホちゃん私と話した時は性格に裏表がある様には見えなかったよ」


マイカは不安気な様子だ。


「……俺だって意味がわからなかった」


「話せそうなら続きを話して?」



タクミとマイカの事を信用しているとか、していないとかそんな事は置いておいて、想いを誰かに話して楽になってしまいたかった。一人で抱えるのには夢にまで出て来てしまうくらいには、重くて重くてしょうがなかった。




「学校の皆からは、ミズホは俺から乱暴されたように見えて、その状況を誰も、誰一人として疑わなかったんだ。ミズホは沢山の女子に囲まれて泣いていた。

その後、俺はそのまま二人の先生に取り押さえられ、何が何だかわからないまま職員室へ連れていかれたんだ。そしてその後、学年主任と担任の先生と俺の三人で冷たいパイプ椅子に座って、話をする事になった。


『体育館の裏で何をしようとしていたんだ。正直に話しなさい』


先生はそう言うと冷たい視線を俺に向けて来た。その視線はどんな理由があろうともとりあえず『謝れ』って言っているように感じた。俺が謝れば済むと圧力をかけられているみたいだった。先生達からすれば面倒臭くて極まりない問題だったんだと思う。でも俺は何も悪い事はしていないから、それだけは確かだったからまず聞かれた事だけを話したんだ。


『……ミズホに好きだって言って……それで気づいたらミズホがいきなり叫んでいて……何が起こったんですか?俺はただ告白しただけです』


自分が女の子に告白して結果こうなってしまったなんて、先生に言うのも結構恥ずかしかった。男としてのプライドがボロボロにされた気分だった。俺が話し終えると先生達は鼻で笑っていた。馬鹿にされているようだった。そしてこう言ったんだ。


『お前頭大丈夫か?まだ混乱しているようだが。お前はミズホを襲ったんだ。気持ちはわかるぞ。好きな子に振られてカッとなったんだろう?だからって襲うのは良くない。どういう事かわかっているのか!?犯罪だぞ?……お前の将来にだって関わってしまうかもしれない』


その時改めて状況を把握できた。誰も俺の話を聞く気はない」






「そんな……。酷すぎる」


「なんでそうなるんだよ!?それ、コウキ全然悪くないよね!?」




俺の為に怒ってくれている二人を見て何だか新鮮な気持ちになった。話を聞こうとしてくれるだけでも嬉しかったのに。



「何もかも不思議だった。俺は自分で言うのも何だけど真面目に学校生活を送っていた時思う。遅刻だってした事ないし、授業中に眠った事もない。宿題や提出物だって期限に遅れた事もないし、他の生徒と揉めた事もない。皆と仲良く楽しくやって来たつもりだ。先生から見たらきっと良い生徒だったと思う。それなのに自分はここまで、話さえ聞いてもらえない程、信用されていなかったのかと絶望した。何故俺を悪者にしたがるのかわからなかった。先生は生徒をしっかり見てくれているものだと思っていた。そう言う仕事なのだと思っていた。先生もその辺にいる道端でやたら怒鳴っているおじさんや、困っている人がいても優先席を譲らない嫌な大人と変わらなかった」



大人には大人の事情があるのかもしれない。でも俺にはまだそんな事はわからないし、身体が大人になっても中身まで大人になれているとは限らないのだと思った。いや、違うのかもしれない。子どもの頃に教えられた事や、大切にしていたものをどこかに忘れて置いて来てしまうのが大人になると言う事だろうか。



「でも、先入観の問題かもしれないし、俺から歩み寄る事も大事だと思って


『どうして俺がミズホを襲った事になっているのですか?』


って聞いたんだ。


『そんなのこっちが聞きたい。あの状況どう見てもそうだっただろう?』


って言ってた。それでも悔しくてちゃんと言ったんだよ。


『俺はそんな事やっていません。絶対に違います……められたんだと思います。ミズホが勝手にいきなり叫び出したんです。誰か他に見ていた生徒はいないのですか?』


って。でも先生は


『見ていた生徒がいるかだって?いないな。いる訳ない。目撃者を作らない為に体育館の裏で実行したんだろう?お前が!馬鹿馬鹿しい。本当に好きだったかは別として、大人しいミズホなら襲えると思ったんだろう?まずはまあ、落ち着いて正気を取り戻す事だな』


って言ったんだ。落ち着けってなんだ?俺はずっと落ち着いている。先生達が勘違いに勘違いを重ねて焦って興奮しているだけじゃないかって思った。


『とりあえずお前の親には連絡入れたから、明日はミズホのとこの親も含めて話し合ってお前の処分が決まると思う。今日は帰って頭冷やせ。全く、問題起こしやがって』


担任の先生と学年主任は座っている俺をゴミを見下す様な目で見ながらそう言うと部屋を出ていった。

なんでこんな事になったんだろう。俺はただミズホの事が好きでずっと片思いしていただけで、想いを告げただけで何か間違った事をしたのか?告白の答えは基本イエスかノーしかないんじゃないか?今回俺が貰った答えはそのどちらでもなかった。……ミズホの嬉しそうな声で言った『偽善者』その声がずっと耳の奥に残っていた」




「……そんな事があったんだね。ミズホちゃんとはその後何か話したの?何か理由があったんじゃない?」


マイカの純粋な瞳が俺には眩しかった。マイカは心が綺麗すぎる。俺には理由何て考えてる余裕がなかった。何で皆俺の話を聞いてくれないのだろうってそればかりだった。





「順を追って話すから。……帰り道はとても足が重く感じた。自転車を漕ぐのも苦しかった。外は夕陽が沈み始めて徐々に暗くなっていった。家に向かってペダルを漕いでいるはずなのに闇の中へ闇の中へと吸い込まれていくような気分だった。


学校から両親に連絡が入ってると思うと、どうしたら良いかわからなかった。どんな顔を両親に向ければいいのかわからなかった。俺の家族は仲が悪いとまでは言わないけれど、父さんがかなり亭主関白だった。母さんは優しいけれどそんな父さんといる事で苦労しているように見えたし、俺自身も父さんの機嫌が気になってしまう事があった。父さんは機嫌が悪いと当たって来る事があったから。だから、家に帰るのが正直怖かった。とりあえず『ただいま』っていつも通り家の玄関のドアを開けたんだ。そしたら母さんは目を真っ赤にして泣き腫らした顔をしていて、いつもは帰りが遅い父さんは鬼のような形相をして俺の帰りを待っていた。足が竦んだよ。家の中の空気は最悪だった。 


父さんが近づいて来たから事情を話そうと思ったんだ。怖かったけど、頑張って言おうとしたんだよ。でも父さんは俺の頬を平手打ちすると『自分の行動をきちんと振り返れ。明日は死ぬ覚悟で土下座しろ』と言って自室に戻って行った。久しぶりにまともに会話出来たのにそれしか言う事ないのかって思ったよ。父さんも先生と同じなのかよって思ったよ。まあ、父さんは最初から当てにはしてなかったけど。なんか亭主関白って言うか俺に興味ないだけかって再確認してしまったようで寂しかった。母さんには何とか話を聞いてもらおうと思ったが、『今はひとりにして』と言うばかりだった。


その夜は中々寝付けなかった。眠って何もかもリセットできたらいいなって思ったのに、目を閉じるとミズホの顔が思い出されるんだ。それはもう好きだからじゃなくて、怖くて怖くて、ホラー映画を見た後に眠れないような感覚に近かった。愛と憎悪は紙一重って言うけど、なんか少し違うけどこんな感じなのかなって思った。


次の日の朝、皆が登校する時間ではなく、10時頃に父さんの運転する車に乗って母さんと三人にで学校に向かった。家族三人が揃って出かけるのは久しぶりだった。幼い頃は俺が好きなプラネタリウムを見に、三人で出かけたのに。その時は車に乗っているだけでワクワクした。俺が成長すると共に家族が揃って出掛ける事が減っていった。このまま昔のようにプラネタリウムに出掛けられたら最高なのにって窓の外を見ながら思っていた。今から向かう先は学校だ。ワクワクどころか、緊張で具合が悪くなりそうだった。何も悪い事をしてない俺はミズホと向こうの両親に全力で謝罪しなければならないらしい。おかしいよなー」



「子どもを心配しない親なんていないんじゃない?何か考えがあったのかもよ?ね、タクミもそう思わない?」


マイカはやっぱり真っ直ぐだった。マイカは両親やミズホの味方をしている訳じゃないのだろうけど、その真っ直ぐさが逆に自分が責められているように感じてしまう。


「……オレ、何となくコウキの気持ちわかる気がする。親が自分に興味ないんだろうなって感じ取っちゃう瞬間とか……うまく言えないけど」



確かタクミの親は仕事が忙しくてあまり家には居なかったと言っていた。俺の両親は休みの日こそは家族で過ごして居てくれた。しかし、どこかいつも寂しかった。両親の期待に応えられない俺には価値がないと言われているような出来事が幼い頃からいくつもあって、いつも気を張っている自分がいたから。


「学校についてからもいろいろな事があったんだ。本当にミズホが何を考えているのかわからなかった。その時のミズホの発言が信じられなかった。衝撃が忘れられない」



時間を巻き戻せるなら、ミズホに告白しようとしている自分を全力で止めたい。


関わってはいけなかったんだ……。





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