第13話 再会




「あ、紹介するね!大浴場で知り合って仲良くなったの!ミズホちゃんって言うんだよ!」


マイカはとても嬉しそうにとびきりの笑顔で彼女の事を紹介した。


「ミズホです。よろしくお願いします」


ミズホは俺に気がついていないのか丁寧に、まるで初対面かのように挨拶をしてきた。


……ミズホだ。ツヤツヤな黒髪のハーフアップも眼鏡も変わらない。紛れもなく俺の知っているミズホだ。俺の好きだった相手、ミズホ。


何故ここにいる?


「マイちゃん友達増えてよかったね!オレはタクミ。よろしく」


何も知らないタクミは、ミズホに快く挨拶をする。


すぐに状況を受け入れられず、目を見開いて俺は人形のように動かなくなってしまった。いや、身体は動けないに、心臓の音だけがやけにうるさい。言いたい事は沢山あるはずなのに首を絞められているかのように言葉が喉に詰まって声にならない。


「……ちょっと俺、具合悪いから……先に部屋戻るわ……」


声を絞り出してやっと言葉になった。今は口からそれしか出て来なかった。


「コウキ大丈夫か?のぼせた?」


タクミが左手を俺の肩に乗せ、心配して声を掛けてくる。返事をしようと口を動かしたがそれも声にならず、吐かれた息の音さえも周りの音に紛れて消えてしまった。


「私、何か悪い事しちゃったかしら?」


ミズホが俺の顔を覗き込んでくる。心配している様に見えて何を考えているのかわからないその表情が怖かった。ミズホの瞳に写る俺の顔は怯えていた。それと同時に俺の内側から何かが込み上げて来た。……気持ち悪い。吐き気が襲いかかって来たのだ。


俺はタクミに「ごめん」と目で訴えると、自分の部屋のトイレへと小走りで向かった。フラフラして、真っ直ぐ走れているのかもわからない。何度かつまづいて転びそうになったり、その辺の壁に脚をぶつけたりもした。


部屋に着くと乱雑にスリッパを脱ぎ捨て、一目散にトイレへ駆け込む。洋式の便座に手を着くと便器の中に顔を近づけた。汚れているかもとか不衛生だとか考える暇もなかった。オェッと先程飲んだお茶を吐き出してしまった。匂いがきつい。それでもまだ吐き足りない。吐きたくないと言う気持ちとは真逆に、身体は何も入っていない胃の中から液体を出そうとして来る。出来る事なら、消化しきれなかった何だかわからないこの感情も一緒に吐き出してしまいたいと思った。


目から涙が、鼻から鼻水が、毛穴から汗が、口から液体が、声にならない感情とともに溢れ出てきてとても苦しかった。


マイカとタクミに俺とミズホの間に何があったのか話さなければならない。先程の状況では俺はただの感じが悪いやつに見えただろう。きっと二人とも不審に思っているに違いない。しかし、何故ミズホとマイカは仲良くなったのだろう。


しばらく便器と向き合っていると、体調が段々と落ち着いてきた。手と顔を洗面所で洗い、鏡に目をやる。少しだけ目が腫れて間抜けな表情をした自分がこっちを見ていた。

一息つこうと、ポットに入っていた白湯を飲む。白湯の暖かさが身体に染み渡る。そしてゆっくり息を吸う。吸った後は自然と大きなため息が出た。せっかく、大浴場に行って気分をリフレッシュしたはずなのに、心も身体もボロボロに戻ってしまった。考えなければならない事が沢山あるはずなのに頭がボーっとしてしまう。


タクミはミズホとマイカと話が盛り上がっているのだろうか?


しばらくすると、部屋のドアがガチャっと音を立てた。タクミが帰って来たのだった。


「おーい?コウキ具合大丈夫か?売店で朝ごはん買って来たけど食べられそう?」


コウキが持っていた小さな白い袋にはおにぎりとお湯を注いで作るタイプの味噌汁が入っていた。俺達は素泊まりの為、旅館で朝食は出ない。自分達で用意しなければいけなかったのだが、俺はそれどころじゃなくすっかり忘れていた。


「ありがとう……ごめん。今はまだ食べられそうにない」


「……そっか。食欲なくても味噌汁くらいは飲んだ方がいいと思うよ。あ、マイちゃんはミズホちゃんと、すっごく気が合うみたいでマイちゃんの部屋でまだ話してる。終わったら荷物まとめてこっちに来るって。……事件の後だしマイちゃんの人間関係でのメンタルが正直心配だったけどオレは笑顔が見れて嬉しかった」


「……早くミズホを帰らせないと」


「え?何で?コウキはミズホちゃんと知り合いなの?」


「……俺の家出のきっかけがミズホなんだよ」


「どう言う事?ミズホちゃんと何があったの?」


「とりあえずマイカとミズホを離さなくちゃ。マイカが危ないかもしれない」


「え?ちょっと、コウキ?!」


タクミには悪いけど説明する前にまずはマイカとミズホを離さなければ。何かが起こってしまう前に。

俺はマイカの部屋へ向かおうとした。状況がわからないタクミは不可解な表情で俺を見ていた。


再び、部屋のドアがガチャっと音を立てる。俺はハッと振り返った。


「コウキくん?タクミー?」


マイカが俺達の部屋に来たのだ。マイカは一人だ。様子も変わらず普通に見える。


「ミズホは?」


「ミズホちゃん?さっき自分の部屋に帰ったよ。家族でここに泊まりに来てるんだって。それでね、ミズホちゃん、すごく話しやすくてつい盛り上がっちゃって予定が合えば一緒に遊びに行きたいねって話したんだ。私はこのまま地元から離れるかもしれないし、可能ならの話だけど」


「マイカ!ミズホはダメだ!」


俺は咄嗟にマイカの両肩を掴んでしまった。マイカは「え?」と小さく声を漏らし、何とも言えない表情をしている。

タクミが俺の手首をそっと掴むとマイカの両肩から下ろした。そして、眉をハの字に曲げながらこう言った。


「コウキ落ち着けって。さっきから何なんだよ。ミズホちゃんと何があったのか話して」


「そうだよな。ごめん。……わかった」



部屋にあるテーブルを囲んで俺達は腰掛けた。空気が重い。


「……俺はミズホと同級生だ。ミズホの事が好きだった。……ミズホに振られたんだ」


「同級生?!でも初対面みたいだったよね?ミズホちゃん私にそんな事一言も話さなかった」


「うん……ミズホの考えている事がよくわからない」


「コウキさ、振られたのは辛いよ。確かに苦しいと思う。関わりたくないのもわかるよ。でもそんなに警戒しなくても……」


「俺も振られただけで、ここまで警戒したり、家出しようなんて流石に思わないよ。……その後の話を聞いてほしい」


「……わかった」


「俺がミズホに告白した後、……ミズホは俺に乱暴されたかの様にいきなり演じ出したんだ。もちろん俺はやってない。そして、ミズホは……宝物を見つけた子どものように嬉しそうな声で俺に言ったんだよ」


「何て言ったんだよ?」


「……偽善者って」




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