第12話 一触即発温泉宿泊



「今日はもう遅いしこのまま解散だね」


マイカが疲労感漂う表情でそう言った。結局三人で旅館に泊まる事となった。急な予約だった為、今夜は素泊まりなので夕食はついておらず、近くの牛丼屋で済ませて来たのだった。


その旅館はテレビで紹介されたと言う事もあって結構な人気のようだ。歩いていると他のお客さんと沢山すれ違う。偶々たまたま予約が取れた事が本当にラッキーだった。


建物は古いと言うより、古風で奥ゆかしいと言う表現があっている。お婆ちゃんの家に来たようなどこか懐かしさを感じられる和の雰囲気が漂っていた。


「二人ともちょっと待ってよ!確かに予約をしたのはオレ。二部屋予約したのもオレ。この流れで来たら、マイちゃんとオレが同じ部屋でしょ?なんでオレとこいつが一緒なの?」



タクミが俺を指差しながらマイカに必死で訴えていた。


「いいじゃん!男子同士仲良くしなよ」


「予約したのはオレなんだから選ばせてよー」


俺はこうなるだろうと予想はしていたがタクミは絶対に認めたくないらしい。


「しょうがないじゃん。諦めろよ」


「君に言われたくはないよ!」


「何かほら、タクミとコウキくん仲良く見えるよ?」


「マイちゃん酷いよ。昔は一緒に寝たじゃんかー」


「子どもの頃の話でしょ?勘違いされるような事言わないで」



タクミはマイカに必死に訴えかけていたが、相手にされず見事に玉砕していた。タクミは変わっているけど、とても愉快な人だと思う。見ている分には面白い。信用は全くしていないけれど。




「今日はもう遅いから、俺は明日の朝に大浴場行こうかなって思ってる。マイカは?」


「私も明日の朝にする。ここの温泉有名だもんね!地元なのになかなか入る機会がなかったからからさー。すっごく楽しみ!」


「それじゃ、また明日。おやすみ」


「マイちゃーんおやすみ」


マイカは一人で、俺とタクミは二人で部屋に入った。マイカの明るい笑顔が戻って来たよで俺は少しだけ安心した。タクミは最後まで寂しそうにしていたが渋々部屋の中に入っていた。


部屋の中も和風の作りでテレビが一台に、端の方に机が寄せてあり、布団が二つ既に用意されていた。


「あーあ、マイちゃんと一緒がよかったなー」


「俺だって初対面の男と二人きりなんてやだよ。……あのさ、タクミに聞きたい事があるんだけど」


「あ、オレこっちの布団ね!」


タクミは俺の話も聞かずに出入り口側の方の布団に思い切りダイブしていた。


「話聞けよ」


「聞いてるって!オレ先にシャワー行ってくるねー」


俺達は会話にならない会話をしながら寝る支度をした。持って来ていた着替えの数も少ない為、旅館で貸し出ししていた浴衣を着用した。浴衣をほとんど着た事がなかった為、着るのに苦戦してしまった。適当に帯を結んで布団の上をごろごろ転がっているタクミを見ていたら、後は眠るだけだし自分も着方がどうでもよくなってきて、俺は一番邪魔にならない臍の前の位置に不恰好な蝶々結びを飾った。


兎に角眠かった。昨夜の夜行バスでの疲れと、今日一日中移動が続いた事、いろんな人に出会って気を使った事で肉体的にも精神的にも疲労がピークを迎えていた。


タクミも、もうすっかり眠っているように見えたので俺は静かに電気を消すと、自分の布団の中で瞼をそっと閉じた。布団で眠るのは一日振りのはずなのに、もう何週間も布団で寝ていなかったのではと思うくらい久々のように感じた。フカフカの布団に自分の重たい身体が吸い込まれていくように、感触がしっくりくる。



「……ねえ、コウキまだ起きてる?」


夢なのか現実なのかタクミの声がしたような気がして、飛んでいた意識が一瞬にして戻ってくる。


「……起きたよ」


「起こしちゃってごめん。やっぱりいいや」


「せっかく起きたんだから話せよ」


夢ではなかった。暗闇の中俺達は部屋の天井を見ながら語りあっていた。



「うん。……マイちゃんの事どこまで知ってるの?」


「今日出会った人皆それ言うよね」


「他にも誰かに会ったの?」


「タニガワって言う女の子」


「あ、タニガワか。オレ、マイちゃんとタニガワと同じクラスなんだ。タニガワの事オレは少し苦手。オレは高二。コウキは同い年?どこの学校なの?」


「同い年だね。でも今は家出中で学校には行っていない。……タニガワは意味深な事ばかり言ってた。何がしたいのかわからなかった」


「家出中なのか。コウキもオレ達と同じで訳ありだね」


タクミはそう言いながら少しだけ笑っていた。暗くて表情は見えないけど、切ないような笑い声が響いていた。


「多分、マイちゃんとコウキの関係性が気になったんだと思う。タニガワは知りたがりだし。逆にマイちゃんは何も教えてくれないから。実際オレもコウキとマイちゃんの関係性が気になって嫉妬してた。マイちゃんは……いなくなる直前までは本当にいつも通りだった」


「そう……だったのか。サクラが刺された事件の後にマイカは居なくなったって事だよね?」


「そう。やっぱりその事件の事は知ってるんだね。マイちゃんが犯人じゃないかって疑っている人は学校でも多かったけど、オレはマイちゃんは違うってわかってる。でもマイちゃんは何故か逃亡した。何の相談もなしに、突然。髪色まで変えてさ、オレはマイちゃんの黒髪が好きだったのに。オレってやっぱり信用されてないのかな?コウキはどう思う?」


「でも俺とマイカが一緒にいたのはまだほんの一日だけだし。マイカの事は実際まだよく知らないんだ。濃い一日だったけど。ただ……マイカの口からタクミの話は何も聞いた事はなかった」


「そんな事ってある?今までずっと一緒にいたのに?」


「でもそれってタクミの事が大切だから巻き込みたくなかったとか、何か事情があるんじゃないか?サクラが、……友達が刺されたショックで一人になりたかったとか……タクミとマイカって付き合ってるの?」


「付き合ってる、と言いたい所だけど多分オレの片想い。マイちゃんはオレの事嫌いではないと思うけど正直な所どう思っているかはわからない。ただの幼馴染だよ。本当はオレは自信がないんだよ。サクラとマイちゃんも親友みたいに仲がよかったのに、こんな事になるしさ。独りよがりかもしれないけど、オレはマイちゃんを守りたいんだ」



タクミはただの愉快な人だと思っていたけれど、意外としっかり考えを持っていた。そして「多分オレの片想い」という言葉が何故か自分の耳に残っていた。



「小さい頃からマイちゃんとずっと一緒だった。オレの親、忙しいからあんまり家にいなくてさ、近所に住んでたマイちゃんがいつも支えてくれてた。だからこれから先の人生、ずっとマイちゃんを守るんだってオレは決めてた。今回の事でオレってそんなに頼りないのかなって正直自信なくなったし。これ、小さい時の写真。マイちゃん可愛いでしょ?」



タクミは身体を起こして腹ばいの体勢になると、スマホの画面を左手を伸ばして俺に見せてきた。画面の中には、幼いマイカとタクミが居て、手を繋いで楽しげに笑っていた。ただ暗闇の中で画面を見ているからと言うだけでなく、二人の表情がとても眩しくてたまらなかった。マイカは幼い頃こんな風に笑っていたんだ。俺の目にしっかりと二人の姿が焼き付いた。



「……サクラの事件の当日もタクミはマイカと一緒にいたの?」



「……うん。ごめん。当日の事はまだ話せそうにない。サクラもクラスメイトだったからオレもこれ以上思い出すのはまだ辛くて」


「デリカシーなくてごめん」


「ううん。……コウキこれからよろしくな」


「え?よろしく」



タクミが少しだけ俺に心を開こうとしている気がした。タクミの事は信じていいのだろうか。

サクラが何故刺されたのか、マイカが何故犯人から狙われているのかは知らないようだ。タクミ自身はマイカを心配して探していただけのように見える


マイカの口から事件の話はあれ以来聞けていないし、明日もう一度聞いてみようと思う。


くたくたに疲れた身体が悲鳴をあげていた。時刻は午前一時。流石にもう起きて居られなかった。タクミはその後も何かを話しかけて来たような気がするけど、俺は眠気に勝つ事が出来なかった。その晩はやはり相当疲れていたのか、夢を見る事もなく、気絶したように深い眠りについていた。





気がつくと外で鳥のさえずりが聞こえて来たのだった。


朝だ。


タクミは寝ている間に何があったのか、頭と脚の位置が逆になっていた。タクミを転がしながら無理矢理起こす。はだけた浴衣を雑に直して、歯を磨き、軽く身支度を整えるとマイカに「大浴場に向かう」と連絡を入れた。



大浴場は早朝と言う事もあってまだ誰もお客さんがいなく、貸切状態だった。のんびり過ごせそうだ。


身体を流し、白く濁ったお湯にそっと足を入れる。お湯の温度が高めで初めはビリビリしたが慣れると丁度良く、全身をお湯に浸けると気持ちよかった。血液が身体中を巡っていく感覚がわかる気がした。


「いいお湯だなー。朝風呂最高!オレ、低血圧だから家では絶対できないけど、たまにはこう言うのもいいなー」


タクミは濡れた前髪を左手でかき上げながらそう言った。水も滴るいい男と言うかそんな姿も絵になる。自分はオールバックの前髪なんて似合わないものだから素直に羨ましかった。


「……タクミって綺麗だよね」


「え?何?コウキ、オレの事好きなの?ごめん、オレにはマイちゃんが……」


「あ、いや、そう言う意味じゃなくて、モデルとか俳優みたいだなって」


「え?そんな褒めても何もでないよ?!」





大浴場から出ると、出入り口のすぐ前にふかふかの椅子が並んでいた。休憩も出来そうだったので、ここでマイカと合流する予定だ。自販機もあったのでそこでお茶を買って飲みながらマイカを待っていた。




「あ、マイちゃんだ!浴衣のマイちゃん可愛すぎ!」


女湯の出入り口からマイカが歩いて来た。いつもはボブヘアなのに、髪をまとめている為印象が違って見える。タクミの言う通りマイカは浴衣がよく似合っていた。でもタクミのように「可愛い」だの「似合ってる」だのが恥ずかしくて俺には言えなかった。



マイカの後ろから誰かがついて来た気がする。女の子のようだ。その人物はマイカの横で足を止めると、肩を並べて立っていた。



……俺は目を疑った。


「マイカ……その子は……」




「あ、紹介するね!大浴場で知り合って仲良くなったの!ミズホちゃんって言うんだよ!」



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