第11話 例の幼馴染



「だーれだっ?」



その声に背筋が凍る。逃げきれたと思っていたのに警察が来たのか?マイカはああ言っていたけれどやはり俺達を追っていた?いや、警察がこんな事をする訳がない。タニガワにしては声が低い気がする。誰だ?



「ちょっ……やめてよ!!」


マイカは強く低い声でそう言った。このような状況に慣れているのかそう言いながら、塞がれた両手をすごい速さで払い退けた。一瞬の出来事で俺が手を差し伸べる間もなかった。


俺達が後ろを振り返ると、同い年くらいの私服の男性が立っていた。俺の身長が百七十四センチなのだが、その男は、百八十センチ近くあるように思える。


髪は黒く、緩く巻かれたセンター分けのマッシュヘアで、二重の目にキリッとした眉が印象的だった。アイドルグループに混ざって踊っていても一般人には見えないような綺麗な顔立ちだ。羽織っている丈の長いカーディガンが高身長の彼にはよく似合っていた。



俺は警戒してマイカに男を近づけないように、マイカの前に立とうとした。しかし、マイカはそんな俺を他所よそに警戒する事もなくその男に近づくと背伸びをし、その男の両頬を両手でつねりながら話し始めた。



「タクミ!!びっくりしたじゃん!いつも言ってるけどいきなりはやめてよ!心臓止まるかと思ったじゃん!!」


「マイちゃん、そんなに怒らなくても」


「怒るよ!本当にびっくりしたんだから!次やったら本気で叩いちゃうよ!」


「ごめんて、いででっ。顔、引っ張らないでー」



随分親しく見える。マイカは男と知り合いのようだ。この様子から男は不審者ではなかったのだと安堵した。しかし、これは二人の間ではよくある事なのだろうか。マイカも男も本気で嫌がっている訳でもなく、心配した俺が馬鹿みたいに、とても仲がよさそうに見える。俺なんかそこに存在していないかのように二人だけの世界を見ているようだった。疎外されているように感じた。



「オレ、マイちゃんの事ずっと心配してたんだよ?急にいなくなるし、どこ行ってたの?」


「いろいろあったの!タクミには関係ないから……」


「あのーもう俺、あっち行ってもいい?」



この痴話喧嘩に付き合っているのもなんだか馬鹿馬鹿しく思ってしまったので俺は二人の間に割って入る。



「……誰?」



タクミと呼ばれる彼の視界には不思議な事にマイカのすぐ隣にいた俺の姿が見えていなかったようだった。タクミは目を細めながら俺の顔を見ていた。



「こちらコウキくん。いろいろ助けてもらったんだ。こちらタクミ。例の幼馴染」


マイカが俺達の間に立って交互に紹介する。お互いに軽く会釈をしたがなんだか気まずい空気が流れていた。タクミの俺を見る目が冷たいように見える。


「……よろしく」


「コウキ……。ふーん。マイちゃん、そういえば髪どうしたの?茶髪になって。似合ってるけどさー。あ、今日は一緒に帰ろうよ。家まで送るよ」


「私は帰らない」


「何でそう言う事言うの?心配して言ってるんだよ?」


その親しげなやり取りを見ていると、心臓をギュッと握られるような嫌な気持ちになった。本当にただの幼馴染なんだろか。二人が恋愛関係にも見えてしまう。それと同時に何故か怒りが湧き上がってくる。



「あのさ、話してる所ちょっとごめん。俺、今夜泊まる所を早く探さなくちゃいけない。マイカは……幼馴染といればもう大丈夫そうだよな。いろいろありがとう。それじゃ」



俺は吐き捨てるようにそう言うとその場を立ち去ろうとした。なんだ。俺がいなくてもマイカは全然大丈夫じゃないか。馬鹿馬鹿しい。それにタクミは俺に対しては良い印象はないけれどマイカには篦棒べらぼうに優しく見える。人の心配をしている暇はない。俺はやはり自分の行く先の事だけを考えよう。



「待って、コウキくん!」


「どうしたの?幼馴染がいるんだから、俺がいなくてももう大丈夫だろ?」


「まだ話したい事が……」


「でも俺、泊まる所を早く探さなくちゃいけない。のんびりしている時間はない。今日金曜だからホテルも旅館も混み合ってるだろうし、下手したら野宿だよ。そうなったら流石にマイカを連れて行けない。マイカは一応女子だし」


「一応って失礼ね。……泊まる所が見つからなかったら、カラオケとか行けばいいじゃん!朝方までやってるし!私はコウキくんとまだ一緒にいたい」



マイカは必死な顔で言っていた。少しだけ泣き出しそうにも見える。……マイカは何故俺にこだわる?


でもよく考えて見ればこの幼馴染が本当に信頼できる相手なら、マイカは一人で夜行バスには乗っていなかったと思う。


強がっていても人間はやはり一人より二人の方が絶対心強いはずだ。

増してや、自分が犯人に次に刺される可能性があると言うのだから尚更だ。普通は身近な人に相談するだろう。例えタクミが頼りなかったとしても、タクミはこの性格だ。話せば二人で逃亡しようと言い出しそうなものだ。



しかし、一連の流れを見ているとタクミはマイカが逃亡した理由も知らないように見える。


それに、タニガワの意味深長な「幼馴染が探してたってマイカちゃんに伝えて」という言い方も気になる。


マイカにとって幼馴染であるタクミは信頼出来る相手ではないと言う事だろうか。そして、タニガワのような第三者から見てもこのタクミには何かあるように見えると。それか、タクミが何か事件に関与している?




「マイちゃん!待って!オレを差し置いてこいつと泊まる気?」


「そうだよ!タクミは帰って」


「そんなのダメだよ!帰れる訳ないじゃん!」


「でも、タクミには関係ないから」


「えー……」


タクミはイライラしているのか腕を組んで考えだした。マイカを何とか説得しようとしている。


全て俺の考え過ぎだろうか。マイカと話しているタクミは尻尾を振っているように見える。動物っぽいと言うか、なんて言うか……。


「……犬っぽい……?」


「は?何か言った?」


「いや、何も?空耳じゃない?」


「ま、いいや。そうだ!!この前テレビで紹介されてた旅館に泊まろうよ。ここから近いし、三人で!!マイちゃん!オレも一緒にいいでしょ?!今から予約とるからさ。こいつと二人きりは絶対ダメだよ」



「え?待って。俺は一人で泊まるから」



「コウキくん、私の事置いていかないでよー!……しょうがない。こうなったタクミはどうしようもないからな。……三人で泊まろっか」




何故そうなる。話が斜め上の方向へ進んでしまった。





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