第10話 逃亡者




「マイカ?!マイカ!!」


俺はトイレのドアを強めに叩きながらマイカの名前を呼んだ。喫茶店のトイレは男女兼用の個室だった為、すぐに声を掛けられたのでよかったと思った。学校やスーパーのように男女別の広いトイレだったらどうしようと内心焦ってここまで来たのだった。


「何?……どうしたの?」


何も知らないマイカは気怠そうにゆっくりと出てくる。


「早く来て!逃げなくちゃ」


「え?タニガワさんと何かあった?」


「後で説明する。とりあえずうつむいて、誰とも目を合わせないで。なるべく俺の陰に隠れるように歩いて。詳しくは店を出てから話すから」


「……わかった」


マイカは不審に思ったような表情をしていたが、俺の気迫に負けたのか頷いていた。マイカが不安にならないように、敢えて事情は言わなかった。

俺は辺りを警戒しながら歩く。


「お客様、大丈夫ですか?」


俺達の動きが気になったのか若い店員さんが声を掛けてきた。このおしゃれな空間の中で挙動不審な俺はきっと浮いて見えたのだろう。


「ちょっと、この子具合悪いみたいなので先に出ます。お代はあっちの子に預けているので……すみません、失礼します」



そう返すと俺は店員さんともちゃんと目を合わせずに、そそくさと横を通り過ぎた。店員さんも警察に仕組まれて、俺達に話しかけて来た可能性だってある。

チラッとタニガワの方を見る。タニガワはさっきの席にまだ座っていた。後ろ姿しか見えなかった。こっちを見ていなくて本当によかった。タニガワの性格が掴めないからと言うのもあるが、触れられた事を思い出すと何だかまた鳥肌が立って来そうだ。



静かに出入り口のドアノブに手を掛ける。ドアの上に付いているベルがカラカラッとなった。びっくりして心臓がドクッと脈を打つ。音に敏感になってしまう。


警察はまだ喫茶店の前にいた。こちらに気がついていなようだ。お願いだから、こっちを見ないでくれ。そう、心の中で必死に願った。


俺はマイカの様子を気にしながら、警察と絶対に目を合わせないように、スッと反対側に曲がった。そのまま自然に早歩きをする。そして、マイカの手首を掴み、走って近くのショッピングセンターに入った。人混みの方が紛れて逃げ切れると思ったのだ。


緊張に解放された事と走った事でどっと疲れが溢れ出てきた。脚ももうガクガクだ。

マイカも息を切らして苦しそうにしていた。


ここまで来ればとりあえず大丈夫だろう。


時刻はもう夕方だ。そろそろ今夜の宿も探さなければならない。




「ああー、よかった!!無事に逃げ切れた!疲れたー」


「コウキくん、もう!早いよー!私も疲れた。タニガワさんと何かあったの?」


「多分、タニガワがマイカを捕まえようとして通報したんだよ。喫茶店の前に警察がいただろ?危機一髪ってこう言う事なんだなって初めて思ったよ」


「え?あぁ、あれは多分路上駐車を取り締まってた警察だよ?」


「……え?」


「あはは……。コウキくん、タニガワさんにめられたんだね」


「え?だってさ、タニガワの様子変だったし。……え?」


「よくいるんだよ。あそこに警察が」


マイカは平然と答える。状況が理解出来なかった。言われてみれば確かに車も停まっていたような。……俺は何の為に走っていたんだ!俺は大きなため息をついた。



「知ってたなら教えてくれよ」


「だってコウキくんが怖い顔で、詳しくは店を出てから話すって言うから。それに警察から逃げてるなんてわからなかったし。でも、ありがとう!コウキくん、私の為に走ってくれたんでしょ?ちょっと、嬉しい」


マイカの明るい表情が戻って来た気がする。


「でも、私が本当は犯人だったらどうするの?一緒に逃げたりしたらコウキくんも共犯者になってしまうかもよ?それに私がもし犯人だったら、全て知ってしまったコウキくんを刺してしまうかも。その可能性だってあったのに、どうして助けてくれたの?」


「そこまで考えていなかった。気がついたら身体が勝手に動いてた。それに、タニガワの言う事より俺はマイカを信じたかった」



そう言いながら少しだけ恥ずかしくなってしまった。そうだよな。マイカが犯人だったら俺も家出一日目にして捕まっていた可能性だってあった。自分でも何故逃げようと思ったのか不思議だった。




「ありがとう。やっぱりちょっとだけ嬉しい。……コウキくんはタニガワさんに何を言われたの?」



マイカは心配そうに首を傾げながら俺の顔を覗き込むように聞いて来た。


「マイカがあまりいい気がする話じゃないと思うけど……タニガワは、マイカがうまく逃亡する為に俺を利用しているんだと思うって。あとは外に警察いるよって。確かに自分が呼んだっては言ってなかったなー。あーあ、嵌められたのか」



俺はそんなに間抜けに見えたのかと悔しさが湧き上がって来る。実際簡単に騙されてしまったけれど。


俺達はショッピングモールのお客さん達に溶け込むように話しながら歩き出した。



「……そうなんだ。やっぱり私、タニガワさんに好かれてないんだね。薄々気づいてはいたんだけどね。学校でよく、無視されたり、嫌味みたいな事言われる事あったし。タニガワさん表情はニコニコしている事多かったし、気のせいかなって思ってたけどそうじゃなかったみたいだね。タニガワさんの顔を病院で見た時、逃げたいって思ってしまった私もタニガワさんを好いてはいないのかもしれないけど」



「……人間関係って難しいよな。特に女子同士ってなんか複雑だよな。あ、あとタニガワがマイカに幼馴染が心配してたって伝えてって言ってたけど」




「そう……なんだ。あ、病院で中途半端になっちゃってたけど、コウキくんにちゃんと話す。私の事情。今までの流れ的に信じてもらえないかもしれないけど、私は、サクラを刺した犯人じゃない。どうしてもサクラが心配でお見舞いに行きたかった。付き合ってくれてありがとう。でも堂々とお見舞いに行けなかったのには理由がある」



幼馴染についてはあまり触れてほしくないのだろうか。犯人ではないとマイカはきっぱり言い切った。そして、犯人ではないのなら今どうして逃亡のような事をしている?



「……確信はないけど、本当の犯人を知っている」


「え?!」


「私はその犯人から今逃げている最中。……なぜなら、次に狙われているのは私だと思うから」


「え?何で狙われているんだよ?!」




「それは、はっきりと理由はわからないけど……きゃっ!」


マイカの両目が背後から来た何者かの両手でいきなり覆われた。楽しげな声でその人物は問いかけて来る。




「だーれだっ?」





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