第9話 知らぬが仏



「あれ?やっぱりそうだ!!なんでここにいるの?」


俺はこの子の気配を薄々感じていたが、マイカは全く気付いていなかったようで声の方を振り向くと、驚いて目を丸くしていた。


そこにはいかにもスポーツが得意そうな、ベリーショートヘアの女の子が立っていた。ネットニュースで見た写真の中のサクラと同じ制服を着ていた。



「やっぱり、マイカちゃんだ!茶髪になってるから、最初は誰だかわからなかった。あたしのお婆ちゃんこの病院に入院してて、お見舞いに来てたんだよね。マイカちゃんは何してるの?学校来てなかったけど」



「……タニガワさん?」


マイカは彼女の名前を小さな声で呼んだ。


「誰……?知り合い?」


俺はマイカに問いかける。

マイカはそのタニガワと呼ばれる彼女に余程会いたくなかったのか、顔が青ざめているように見える。


「コウキくん、行こう」


マイカは俺の手首を掴むと病院の駐車場の方へ進もうとした。


「待って!!マイカちゃん、待ってよ!!」


マイカは足を止める。マイカは俺の手首を強く握っていた。若干震えているようにも感じる。



「あたし、マイカちゃんに言わなきゃいけない事がある!今日ここでマイカちゃんに会った事は誰にも言わない。信じて!少しだけでいい。あたしに時間をくれないかな」


「言わなきゃいけない事……?」



「そう。とっても大切な事だよ」



マイカは渋々承諾していた。表情は暗く、やはりタニガワを良く思っているようには見えない。

病院のすぐ近くの喫茶店でタニガワの話を聞く事になった。


昔ながらの古い喫茶店だった。カウンターの奥の方にコーヒーサイフォンが見えて、物語の中に迷い込んだようなお洒落な空間だった。茶色を基調としたアンティークな椅子や机が並んでいた。


お客さんは一人でいる人が多く、皆、マスターのおすすめのコーヒーを飲みながら本を読んだり、仕事や勉強をしているようだった。


こんなおしゃれな場所に自分が溶け込めるのかと少し恥ずかしくなった。


俺達はそんなおしゃれな空間のおしゃれな椅子に腰掛けた。俺とマイカが隣で、タニガワは向かい側に座った。


マイカはタニガワの方を見ないようにうつむいていた。

タニガワは俺と目が合うとニコニコしながら話しかけて来た。


「あたしはマイカちゃんのクラスメイトなんだ。コウキくんだっけ?よろしくね」


「よろしく……」


「で、話って何?」


俺達が挨拶を交わす事を遮るようにマイカが話し出した。やはり、余裕が無さそうに見える。逆にタニガワはニコニコしたままマイカがどんな態度をとっても動揺しない。


「単刀直入言うね。サクラを刺したのってマイカちゃんだよね?」


「違っ……」


「だって事件の次の日からマイカちゃんは行方不明になるし、どこにいるかと思えば、サクラのお見舞い?生きてるか確認しに来たの?」


「そんなんじゃなくて……」


「大丈夫。誰にも言わないよ。ただ確認がしたかっただけ。充分、大切な話でしょ?でもマイカちゃんさ……!」


「タニガワさん!タニガワさん、コーヒー美味しいよ、飲んだら?」



マイカを責めるタニガワを止めなければいけないと思って、言ってしまった。


二人の間に何があったからわからないけれど、サクラが刺された事件が関係している事は確かだ。そして、マイカが犯人の可能性だってあったのに、俺は目の前の泣き出しそうなマイカを見て、自分の感情が止められず二人の会話に口出ししてしまった。


咄嗟に思いついたそんな言葉を掛ける事くらいしかできなかったけど。


誰を信用したらいいのかわからない。しかし、マイカの悲しそうな顔は見ていられなかった。




「……ごめん。私お手洗いに行ってくる」


マイカはフラフラと席を立って行った。正直な所、俺を置いて行かないでほしかった。この状況は気まずい。気まずすぎて、どうしたら良いか分からず無駄に水を飲みまくったり、無駄におしぼりで手を拭いてしまう。そんな無駄な動きをした所で間を持たせられる訳ないのに。あんな会話の後に、いきなりタニガワと二人きりなんて、空気を吸うのも苦しい。



「タニガワさんは、マイカのクラスメイトって言ってたけど、仲いいの?」



俺は当たり障りの無い疑問を投げかける。仲が良さそうには全く見えなかったが、二人の関係を知る為の質問の内容が今はこれしか思いつかなかった。


「深い中ではないかなー。あたし、人気者だから。マイカちゃんみたいな子とは系統違うんだよね。コウキくんはマイカちゃんの事、どこまで知っているの?」


「どこまでって?」


「マイカちゃんとサクラの事件、知らないなんて言わないよね?」


「知らない。何も知らないよ」


そう。俺は何も知らない。ネットニュースで見て勝手に考察していただけだ。マイカの口から聞いたのは、サクラと友達だった事だけ。


「絶対嘘。あーでも、はい、はいそう言う事ね」


「何が?」


「言いにくいんだけど、マイカちゃん男子に媚び売ってチヤホヤされたいみたいな所あるんだよねー。だから今回の事件の事で自分が上手く逃亡出来るようにコウキくんの事良いように丸め込こんだんじゃないかな?」


「それは、違う。俺がマイカと一緒にいるって言ったんだ」



確かにマイカは初対面で馴れ馴れしい態度をとって来たし、マイペースで、俺の事を散々振り回そうとして来たから今こうしてタニガワと二人きりで話さなければならないと言う追い込まれた現状になった訳だ。でも、それを選んだのは俺だ。どんな理由であれ、マイカと共に行動する事を選んだのは俺自身だ。馬鹿にしないで欲しい。



「あたしコウキくんの事心配して言ってるんだよ!はっきり言わせてもらうけど、あたしマイカちゃんの事、嫌いなの」


「余計なお世話だよ。嫌いだから何なの?」


「マイカちゃんの酷い話それだけじゃないんだから!マイカちゃんは本当に嫌な子なの!もっと教えてあげる!」


「だから、余計なお世話だよ。マイカの事はマイカに聞くし。タニガワさん鏡でも見なよ。今すごく怖い顔してるから」


「あたしは心配して言ってるのに!酷い。良いよ、もう!どうなっても知らないんだから!!」


どうやらタニガワを怒らせてしまったようだ。タニガワは顔を真っ赤にして悔しそうに口をへの字に曲げていた。


そして、ハァと深くため息をつくと窓を指差して得意げに話し始めた。


「あたしの事どこまで信用してる?外見てよ」


タニガワが指を差す方を俺は向く。窓の向こうの外に誰かがいた。目を凝らしてよく見ると警察官と思われる人物が二人ほどがウロウロしていた。俺は息を飲む。


何で?どう言うつもりだ?タニガワはマイカがサクラを刺した犯人だと確信して通報したのか?


俺は急いで席を立ち上がる。うかうかしてはいられない。


「これ、お代」


命より大切なリュックサックを急いで背負うと、千円札を右手でバンッと叩きつける様に机に置いた。そしてマイカのいるトイレに向かおうとした。


すると、右手に柔らかくて暖かいものが触れた。咄嗟に振り向くとタニガワが俺の右手を自分の両手で包む様に握りしめ、小さなメモ用紙を渡してきた。


タニガワに触れられた右手の鳥肌が一気に立っていく。どうやら俺もタニガワと相性が悪いみたいだ。



「コウキくん、何かあったらいつでも言ってね。これ、連絡先。それと、マイカちゃんに幼馴染が心配してたって伝えておいて」


「幼馴染……?」


「ほら、早く行かなくていいの?」


タニガワは短い髪の毛を手でいじりながら、不服そうに言っていた。




俺はそんなタニガワを横目に見ながら、マイカの元へ走った。





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