第8話 プリクラの女の子
マイカの三つ目の行きたい場所に向かう為に新幹線に乗る事になった。
平日の真っ昼間と言う事もあり新幹線は自由席でもガラ空きだった。マイカは窓側の席へ、俺は通路側の席へと腰掛ける。
新幹線と聞くだけで心がワクワクする。俺は幼い頃電車や新幹線が大好きだった。今でも乗車すれば別の世界へ連れて行ってもらえるようで、ワクワクする気持ちは昔と変わらなかった。
しかし、今日は状況が違う。
そんなに遠い場所に行くのかと何だか嫌な予感がした。
着いていくと言ってしまった手前、今更行かないなんて言えない自分がいた。マイカの事が心配だから着いていかなければいけないと言う妙な使命感もあったのかもしれない。
「さっきから気になっていたんだけど、何かこれ、地元の方に戻ってない?」
「……コウキくん、何も聞かないで。三つ目の場所に無事に行けたらコウキくんが知りたがっているであろう事も、私の事情も話す。全部本当の事話す。話してコウキくんが私の事嫌いになったらそこで、お別れもちゃんと覚悟してる。だからもう少しだけ待って……。何も聞かないでほしい」
マイカは俺と目を合わせる事もなく、寂しげな表情で遠くを見つめながら言っていた。こんな表情をする程重い話なのかと身構えてしまう。
俺が知りたがっている事といえばマイカの持っていた、プリクラに写る女の子が事件の被害者に似ている事の謎についてだ。
「……わかった」
その後、マイカと会話をする事はなかった。
水族館と神社に行った事で午前中の時間は過ぎ去ってしまった。沢山歩いたのでとてもお腹が空いていた。
俺は煌びやかな海鮮がのっている駅弁を食べている。駅弁の海鮮って鮮度がどうなんだろうと言う疑問はあったが、口に入れると脂のとろけるサーモン、身のしっかりしたマグロ、生クリームのように甘い帆立、プチプチ弾けるイクラ、臭みはなくどれも箸の止まらぬ美味しさだった。これは余裕で二つは食べられる。醤油も特注なのか、出汁の味がほんのり感じられ、深みがあり白米や刺身とよく合う。
海鮮弁当は少し値段も高かった。父さんや母さんなら多分渋るような値段だ。でも何を買ってももう誰にも文句は言われない。そんな事を考えながらも自分で選択して買ったこの弁当が更に美味しく感じた。
俺が弁当を味わっている横で、マイカはいちごジャムの菓子パンを一口齧ると、ボーっと外を眺めていた。朝はあんなに元気で食欲があったのに昼食を購入する際には、弁当は食べきれないからいらないと言っていた。
三つ目の場所は食欲が失せる程緊張する場所なのだろうか。
唯一思い付いたのが、マイカの実家に今から連れて行かれるのではないかと言う考えだった。しかし、それなら一言くらいあっても良いものだ。
他の目的地が俺には検討がつかなかった。
俺は駅弁を食べ終えると暇潰しに、またネットニュースを見ていた。女子高生が同級生に刺された事件の犯人は未だ捕まっていないようだ。加害者の子は病院で治療を受けており、まだ意識が戻らないと記されていた。
被害者の名前は、クガワ サクラ。
被害者は右側の腹部を刺されたようだ。
事件の
事件があった場所を確認すると俺が住んでいた街の隣の街で起きていた。割と近くにある高校だ。同じ県内で起きた事件だ。こんなに近くで起きていたなんて何だかゾッとする。
そして今の俺は加害者にも被害者にも感情移入が出来てしまいそうな精神状態である。そんな自分が怖かった。
公開されている情報はここまでだった。
マイカの事情とは何だろう。何を俺に話してくれるのだろうか。
キーっと音を立ててアナウンスと共に、新幹線が停車する。到着した場所は見覚えのある景色が広がっていた。地元の駅だった。しかし、俺が昨夜、夜行バスに乗り込んだ駅ではなく、二つ程手前の駅だった。親と車で出かけた時に何度かこの駅を見かけた事があった。
「降りるよ」
マイカは浮かない顔をしていた。
タクシーを捕まえるとマイカはスマホで地図を見せながら、向かう先を運転手さんに説明していた。
二人の話がよく聞こえなかったし、マイカが聞くなと言うものだから向かう場所の検討はまだつかない。
外を眺めながら無言でタクシーに乗っていた。
タクシーを降りると冷たい風が少しだけ吹いている。
「……ついたよ」
「ここは、病院?」
「そう。一緒に来て」
そこは大きな大学病院だった。予想外の場所だった為キョロキョロと辺りを見回してしまった。何の為に来たのか聞く間もなく、マイカは看護師さんに誰かの病室の場所を聞いていた。俺はただマイカの後をついて行く。しばらく歩くと、とある病室の前で足を止めた。
病室の前のネームプレートには「クガワサクラ」と書かれていた。その名前を見た瞬間ドクっと心臓が大きく脈をうつ。そこは事件の被害者の部屋だった。やはりマイカのプリクラに写っていた人物は「クガワサクラ」なのか。急な展開に頭が追いつかない。
マイカはドアの前から動かない。様子がおかしい。
ここで何か地雷を踏むような質問をしていけない。マイカを傷つけてしまうような気がした。俺はネットニュースで見た事はマイカに言わず、何も知らないフリをしていつもの調子で平然を装って声を掛けた。
「中に入らないの?」
「……コウキくん、ごめん、これ渡して来て……」
そう言ってマイカが差し出したのは、先程購入した健康守だった。一瞬だけ合った目は涙で溢れていた。
「外で待ってるから……」
マイカはそう言うと早足で行ってしまった。直接合う事が出来ない仲なのだろうか。それとも怪我をした相手を見るのが辛くて思いが込み上げてしまったのだろうか。
……もしかして、マイカが犯人?
その可能性もあるかもしれないが今はマイカを信じたい。
お守りを渡して来てって言われても全く面識のない俺がいきなり病室に入った所で驚かせてしまうだろうし、嬉しいとかよりも逆に心臓に悪い気がする。俺は悩み抜いた結果、通りかかった看護師さんにお守りを「クガワサクラ」に渡してもらえるようにお願いした。
「すみません、これ、クガワサクラさんに渡してもらえませんか?マイカからって伝えてください。お願いします」
俺は深く一礼するとマイカが待っているであろう病院の外まで早足で向かった。
外に出ると出入り口から少し離れた壁に寄りかかって、俯きながら立っているマイカを見つけた。
「マイカ……」
「コウキくん……押しつけちゃってごめん。渡せた?」
「通りかかった看護師さんにお願いしてきた。いきなり面識のない俺が病室に現れたらびっくりするだろうし」
「そうだよね……ありがとう」
マイカの顔は笑っているけれど、いつもの明るい笑顔じゃない。無理をしているように見える。
俺達が真剣な話をしていると言うのに、横を通りかかった同い年くらいの女の子がジロジロとこちらを見ながら横切って行く。
側から見れば俺がマイカを虐めている様に見えてもしょうがない構図なのかもしれない。俺はその子と目を合わせないようにしていた。
マイカはその女の子に気づいていないようで、顔を上げ俺の方に身体を向き直すと、目に涙を溜めながら話し出した。
「コウキくん、全部話す。……コウキくんが気になっていた事件あったじゃない?女子高生が同級生に刺されたって言う……。その事件の被害者、サクラと私のプリクラに載っていた女の子は同一人物。私はサクラと友達だった。……私、本当はあの事件の……」
俺は身構えて話に聞き入っていた。手が少しだけ汗ばむ。
横切って行ったはずの女の子がこちらに向かってくる気配がする。そして俺達の前で立ち止まるとこう言った。
「あれ?やっぱりそうだ!!なんでここにいるの?」
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