第7話 楽しむ時間




「ついたー!!水族館!!」



マイカに言われるがまま電車に乗り、着いた先は水族館だった。初めてくる土地の水族館は興味深いが、俺は水族館が少々苦手だった。いわゆる海洋恐怖症と言うやつだと思う。足がすくんでしまう。


「コウキくん!早く行こうよ」


「ちょっと待って心の準備が……」


「えー、もしかして怖いの?」


「……少しだけ」


マイカはふざけて聞いて来たつもりだったようだが俺が本気で怯えていた為、意外と言う表情をしていた。



「大丈夫!私がついてる。目を閉じていてもいいよ。私が最後まで付き添うから」


「行かないと言う選択肢は?」


「ここまで来たらそれだけはない!」


マイカは自信満々にきっぱり言い切った。俺だってここまで来て中に入らないなんてかっこ悪いからしたくない。


幼い頃はむしろ水族館が大好きだった。


何故か自分が成長すると共に、大きな海洋生物が出てくる映像が見られない、鮮やかすぎる海の写真が怖いと思うようになった。自分がもしもそんな生物に襲われたらどうしようと言う実際には起こるわけがない妄想が捗ってしまい、写真や映像をみた瞬間鳥肌が立つくらいに恐怖に襲われて、直視出来ないのだった。原因に心当たりはない。だから何年も水族館には行っていなかった。


「もう、大丈夫。行こう」


このまま入り口で止まっていては、他のお客さんにも迷惑だ。久しぶりに来たから海洋恐怖症が良くなっている可能性だってあるかもしれない。それに幼い頃に見た水族館は怖い場所じゃなかった。そう自分に言い聞かせて俺は中へ進んだ。


「ごめんね。無理になったら行ってね」


マイカはそう言うと俺の腕を掴んで歩きだした。


「本当はごめんねなんて思ってないだろ?」


呆れて俺は答える。マイカは振り返ると舌をべーっと出して笑っていた。



その日は人が少なく水族館の中は静かだった。青く澄んだ世界がそこには広がっていた。入った瞬間ふんわりと磯の香りが鼻に来る。


マイカは水槽に近づきたがるが、俺は少し離れた所から見ていた。そこまで中が暗い訳でもなく、今の所は案外落ち着いていられた。


騒しい外と比べると穏やかでゆっくりと時間が流れているような気がした。魚はあまり直視出来ないけど床に写る、水が波打つ光を見ているだけでも充分綺麗だった。キラキラとして水の中にいるみたいだった。


そう言えばミズホも水族館が好きなのか、イルカの絵柄のブックマーカーを使っていた。ミズホの事が好きだったくせに俺はミズホの事を何も知らない。


今は明るい気持ちで居たいのに隙があれば直ぐに真っ黒な負の感情が流れ込んでくる。



「コウキくん!こっち見て?」


俺はマイカの方を振り返る。マイカは少し背伸びをしながら両手で俺の顔を挟んだ。俺は口がタコのようになっていると言う。


「変な顔!」


マイカはそう言うと手を離しケタケタと笑っていた。


「なんだよ。いきなり、失礼だな!」


怒りが半分と顔を触れられて恥ずかしい気持ちが半分で思わず強い言い方をしてしまった。


「だってコウキくん、怖い顔してたから。今は楽しむ時間でしょ?ほら、あっち行こうよ?」


「ごめん……おう」


マイカの明るい所を本当に尊敬する。マイカだって家出をしていると言っていたのに、焦ったり不安に思っている様子が全然伺えない。悩む事はないのだろうか。

マイカの事も何も知らない。勝手に同い年だと俺は思い込んでいるけど、実際は年齢も何も教えてもらっていない。


それでもマイカといて苦痛を感じないのはマイカが明るくて昔からの友達のように俺に接してくれるからだと思う。


マイカともう少し仲を深める事が出来たなら、もっとお互いの考えや悩みを素直に話せるのだろうか。


マイカが家出をした訳も教えてくれるだろうか。




少しだけ顔を上げればその場所に怖さはなく、美しく青い世界が広がっていた。


マイカはとても満足そうだった。



俺達は水族館を後にした。

   







「ついたー!神社!」


マイカに無理矢理腕を引っ張られるがまま歩いた先には神社があった。


天気がとても良く、雲一つない気持ちの良い青空がどこまでも続いている。赤い鳥居がとても綺麗に映えていて、俺達を迎え入れてくれたように感じた。



「買いたいお守りがあったんだ!まずは参拝しなくちゃね」


神社の参拝なんてすごく久しぶりで、手順を忘れてしまっていた。マイカは慣れているのか、なんの迷いもなく鳥居の前でお辞儀をすると参道の端のを歩き手水舎で手を洗っていた。とてもスムーズだった。俺も遅れを取らないように、見よう見真似でわたわたと同じ動きをする。


手水舎の水がひんやりとして冷たかった。


本当に都会のど真ん中にあるのかと疑う程、静かで空気が綺麗で、優しい風が吹いていた。水族館とはまた違った穏やかな雰囲気が感じられた。


神社の隅の方には猫がいた。日の光を浴びながら眠っている猫はとても可愛いかった。俺は猫がとても好きだから、触りたかったがお休みの邪魔をしてはいけないと思い遠くから眺めていた。


神社内で動物を見かけるとその神社の神様から歓迎されていると何かで読んだ事がある。神様なんてあまり信じてはいないけれど、歓迎されていると言うならば喜ばしい事だ。


人生は自分の行動次第だと言うけれど、やっぱり運も関係あると思っている。神頼みも時には大切だ。


ご縁に掛けて、俺は五円玉を賽銭箱に入れてお参りした。





この家出が上手くいきますように。

上手くいきますように、ってのも何か変か。

とりあえずこれ以上俺の人生で嫌な事が起きませんように。

幸せになりたいです。





俺は願い事が中々絞れず心の中でぶつぶつと何回も唱えた。


マイカの方をチラッと見るとマイカも一生懸命に何かを念じていた。

すっと高い鼻、紅い唇、横顔に見惚れてしまった。視線を感じたのかマイカがこちらを振り向く。風でマイカの茶色い髪がフワッと舞っていた。

目が合って思わずドキッとしてしまう。俺は慌てて話題を振った。



「マイカは何をお願いしたの?」


「教えないよ?教えたら意味ないじゃん!コウキくん、お願いだけじゃなくてちゃんと住所と名前言った?」


「え?言わないといけないの?」


「そうだよ!神様は毎日何人もの願いを聞いているんだよ。ちゃんと言わなきゃ届かないよー?」


「知らなかった。でも俺、今は住所不定だしな……」


「あー、そうだったね。あ、私お守り買ってくるから少しだけ待ってて」


「俺もお守り見たいから一緒に行くよ」



ちゃんと参拝の手順は守ったから神様に届いていると思いたい。しかし、こう言うものは気持ちの問題だ。お参りしたから問題は起きないと言う思い込みが大事だ。


少し歩くと、色とりどりのお守りが目に入った。見ているだけでも楽しい気持ちになる。俺はお守りを結局買わなかったが、マイカは三つお守りを買っていた。


一つは健康守、二つは厄除守。



マイカは会計を済ませると一つの封筒を俺に差し出して来た。



「お守りがどうしても欲しかったんだ。ついて来てくれてありがとう。これ、コウキくんにあげる。私とお揃いだよ」


「え?」


マイカが俺に渡して来たのは厄除守だった。



「コウキくんの家出が幸せな方向に向かいますようにって」


「ありがとう」




気のせいかもしれないけどいつもの明るさはなく、マイカはどこか寂しそうに笑っていた。






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