第6話 言い訳




「コウキくん、何を見ているの?」


俺はハッとして声の方を振り返る。テーブルのすぐ横にマイカが立っていた。プリクラを見るのに夢中で全然気が付かなかった。



「な、何も見てない」


別に悪い事をしていた訳ではないのだが、何だか見てはいけない物を見てしまったような気がして俺は反射的に否定した。



「嘘!絶対に見てた!声かけたらめちゃくちゃ驚いてたじゃん!」


「……何も見てないから!本当だって!」



「絶対に嘘!」


プリクラを見てしまったと正直に言うべきだろうか。言い訳が苦しくなって喉まで言葉が出かかっていた。


「……私のポテト絶対取ろうとしてたでしょ!?」


「え?」


俺は拍子抜けしたような声が出てしまった。マイカが見ていた物と俺が見ていた物は全く違ったようだ。


「だからコウキくんもポテト買いなって言ったじゃん!!もー、しょうがないなー」


そう言うとマイカは右手でポテトを3本ほど掴み、俺の口に無理矢理捩じ込んできた。


「ちょっ、ちょっと……」


ポテトはどんな状況でも美味しい。いきなりで驚いたが喉に詰まらせなようにゆっくり噛む。油で揚げた香ばしさと、塩加減が絶妙だ。ポテトが嫌いな人を見た事がない。ついもう一本と手を伸ばしたくなる。


「もうあげないからね」


マイカは椅子に腰掛けると俺を睨みつけるようにして、おしぼりで手を拭きながら言ってきた。


「わかってるよ、ありがとう」


やっぱり俺も買っておけば良かったと少しばかり後悔する。

しかし、今気にするべき点はそこではない。俺はあまり深く考えず、疑問に思った点をそのままマイカにぶつける事にした。今の調子なら重い雰囲気を出さなければ聞けそうな気がした。


「マイカ、あのさ、そのプリクラの子って……」


「あーこれ?私の大事な友達なんだ」


そう言って、マイカはテーブルの上に置いていたスマホを隠すようにショルダーバッグにしまった。あれだけ今まで俺の目を見て話して来たのに、全くと言っていい程目が合わない。


何か都合の悪い事でもあるのだろうか。




……プリクラに写るそのマイカの大事な友達はネットニュースで見た被害者の女の子に確かに似ていたように見えた。




マイカは事件に関与している可能性がある。しかし、似ているだけで人違いと言う線もまだあるし、俺が神経質になっているだけかもしれない。思い込みで決めつけるのは良くない。


「マイカ、あのさ今話題になってる女子高生が同級生に刺された事件知ってる?」


「……知らないなー。私基本ニュースとか見ないから」


マイカはそう言って首を傾げると、大きな口を開けてハンバーガーを頬張っていた。ハンバーガーを食べるマイカは幸せそうだ。目の形が三日月になっていた。


知らないと言うなら今はそれ以上問いただす訳にはいかない。何より俺達はまだ出会って数時間の仲でそんな事を話せる関係ではないのだから。


それにマイカとはこれから別行動をしようと俺は考えていた所だった。お別れしたら、正直もう俺には遠い世界の話になる。



「美味しーい!!でさ!コウキくん、これからどこ行く?」


「どこ行くって……。バスの中ではちゃんと言わなかったけど、俺、マイカが言ってた通り家出してるんだ。遊びに来たわけじゃない。だから、住む場所と仕事を探したり、これからについて考えなくちゃいけない」


「ふーん。じゃあー水族館とー、あ、行きたい神社があったんだよねー!」


「話聞いてた?」


「だって今すぐに決める訳じゃないでしょ?理由は知らないけど、せっかく家出して来たなら、少しくらい自由に過ごそうよ。こんなの今しか出来ないんだよ?」


「それもそうだけど……」


確かに自由を謳歌できるのも今しかない。マイカの言う事も最もだ。


「でも、泊まる所は早く探さなくちゃ。だからマイカと一緒にはいられない。マイカはなんであの夜行バスに乗ってたの?一人旅してたの?」


「うーん。私も家出みたいなものかな。だから一緒にいようよ!私コウキくんが好きなの!」


「ダメだよ。それに軽々しく好きとか言うなよ」



「そんなに私と一緒が嫌なんだ」




今まで俺の話に全く耳を傾けなかったマイカにやっと気持ちが通じたようで、少し悲しそうな顔をしていた。眉間に力を入れて、口を少しだけへの字にして考え込んでいる。


そして、思い出したように手を叩くと明るい表情で話し始めた。



「……じゃあ、おじさんの所に行くからいいよ、バイバイ!」


「おじさん?」


「そう!お金と泊まる場所に困ってるって前にSNSに載せたら、助けてくれるって言ってた。世の中親切な人がいるんだね!」


「……待って、それ見ず知らずのおじさん?」


「そうだけど?」


「それ、絶対危ない人だって」




このままでは違う事件に巻き込まれてしまう気がする。どうして、自ら危険な方に行ってしまうのだろうか。



「そんな事ないよ!いっぱい相談に乗ってくれたし……チャットで……優しかったよ!」


「やめておいた方がいいって絶対!」


「私の事が羨ましいからそう言うんでしょー?コウキくんは泊まる場所もこれから探さなくちゃいけないもんねー?」


何故か俺が哀れまれる側のようにニヤニヤしながらマイカは言ってくる。


「それ、真面目に言ってる?」


「何?!真面目じゃないように見える?」


俺の言いたい事が上手く伝わらないようだった。まだマイカの事は知らない事だらけだけど、すごく純粋で人を疑う気持ちを知らない子なのかもしれないと察した。確かに、初対面の俺にもこんなに馴れ馴れしいもんな。俺はやはり、マイカの事が放っておけないようだ。


「んー……。わかった……。わかったから、そのおじさんの所には絶対行かない方がいい……」


「何がわかったの?」


「一緒にいようって事」


「一緒にいるだけ?」


「水族館だっけ?付き合うから、おじさんの所にだけは行かない方がいい。絶対」


「水族館だけ?」


そう言いながらまた大きな瞳で見つめてくる。


「……出来る範囲でなら付き合うから」


「やった!ありがとう!」


マイカに上手く乗せられた形になってしまったけれど、ポジティブに考えれば一人よりはこれから行動していく上で心強い。それに明るいマイカと一緒に居れば嫌な過去を思い出さなくてすむ気がした。


マイカは純粋で嘘がつけない性格に見える。俺はそんな先入観を信じきっていた。プリクラの件は深く考える事はないと自分の中で保留にしてしまった。



「コウキくん!私が行きたい所は全部で三つあるの!」

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