第5話 行き先は
ハッと目を覚ます。
心臓がものすごい速さでドクドクと脈を打っていた。
……そうか。夢か。俺が家出を決意するきっかけとなった出来事の一部が夢に出て来たのだった。俺が振られた相手はミズホだ。現実なのか夢なのか分からなくなって、夢の中に引き摺り込まれていきそうだった。もう覚めないのかもしれないと怖かった。
「うなされていたけど大丈夫?」
「え?」
そこには心配そうに俺の顔を覗きこむマイカの姿があった。そうだった。昨夜家出して夜行バスに乗ったんだ。
「凄い汗」
マイカが俺にそっとハンカチを差し出してくれた。バスの中が暑い訳でもないのに、気づくと額から汗が流れていた。
「ありがとう。大丈夫」
「……良かった。コウキくん中々起きないんだもん。怖い夢でも見てた?もうすぐ終点に着くよ?」
「何でもない……そうか」
まだ気持ちが落ち着かない。俺は深く息を吸った。大丈夫、大丈夫と小声で自分に
もうここは地元じゃない。
何にも縛られない。
「コウキくん本当に大丈夫?」
「……大丈夫」
バスが無事に停車すると、マイカと共に降車の準備をする。外に降りると朝日が気持ちよく、空気が美味しかった。
行き先は確認せずにバスに乗ったけれど、夜行バスが向かう先なんて観光地の多い土地だろうなとは思っていた。しかし、想像を遥かに超えた大都会に来てしまった。
世間一般的には空気は田舎の方が美味しいと言うのだろうけど、どこを見ても高層ビルの立ち並ぶこの街の方が何もかも自由で俺にとっては息がしやすいような気がしていた。
外の空気を吸ったら気持ちもだいぶ落ち着いた。
こんな都会に来たのは初めてだった。山も畑もない。どこを見てもお洒落な雰囲気だ。道路の車線だって多いし、歩道の幅も広い。何よりこんな早朝だと言うのに人が多い。
小さな事で俺は一々感動していた。
「コウキくん、これからどこに行くの?」
マイカは当たり前のように聞いてくる。
「マイカは何で俺と一緒に行きたいの?」
「コウキくんの事が好きになったから」
「真面目に答えろよ!」
「ひどーい!真面目だもーん!」
マイカはちょっとだけ拗ねたようだったけど、辺りをキョロキョロと見回すと直ぐに表情が明るくなった。
「あ!あそこのハンバーガー屋さん24時間営業みたいだよ。きっと空いてるよね?行こう!私、昨日から何も食べてないの!早く!」
マイカは俺の腕を掴むと迷いもせずに進み出す。ついマイカのペースに流されてしまう。確かに俺もお腹は空いていたから、断る事ができなかった。
正直誰かと一緒にいるだけで心強かった。でもこれからマイカとずっと一緒にいると言う訳にはいかない。今は自分の事でいっぱいいっぱいだからだ。マイカは旅行の感覚なのかもしれないけど俺は違う。適当な理由をつけてどこかでお別れしなければならない。人生がかかっているのだから。
そう考えているうちにあっという間に店に到着し、お互い食べたい物を買って、席に着いた。
俺は朝限定メニューのハンバーガーと飲み物を、マイカはそれとポテトを買っていた。本当にお腹が空いていたのか朝からよく食べる子だ。
やはり都会はすごい。こんな時間でも店の中には沢山の人がいた。俺達のように、
「私ちょっとお手洗い行ってくる!私の事置いて何処かに勝手に行かないでね!」
マイカはスッと立ち上がると、俺の心を読んだように言ってきた。俺だってそこまで酷い奴にはなりたくないから、無言で置いて行ったりはしない。
ハンバーガーを食べながら、スマホをなんとなく眺めていた。口の中の水分が全部パンに吸収される。それを必死にオレンジジュースで流し込む。俺は朝はご飯派だった。パンは美味しいけれど、喉に詰まりそうで本当は朝はなるべく避けたかった。
昨日、皆の連絡先を消すか悩んで、着信拒否は済ませたけれど、心のどこかではまだ連絡が来るのではと心配だった。何も通知が来ていない画面を見て安心する。多少の後ろめたさはある。
今日は泊まる場所を探さなければならない。できれば連泊可能な格安のホテルが良い。マイカはどうする予定なのだろう。
そして、仕事も探そう。でも仕事ってどうやって探せばいいのだろう。バイトさえした事がなかった俺は自分の無力さを痛感していた。
住む場所もこの街で確定するのか、また他の県に移動するのかちゃんと考えなければならない。
ホテル探しと街の散策で今日は一日が終わりそうだ。
その後ネットニュースやら、SNSやらを適当に眺めていた。
昨夜、見出しが目に入った、女子高生が同級生に刺された事件が世間では今とても話題になっているようだ。今日も大々的にネットニュースに載っていた。少しだけ気になって、そのニュースを見た。
犯人はまだ捕まっていない。
被害者女性の顔写真が何枚か載っていた。センター分けのロングヘアーの大人びた綺麗な人だった。俺と同い年には見えない。被害者の彼女は制服を着ていて、同級生数人と写真の中で楽しそうに笑っていた。同級生の顔こそモザイクで隠されていたが、もしかしたらこの中に犯人がいる可能性だってある。
こんなにも幸せそうに笑っているというのに何があったのだろう。
ミズホの事も理解出来なかったけれど女の子同士の人間関係ってそんなに複雑なものなのだろうか。
俺はそんな思いから目を逸らしたくなってスマホを閉じた。
食べる事に集中しようと思った。折角美味しいものを食べているのだから、スマホを見ていたら食べ物に失礼だ。ハンバーガーに齧り付き、ムシャムシャと噛む。パンの中央に差し掛かる頃には口の中に収まりきらない程ソースがたっぷりと出てきて、とても美味しかった。ピクルスもいいアクセントだ。その時はジュースがなくても飲み込む事が出来た。
ふと、マイカがテーブルの上に置いて行ったスマホが目に入った。
スマホは画面が下に置かれている。
マイカのスマホは透明なカバーケースがついていた。背面側には持ちやすいように何かのキャラクターのスマホリングがついている。そして、透明なケースと本体の間に友達とのプリクラが挟んであった。
マイカと友達のプリクラか。好奇心でそのプリクラを見入ってしまった。
逆さまに見るそのプリクラの中の二人はとても仲が良さそうにピースのポーズを決めている。見えにくいが多分右がマイカ。今は茶髪だけど、プリクラの中では黒髪だった。左は多分友達。友達はセンター分けのロングヘアーで、大人びた綺麗な人。どこかで見たような……。
「コウキくん、何を見ているの?」
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