第31話 塵も積もれば山となる



タクミは深く息を吸った。一人一人とゆっくり目を合わせると、静かな声で話し出した。



「……マイちゃんの言った通り、あの時オレもゴミ捨て係で、ゴミ捨て場を出た後に丁度中庭の前を通ったんだ。そしたらサクラが立っていて、いつも通り声をかけた。その日は一日中顔色が良くないように見えていたから少し心配だったんだ。


声を掛けた時もあまり元気がないように見えた。マイちゃんと一緒に帰るのかなーなんてオレは思いながら何気ない会話をしようと思ったんだ。


でもサクラはいきなり『タクミくんはいいよね。マイカと幼馴染だもん』って言って来て、初めは何が言いたいのかよくわからなかった。


戸惑っているオレの様子を見たサクラはこう言ったんだ。『私はマイカと仲良くなれて嬉しかった。マイカといると楽しいし、すごく好きだった。親友だと思ってた。でもそう思っていたのは私だけみたい』って」




「そんな……私も親友だと思ってたよ?」



マイカは信じられないと言うような表情をして首を横に振っていた。



「オレはそんな事ないって必死に否定したよ。だって、サクラと仲良くなってからマイちゃんは本当に見違える様に、笑顔が増えて明るくなったから。オレには出来なかったから。サクラにはすごく感謝していたんだ。


でもサクラと話をして思ったんだ。間違えていたのは自分だった。目を背けていたのは自分だったんだって。サクラはすごく悲しそうに、怒っていた。限界だったんだ。限界を迎えるまで気づかなかったんだ。オレもサクラの友達なのに。


記憶が曖昧だけど確かサクラは、『じゃあ何で?現に待ち合わせ場所にも来ないんだよ?!私の事雑に扱っていい存在だと思ってるんでしょ?これがたまにだったらいいよ!?でも毎回だよ。これだけじゃないんだよ。いつも私に甘えて来て、自分の事ばっかりで私の気持ちなんて全然考えてない。皆言ってたよ?マイカは人の気持ちを考えられない子だって。薄々わかってた。それでも私はマイカの事好きだから仲良くしてたのに、マイカはいつも私を馬鹿にしてた。直接口では言わなくても行動でわかる。思ってなきゃ行動に出る訳ないじゃん。私を下に見ている様な行動ばかりして来た。やっぱりタニガワちゃんやが言ってた通り。私はマイカにとって友達でも何でもない。ただの都合のいい存在なんだよ!』って言っていた。


肩が震えていた。なんて言葉をかけていいのかわからなかった。だから思っている事をマイちゃんに伝えた事があるのか聞いたんだ。


そしたら『話したよ。私はずっと仲良くしたいと思ったから。マイカの事が大好きだから。でも本人は何も自覚ないもん。私の気持ちも、自分がしてきた事も理解できる訳ない。マイカの態度に限界を感じで物理的に距離を置いた時もあったよ!?でも何も分かってないマイカはサクラが急に距離を置いてきたって、寂しそうにしててさ、そんなマイカを見ると自分は純粋なマイカに意地悪しているんだって思えて来て、心が痛いんだよ。それでもマイカに頼られるとやっぱり好きだから助けたくなるんだよ。サクラが好きだよって言われると嬉しいもん。楽しかった思い出がいっぱいあるから。でも一緒に居過ぎると嫌な気持ちが溢れてくるんだ。こんなのもう辛いよ。自分も嫌いだよ』って言っていた。


サクラはオレと似ていたんだ。マイちゃんの事は大切に思っているけど、マイちゃんの衝動的な性格、横暴な部分に悩まされていた。でもマイちゃんは自分がしている行動に悪気がない。だから安易に責める事も嫌う事も中々できない。マイちゃんは純粋だから、そんな感情を持ってしまう自分が悪に感じてしまう。自分を責めてしまう。一緒にいるのは楽しいけど、自分の中のどす黒い感情を抑えきれない。愛なのか執着なのかわからない」



「そんな……」




「そしてサクラはどこからともなくナイフを出して来た。オレは驚いたし身構えてしまった。


『マイカの事もう許せない。耐えられない。我儘で自分勝手で。こんな自分ももう嫌。タクミくんだってそう思う時あるんじゃない?マイカが時々衝動的になって、いつも庇ってるのに本人自覚ないもんね』って言ってた。オレは必死に止めたよ。でもサクラは『これは自分の気持ちの問題だってわかってる。本当は誰も悪くない事もわかってる。でも限界なの。好きな気持ちと嫌な気持ちが交互に来てもう耐えられない。自由になりたいの。マイカに縛られるのはもう無理』って。


サクラはマイちゃんの目の前で自分で自分の事を切りつければいいと思っていたみたい。リストカットくらいの浅い傷なら大丈夫。そしたら、自分がどれだけ苦しんでいたのかもわかってもらえるだろうし、もうマイカは自ら近寄って来なくなると思うって。


オレはやめろよって何回も言った。でもサクラはナイフを捨てようとはしなかった。ずっと右手に握って離さなかった。


苦しい時ってどうしたらいい?ってオレは自分自身に聞いたよ。オレは苦しい時ただ抱きしめて大丈夫って言われたいって思った。


だからオレはサクラを抱きしめた。ハッと息を呑む音がした。サクラはびっくりして少しだけ怒っていたけど『ありがとう、ごめんね』って何回も言いながら泣いていた。


サクラはナイフを離した。オレは急いでナイフを拾った。


『オレが何でも話を聞くから。今日の事は忘れなよ』って声をかけて、ハンカチを渡した。サクラの気持ちが落ち着くまで、誰かが茶化しに来ないか周囲を警戒して隣に座っていた。


オレはナイフをどうにかしようとサクラに一瞬だけ背を向けた。その時だった。サクラはオレの持っていたナイフを奪い返そうと掴みかかって来た。


今のサクラにナイフは絶対に渡しては行けない。何をするかわからない。そう思って必死に抵抗したんだ。サクラはナイフを持つオレの手首を勢いよく掴み、オレはその手を離してもらおうと必死だった。


そしたら……サクラの腹部に……刺さってしまったんだ」





タクミの声は震えていた。ミズホは瞬きを忘れたようにタクミの顔を見ていた。マイカの目には涙が溢れていた。俺はそんな三人をただ複雑な気持ちで見ていた。





「……サクラはこう言ってた。『タクミくん。行って?タクミくんは悪くないから。やっぱりマイカを一人にしないで』って。


サクラを刺してしまった罪悪感と、サクラの苦しみに気づけなかった悲しみと、マイちゃんと向き合わなければならないという思いが入り混ざってぐちゃぐちゃだった。


悪い事をしたのは充分にわかっていた。でもマイちゃんにちゃんと伝えなくちゃと思った。それまで警察に捕まる事はできない。またどこかで同じ事を繰り返してしまうかもしれないから。マイちゃんもオレも。


オレはハンカチを拾うと、ナイフの持ち手を軽く拭いてその場を去った。匿名で救急車を呼んだ。そしてジャージに着替えた。そのままハンカチや血のついた衣類を細かくハサミで切って、袋に小分けにし、スーパーのゴミ箱に数カ所に分けて捨てた。……マイちゃんの姿を必死で探したけど既にどこにもいなかった」





マイカの啜り泣く音が響いていた。




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