第31話 嘘の裏側





「あのー、ちょっとさ、すごく気になった事があるんだけどいい?事件の日にタクミとサクラとの会話の中に出て来たって恐らくミズホの事だよね?違う?」


俺は三人の会話に思わず口を挟んでしまった。いや、今言うべきだと思ったから思い切って話をしたのだ。この事件の事の発端は本当にマイカとサクラのすれの違いだったのかと疑問に思ったから。


きっとミズホにとって俺は最高に都合の悪い存在だ。


「コウキくん!何を言っているの?!私は何も悪くないわ!!悪いのはタクミくんとマイカちゃんでしょう?」


ミズホは俺を睨みつけ、ヒステリックに話していた。



「でもさ、さっきミズホ自身が話していたけれど、サクラからよくマイカの話をされていたんだろう?

事件が起きた日はまだタクミとミズホは面識がないから咄嗟にサクラはってミズホの事を言ったんじゃないのか?」



「だとしたら何だって言うの?私は悪くないわ!何も関係ないわ!」


「少なくともマイカについての何かしらの相談はサクラからされていたのだろう?」


「コウキくん、言い掛かりは辞めてくれるかしら?だから偽善者なのよ。皆の前でカッコっけようとして。本当に笑っちゃうわ」



ミズホの焦り方がいかにも何かを隠している感じである。ミズホは簡単には認めないだろうし、心を開こうとしない事もわかっている。



「……俺がミズホに告白する二日前にミズホが泣いているのを偶然見かけた。告白の日とサクラの事件は恐らく一日違いで起きている。全部何か関係ある?」



「知らないわ。その日にいきなり乱暴して来たのはコウキくんだし、私は二日前に泣いてなんていない。全部勘違いよ。関係ある訳ないじゃない。私、本当は今でもコウキくんとこうしてお話するのが怖いくらいなのよ。それなのにこれ以上私に何を求めるの?わからないわ?」


「……はぁ」


俺は思わず大きなため息をついてしまった。サクラの事件との関係性を認めたくないのは、まだわかるがどうしてそこまで俺に乱暴されたと言う嘘を貫き通したいのだろう。ここにいる人達はもう誰もそんな事信じる訳ないと言うのに。



「……ミズホちゃん。寂しかったんでしょ?」


か細い声でマイカが言った。


「え?……寂しい?」


「私が事件の発端だったのにこんな事語る資格はないと思う。でも、ミズホちゃん本当は寂しいのかなってずっと思ってた。私は寂しさを感じる事なら沢山経験してきた。だから、何となく……だけど……」



「……違うわ」



「本当に?ミズホちゃん、辛かったよね。怖かったね。もう、一人で抱え込まなくていいんだよ?」



「何よ。何なのよ。何も知らないくせに!わかったような事言わないで欲しいわ!マイカちゃんも私よりもタクミくんが好きなんでしょ?コウキくんの事の方が好きなんでしょ?だったら優しくしないでほしいわ!サクラだって……。誰も私の事が好きなんかじゃないのよ。マイカちゃんのそう言う所嫌いよ。大嫌い。自分の行動をもっと客観視したらどうなのかしら?マイカちゃんがそんなのだからサクラが追い込まれたのではなくて?」


「……」


「やめろよ」


「何なのよ。気持ち悪いわ。タクミくんだってサクラを刺したくせに平然としていて、一番変よ」



タクミもマイカも何も言えなくなってしまっていた。今のミズホにはきっと何を言っても響かない。今だけじゃない。俺が知らなかっただけで、ずっと前に深い暗闇の中にミズホの気持ちは沈んでしまったのだろう。


マイカが言っていたようにミズホは寂しかったのかもしれない。以前、タクミも同じ事を言っていた気がする。虐められていた事で俺には想像も出来ないような苦しみを味わっていたのかもしれない。言われてみれば我儘を言って駄々をこねる子どものようにも見えてくる。やり方がわからなくて、人との距離がわからなくて、強く当たってしまうのではないだろうか?どこまで自分の事を好きでいてくれるのか、どこまで受け入れてくれるのか試したくなってしまうのかもしれない。


もしもそうだとしたらすごく寂しいものだ。


自分も嫌な想いをさせられたけど、もう関わりたくないと思っていたけど、この数日間考えていた。ミズホが何故あのような事をしたのか。




「ミズホ、俺のあの時の告白はさ、結果的によくわからないものになってしまったかもしれない。でも、本当に好きだったよ。力になりたいと思っていたよ。困っているなら一緒に戦いたいと思ったよ。一番の味方になりたくて告白したんだよ。でも俺は阿保だから、ミズホの事何も知らなくて。ミズホが本音を言えなくて、不器用な事もわからなかった。上辺しか見ていなかった。そりゃ偽善者だよな。自分の事何も知らないくせに、好きとか言われても困るよな?……ごめん。これが今の俺の気持ち」




俺は真っ直ぐにミズホの目を見て言った。ミズホは表情を歪め、立ち上がり大きく息を吐くと話し出した。




「そうよ!コウキくんが悪いのよ!どうせ、私が大人しくしていたから、少し優しくしたら簡単に付き合えるとでも思ったんでしょう?それか、いじめられている私を見て可哀想だから、助けたいって気持ちだったのでしょう?


私を助けられたら満足だった?!そしたらきっとコウキくんは皆に『ミズホを助けてあげて優しいね、すごいね』って言われるのよ。さぞかし気持ちが良いでしょうね。


私はそう言うのが一番惨めな気持ちになるのよ!きっと皆にはわからないでしょうけど!……誰も助けてくれないのよ。先生も隣のクラスの人も私が虐められてるって絶対に気づいていたわ。


私の事本気で好きなら、少しくらい私の気持ち考えてみなさいよ!わかってみなさいよ!体験してみなさいよ!……って思った。


……だから乱暴されたって嘘をついた。コウキくんがどれくらい私の事を本気で好きなのか試す為に。……コウキくんは逃げた。私と向き合ってはくれなかったわ……それに、騒ぎを起こせば……皆が私を心配して友達になってくれるかと思ったのよ……」




「……もっと違うやり方はなかったのか?」




「お黙りになって!人気者のタクミくんにはきっと一生わからないわ!!」





ミズホの目からは涙が溢れていた。でもその涙は嘘ではなくて、初めてみるミズホの偽りのない姿だった。






「……何で、私が虐められるのよ。私は皆に何もしていないわ。皆が嫌がるような事は何一つしていない。なのに、何が気に入らないって言うのよ。ただ本を読むのが好きなだけよ。皆より騒ぐのか少し下手なだけ、ノリに合わせるのが下手なだけよ。何で私なのよ。私よりも酷い人なんかクラスにいっぱいいるじゃない。何で私が虐められなくちゃいけないのよ!!パパとママだっていい子じゃない、完璧じゃない私の事は好きじゃないのよ」




ミズホの涙は止まらなかった。眼鏡を外し涙を拭いながら、鼻水を啜り鼻声になりながらも必死で話していた。確かにミズホはクラスメイトに酷い事をした訳じゃない。気遣いが出来て優しい子だった。だから好きになった。




「私はサクラになりたかった。自由で明るくて大人っぽくて綺麗で、優しくて。そんなサクラが大好きだった。大好きだったはずなのに、いつしか何でサクラは幸せそうなのに、私はこんなに苦しいのだろうって悩むようになったわ。ずっと同じだったのに。双子の姉妹みたいだったのに。何でサクラだけ幸せそうなの?!


……サクラがいなくなればサクラになれると思った。


サクラからマイカちゃんの相談を何度もされたけどその度に、私は憎しみが増した。私からすれば友達がいるだけで充分幸せなのに、虐められていないだけで幸せなはずなのに、なんて贅沢な悩みを持っているんだろうって思ったわ。


サクラは昔、私の事を一番の親友だし家族みたいな存在だって言ってた。なのにマイカちゃんとタクミくんの話ばかりするサクラが許せなかった。私が一番じゃなかったの?って。私以外の人の話をそんな楽しそうに話さないでって。


サクラは私に『一番だよ』なんて話をした事も忘れて今を楽しんで前を見て生きていた。私は昔サクラが言ってくれた言葉をずっと大切にしていて、それだけが心の支えだったのに。


私の事が『一番』じゃないなら、サクラはいらない。


私にはそれしかなかったのに置いて行かれるような気持ちだった。告白の二日前に泣いていたのはその事が重なっていっぱいいっぱいだったからよ。コウキくんに見られていたなんて思わなかったわ。



サクラがマイカちゃんとの関係で悩んでるって言うから、マイカちゃんの悪口を作って吹き込んでやったし、目の前でナイフ振り回すとか、リストカットしてみるくらいの事しないときっと気持ちが通じないよ?それくらい大袈裟にした方がいいよ!ってうるさいくらいに言ってやったわ。


私はその時まだマイカちゃんと面識がなかったから、感情移入もせずに出来たのかもしれない。


サクラが悪いのよ!!私がいるのにマイカ、マイカって……許せなかったわ。……自分だけで、一人で何とかするにはこれしかなかった」





「やっぱり……ミズホだったのか。全部ミズホの仕業だったのか」





「そうよ。サクラをそそのかしたのは私。

サクラとマイカちゃんの関係が悪化するように私はサクラを誘導したわ。


この前、サクラの病室にお守りがあってね、マイカちゃんからだってすぐに察したわ。羨ましくて奪ったの。


サクラへのアドバイスは冗談のつもりだったのにサクラが本当にナイフ振り回すと思わなかったし、トラブルになって逆に刺されると思わなかった。けどしょうがないわよね。私が直接何もしなくても願った通りに全て事が進んだわ。マイカちゃんを探さなくてもなくても自然に出会えたしね」




狭い世界の中でミズホは一人ぼっちだったのかもしれない。でもただのサクラへの八つ当たりではないか。寂しくても苦しくても皆、それを抱えて生きている。マイカもタクミも俺も、サクラも。間違えたで済む話ではない。でもミズホにとってはそれが世界の全てでそれしか方法がなかった。


ミズホが求めているものは『サクラになりたかった』ではなく『サクラのように皆に愛されたかった』ではないのだろうか。


ミズホの性格が捻じ曲がってしまった理由が少しだけ、わかってきた気がした。





「あとね、私がサクラになる為にはコウキくんが邪魔だった。邪魔なのよ。偽善者のくせに。だからマイカちゃんにも精神的不に安定になってもらって、コウキくんを突き落としてもらったのよ」




マイカは泣き出しそうな表情で話し始めた。声が震えていた。




「……コウキくん、本当にごめんね。ごめんなさい。謝って済む事じゃないってわかってる。私はどうかしていた。コウキくんとタクミに『信じて』なんて言っておきながら私は悪い方へ引き摺り込まれてしまった。……ミズホちゃんにずっと言われ続けたの。全てはコウキくんが悪い。サクラの事件もコウキくんのせいだ。コウキくんがいなくなれば解決するって。コウキくんとタクミの共犯だって。


冷静に考えれば、コウキくんは一番無関係なのに。サクラと関わった事さえないのに。めちゃくちゃな話なのに。でもそれがわからなくなってた。


ミズホちゃんとずっと一緒で、スマホを見る時間もなくて、テレビも見られなくて、ミズホちゃんのお家でご両親に会った時もコウキくんの事をずっと悪く言っていて。……本当にわからなくなっていた。……ごめんなさい」



マイカが俺を突き落としたと言う事実はショックだった。そういう状況だったとはいえ、軽率にそんな事をしてしまうものなのかと疑問に思う。しかし、謝るマイカをみたら嫌いになれない自分がいた。自分は間違っている。そんな事はわかっていた。女を見る目がない事ももう知っている。まだ事実を受け入れられていないだけなのかもしれない。情が湧いたせいもあり、混乱しているだけかもしれない。


気持ちの整理が出来るようになるまではまだ随分と時間がかかりそうだった。


ミズホは面白くないと言う表情をマイカに向けていた。





「何もしなくてもびっくりするくらい全部上手くいって、もう少しで私はサクラになれる思った。タクミくんがあっさり認めた事だけが予想外だったわ。マイカちゃんとタクミくんの仲を悪くさせて、私が間を取り持てばサクラになれると思った。


なのに、タクミくんは何なのよ。なんでそんなに優しいのよ。タクミくんも偽善者止まりでいなさいよ。


……あーあ、スッキリしたわ。私の話はこれで全部よ。感動的な話でもすると思った?そんな訳ないわ!これが事件の全て。解決出来てよかったわね!!……全部台無し。もう終わりよ」





事件の全容としてはこうだ。


サクラはマイカとの関係で悩んでいた。直接マイカと話し合っても分かり合えない為、その事をクラスメイトのタニガワ、親戚であるミズホに相談をしていた。タニガワはマイカと不仲だった為、確認するまでもないが良くないアドバイスでも貰ったのだろう。そして、サクラとマイカの仲に嫉妬したミズホからは悪意のある作り話を吹き込まれ、ナイフを振り回すくらいの事をしないとマイカと通じ合えないと、しつこく刷り込まれた。


悩み疲れていたサクラは判断ミスをし、ミズホやタニガワの意見に影響されて実行してしまった。


それを偶々止めようとしたタクミが、誤ってサクラを刺してしまう。マイカは次に自分が刺されると勘違いし、逃亡。


タクミがサクラを刺した前日、俺はミズホに告白しミズホは俺に乱暴されたと嘘をついた。


追い込まれ、家出しようと夜行バスに乗った俺は、逃亡していたマイカと出会った。


偶然と言うべきなのか、必然と言っていいものか二つの出来事が短期間で起きていたのだった。







俺はミズホになんと声を掛けて良いのかわからなかった。寂しいとか羨ましいとか元々は小さな気持ちだったはずが心に根を張って成長し、ここまで人を動かしてしまうのかと恐怖さえ感じていた。


そう感じてしまうのは、自分がそれだけ恵まれた環境にいたからだと言われているような気もした。


俺とミズホは同じ教室、同じ空間で毎日顔を合わせていたはずなのに見えていた世界は全く違っていたのだ。


何とも言えない苦い気持ちでいっぱいだった。




ミズホはその場にしゃがんで、顔を伏せていた。



「……完璧じゃない私はパパとママにも嫌われるもの」









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