第22話 あの日の記憶
「あたしはさー、マイカちゃんといろいろあったのよ。聞いてくれる?」
タニガワは左手で頬杖をついて、右手でショートヘアの髪を弄りながら上目使いで話し始めた。
「マイカの愚痴じゃなくて事件の日の出来事が知りたいんだけど」
「だからさー、あの日もマイカちゃんといろいろあったのよ」
タニガワとマイカはお互いが認める不仲だ。それが事件にも関係していたりするのだろうか。
「その日は掃除当番だったの。だからあたしとマイカちゃんとクラスメイト数人で放課後、教室の掃除してた訳よ。それでタナカって言う男子とマイカちゃんが一緒にゴミを、ゴミ捨て場に捨てに行ってくれたの。でも中々二人が戻って来なくて。掃除も終わって皆、手が空いてさ。何かあったんじゃないかって心配になって来て、流石に二人を置いて勝手に帰る訳に行かないしね。あたしは皆を代表して、二人の様子を見に行ったの!そしたら二人はゴミ捨て場にもう居なくてー。どこで何をしてたと思う?!」
何処となく想像はつく。恋愛要素が絡んでいるのではないかと。俺はタクミの方をチラッと見た。タクミは反論する訳でもなく何を考えているのか真顔でタニガワを見ていた。
「それ、タクミの前で言う?」
「コウキ気遣ってくれてありがとう。でも大丈夫。知りたいし。タニガワ、続きは?」
「ふーん。知りたいんだー」
タニガワはまたニヤニヤしながら話し始めた。
「偶々フラフラって空き教室の前を通ったら、マイカちゃんにタナカが、告白しててさー。びっくりした!マジで信じられない。ここからが大事!最近あたしがタナカの事気になってたのにだよ!?またマイカちゃんに好きな人取られちゃった」
「タナカが……マイちゃんに告白したんだよね?」
「そう、そう!!」
「返事は何て言ってた?」
「ショック過ぎて返事聞く前に、あたし走って教室に戻っちゃった。あたしがタナカの事気になってるってマイカちゃん絶対に知ってたよ?二人は何事もなかったみたいな顔で教室に戻って来てさー。あ、でも掃除当番終わった後、マイカちゃんとタナカは別々に下校してたみたいだけど。タクミくん返事が気になるなら自分でマイカちゃんに聞きなよ?ってか、あたし失恋したんだからあたしの心配してよ」
「大変だったね。で、サクラはどこに?」
「二人とも優しくないなー」
タニガワは口を尖らせながら、また髪を弄っていた。タニガワは失恋したと言ってもそこまで凹んでいるようには見えなかった。寧ろ何だか楽しそうに話していた。
「サクラはよくマイカちゃんと一緒に帰ってたから、その日も学校のどこかでマイカちゃんが掃除当番終わるまで待ってたんじゃないかなー。サクラが折角待ってて来れてるのに、マイカちゃん本当何してんのって感じよねー。あたしサクラにはタナカの事めっちゃ相談してた。サクラめっちゃくちゃいい子でさ、いつもあたしの事応援してくれて、何でマイカちゃんと仲がいいのか本当に謎って思ってた。サクラは朝からいつも通りだったよ。本当に変な所なんてなかったと思う。マイカちゃんはいつも変だけどねー」
「マイちゃんは、朝は俺と一緒に登校して来てあとは学校でサクラと一緒に過ごしてた。俺から見た感じマイちゃんは普通だったけど、サクラはあまり顔色良くないように見えたけど」
「あたしは別に気にならなかったけどなー。サクラに話しかけた時は普通だったし。マイカちゃんが変な事したからサクラが顔色悪かったんじゃないの?」
「タニガワ、それは酷い」
タクミは腕を組んで目を細めていた。タニガワもマイカの事が苦手だからとはいえ、悪く言い過ぎだ。しかもマイカの事が大好きなタクミの前で言うなんて空気が読めなさすぎる。
人間だから合わない人がいるのは誰にでもある事だし仕方ないと思う。でも苦手だからといって態度に出すのは違う。相手の問題じゃなくて自分の気持ちとの向き合い方の問題だ。自分で自分をコントロール出来なくて何が出来るというのだろう。俺も人の事ばかりは言えないけれど。人間関係を築いていく上で程良い距離を掴むのが一番大切な事だし、一番難しい事だ。
しかし、人の見え方と言うものは不思議だ。きっと俺にマイカがどんな人かと聞かれたら「明るくて、元気な子」と答えるだろう。でもタニガワから聞くマイカのイメージは悪人でしかない。タクミに聞いてもまた違った答えが聞けると思う。実際にマイカに会う事がなければ、タニガワから話を聞いた人はマイカを悪人だと思い続けるだろう。多分俺も。俺達は何が真実かも知らず耳や目から入る他人からの情報に日々踊らされている。いや、それが嘘だと気づいても知らないふりをした方が面白いと思っている人が案外多いのかもしれない。
「話を整理すると、サクラはその日具合が悪そうだった。マイカは特に変わりはなかった。マイカの掃除当番が終わった後にサクラと合流する予定だった。マイカを待っている間にサクラは刺されてしまったって感じか?」
「タクミは?」
「え?」
「タクミから見た状況はどうだった?」
「ああ。……ごめん。考え事してた」
タクミが上の空なのも珍しい。真顔でいたけれど気持ちはここにあらずという感じだった。
「オレも掃除当番だった。オレは教室じゃなくて、理科室の担当に割り当てられていたけど。普通にオレもゴミ捨て行ったし、全部終わったらその日は用事があるから一人で帰る予定だった。ゴミ捨て場に行った時、マイちゃんとタナカには合わなかったよ。帰ろうとしたら中庭の方で騒ぎが起きてて、学年関係なくいっぱい生徒が集まってて、何だろうって見に行ったら……サクラが刺されてて、先生達がワタワタしてた。……ごめん。ちょっと……思い出したくないかな。……何も出来ないけど、心配でしばらく様子見てたら救急車が来て、サクラが運ばれて行った」
「そうだよな。思い出させて本当にごめん。……もう一つだけ聞いてもいい?」
「うん」
「用事って?」
「それは……」
「えー、タクミくん言えないのー?」
「……言えるけど。マイちゃんの誕生日プレゼントを見に行こうとしてた」
「え?マイカちゃんの誕生日って二ヶ月先じゃなのー?!重っー」
「重いなんてわかってるよ!わかってるから、言いたくなかったんだよ」
タクミは余程恥ずかしかったのか目を逸らして俯くと赤面していた。それをタニガワが面白がるように見ていた。
「……タクミが中庭に駆けつけた時、マイカはどこにいたの?」
「……どこにもいなかった。どこにもいなくてオレはその日は買い物は辞める事にしてマイちゃんを探したんだよ。でもやっぱりどこにもいなかった」
タクミはさっきと変わってとても切ない表情で話していた。どれほど不安だっただろう。
「タクミくん、次の日マイカちゃんが学校来てなくて焦ってたもんねー。『マイちゃんが見つからない。どこにいるか知らない?』って皆に聞いててさー笑っちゃう。きっと皆マイカちゃんが犯人だと思ってるよ」
「ターニーガーワー?」
「冗談、冗談。妬けちゃうの間違いだよー?」
タクミの声に力が入る。タニガワは慌てたように手を振り必死で笑顔を作りながら弁解していた。
「でもこの事件とほぼ同時進行でコウキとミズホちゃんのいろいろがあったって事だよな?放課後だし、タイミングも一緒?」
「そうじゃん!ミズホがサクラを刺すのは不可能じゃない?」
ミズホには確かにアリバイがあった。そしてそのアリバイを一番知っているのが俺だった。いや、でもよく考えると一日ずれがある。ずれがあったとしても次の日も俺とミズホは学校で話し合いをしたのだから不可能なのか。
しかし、あの時の俺はミズホの事が好きで好きでしょうがなくて、いつもバレないようにドキドキしなが気持ち悪いくらいに目で追ってしまっていたと思う。告白の前までのミズホを思い出すと時々笑う表情が眩しくて可憐で素敵な女の子だった。確かにミズホにおかしな点はなかった。良い面しか見えていなかった。
あの時までは本当に盲目だったから何かを見落としていなければいいのだが。
「やっぱりあたしはマイカちゃんが犯人だと思うなー。だってそしたらぴったり当てはまるもん。何もかも」
「マイカちゃんがサクラを刺してそのまま逃走した。バレないように髪まで染めて、それでコウキくんと駆け落ちでもしようとしてたんじゃない?」
「動機は?」
「男女の仲のもつれ?」
「え?俺らまだ高校生だよ?そんな事あるか?」
「マイカちゃんの本命の好きな人とサクラの好きな人が一緒だったとか?」
「マイちゃんの本命って誰?」
「知る訳ないじゃん。例えばの話だもん」
「でもそれだけで刺す?」
「それだけって?!本当男子はおこちゃま何だから!乙女にとっては恋がそれくらい大事だって人もいるの!わかってないんだからー」
「そういうもんなの?」
「そういうもんよ?女子は恋に命かけてる。だから場合によってはメンヘラとか世間から言われたりもするの」
「なんか……タニガワも女子なんだなって」
「失礼ねー」
「結局あたしの推理が一番真実に近いと思わない?動機が何であれ、サクラを刺したのはマイカちゃん。バレないように髪色を変えて逃走した。危ない状況だからミズホに匿ってもらってる」
女子の気持ちは難しい。恋愛って大事だけど人を刺したいとまで思うものなのだろうか。俺が偶々今まで恵まれていただけで、皆そのような気持ちを抱えているのだろうか。身近な例だとミズホだ。俺が告白した時ミズホも謎の行動を取っていた。あれも何かの気持ちの裏返しだとしたら……。きっとやはり何か目的があったのかもしれない。
「でもマイカが犯人ならミズホにとって一番許せないのはマイカじゃない?話の流れ的に可能性があるとして、サクラとミズホは姉妹みたいだったんだろ?」
そうだ。きっとタニガワの推理も外れている。
「まー、そうなのかもしれないけど……あ!だから今度はミズホがマイカちゃんに復讐する為に、行動起こしたとか?!」
「そこだけ聞けばあり得るかもしれないけど、マイちゃんは犯人じゃないよ」
「タクミくんは好きだからそうやって庇うんでしょー?」
そういえば、俺はすっかりタクミと仲良くなっていたがタクミについてまだ疑問が残っていたのだった。
「タニガワが前にマイカに言った『幼馴染が探してたって伝えて』ってどういう意味だったの?」
「幼馴染ってオレの事?」
「あーあれね。さっきは知る訳ないとか言ったけど、サクラとマイカちゃんの男女の仲のもつれってタクミくんが原因だと思ったの。だからタクミくんを巡って事件が起きたなら、マイカちゃんにそれ言えば動揺して何か行動起こすと思ったのよ」
「サクラはタクミが好きだったの?」
「好きとは言ってなかったけど、時々かっこいいとは言ってた。それを聞いたマイカちゃんが嫉妬したんだとあたしは思ったのー」
「それは違うと思う。コウキにも前に話したけどオレは片想いだよ。オレはマイちゃんが好きだけどマイちゃんはオレの事好きかわからない。大切に思ってくれてるのはわかるよ?でもそれだけで、恋愛とかじゃないと思う。誰よりも近くにいるからわかるよ」
「えー、あたしはそんな事ないと思うけどな。なんだかんだでいつもタクミくん優先じゃん?マイカちゃん自分で気づいてないだけだと思うなー。あ、それともあたしにする?」
「……」
「二人ともー!だから笑う所だって!もう!」
明日までに何か解決の糸口が見つかるのかと不安が募るばかりだった。俺は届いたばかりの熱々のポテトを口の中に放り込んだ。少しだけ濃い塩加減が唇に染みた。
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