第23話 人影




「でもまあ、マイカちゃんが本当に犯人だったら二人ともどうするの?」



タニガワはパフェを頬張りながら話を続けた。生クリームとチョコレートアイスの組み合わせが美味しそうだった。俺はタニガワの顔ではなくドロドロと溶けていくチョコレートアイスをなんとなく見ていた。



「どうするって?」


「警察に言うかって事よ。二人とも匿ったりしたら捕まるよ?」


「その時は……」


「そんな事は起きないから大丈夫だよ、絶対」


「タクミくんのその自信はどこからくるのよ本当に」


「でも、もし警察に言うならあたしの名前は出さないでね!あたしはただ推理しただけで無関係だし事情聴取とかで捕まりたくないもーん!」


タニガワは長いスプーンを上手に使って綺麗に食べていた。最後の一口を完食するとカバンの中からティッシュを取り出し、満足そうな表情で口元を拭いていた。




「じゃあ、あたしはそろそろ帰ろうかなー。……あー!二人とも寂しそうな顔しちゃってー」


「「してねーよ」」


「不安なのはわかるけど、また何かあったらあたしの事呼んでよね!じゃ!」


そう言うとタニガワは帰って行った。そんなに楽しい話をしたとは思えないが、浮かれているのかスキップしているようにも見える足取りだった。タニガワはもっと渋って何も教えてくれないものだと思っていたけど案外頼りになる。

でも本当に掴めない子だ。タニガワに限らない。マイカもミズホも女子ってなんでこんなに難しのだろう。考えている事がわからない。タニガワが言うように俺は乙女心が何もわかっていないのかもしれない。女兄弟もいなければそこまで女性と関わってくる事がなかった人生だ。こんな所でつまづくと思わなかった。


タニガワと話をして新しい情報は得る事ができた。ミズホとサクラが親戚で姉妹のように仲が良かったと言う事だ。まだ確証はないが。とても重大な情報ではあるけど、そこから解決策が導けた訳ではなかった。




俺とタクミは、タクミが予約してくれたホテルへと向かった。今夜泊まるのはどこにでもあるような、ごく普通のビジネスホテルだ。ベッドが二つにテーブルがあって、壁際にテレビがある。くすんだ青色の壁紙が閑散とした雰囲気を漂わせていた。アメニティが充実していたし、掃除がしっかり行き届いていてお手頃だけど落ち着ける場所だった。


疲れ切って必要以上の会話がなかった。昨日あんなにタクミは元気だったのに別人のように静かだった。それぞれ歯を磨き、シャワーを浴びるとベッドに入って電気を消した。それらの行動を終えるまでの時間はとても早かった。枕が高めだったが、ベッドがフカフカしていて身体にしっくり来た。俺はそっと目を閉じた。瞼の裏に映ったのは冷たい目をしたミズホだった。


暗闇の中からタクミの声が聞こえて来てハッとした。低く沈んだ声だった。


「コウキ……明日、マイちゃん戻ってくる……よな?」


「そうだといいけど……」


「こうなったらミズホちゃんといるよりオレ達といる事のメリットを言いまくればいいんじゃね?」


「そうだよなー。もうそれしかないよなー……」


俺は何とも言えない曖昧な答えを返す事しか出来なかった。


「ミズホと話が出来ればいいのかな……?」


俺は小さな事でボソッと呟いた。その声は暗闇の中に直ぐに消えてなくなった。一呼吸置いた頃にタクミが落ちた声でこう言った。


「……コウキはなんでミズホちゃんの事が好きだったの?言いたくないならいいんだけど、ちょっと気になってさ。こんな事になったし普段のミズホちゃんってどんな子だったのかなって」


「……うん。そうだよな。タクミとタニガワの話は聞いたけど、俺の話はしてなかったもんなー」


俺はもう一度、そっと目を閉じる。ミズホの事を思い出そうとした。瞼の裏に再び映ったのはミズホの優しい笑顔だった。


真っ暗な天井を見上げながら俺は話し出した。真っ暗なはずなのに自分の目には、これまでの出来事が映画のように天井に映し出されているように見えた。


「……高二に進級して、初めてミズホと同じクラスになったんだ。ミズホは他の女子とは違って一人でいる事が多くて、いつも本を読んでいた。


俺はその時期、一番前の席だったから先生からの頼まれごとが多くてさ。その日も皆の分のノート回収を頼まれていたんだ。正直面倒臭かったしやりたくなかったけど断りきれなくて毎回渋々やってた。


皆が当たり前のように俺にノート押し付けてきてムカついた時もあった。仲良い奴らは結構手伝ってくれたりもしたけどね。


ミズホともそれまで直接関わる事なんて少なかった。けれどミズホのノートを回収しに行った時



『コウキくん、いつもありがとう。コウキくんのおかげで皆すごく助かってるわ。私、そんなコウキくんを尊敬しているの』


ってミズホが言ってくれた事があった。ミズホからしてみれば何気ない一言だったと思う。きっともう覚えてもいないと思う。でも俺にとっては特別な言葉だった。誰も気づいていないと思っていたけどそう思ってくれている人がいたんだって、見ててくれる人がいたんだなってすごく嬉しかった。


その日から俺は気づいたらミズホを目で追っていた。やっぱりミズホは一人でいる事が多かった。何の本を読んでいるのかもわからなかった。興味はあったけど恥ずかしくて声をかける勇気もなかった。でもその横顔は綺麗だった。遠くから見てるだけでも幸せだった。ミズホが他の女子達とうまくいっていないのは見てて何となく感じた。原因はわからないけど。本人はいじめられているって告白した時言ってたな。でもミズホは誰かに当たり散らす事もなく、話しかけられればどんなに嫌な態度を取られようと優しく微笑んでいた。


人を妬む事なく、真っ直ぐで優しくて、心が綺麗だと思った。そんなミズホが俺は好きだった」



「うーん。オレ、人の事言えないかもしれないけど、コウキも中々チョロいな」


「今思い返せばそうだよなー?」


「まあ、感謝されるだけでも充分嬉しいよな。チョロいって言った事コウキ怒ると思った」


「怒らないよ。思い返すと自分でも好きになる程の出来事だったのかってちゃんと疑問に思うし。人をいつ好きになるなんてわからないよな。盲目って怖いよなー」


自分でもチョロいとわかっている。話しながら馬鹿馬鹿しくて笑ってしまっていた。笑えるくらいには開き直れるようになっていた。でもあの時は本当に好きだった。無意識に目で追っていた。これだけは間違いでも嘘でもない。


「俺が告白する二日前の出来事だったかな。ミズホが泣いてるのを見たんだ。学校の近くの公園で声を殺すようにひっそりと。そして俺は声をかけようとしたけど、人の気配を感じたミズホは俯いたまま小走りで行ってしまった。一人になりたかったのだろうか。俺は追いかける事をしなかった。


次の日、ミズホはいつもと変わらず学校で一人で本を読んでいた。でも何かが吹っ切れたように、昨日泣いていた事なんてなかったように周囲に振る舞っていたように見えた。


告白当日の様子は普通だった。多分。普通に見えた。でも告白してあんな事になったんだから普通ではなかったんだろうな。何も気づけなかったけど」



「ミズホちゃんのその謎の二日間はなんなの?何があったの?」


「……そこまでは聞いてない」


「そっか。いろいろあったもんな。ミズホちゃんもやっぱりなんか怪しいな」




意識が遠のいて、気がつくと俺達は眠っていたようだった。どこまで話をしたのかもよく覚えていない。疲れていたのか夢は見なかった。深い眠りについていた。


鳥の鳴き声が外から聞こえてくる。カーテンの隙間から木漏れ日が差し込んでいた。朝だ。起き上がると肩が凝っていた。肩をパキパキと軽く回すと重たい身体を動かして支度をした。相変わらずタクミは寝相が悪く、今日もベッドから落ちそうになりながら眠っていた。



夕方までは嫌と言うほど時間があった。店をいくつか転々としながらもタクミとあれやこれやと推理を繰り返していた。それでも結論は中々纏まらなかった。




「ごめん俺、ちょっとトイレに行ってくる」



俺はショッピングモールのトイレに一人で向かった。タクミは「トイレの前でまってる」と言ってトイレの前の椅子に腰掛けていた。一昨日も来たショッピングモールだ。何だか一昨日の出来事が遠い記憶のようで懐かしく感じてしまう。タクミとはずっと昔から知り合いだったかのように錯覚してしまっていた。

トイレから戻ってくるとタクミの姿は見当たらない。どこに行ってしまったのだろう。移動するなら一声かけて欲しいものだ。フロアを一通り見て回ったが姿が見えない。連絡しようとスマホを取り出したが、俺はここで初めて気づいた。こんなに一緒にいたのに連絡先さえも知らなかった。いや、連絡先を交換する理由も必要ないくらいに一緒にいたからだ。

もしかして、下のフロアに行ったのかもしれない。でも勝手にタクミは行くか?嫌な予感がした。しかし姿か見当たらなければどうしようもないので俺は階段を下る事にした。階段付近は人気ひとけがない。何となくスマホで時間を確認しようと足を止めた。


……その時だった。



「うぇっ……!?」


誰かに背中を押されたのだ。バランスを崩して横向きに倒れていく。自分の身体が宙に舞っているような気がした。遊園地の絶叫系アトラクションに乗っているかような内臓がフワッと出て来そうになるあの感覚。足首に鈍い痛みが走る。スローモーションのようにゆっくり、でも確実に俺の身体は地面に引き寄せられていく。重力には勝てなかった。いくつかの段差が食い込んで、数本の野球のバットで一気に殴られたような痛みが走った。声が出ない。息を吐いて、そして吸い込むので精一杯だ。そのまま俺の身体は丸太でも転がるように一気に階段下まで転落した。


俺は誰かに突き落とされたのだ。


周りから甲高い悲鳴が聞こえる。普通ならここで意識を失うはずだろう。だけど気力がそうさせなかった。俺は力を振り絞って上半身をゆっくり起こした。目が回ってどちらが前かわからない。ぼやける視界の中で階段の上の方を見上げる。人影がいくつかある。野次馬が集まってきたのだ。その中に見た事がある人影があった。目を細めて確認しようとしたがその人影は背を向けて行ってしまった。確かに、見覚えのある姿形だった。


そう。あの人は……。



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