第34話 優しくない嘘
「何なんだよ。その究極の二択は。飛び降りるってどういうつもりなんだよ。そんなの……ミズホと駆け落ちするしか……選択肢がないじゃないか」
ミズホにとってはとても都合の良い二択で、俺にとっては都合が悪すぎる二択だった。俺には三択あるとミズホは言ったが、要約するとミズホを「見捨てる」か「見捨てない」の二択しかないように感じる。
「どうしてなの?私の事もう嫌いでしょう?飛び降りられたら困る事なんてないでしょう?寧ろ清々するのではなくて?」
「確かに今はもう好きではない。でも飛び降りるなんて絶対にダメだ。死んだらどうするんだよ。何でそんな事したいんだよ」
「どうして止めるの?やっぱり目の前で飛び降りられたら後味悪いものね。結局は自分の為でしょう?」
ミズホの求めている答えがわからない。駆け落ちしたいようにも見えないし、これまでのミズホの様子から考えると「飛び降りたい」の言葉の裏にもきっと何かの感情を隠している。
「はっきり言うとそれもなくはない。でも目の前で飛び降りるって言われたら止めるのが普通だろ?相手が誰であっても」
「普通……ね……。私はもうどうでも良くなったの。何もかも。どうでも良いって思えるようになったら気持ちに余裕が出て来て、あんな話し合いがあった後なのに、驚くくらい落ち着いていられるわ」
ミズホが清々しい表情をしていたのはただ人生を諦めたから。絶望していたからだった。ミズホを救いたい訳じゃない。そんなに簡単な事ではないし自分の事で精一杯だ。誰かに感謝されたいとかそんな事は求めていない。
こんなに窮地に追い込まれた事は初めてでどんな反応や対応をするのが正しいのか、寄り添えるのかがただわからない。
「コウキくんは家に帰るべきよ」
「俺には帰る場所はない」
「そんな事はないわ。あのね、私がした事は全部間違っていない。……だから謝らないわ。でも後悔は少しだけしているのよ。あの時、コウキくんの告白を受けていたらどうなっていたのだろうって。
……嘘をついても何も欲しいものは手に入らなかった。本当は私の事大切に思ってくれる友達が欲しかったのよ。ただ平凡な穏やかな日常が欲しかったのよ。
全てを持っていたサクラがいつも羨ましかった。
私が『コウキくんに乱暴された』って騒いだ後、周りの人が心配してくれた。でも最初だけだった。心配する振りをして面白がって近づいてきただけだったわ。心の底から心配してくれているか、なんて一緒にいればすぐにわかるわ。きっと噂話でもして楽しみたいから情報収集の為に近づいて来たのでしょう。
または、同調圧力ね。私に興味がなくても、あの状況で心配している振りをしなければおかしい人間だって逆に思われる。そうならないように皆必死に溶け込もうとしているだけ。本当の友達になってくれる人なんて誰もいなかった。そうよね。皆私みたいな子よりも人気がある子と仲良くなってクラスに溶け込みたいわよね」
どうしてミズホはこれほど自分を卑下してしまうのだろう。
「言葉よりも行動を見るべきだった。これだけは訂正するわ。コウキくんは偽善者じゃなかった。コウキくんだけが私を想ってくれていた。優しかった。もっとあの時お話すれば良かったわ……」
「……うん。何か変わっていたかもしれないね」
「コウキくんは偽善者じゃないから友達が出来るの。私は嘘をついてばかりだから友達ができないの。本当は性格が悪いって初めて言えたのがコウキくんだもの。私は友達の作り方がわからなくて、距離感や何を話したらいいのかわからなかったから、邪魔にならないように教室では大人しく過ごしていたわ。
それが結果的に自分を偽っていたって事だったのよ。だから私はダメだったのよね。
良くわからないもの程、怖いものはないわ。私も虐めてくる人が怖かったけど、虐めてくる人達も偽っている私が怖かったのよ。お互いに怖かったのよ。
私はサクラが居なくなっても、サクラみたいにはきっとなれなかったわ」
ミズホは遠くの景色を見つめていた。何故が俺は苛立ちを覚え始めていた。この感覚は久しぶりだった。
「それは違うと思う。理由は何であっても虐める側が悪いと俺は思う。どんな理由があってもしていい事じゃない。対等に話し合うべきだ。クラスメイトなんだから、上下関係があったらおかしいんだよ。俺も、もっと早くミズホに伝えるべきだった。一対一ならまだしも一対大勢でこっちに対して怖いもクソもあるかよ。明らかに虐める方が悪いだろう」
「偽善じゃなくて本当にただの正義感なのね。やっぱりコウキくんは家に帰るべきよ」
「何でそうなる。それは出来ない。ミズホは知っているだろ?学校での皆の反応を」
「あら?お家の方か、お友達から連絡が来ていないのかしら?」
「……え?」
「コウキくんの無実は証明されたのよ。あの現場を実は見ていたクラスメイトがコウキくんの為に頑張って証言してくれたみたいよ。よかったわね。お友達がいて。皆コウキくんの味方よ。だからもう何処にも居場所がないのは私の方。私の味方は誰もいないわ。私の負けね」
ミズホは寂しそうに微笑んでいた。いや、感情を隠すために必死で作り笑いをしているように見えると言った方が正しいだろうか。
スマホに入っている連絡先は親も友達も受信拒否にしていた為、当然連絡は来ていない。俺は事態がそんな事になっていたなんて何も知らなかった。無実が証明されて嬉しいはずなのに、「あの時は助けてくれなかったのに今更かよ」って思ってしまう自分もいた。軽蔑の目を向けられたあの日を簡単に忘れられる訳がない。素直に喜べず複雑な気持ちがグルグルと回っていた。
「ミズホは本当はどうしたいんだよ?周りがどうとかじゃなくて、やりたい事ないのかよ?」
「だから、飛び降りたい。生きているのが怖いの」
「サクラとマイカと恋愛話するんじゃなかったのかよ!」
「もう無理なのよ!私の事は誰も好きじゃない!!もう終わりなの!」
俺の声に力が入ると同時にミズホも口調が強くなっていく。外の空気は冷たいはずなのに、頭に血が上って身体があつい。俺は何とも言えないこのモヤモヤを抑える事が出来なかった。
「何なんだよ。グチグチグチグチうるせーな!落ち着いてるとか言って全然落ち着いてないし、ただ下を見て逃げてるだけじゃねーか。そうだよ!そんなんじゃ誰も相手にしねーよ。大体何でそんなに偉そうなんだよ!俯瞰してんだよ!こんな所にまで連れて来て、雰囲気で俺が駆け落ちしてくれるとでも思ったかよ。ばーか!!俺はそんなに優しくねーんだよ!俺が怒らないと思って調子に乗ってんじゃねーよ。飛び降りるとか脅してんじゃねーよ!!」
ミズホはポカンとした表情で俺を見たまま固まっている。
「飛び降りさせる訳ねーだろ!!絶対に!……ミズホは誰かになろうとしなくていいんだよ!ミズホにはミズホのいい所がある。だから俺は好きになったんだ。さっき自分でも言ってただろ?わからないもの程怖いものはないって!だったらこれから知っていくべきだろ?知ってもらうべきだろ?
自分にそんな暗示をかけるなよ!……自分の気持ちにそんな優しくない嘘をつくなよ」
言ってしまった。家族以外に怒ったのはこれが始めてかもしれない。強い言い方をしたのは申し訳ないと思っている。でもこれくらいの事をしないと聞いてもらえないと思うし、ミズホの背中は押せない。俺達の関係も終わる事が出来ない。自分を卑下してばかりいるミズホにただ単に俺が苛立ってしまったのもある。飛び降りは絶対にさせないけど、このまま無視して解散したり、もし駆け落ちなんてしようものならミズホは一生付き纏ってくるに違いない。
そんなのはごめんだ。
「飛び降りるとか考えるのはそれからでも充分だと思う。死んだら何もなくなってしまうよ。永遠に一人ぼっちになってしまうよ。ミズホが一番望まない事だろ?飛び降りたら痛いよー。絶対痛い。俺は絶対耐えられない。ミズホだって痛いのは嫌だろう?学校が無理なら行かなくてもいいと思う。家にも居られないなら家出してもいいと思う。俺だってそうだし。飛び降りるよりはずっと怖くない」
「……パパやママや学校の皆と向き合うのが怖いわ。……コウキくんにはわからないわよ。コウキくんは一瞬の苦しみを味わっただけじゃない!私はずっとだったのよ」
ミズホは話しながら目に涙を溜めていた。どんな道を選択するべきか必死に自分と葛藤しているように見える。
「わかるよ。長さは違うかもしれない。でも俺は怖くて怖くて耐えられないから一度は家出を選んだんだ。……ミズホの家に一緒に行くよ。ミズホの言う事が本当なら、ミズホのお父さんとお母さんも俺の事気になってると思うし」
「嫌!どんな顔をして会えばいいのかわからない。さっきスマホに連絡が来た時の文面ではママは怒っていたわ」
「もしダメだったら違う道をまた考えればいいじゃないか?俺だって自分の親と会う事になったら怖いよ。ミズホの環境とはまた違うかもしれないけど頑張らなくちゃって気を張って過ごして来た事があるし。……大丈夫。一緒に帰ろう?」
「……コウキくんは私とは逆で優しい嘘をつくのね」
「俺は嘘なんてついていない」
「私の事、怒ったふりをしたじゃない。本当は違うのでしょう?私の事どうでも良かったら見捨てるはずだものね。……私は少しだけ学んだわ。理不尽なお説教と愛のあるお説教の違いを。……言葉の裏側に込められた意味を……ね……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます