第27話 手中




「サクラを……サクラを刺したのはオレなんだ」



俺は時が止まったように動けなくなっていた。余りにも衝撃的だった。タクミが放った言葉の内容についてもそうだけど、もしそれが本当だとしたらこれまでオレが見ていたタクミの行動は何だったのかと恐怖さえ覚えた。犯人は誰なのかと、一緒に悩んでいる振りをしながらタクミは何を考えていたのだろう。


タクミはそう言うと何事もなかったかのように俺に背を向けバックヤードの扉を開けて出て行った。


俺も急いで後を追う。扉の外にはいつも通りのショッピングモールがあった。賑やかな話し声と共に川のように流れる人の波、明るい照明。タクミは振り返りもせずに歩いていく。


タクミはさっき確かにサクラを刺したと言っていた。タクミがあまりにも平然としているので聞き間違いではないのかと自分を疑ってしまう。聞き間違いならいいのにと願った。


でも間違いではなかったのだとすれば俺の中で新たな仮説が生まれてしまう。


マイカは初めからタクミが犯人だと知っていた。タクミは真実を知っているマイカの事を消そうとしている。だからマイカは犯人に追われていると言って逃走していた。あまりにも近しい存在が犯人だから、俺に打ち明けられずにいた。俺と一緒に居たいと言ってタクミを避けていたのもタクミが犯人だからなのか?ミズホも何らかの方法でタクミが犯人だと知った。ミズホもサクラと親戚だから犯人を捕まえたい。


そして、ミズホとマイカは手を組んだ。


点と点が繋がる。俺の中で全ての辻褄が怖いくらいに合ってしまった。

でも、もし俺の推理が合っているのだとしたらタクミはどうしてサクラを刺したのだろう。動機はなんだ?マイカに対する独占欲なのか?マイカの幸せをあんなに願っていたのに?マイカが俺を突き落とした事もタクミが何か仕組んでいたと言う事はないだろうか。


いくら考えてもマイカが俺を突き落とした理由までは仮説を立てる事が出来なかった。



「タクミ、ちょっと待てよ」


「何?」


タクミはスッキリとした清々しい表情で振り返る。自分だけ荷を下ろし、話し切って何も説明をしないタクミの態度に俺は沸々と怒りが湧いてしまった。


「タクミはさっきサラッとすごい事を言っていた気がするんだけど、気のせいじゃないよね」


「気のせいではないよ」


「今まで何で黙っていたんだ?!よくも知らないふりをしてマイカと一緒にいられたよな?タニガワと三人で話していた時もどんな気持ちだった?!」


オレは感情的になって声を荒げてしまった。周囲の人達がチラチラとこちらに冷たい視線を送ってくる。迷惑をかけてしまってはいけないと俺達は端の方へ寄った。タクミはそのまま前に進みたそうだったが話をする為、俺が無理矢理連れて行ったのだ。


「……そうだよね。そう思われると思って言えなかった」


感情的になってしまう俺に対して、タクミは変わらず落ち着いている。



「何言ってんだよ!当たり前だろ?!何なんだよ!何がしたいんだよ!?」


「本当はマイちゃんとミズホちゃんが来たら皆の前で言おうと思っていた。何もかも。マイちゃんに一番最初に言いたかった。こうなってしまったらもう後戻り出来ないから。でもきっとマイちゃんは一人じゃ抱えきれないからコウキにも居て欲しい」


「何愛の告白みたいな事言ってんだよ!今すぐ警察に行くべきだろ?!」


「でも、どうしても言わなくちゃいけない事がある。付き合わせてごめん。最後にマイちゃんと話をさせてほしい。コウキはマイちゃんがどうなってもいいの……?」


一番ずるい言葉だった。タクミは何もかもお見通しだったのかも知れない。俺がマイカをどう思っているのかも。自分だけ余裕があるような表情をしている所が腑に落ちない。


タクミだけは信用できると思っていたのにこんな状況になってしまってどうしたらいいのかわからなかった。タクミを、犯人をこのまま野放しにしていいのだろうか?今までのタクミの言葉が頭の中をグルグルと回っていた。何でと考えた所で、何も答えは出なかった。


「……やだよ。何でだよ。タクミの事信用してたのに。タクミは次はマイカを、俺を始末する為に一緒にいるんだろ?犯人だってバレたらそりゃ始末するよな?捕まりたくないもんな?!」


「コウキ、落ち着けよ」


「こんな状況で落ちついていられるかよ!」


「……始末なんて、そんな事はしない。そもそもサクラを刺したかった訳じゃない」


「じゃあ何ですぐに警察に行かなかったんだよ」


「それは悪いと思ってる。ちゃんと皆に話たら行くよ。誰かを傷つける事はしないよ。したくないよ」



そう言うタクミは嘘をついているようには見えなかった。ここまで来てもそんな事を思ってしまう自分は本当に馬鹿だと思う。こっそり通報する事も考えたが、手が動かなかった。俺には出来なかった。楽しかった記憶が浮かんで来て、全部夢ならいいのにと思った。自分は情け無いと思う。


タクミは落ち着いているのではなく、もう覚悟を決めているのかもしれない。



「……わかった」 



マイカとミズホと合流した際の策略はそのまま予定通り実行する事にした。先程二人で考えたのだった。


俺は何者かに突き落とされて重症になってしまったからタクミしか集合場所に来られなかったと二人に伝え、様子を見て後から俺が合流すると言う計画だ。マイカとミズホの反応がどのような物なのか俺はバレない位置から見ていようと思っている。マイカは俺を突き落とした事を認めるのだろうか。


このような状況でうまくいく気は全くしないが。


タクミの瞳には不安気な表情の俺が映っていた。でも、もうタクミを信用するしかない。いざとなったらタクミを押さえつけられるような護身術でも調べておかなければならない。一人でやらなければならない。


俺の事を「偽善者」と笑うミズホの顔が脳裏をよぎった。偽善だろうと何だろとここまで来て自分だけ逃げ出すなんて格好悪い。大丈夫、大丈夫と自分にまじないのように言い聞かせた。


もう夕方になってしまう。昨日と同じ集合場所にマイカとミズホが来ていると信じて向かった。




「おまたせ」





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