第3話 見知らぬ少女
「……ねぇ、私も一緒に連れて行って?」
「へ?」
声と同時に吐息が耳にふわっとかかる。俺は反射的に女の子から離れ、窓側の壁に張りついた。
「そんなに驚かなくてもいいのに」
女の子は余裕の表情で笑っている。
驚くに決まっている。むしろ何故そんな事が平気で出来るのかわからない。知らない女の子にいきなり近づかれて冷静でいられるはずがない。真顔なんか保てないし、今までに感じた事がないくらい心臓がドキドキして抑えられなかった。この状況はまずい。
恥ずかしくて
「お連れ様でしょうか」
添乗員さんが俺達の様子が気になったようで声を掛けてくれた。ナイスタイミング。前にネットで読んだことがある。夜行バスでは、事件を未然に防ぐため、見ず知らずの男女が隣の席になる事のないように配慮していると。
この状況を救ってくれるのは添乗員さんだけだ。俺は否定しようと必死だった。
「違うっ……」
「そーでーす!私の彼氏なの!私の事置いて行かないでよね!不安だったんだから!」
前言撤回。柔らかい雰囲気の子だと思った俺が馬鹿だった。気の強い、図々しい女だ。俺を
でも何の為に彼女はこんな事を言っているのだろう。
「そうでしたか。どうぞ、ごゆっくりお過ごしくださいませ」
添乗員さんは穏やかに微笑んでいた。絶対に勘違いをしている。きっと初々しいカップルに見えたのだろう。
俺の声も想いも添乗員さんに届く事はなく、座席はこのままになってしまった。しかも寄りにもよって彼氏って……。初対面だと言うのに。
「ちょっと君、何なんだよ?!ってか誰なんだよ!他にも席空いているだろ?」
「細かい事はいいじゃん!所で君はどこまで行くの?」
「別にどこだっていいだろ……細かくないだろ!質問に答えろよ」
「ふーん」
彼女は俺と会話する気があるのかないのか分からない。マイペースに一方的に質問だけをぶつけて来る。
「あ、もしかして家出とか?!」
彼女は思い出したように手を叩き、悪戯をする子どものような表情で話してくる。図星だった。
「ち、違うし」
「あー、当たりだな!この反応は!」
「初対面で本当に何なの。全然違うから」
「もう、照れちゃって。私はマイカ。よろしくね。これから一緒に旅をするんだから」
「一緒に行くなんて言ってない」
「ねぇ、名前は?教えてよ!」
やっぱり話を聞いていない。けれど大きな瞳で見つめ、首を
「……コウキ」
「コウキくんって言うんだ!ふふっ」
「だいたい何で……」
何で俺と一緒に旅をしたいの?そう聞きたくて、俺は立ち上がって話をしようとした。
「バスが発車いたします。ご注意ください」
「ほら!皆に迷惑でしょ?座って、落ち着いて?」
本当にタイミングが悪い。俺が話そうとするとアナウンスが被ってしまった。
バスの電気が徐々に消え夢の中に飲まれていくように真っ暗になった。左隣、つまり通路側の席にはマイカがいる為、俺は完全に席の移動が出来なくなってしまった。
マイカも移動する様子は全くない。身に付けていた、ショルダーバッグを足元に置いてすっかり寝る準備が整っている。
流石に無理矢理追い出すのは可哀想だ。
結局俺は命と同等に大切なリュックサックを膝の上に乗せて、抱えながら狭くなった座席で考え事をしていた。
マイカは何者なのだろう。どうして俺に声をかけてきた?目的は何だろう?マイカも家出をしているのだろか?
悪い子では無さそうだけど、でも簡単に信用なんてしてはいけない。それは俺が一番よくわかっている。
家出を実行しようと考えたのだってあの子に振られた所から始まったのだから。
マイカに聞きたい事が沢山あったけど周囲は眠りに落ち始め、声を発しようとするならばきっと迷惑極まりない。
チラッとマイカの方に目をやると俺の気も知らずにスヤスヤと寝息を立てて気持ちよさそうに寝ていた。こんな状況でも安心して眠れる事に尊敬してしまう。
でも、なんだかんだで人とまともに話したのが久しぶりかもしれない。
急な展開に気持ちが追いつかない事とこれからの不安とが入り混ざって複雑だった。
いろいろな事を考えると悪循環が止まらないので俺もそっと目を閉じた。
……眠れない。眠るわけがない。
右に寄ればバスが揺れる振動で窓に頭がガンガン当たって痛いし、左にはマイカがいるし、眠れるわけがなかった。夜行バスってこんなに苦しいものだったか?この状況を楽しむ余裕もない。
俺はぴっちり閉められているカーテンのほんの少しの隙間から外を眺めていた。どこを走っているかなんて全くわからない。時折見える建物か何かの光が一瞬で次々と過ぎ去って行くのをただただ見つめていた。
いつの日か家族で観に行ったプラネタリウムを思い出す。どこまでも続きそうな壮大な夜空の映像に沢山の流れ星を見た。夜空の映像に吸い込まれていくようで、今にも流れ星に手が届きそうだった。掴みたかった。
あの時の幼い俺はまだ家出なんてものを知らなくて……。
この、カーテンの隙間から見える光も流れ星ならいいのになんて思っていた。
そしたら何をお願いしよう。
そう考えているうちにいつの間にか眠りに落ちていた。
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