第36話 終章
「隣の芝生は青く見える」と言う言葉を知った。
自分よりも他人が優れて見えると言う意味だ。
ミズホはサクラや俺が青く見え、サクラはマイカが青く見え、マイカはタクミが青く見えていた。
相手の事情もよく知らないくせに勝手に先入観を持ってイメージを膨らませ嫉妬してしまっていた。
どうしてそんな事が起こったのだろうと考えた末に俺は一つの答えを導き出した。それは皆「居場所」を探し求めていると言う答えだった。
楽しい居場所。笑いの絶えない居場所。苦しい居場所。都合の悪い居場所……。皆、より良い居場所を求めて彷徨っているのだと気がついた。人間は貪欲だから、直ぐに目の前の幸せを見失ってしまう。感じ取れなくなってしまう。そして別の居場所を作る為に、平気で人を傷つけ、嘘をつく。でもそのようなやり方で、得た居場所にはなんの意味もないと全て失ってから気付くのがお約束だ。
家出の終着点を探すと言う事もまた「居場所」を見つける為の行為だと俺は気がついた。モヤモヤした感情の塊をやっと言葉で言い表わす事が出来た。
それが俺が探し求めていた答えだった。
答えが見つかった事で全てが腑に落ち、俺の中でやっと一連の出来事に幕を閉じる事が出来た気がする。
俺は家出がしたかった訳じゃない。ただ「居場所」が欲しかった。自分の事を誰かに理解して欲しかった。その手段として家出を選んだだけだ。
俺は最終的に自分の家へと戻って来てしまった。でもこれは俺が選んだ居場所だ。
また同じような日常が始まる中で、けれど同じではない毎日を過ごして時間に抗う事が出来ないまま気が付いたら年を重ね大人になっていく。
居場所を失って探して、また彷徨って。大人になればなるほど、自分の立場が見えてきて、知らない方が良かったと思う事が沢山あるかもしれない。
そんな毎日が幸せだと今は思えなくとも、いつかそんな日々の積み重ねが自分を支えて生かしてくれていたのだと気づくのだろう。
居場所を探すだけではなく、誰かが安心出来る居場所を作れるようになりたい。
これから大人になって家出以外の選択肢を知って、もっといろんな生き方を見つけて行くのだろうと思う。
マイカもタクミもミズホも皆そうして生きて行くのだと思う。
現実が苦しくて苦しくてたまらない時は家出も一つの手段だ。何もかも嫌になったら投げ出したっていいんだ。その気持ちは大切にしていきたい。優しい人が損をする世界はおかしい。投げ出したのなら逆に失うものなんて無いのだから、前向きに考えればいいのだ。悩み過ぎて病気になってしまったり、ミズホのように飛び降りる事を考えてしまっては元も子もない。
自分の気持ちに優しくない嘘をつくのは一番いけない事だ。
家出の終着点、家出の成功というものに対して答えを見つけるに当たって人それぞれ答えは違うものだと思ったし、とても感慨深い気持ちになった。
俺の場合は居場所を見つけられたのだから、思い描いていたものとは違っても成功したと言えるのかもしれないけれど。
ただ一つ言えるのは世の中には思っている以上に悪いモノが蠢いていると言う事。それは形が様々で、全てが悪い顔をしている訳ではないと言う事。
もしも君が家出を考えているのなら相当な覚悟が必要だと思うよ。
何せどんな事件に巻き込まれるか、誰にもわからないからね。
君の嘘は優しくない 紅井さかな @beniiro_kingyo
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