君の嘘は優しくない

紅井さかな

第1話 序章



この真夜中に息を切らしながら、ただただ必死に自転車を漕いで街の中で一番大きな駅を目指している。駅までは一時間程かかる予定だ。



その後の行先は決めていない。



息苦しくてたまらないこの場所から少しでも早く逃げだしたい。今はそんな思いがとても強かった。


嫌味な教師も、無関心な友達も、大嫌いな両親もこんなに酷い俺の思考も全部この街に置いて行こうと思っている。


涙は出てこなかった。俺がいなくなった事で皆が右往左往すればいいのにとさえ思っていた。でもきっとそんな事にはならない。そんな事にならないくらい俺の存在なんて皆にとって空気みたいなものなのだと、感じてしまったからこうして自転車を漕いでいる。


ただの抵抗ではない。引き返すことはないのだから。


こんな時間に電車に乗った事なんてないから、終電が何時なのかも知らない。もしかしたらこんなに山に囲まれた田舎でも、その中でも一番大きな駅からなら電車が一つくらい残っているかもしれない。


いや、残っていて欲しい。そう願っていた。



夜の空気は冷たかった。必死に自転車を漕ぐ俺の邪魔ばかりして来る。冷たくて冷たくて本当は今すぐにでもハンドルを手放して、はぁはぁと息をかけて温めたかった。頬や耳も切れそうなほど冷たくて痛い。


そんなにも俺をこの場所に留めておきたいのかと怒り冴え覚えた。夜の明かりも、それに集まる虫たちも、その辺を歩いている関係ない人々も今の俺にはすべてが鬱陶しかった。



この先の未来に不安がないかと言えば嘘になる。涙が出ないなんて言うのも嘘だ。本当は数時間前まで瞼が腫れる程泣いていた。


でもあの子に振られた時に、俺の未来なんてないも同然だと思った。



「家出するんだ」、「家出をしたけどすぐに帰って着ちゃった」という類の話はよく聞いた事がある。でも、家出をしたまま帰らなかった人の話を俺は聞いた事がない。


だから俺はそれを確かめに行く。


まだ誰も語った事のない、家出の終着点を俺は自分の目で見て体験してくる。もうこの地に戻って来る事はないと心の底から言い切れる俺だからこそ出来る事だと思っている。





そう。俺は今から家出をする。



……今思えば、もう全て始まっていたんだ。





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