第10話 初戦闘
自らの行動を正当化しながら螺旋階段を下へ下へと降っていくと、広大な地下通路に出る。
そこは凹凸のない滑らかな茶褐色の壁面と天井が視界を埋め尽くす空間。頭上には天然の照明である
横幅は五mを超えているだろうか。年代物の巨大な坑道を思わせる通路が真っ直ぐ伸び、数十mごとに各通路と連結したアリの巣状の構造。
見通しの悪さに警戒しながら、二〇mほど進み十字路を右に折れる。直後、地面から白骨の手が飛び出し、その全身を見せつける様に骸骨の魔物が這い出てくる。
血の気のないどころか白い骨が剥き出しな髑髏。眼球はなく吸い込まれそうなほど深い漆黒の眼窩。
ボロボロな古びた剣を武器に敵へと襲い掛かるファンタジーの定番、【
その細身の躯体からは想像できないパワーを秘めており、一撃の威力には侮れぬものがある。だが、決して機敏とは言えない動きと耐久力の無さから、原作の中級魔物の中では下から数えた方が早い雑魚モンスターだ。
入口付近の
とはいえ、単体にしろ自身との
平均的な魔術師が単独で
ただ
ただし、今回の場合は
無論、不可能でないだけで簡単な事ではないのだが、原作開始までに飛躍的に強くなるには、これぐらいの無茶は必要だった。
「……さて、起きたばかりで悪いが、もう一度眠って貰おうか」
一〇歩ほどの間合いの先では、カラカラと
「軍隊式肉体強化魔術、起動」
小さく呟くと、体内の魔力が全身を駆け巡る。瞬く間に四肢に活力が漲り、感覚が鋭くなっていくのが分かった。
「――はッ!!」
刹那、その場を蹴って突進し、全速力の一撃を放つ。
こちらを迎え撃つ為、横なぎに払われた剣を、頭を下げて紙一重で回避。集中力が高まり、剣の軌道がスローモーションで見える。結果的にカウンターのような形で槍の矛先が
「――ァァガ!?」
怯んだ隙を突いて反時計回りに回り込む。一歩大きく後退りし、体勢を崩した
「ッ!」
一拍遅れて、バキッと鈍い音が辺りに響いた。手のひらには肋骨の先端を砕いたような感覚。効いている、ダメージは与えられる、と確信した時には、すでに振り向きざまの一閃が直ぐそこまで迫っていた。
「グッ!?」
かろうじて、それを槍の腹で受け止めた。だが、想定していた以上の威力を殺し切れず、僅かにその場から押し戻された。
受け流すようにザッと、土を蹴ってバックステップし、一度距離を取って仕切り直す。
軽く刃を交えてみたが、技量や俊敏性は此方の方が上。しかし、人間の人体構造とは全く違う原理で生み出されるその剛腕は、真正面から対抗するには荷が重そうだ。その事実が嫌でも
「……流石に格上相手に出し惜しみは出来ないか……魔力の消費を抑えたかったが仕方ない」
一度ため息を吐くと、槍を目前に掲げて小さく唱える。
「――
右手に持つ槍が淡いオレンジ色のオーラを纏い始める。炎が燃え移っていくかのように鮮烈な朱に染まった矛先。
「…………」
『…………』
一秒が無限にも等しく感じられる。時間にして、一体どれほどの間、無言で睨み合っていただろう。
暫しの水を打ったような沈黙と静寂。
どのタイミングで仕掛けるか探っていると、
「フッ――!」
技術の欠片もないガムシャラの振り下ろしを、槍で打ち払うことで軌道を逸らす。と、間髪入れず、返す刀で神速の突きを放つ。盾となる剣は大きく弾かれ殆ど無防備も同然。避けることも防ぐことも出来ない。狙うべきは首の付け根だ。長期戦は分が悪い。この一撃で頭を跳ね、勝負を決めて見せる。そんな決意を抱きながら、夜空に流れる紅い流星にも似た軌跡を描いて、淡い炎を纏った槍の刃が頸椎に突き刺さった。
「――ッ!?」
その一撃が直撃した瞬間、硬い、と思わず唸った。
骨と言うより強硬な鉄筋に衝突した様な感覚。抵抗が激しい。耐久力に難があるモンスターでは無かったのか。硬すぎて一太刀のもとに頸を跳ばすのは無理だと判断。今更ながら相手との位階差を軽く見ていたことを嫌でも実感する。
しかし、後悔している暇はない。即座に予定を変更し、下半身を軸として猛烈な勢いで半回転すると、
「――ぅおおおおお!」
自然と口にした雄叫びとともに、両手で握り締めた紅蓮の槍に魔力を送る。
ほぼ同時に、深々と骨と骨の間に噛ませた矛先から噴き出す緋色の炎。瞬く間に炎に包まれた
押し付けていた力を緩めると、
「はあ、はあ……勝った、のか」
荒い息を整えながら、ただ事実を確認する様にそう呟いた。
手のひらを見れば手汗が凄い。記憶を思い出してから初めての実戦だっただけに、思っていたより緊張していたようだ。
「……――ん?――これは……」
全身の手、脚、肩がそれぞれバラバラになり、灰となって
その残骸を何気なく眺めていると、次第に薄青色の幻想的な光を放ち、小さな粒子となって頭上に降り注ぐ。
「……幸先がいいな」
目下の現象は経験値獲得の証。加えて、魔素を吸収した途端にドクンと心臓が脈打ち、腹の底から魔力が溢れ出した。過去の記憶にある実体験に加えて、戦闘前より明らかに魔力保有量が引き上げられた感覚が何よりも雄弁に
この世界ではゲームほど簡単に位階が上がらないのだが、
ゲームならば移動時間を気にせずステータス画面で確認しながら、ダンジョンの自由探索が許されるというのに、現実ともなると様々な障害が立ち塞がり、
何より命懸けなせいか、精神的疲労の度合いがゲームとは比べ物にならない。ただ、止めたいとも諦めようとも思わなかった。それはこんな戦闘より遥かに絶望的な状況を知っているからか、それとも原作クリスのように過酷な研鑽を厭わない精神力と努力家の素質があるからか。どちらにせよ、やることは変わらない。
それから、
魔珠石を摘み上げ、制服の上から羽織っていた外套の内ポケットに放り込む。
これは
「よし、行くか」
そして、向上した身体能力を確かめるように、その場で何度か槍を振るい、迷宮のその先へとまた一歩足を踏み入れた。
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