第10話 初戦闘



 自らの行動を正当化しながら螺旋階段を下へ下へと降っていくと、広大な地下通路に出る。

 そこは凹凸のない滑らかな茶褐色の壁面と天井が視界を埋め尽くす空間。頭上には天然の照明である鉱物クリスタルが一定間隔で設置され、青白く発光するも光源は弱く視界が暗い。

 横幅は五mを超えているだろうか。年代物の巨大な坑道を思わせる通路が真っ直ぐ伸び、数十mごとに各通路と連結したアリの巣状の構造。


 見通しの悪さに警戒しながら、二〇mほど進み十字路を右に折れる。直後、地面から白骨の手が飛び出し、その全身を見せつける様に骸骨の魔物が這い出てくる。


 血の気のないどころか白い骨が剥き出しな髑髏。眼球はなく吸い込まれそうなほど深い漆黒の眼窩。

 ボロボロな古びた剣を武器に敵へと襲い掛かるファンタジーの定番、【骸骨戦士スケルトン】だった。


 その細身の躯体からは想像できないパワーを秘めており、一撃の威力には侮れぬものがある。だが、決して機敏とは言えない動きと耐久力の無さから、原作の中級魔物の中では下から数えた方が早い雑魚モンスターだ。


 入口付近の魔物モンスターだけに、推定位階レベルは最低値の三〇前半。骸骨戦士スケルトンは集団を形成し、仲間と緻密とは言えないまでも連携を取って適正位階レベル以上の強敵となるため、単体で遭遇出来たのは運がいい。


 とはいえ、単体にしろ自身との位階レベル差を考えれば、全く油断ならない敵であるが。


 平均的な魔術師が単独で単体ソロ中級魔物スケルトンを討伐するには、相手と同等の位階レベル帯が推奨されている。

 ただクリスを含めた作中トップクラスの主要登場人物ネームドキャラクターは、創造主に寵愛された才能――初期ステータス――のお蔭で、一般的モブな魔術師や魔物の場合、位階レベルが一〇前後格上でも身体スペック上は互角以上な仕様となっており、プラス一〇位階レベルの差なら安定的に勝利を望めた。


 ただし、今回の場合は位階レベル二〇以上の格差となるので、それを差し引いても更に一〇以上の開きがあるが、その程度の位階レベル差であれば、戦闘センスや相性次第で覆すことも不可能ではない。


 無論、不可能でないだけで簡単な事ではないのだが、原作開始までに飛躍的に強くなるには、これぐらいの無茶は必要だった。



「……さて、起きたばかりで悪いが、もう一度眠って貰おうか」



 一〇歩ほどの間合いの先では、カラカラと骸骨戦士スケルトンが両顎を上下に動かし歯を鳴らしている。此方を侮っているからか、それとも単に様子見なのか、右手に持つ剣をだらりと下げて、相手の方から仕掛けてくる気配はない。



「軍隊式肉体強化魔術、起動」



 小さく呟くと、体内の魔力が全身を駆け巡る。瞬く間に四肢に活力が漲り、感覚が鋭くなっていくのが分かった。武器エモノである槍を正面に構え腰を落とし、軽く息を吐いて呼吸を整える。



「――はッ!!」



 刹那、その場を蹴って突進し、全速力の一撃を放つ。

 こちらを迎え撃つ為、横なぎに払われた剣を、頭を下げて紙一重で回避。集中力が高まり、剣の軌道がスローモーションで見える。結果的にカウンターのような形で槍の矛先が骸骨戦士スケルトンの側頭部を微かに削った。



「――ァァガ!?」



 怯んだ隙を突いて反時計回りに回り込む。一歩大きく後退りし、体勢を崩した骸骨戦士スケルトンの胴めがけて、円環の軌道をなぞり、勢いそのままに渾身の一撃を叩きつける。



「ッ!」



 一拍遅れて、バキッと鈍い音が辺りに響いた。手のひらには肋骨の先端を砕いたような感覚。効いている、ダメージは与えられる、と確信した時には、すでに振り向きざまの一閃が直ぐそこまで迫っていた。



「グッ!?」



 かろうじて、それを槍の腹で受け止めた。だが、想定していた以上の威力を殺し切れず、僅かにその場から押し戻された。

 受け流すようにザッと、土を蹴ってバックステップし、一度距離を取って仕切り直す。

 軽く刃を交えてみたが、技量や俊敏性は此方の方が上。しかし、人間の人体構造とは全く違う原理で生み出されるその剛腕は、真正面から対抗するには荷が重そうだ。その事実が嫌でも骸骨戦士スケルトンこそが位階レベルの上では格上である事を思い出させてくれる。



「……流石に格上相手に出し惜しみは出来ないか……魔力の消費を抑えたかったが仕方ない」



 一度ため息を吐くと、槍を目前に掲げて小さく唱える。



「――属性付与エンチャントフレイム



 右手に持つ槍が淡いオレンジ色のオーラを纏い始める。炎が燃え移っていくかのように鮮烈な朱に染まった矛先。不死者アンデット種のモンスターに効果的な火属性の特性を武器に付与させる下級上位の付与系統魔術だ。


 骸骨戦士スケルトンと俺の視線がぶつかる。眼窩の奥で不気味に揺れ動く蝋燭の灯のような光。その瞳には、はっきりとした戦意が伺える。それとも単に、格下と思っていた相手に手痛い反撃を受けて憤りを感じているのか。



「…………」

『…………』



 一秒が無限にも等しく感じられる。時間にして、一体どれほどの間、無言で睨み合っていただろう。

 暫しの水を打ったような沈黙と静寂。

 どのタイミングで仕掛けるか探っていると、骸骨戦士スケルトンが先手を打つように獰猛な勢いで飛び込んでくる。まるで、猪を彷彿とさせる突進力。だがしかし、怒りに身を任せた単調過ぎる一直線の動作。それ故に先読みし対応するのはそう難しくない。



「フッ――!」



 技術の欠片もないガムシャラの振り下ろしを、槍で打ち払うことで軌道を逸らす。と、間髪入れず、返す刀で神速の突きを放つ。盾となる剣は大きく弾かれ殆ど無防備も同然。避けることも防ぐことも出来ない。狙うべきは首の付け根だ。長期戦は分が悪い。この一撃で頭を跳ね、勝負を決めて見せる。そんな決意を抱きながら、夜空に流れる紅い流星にも似た軌跡を描いて、淡い炎を纏った槍の刃が頸椎に突き刺さった。



「――ッ!?」



 その一撃が直撃した瞬間、硬い、と思わず唸った。

 骨と言うより強硬な鉄筋に衝突した様な感覚。抵抗が激しい。耐久力に難があるモンスターでは無かったのか。硬すぎて一太刀のもとに頸を跳ばすのは無理だと判断。今更ながら相手との位階差を軽く見ていたことを嫌でも実感する。


 しかし、後悔している暇はない。即座に予定を変更し、下半身を軸として猛烈な勢いで半回転すると、骸骨戦士スケルトンの身体を宙に浮かせて壁面に押し付ける。



「――ぅおおおおお!」



 自然と口にした雄叫びとともに、両手で握り締めた紅蓮の槍に魔力を送る。

 ほぼ同時に、深々と骨と骨の間に噛ませた矛先から噴き出す緋色の炎。瞬く間に炎に包まれた骸骨戦士スケルトンの頭部は、意味をなさない悲鳴を上げながらその生命力を燃やし続け、やがて黒焦げの髑髏へと変貌した。

 押し付けていた力を緩めると、骸骨戦士スケルトンの身体が無造作に膝から崩れ落ちる。



「はあ、はあ……勝った、のか」



 荒い息を整えながら、ただ事実を確認する様にそう呟いた。

 手のひらを見れば手汗が凄い。記憶を思い出してから初めての実戦だっただけに、思っていたより緊張していたようだ。



「……――ん?――これは……」



 全身の手、脚、肩がそれぞれバラバラになり、灰となって地下迷宮ダンジョンに還っていく骸骨戦士スケルトン

 その残骸を何気なく眺めていると、次第に薄青色の幻想的な光を放ち、小さな粒子となって頭上に降り注ぐ。 

 骸骨戦士スケルトンの肉体を構成していた体内魔素の残滓が勝者の糧として吸収されたのだ。



「……幸先がいいな」



 目下の現象は経験値獲得の証。加えて、魔素を吸収した途端にドクンと心臓が脈打ち、腹の底から魔力が溢れ出した。過去の記憶にある実体験に加えて、戦闘前より明らかに魔力保有量が引き上げられた感覚が何よりも雄弁に位階上昇レベルアップした事を物語っている。


 この世界ではゲームほど簡単に位階が上がらないのだが、位階レベル的には相手が結構な格上だった事情もあり、一戦で位階上昇レベルアップの規定値に達したようだ。


 ゲームならば移動時間を気にせずステータス画面で確認しながら、ダンジョンの自由探索が許されるというのに、現実ともなると様々な障害が立ち塞がり、位階レベル一つ上げるにも桁違いの時間と労力が重くのしかかる。

 何より命懸けなせいか、精神的疲労の度合いがゲームとは比べ物にならない。ただ、止めたいとも諦めようとも思わなかった。それはこんな戦闘より遥かに絶望的な状況を知っているからか、それとも原作クリスのように過酷な研鑽を厭わない精神力と努力家の素質があるからか。どちらにせよ、やることは変わらない。


 それから、骸骨戦士スケルトンが斃れた場所に歩み寄ると、見逃しそうになるほど極小の魔鉱石――魔珠石を発見。

 魔珠石を摘み上げ、制服の上から羽織っていた外套の内ポケットに放り込む。


 これは中級地下迷宮ミドルダンジョンで出現する魔物を処理した際に、入手可能な希少性のある魔鉱石だ。加工し易く流通量も限られる為、少量からでも高い金額で引き取ってくれる。無論、入手手段が真っ当で無いだけに、換金するのは当面難しいだろうが、回収しておいて損はない。



「よし、行くか」



 そして、向上した身体能力を確かめるように、その場で何度か槍を振るい、迷宮のその先へとまた一歩足を踏み入れた。

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