第2話 救世主と必要悪
そこで、ふと何気なく遠くにやっていた意識をディスプレイに戻すと、声が枯れるほど泣き叫んだ青年期のグレンが、無力感の余り両膝を突いて曇天を仰いだまま雨に打たれている。
シーンはグレンと魔帝アギアスの決戦が終わったばかりの頃。
隔絶した力量差のある相手に果敢に立ち向かったグレンであったが、立っているのもやっとの満身創痍の状態まで追い詰められると、悲鳴を上げる体に鞭打ち、這々の体で決戦場から少し離れた森の中まで逃げ込んだ。
だが、言うなれば、ただそれだけ。
もはや、彼に付き従っていた部下や仲間は、誰一人として残っていない。統一戦争最大の見せ場である首都防衛決戦のクライマックスに、劣勢な戦局の打開を求めて決死の斬首作戦を敢行したグレンとその部下たちは、当代最強の一人と讃えられ人類最後の希望であったグレンを決戦場まで送り届けるため、道中で捨て石となり道半ばで斃れた。
――感動的だな、だが無意味だ。
感傷を捨てて、ただ心を俯瞰させてみれば、某ライダーでなくとも、そうした感想を抱かざるを得ないだろう。
戦争の最高指導者たる魔帝の頸を取る事に逆転の望みを託したグレンであったが、史上最強の始祖に比肩するとの呼び声もあった魔帝アギアスの強さは、戦前の予想を遥かに上回り、結局のところ勝利はおろか、死力を尽くしてなお一矢報いる事すら出来ない惨敗を喫したのだから。
『――君は実に働き者だったよ。頭の固い奴は、概ね始末してくれたからな。これで国内改革と
それが宿敵に敗北の二文字を突き付けられ、這々の体で敗走するグレンの背中越しに投げかけられた魔帝のセリフである。
広大な版図を抱える魔帝国は各地で魔人の有力諸侯が半自立状態にあり、内戦を終結させたばかりの魔帝にとって潜在的な不穏分子が数多存在。当然、各種インフラや国内の工業化なども不完全で豊富な人口と資源を持ちながら国内経済も未発達と言わざるを得ず、大陸でいち早く産業革命を成し遂げた皇国とは比べるまでもなく帝国は旧態依然としていた。
それでも、大陸の三分の二と魔人人口の六〇倍以上の人間を数千年に渡って隷属させてきた歴史からも分かる通り、魔人は生まれながらに人類を遥かに超越した筋力と魔力を備えており、戦乱に次ぐ戦乱で先進的な魔導兵器も所有する軍事超大国である。
ただし、その強靭な肉体を維持する為の必要経費なのか、魔人が一日に必要とする食糧摂取量は同世代に当たる人類の三~五倍近くになり、国内に居る人類の農奴を酷使し収奪する社会構造となっていた。その人類に負担を強いる国内体制な故に農民反乱が頻発したが、種族的な能力格差から人類農奴の蜂起が成功することは無い。
つまるところ、魔帝国の体制安定を図りたい魔帝の最重課題は、人類が起こす階級闘争などではなく、支配階級たる魔人諸侯の権力闘争を上手く抑制する事にあった。
そして、有事の際には強力な戦力となるが、平時には働かず只の無駄飯ぐらいでしかない魔人階級の不満と胃袋を満たすには、建国以来の国是である人類征服の大義名分に従って、外の敵――エリウス皇国を相手に対外戦争を始める他ない。これは常に膨張政策に転じていなければ、国内体制を維持できない魔帝国の建国以来の構造的欠陥である。
折しも、内戦後に魔帝が更なる服従を求めて推し進めていた中央集権政策の国策は、魔人諸侯たちに大いなる不満を抱かせており、内戦が終結したばかりで直接的な反抗が難しかったからこそ、国内での存在感や発言力を高めるべく、根強い反魔帝派に属する諸侯ほど先を争って遠征軍の先陣に編入されていた。
言うなれば、魔帝軍が被った損害の大部分は、魔帝の政敵が受け持つ構図となっており、グレンが活躍すればする程、期せずして憎しみの象徴である魔帝の権力掌握を助けるに等しかった。
――献身的に働く奴だな、気に入った。殺すのは最後にしてやる。
言ってることは、某コマンドの大佐と大差ないが、あれは嘘だと、反故にするつもりが無かっただけ、ある意味では魔帝の方が律義者だと言えるかも知れない……グレンがどんなに魔帝を殺そうとしても、相手はグレンの身近で大事な人を奪うだけで、本人の命は助けてやるとか人格者かな?
冗談はさておき、将来的にはともかく、現時点では魔帝がグレンを抹消する大きな利点は見当たらなかったりする。だってそうだろう?
魔帝は皇国の近代化と重工業化の脅威を正確に見抜いており、人類との方舟大戦勃発を誰よりも一早く見据えていた魔帝は中央集権、国内改革を推し進めたい。しかし、反改革派は利権を死守の為に、数だけが取り柄の劣等種族相手に大それた改革は必要ない、と頑なに抵抗している実情。
ましてや、人類との四度の大戦で悉く勝利してきた過去もあり、自尊心が極度に肥大化した魔帝国内では、その主張に共感する者も少なくない。
これらの事情もあり、魔帝が思う侭に強権を振うには、長年見下してきた人類の手で一度は魔人の鼻っ柱を叩き折られるのが望ましかった。
そして、人類社会においてグレンは最終決戦時すでに立身伝中の英傑の一人。方舟大戦の前哨戦――【統一戦争】においても、魔術師として秀でた個人技と最先端の魔導兵器を使いこなした戦闘指揮で、魔帝軍の精鋭や実力者を数多屠り続け、求心力と名声を――魔人側からすれば悪名――を高めていただけに、魔人殺しの旗印であったグレンの利用価値は魔帝にとって低くない。加えて、魔帝本人にとってはまるで脅威でない事が実証されたので、尚更駒としては使い勝手が良かった。
そうした裏事情があったからこそ、決死同然の作戦に従軍しながら、グレンただ一人だけが九死に一生を得る形で生き残ったのだ。……か、勘違いしないでよね! べ、別にグレンを生かしておくのは貴方の為なんかじゃないんだから! 全部自分の為なんだからね!
ツンデレ風に解釈すると大体そんな感じだろうか……。
それと同様の事が、皇国という国家それ自体にも当て嵌まる。
人類最後の超大国を中央集権が不十分のままの国内体制で滅ぼしたところで、戦後に【終末】再発生の事実を知られれば、魔帝と魔人諸侯の間で生き残りをかけた泥沼の内戦に突入するだけ。
それぐらいならば、皇国を無理して解体や滅亡に追い込むより、内戦終結間もない国内の不満を逸らす矛先かつ、終末後の新体制構築に向け、自身が権力、影響力を拡大する当て馬として、今しばらく皇国を存続させた方が好都合というのが偽りなき本音。決戦に勝利した魔帝は皇国の首都まであと一歩に迫りながらも、作中では反体制派の蜂起、補給体制の脆弱性、攻勢限界など様々な根拠を並べて退却したが、魔帝本人にとって最大の理由はそれだった。
「しかし、ある程度予想していたにせよ、つくづく後味が悪いな……グレンの立場と役柄故に、この犠牲が必要だと理解はするが……」
古今東西の英雄は、煌びやかな伝説を築いていく裏で、試練とも洗礼とも言える艱難辛苦に耐えてきた。
グレンもその例に漏れず、侵略戦争の犠牲になった妹、仇を探して魔人を討伐する毎日、最前線で次々と斃れ伏す戦友達、命を賭して死線を乗り越えなければ勝てない強敵との死闘、果てには信じていた親友の裏切りなど、悲哀と喪失に満ちた過去を経験しながら、それでもなお不撓不屈の精神で何度でも這い上がる姿は、正しく英雄譚に登場する英雄像そのもの。
同時に、残酷な事柄を忘れてはならない。既存のシリーズ作で描かれている通り、グレンが将来的に行きつく
方舟大戦後に巨大地下都市【方舟】の管理人として箱庭社会を支配した
言ってしまえば、例え最初は心根の優しい少年であったとしても、創造主に与えられた宿命と役柄から、どのような経緯を辿るにしろ、最終的に人の道を外れて闇落ちするのは物語の根幹であり決定事項。ましてや、復讐それ自体の行方も、
故に、過去作からのメタ的視点で、その辺りの事情を把握している立場としては、最初からバットエンドが既定路線だろう、と頭のどこかで結末が読めていた。
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