方舟大戦 〜ディストピアエンドが約束された終末世界で人類の管理者になる〜

八咫ハルト

第1話 方舟大戦シリーズ





「やっぱり、胸糞エンドじゃないか」



 俺、三上景は、誰に聞かせる訳もなくそう独り言ちた。

 使い古されたディスプレイには、デフォルメ調のキャラクターが天を仰いで膝を突き、スピーカーからは青年主人公の慟哭が響き渡る。


 正直、嫌な予感はしていた。

 画面上で繰り広げられる大団円からは程遠い理不尽な結末も、このゲームの過去作と今作の主人公の経緯を考えれば予定調和のようなもの。


 夏真っ盛りの八月のある日。

 大学生特有の長い夏休みを活かし、無我夢中でのめり込んでいたそれは、本日発売されたばかりのゲーム、記念すべき第一作【方舟大戦Ⅰ ~終末の救世主~】と第二作【方舟大戦Ⅱ ~楽園の叛逆者~】の発売で、既に大人気シミュレーションRPGの地位を築いていた通称方舟大戦シリーズの第三作【方舟大戦Ⅲ ~紅蓮の煌き~】だ。


 方舟大戦シリーズは、最新作たる第三作目が発売されるまで、終末世界の最終戦争がコンセプトな第一期と戦後の暗黒世界ディストピアがコンセプトな第二期の二部構成だった。


 世界観は終末だの最終戦争だの謳っているだけあって、人類と魔人の二大種族が次世代に残された唯一の生存圏を独占すべく、血で血を洗う殲滅戦争を繰り返した戦乱期と戦後に成立した管理社会ディストピアで人々が抑圧的な生活を送る暗黒世界ダークファンタジー


 シリーズの全容を簡単に説明すると、古に超文明を滅ぼした大災厄【終末】の兆しが誰の目にも明らかになりつつあった時代、唯一の楽園と目された超文明の遺産、巨大地下都市【方舟】の所有権を巡って、人類の盟主たるエリウス皇国と魔人が支配するアルネディア魔帝国がお互いの存亡を賭け、人員、物資、イデオロギーなど全てを闘争に投じ、泥沼の国家総力戦を展開。経済、軍事、文化など地球の二〇世紀前半に近い文明を築きながら、【終末】の再来という異常気象が引き金となり、大陸を二極化していた超大国同士で行われる譲歩も妥協の余地もない生存戦争は、混沌と惨劇の限りを尽くした末に、人類国家のエリウス皇国が【方舟】を手中に収める形で決着が付いた。


 だが、それは人類にとっての混迷と試練の時代が終わる事を意味しない。戦争を勝利に導いた皇国の独裁者が戦後復興の名の下に、これまでのテクノロジーや超文明の遺産を利用し、都市国家となった皇国の後継国を完全なる管理社会ディストピアに変貌させていく。


 そして、全ての外敵を滅ぼしたはずの人類は、理想郷実現に邁進する体制側と圧政に挑むレジスタンスや敗者復活に賭けた【方舟】外の敗残勢力などの思惑が複雑に絡み合い、再び闘争の歴史を歩み始める。



 そんな人類史の特異点となった【方舟大戦】の前日譚である【方舟大戦Ⅲ ~紅蓮の煌き~】は、産業革命の波が押し寄せ、世界中に大量生産された物と市民の権利が拡大しつつある史実の一九世紀末相当なエリウス皇国を舞台に、なぜ人類と魔人が共存できず相手の根絶だけが唯一の解決策だと結論付け、お互いが熱狂のまま【方舟大戦】へと突き進んだ経緯と背景が詳しく語られていた。


 ちなみに、方舟世界において蒸気機関は中核技術の重要な地位を占めておらず、方舟世界特有の魔素をエネルギー源とする動力機関、魔導力機関など別系統の架空技術体系が大きく発達。

 そうした独自の世界観に沿う形で戦場の形態も地球の戦史とは様変わりしている。

 その代表格たる対魔人戦闘に特化した特殊兵種の魔術師が、銃弾や砲弾飛び交う戦場を縦横無尽に駆け回り、お約束の魔兵杖魔術魔法を操る近世以前のロマンを残しつつも、続編のシリーズでは戦車やパワードスーツ、果てには二足歩行機動兵器ロボットまで飛び出す、近未来的な戦場風景が数多のユーザーを魅了したのだ。




 そして、伝説の始まりである方舟シリーズ第一作目【方舟大戦Ⅰ ~終末の救世主~】のあらすじは以下の通り。


 五〇〇〇年の歳月と四度の生存戦争を経て全人類の六割超と大陸の三分の二を征服したアルネディア魔帝国。

 先代魔帝の戦死を機に巻き起こった継承戦争の偉大なる勝利者、魔帝アギアスは内戦過程で近い未来に直面する世界規模の災禍を知り、魔帝国の真の支配者となるべく、当時大陸を二分していた超大国エリウス皇国に宣戦布告し、【統一戦争】が勃発。


 後に【方舟大戦】の前哨戦と位置付けられるその戦争は、開戦当初に後手に回った皇国が各地で敗戦を重ね、人類は瞬く間に生存圏の三分の一を喪失した。されど、皇都の陥落目前に皇国必死の軍備拡張と戦線の再構築がどうにか間に合い、一転して反転攻勢に打って出た人類連合が必死の追撃を行い、戦線を戦前の国境沿いまで押し戻す。


 とはいえ、国土の大部分を戦禍に焼かれた皇国に、魔帝国の中枢まで遠征する余力など、もはや存在しなかった。

 攻勢限界に達した皇国と撤退戦において手痛い損害を受けた魔帝国は、どちらも勝ち切れない一進一退の攻防を繰り返し続け、次第に戦線は膠着状態に陥り、最終的には国境地帯で睨み合うだけの自然休戦の様相を呈してから、早十数年目の歳月が流れたある年に再び世界は転機を迎える。

 総力戦体制の構築と復興の甲斐あって、史上空前の軍事力を手にした皇国は、【方舟】の獲得と長きに渡る因縁に終止符を打つため、人類救済を掲げた遠征軍を組織し、後に世界最終戦争と謳われる【方舟大戦】の火蓋が切られようとしていた。


 そんな人類史の朝焼けに颯爽と登場した少年――初代主人公ノア・コールフィールドが【統一戦争】の英雄たる父の背を追いかけるように同じ大魔導師アーク・ウィザードの道を歩み、各地で転戦を繰り返しながら、己が夢に見た理想郷を実現させようと、最期の時まで足掻き続けた一人の英雄の軌跡である。


 ――まあ、あらすじに目を通せば分かる通り、記念すべき第一作目のストーリーそれ自体は、目新しさどころか手垢にまみれたありがちな冒険活劇ファンタジーだ。


 これが第二作目【方舟大戦Ⅱ ~楽園の叛逆者~】になると、終末後の世界で人類が勝ち取った巨大地下都市【方舟】を舞台に、スチームパンクの要素を取り入れたSF寄りの作風に変貌するのだが、【方舟大戦】の発売が告知された当時は、ファンタジックなテンプレ要素ばかりが目に付く、ありがちなシミュレーションRPGとしか認識されず、ちょっと昨今のサブカルチャー事情に詳しいユーザー達にとっては、殊更触手を伸ばすような作品では無かった。無論、その点は制作陣も自覚していたらしい。


 だからこそ、ゲームクリエイターは登場人物に執拗なまでのキャラ付けを追求し、他作品と差別化を図ろうとしたのだろう。表向きは王道設定なのだが、作中では思わず、訳が分からないよ……と突っ込みたくなる程、どいつもこいつも奇抜で極端な行動に突き進んでいる。そうした企業努力?の名を借りた迷走の形跡は作中の各所に見て取れた。


 例えば、初代主人公ノアの人間性は情に脆く善良で正義感に篤い、そこまではよくあるヒーロー像のそれだが、その反面しばしば現実より己の正義を優先してしまう傾向にあり、妥協の一切ない行き過ぎた理想主義と何一つ切り捨てられない優柔不断な姿勢が、結果的に無用な被害を拡大させた場面もしばしば。そのくせ自己の行動と決断に起因する犠牲そのものに全く無頓着で、挙句の果てにマッチポンプ同然のやり方で救済を謳う始末。その都合のいい現実しか認識しない自己愛精神と偽善に満ちた振る舞いにユーザーの非難が殺到し、ファン以上にアンチを生み出す惨状であった。



『別に(気に入らなければ味方を)倒してしまっても構わんのだろう?』

『俺たちは一体何を見せられているんだ?』

『ノア、お前もう方舟ふねから降りろ』



 などなど、これは某掲示板で呟かれた一例に過ぎないが、狂った主人公ノア視点で描かれるブレーキの壊れた英雄主義的な活動の数々にそんな感想を覚えた人間は一人や二人では無かったはず。


 ――そうだ、別に主人公が狂っていても個性は個性だと前向きに考えるんだ。


 そう制作陣が思ったかどうかは定かではないが、何故レシピ通りに作れば普通に美味しくなる料理で満足せず隠し味を投入したがり案の定不味くしてしまうのか……この人類の悲しい性よ。致命的なまでにオリジナリティの本質を履き違えている。


 また、豊富な予算から話題性のあるイラストレーターや声優が登用されたため、無駄に完成度が高かったゲームPVやキャラクタープロフィールの概要欄を一目見るだけでは、地雷だと悟らせないのが尚更始末に悪い。

 そんなこんなで発売前から期待値だけは無駄に高かった話題作の主人公ノア目当てで【方舟大戦Ⅰ】を購入したファンの心情は察するに余り有る。


 で、ここまでの話を聞いているだけでは、それなんてクソゲー? という感想しか出てこないだろう。


 ところが、いざ蓋を開けてみれば、近年のゲーム市場では稀に見ぬヒット作と評価されるほど順調に数字を積み重ね、長編シリーズ化にまで至るのだから世の中は摩訶不思議。その原作の派生であるノベルやコミック、アニメ化などのメディア展開がテコ入れの成功もあって次々と大当たりし、最終的にはシミュレーションRPGの代表作の一つと絶賛されるに至ったのだ。


 その大成功最大の立役者と目されたのが、先程まで画面越しに慟哭を上げていた紅髪の青年キャラクター

 グレン・リヴァース。それが方舟を良ゲーに至らしめ、クソゲーの黒歴史に名を刻もうとした方舟大戦シリーズを爆死の運命から掬い上げた真の救世主の名前である。


 当初グレンは【方舟大戦】を戦争指導する皇国の独裁者――方舟大戦シリーズを通しての黒幕、悪役ラスボスに過ぎなかったが、クソ過ぎる主人公との対比もあり、大いに人気を博した。


 人気絵師の作風とマッチした優れたヴィジュアル。

 ベテランの男性声優による同性すら耳を傾けたくなるイケボ。

 何より、元は心優しい善人な少年が、無数の喪失や苦難に見舞われながらも、勝利に対する飽くなき執念を捨てることなく、何度でも不撓不屈の精神で這い上がり、時には感情を押し殺しながら、目的のためには不名誉な手段も厭わず、断固たる強い意志で非情な決断も下せるハードボイルドなキャラクター性。


 普通に考えて主人公にするべきキャラを間違ったとしか思えない。

 理想主義の信奉者で自分の正義しか認めない偏狭な正義感の主人公ノアより、余程主人公ムーブをしているし、ダークヒーローとして方舟の作風とも合致しただろう。


 実際、公式が主催した人気投票ではグレンが栄えある一位の一方、ノアは主人公ながらに下から数えて三番目という散々たる結果に。

 まあ、そりゃそうだ。方舟の制作陣以外は誰もが判り切った結果だったに違いない。誰だって共感できない狂気的な英雄主義者より、等身大の必要悪にシンパシーを抱くのは自然なことである。当たり前だよな?


 かくして、端役に救われた形の【方舟大戦】は、クソゲーとして後世に汚名を残さずに済んだ。

 例えるなら、話題性優先で採用した主演俳優の演技がクソでも、その脇を固める助演が実力派の名バイプレイヤーならば、悪くない評価を得てしまう例の現象に近い。


 そして、それに味を占めたというべきか、その反省を活かした見事なテコ入れというべきか、以降のナンバリングの主人公格には、グレンを介して厳しい現実の洗礼が与えられ、ヒューマンドラマとしても一定の評価を獲得していく。


 なお、偉大なる初代主人公様の姿は、それ以降のシリーズ作では影も形もない。見事なまでの戦力外通告だ。……彼は資本主義の犠牲になったのだ、犠牲の犠牲にな。


 無論、居なくなったらいなくなったで、そんなに悪いキャラでも無かったのでは? などと再評価されることもなく、某掲示板では『方舟なのにノアが追放とか皮肉過ぎるw』『救世主(笑)』『無かった事にしてはならない(戒め)』などと嘲笑されたのは有名な話。……ノアとグレン、どうして差が付いたのか……慢心、環境の違いッ!!


 一方、ただの悪役ヒールからダークヒーローの性質を兼ね備え始めたグレンは、高まるユーザーの声に後押しされるように、最新作たる第三作目【方舟大戦Ⅲ ~紅蓮の煌き~】にして遂に待望の主人公格へと抜擢。


 時系列的には第一作目【方舟大戦Ⅰ ~終末の救世主~】の原作開始二〇年前。開戦以前の平和な日々が脆くも崩れ去り、皇国の立派な魔術師となるべく学業に励んでいた一人の少年が最愛を喪う惨劇が起きたのを契機に、世界は明らかな動乱の時代へと突入する。

 そんな運命の荒波に翻弄された少年が青年の風貌に変化し始めた頃、遂に皇国と魔帝国の戦争が勃発。

 皇国側が魔人の軍勢を押し返す術を持たず、自国内での防衛戦の域を出なかった【統一戦争】。魔帝軍の苛烈な侵略で皇国臣民が蹂躙されていく国難の時代を背景に、幼少期から青年期にかけて徹底抗戦を貫き通したグレンを軸に物語が綴られた今作品スピンオフは、シリーズ史上最大級の売上を記録した。

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