第14話 魔力保有量



 セリシアが唇の端をぴくぴくと震わせるもどこ吹く風と受け流し、頭の中で今後の対応を練っていると、険悪となった空気にグレンが割り込んだ。



「クリスの働きに期待したい、と言いたいとこだが、基本的にこれまで通り無駄な戦闘は極力回避する方針で構わないな?」

「ええ、クリスの妄言はともかく、体力も魔力も温存するに越したことはないでしょう」

「相手は小鬼ゴブリンだったけど、実戦で広域制圧系の魔術も行使することが出来たし、調整はもう必要ないかな」



 グレンの言い含めるような言葉に、セリシアとカレンがそれぞれ頷く。

 数十匹の小鬼ゴブリンの末路からも分かる通り、このチームでは初級地下迷宮ビギナーダンジョン、それも一階層に出現する低級魔物モンスター相手ではまともな戦闘にならない。


 また、グレン達並の位階ともなると、【小鬼が嗤う巣窟】の一、二階層までに出没する魔物は格下となるので、吸収できる魔素――戦闘経験値も大幅に減少し、いくら雑魚狩りしても次の位階上昇レベルアップには結び付かない。

 従って、旨味の少ない格下の魔物と一々足を止めて戦闘を繰り返すより、ダンジョンの浅部では可能な限り戦闘を回避し、最深部に出没する格上魔物を狩る方が経験値効率の面でも遥かに合理的だ。ましてや、今回はボス戦を控えている身ともなれば、戦闘行為そのものが魔力や体力の浪費でしかなく戦闘する利点は限りなくゼロに近い。


 そんな中での先程の戦闘は、階層間唯一の出入り口を魔物モンスターの群れが塞いでいた事情を除くと、各々の調整と試し撃ちの意味合いが強かった。


 特にカレンほど広域制圧、殲滅に特化した魔術の使い手となると、初級地下迷宮ビギナーダンジョンでは、相応しい標的を見つけるのも苦労する。

 数匹程度の低級モンスターに、同年代では彼女以外の使い手が存在しない中級上位魔術の【爆ぜる流星メテオ・バースト】などオーバーキルも甚だしい。だからこそ、下手に中途半端な数を相手にするよりは、今回みたく数十匹単位の小鬼ゴブリンの一群の方が、好都合と言えば好都合であった。



「ところで、今更だけど爆ぜる流星メテオ・バーストなんて中級上位の魔術を景気良く放っていて、カレンの魔力残量は大丈夫なの? いかに生まれ持っての魔力保有量に恵まれているとはいえ、カレンの位階はまだ一〇を僅かに超えたばかりでしょう?」



 気を取り直したセリシアが、怪訝そうな顔で疑問を呈す。


 方舟世界の魔素原子生物は空気中に漂う魔素を自然に吸収し、それを魔力に変換し貯蔵する魔臓器官を持っている。人類国家では初期位階の段階でその魔臓が他より発達し、一定ラインの数値を記録した高魔力保有者だけが、未来の魔術師候補として扱われる。


 この魔力保有量を成長させるには、位階上昇レベルアップによって魔素を取り込み、魔臓の容量を拡張させるやり方でしか、上限の引き上げは不可能。つまりは、魔術師になれるかどうかは生れ落ちた瞬間に決定されるのと同義であった。

 同時にそれは、いかに優れた伸びしろがあろうと、低位階レベルの段階では、魔臓が未発達で魔力の受け入れ容量が少ない事も意味する。


 カレンもその例からは逃れられない筈だが、本人は杞憂だとでも言いたげに、はにかんで答えた。



「全然平気だよ。体感では後三十回は同じことが出来そうだし」

「――流石は更新不可能記録とも言われた一〇〇〇年前の記録を、一年前に更新した同期の前レコーダーホルダー。貴方からすれば、爆ぜる流星メテオ・バーストも初級魔術感覚なのね」

「……魔力保有量だけなら現時点でも、現役の一線級魔術師に匹敵するんじゃないか?」



 当然ながら、他の初期ステータスと同じく最初の魔力保有量ポテンシャルが高ければ高いほど、上限解放レベルアップ時の増幅値も大きくなる。今でこれほどの魔力保有量だとすると、一線級の位階に上がり切った際には、魔力が不足する事態など早々無いだろうし、実質無尽蔵みたいなものだ。

 カレンに感嘆しきりのセリシアとグレンの会話を見ながら、内心そう思った。……まあ、これ以上の化け物が俺達の一つ下に居るのだから、一地方の幼年学校には不相応だし、悪目立ちするのも当然だわな。


 グレンが隣のセリシアに顔を向け、僅かに首を傾げて確認する。



「あと、そういうセリシアこそ魔力残量は大丈夫なのか? 見ていた限り遭遇する低級モンスターに合わせて、最小限の魔力と通常弾しか使ってないようだが、それでも数が数だからな。迷宮主ダンジョンボス戦を控えている以上、この先はもっと魔力を惜しんで温存を図ってくれても構わないんだぞ?」



 セリシアもカレンに次いで魔力保有量は豊富だが、特注品オーダーメイドの魔導銃は持ち主の魔力に性能を依存する構造の為、最低限の威力に抑えてなお、通常の魔導銃より何倍も魔力消費が早い。

 具体的には六発の弾を装填できる回転式の弾倉を使い切ると、使用者は初級上位魔術の行使に等しい魔力を失うのだとか。

 表面上、セリシアに疲弊した様子はないが、チームを率いるグレンからすれば楽観視は出来ないのも無理はなかった。

 セリシアは肩を竦めて、冷静な口調で答える。



「平気よ。カレン程でないとはいえ、私も魔力保有量には自信があるの。よほど道中で戦闘回数が重なりさえしなければ、迷宮主ダンジョンボス戦においても魔力が枯渇することは無いはずよ」

「そうか。だが、セリシアもカレンも無理はしないでくれ。正直、今回みたいな群れと遭遇しない限り、後衛の本格的な援護が必要となるほどの魔物モンスターが存在しないのは、これまでの探索でも確認済みだ。客観的に見た俺達の位階と実力で万が一があり得るのは、迷宮主ダンジョンボスぐらいだろう。それなら、迷宮主ダンジョンボス戦に焦点を定めて少しでも万全を期した方がいい」



 二人が無言で頷いたのを確認したグレンは、最後に此方へと向き直った。



「次の二階層では、クリスにチームの先導役を頼む。俺は役割を交代する形で後衛の護衛と状況を見て遊撃として活動しよう」

「ふん、良かろう」

「戦闘の回避が難しくモンスターが単体ならそのまま排除してくれ。群れで襲ってきた場合は、前衛として時間稼ぎと足止めを任せたい」



 グレンの紅い瞳を見据えながら、ニヒルに笑い出来るだけ尊大な口調で言葉を返した。



「――別に倒してしまっても構わんのだろう?」

「良いわけないでしょ。背後から撃たれたいの?」



 案の定、最初に食って掛かったセリシア。

 鉄板の冗談ネタが通じなくて辛い……まあ、いい事言っている風で、実態は魔物の構成魔素、経験値の独占なので口調が辛辣になるのも無理はないが。



「はは……クリスなら難なく出来るだろうが、流石にバランスが偏る恐れもあるから勘弁してくれ……何より、大物を控えている俺たちの中で一人に負担が集中するのはよろしくない」



 慣れた様子で俺の冗談を笑って躱した後、真剣な表情をとなったグレン。



「さて、それじゃあ、早速次の階層に、と言いたいとこだが……先ずは周りに散らばっている魔晶石の回収作業に取りかかろうか」

「……ああ」



 そう促されて周囲を見渡せば、既に小鬼ゴブリンの亡骸は灰となってダンジョンに吸収され、その場には小指の先ほどのサイズで青白く輝く結晶の欠片――魔晶石だけが転がっていた。初級地下迷宮ビギナーダンジョン低級地下迷宮ノービスダンジョンで産出されるダンジョン三大鉱石の中では、最も価値が低い魔晶石だが、地下迷宮ダンジョン産の魔鉱石それ自体が、それなりの価値はあるので捨てるには惜しい。


 今回のような小粒の魔晶石でも、一個三〇〇シルクの値が付く。この世界で三〇〇シルクあれば、成人男性一食分の食費にはなる。

 それが百に近い数も散らばっているのだから、二束三文にしかならない事は無いだろう。


 また魔晶石などの魔鉱石は、迷宮主ダンジョンボス以外の魔物から唯一回収可能な戦利品として討伐照明も兼ねているので放置して先を急ぐ訳にもいかなかった。




 それから、俺達は全ての魔晶石を回収し終えると、地下二階層に続く階段を下りていく。

 二階層も一階層と同じ草原の地形。フロアで活動する小鬼ゴブリンも前のパーティーが狩った直後の為か、数が少なく殆ど戦闘も発生せず難なく突破。三階層の地形は、荒野地帯のワンフロア構造に変化し、草原よりは凹凸もあって死角も存在するが、何度も地下迷宮ダンジョンに通った俺達からすれば迷う要素は無い。


 遭遇する魔物モンスターも一、二階層と変わらない通常の小鬼ゴブリンと稀にその亜種だ。これまで遭遇した敵に毛が生えた程度で手間取る道理も無かった。

 湧き出る魔物モンスターを尻目に地下迷宮ダンジョンを疾走し、行く手を阻む敵にすれ違いざまの斬撃を叩き込むなり、撃ち抜くなりして殆ど足を止めることなく攻略を進めていく。

 勿論、俺は位階レベル差がバレないようにある程度力加減してである。様子を見て、魔物モンスターに止めを刺す行為もさりげなく他者に譲ることもあった。


 そんな見どころもない戦闘という名の作業を繰り返しながら、荒野の地形が引き継がれた四階層も立て続けに攻略し、俺達は満を持して最下層である五階層に突入する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る