第15話 ゴブリン・ソルジャー
高所の斜面を滑り降りると、正面に獣道よりは多少マシの曲がりくねった細道が出迎える。
その先は迷路のようにあちこちに枝分かれし、その名の通り迷宮らしくなった樹海のフロア。
とはいえ、それは迷宮ですらなかった、これまで以前と比べての話であり、
ましてや、もう何十年も人の手で管理されて久しく、内部構造は完全に把握されており、在校生の誰しもが座学の時間中、細部まで内部構造が描かれた迷宮の地図を頭に叩きこまれている。入学したての新入生でもない限り、【小鬼が嗤う巣窟】で迷う在校生など存在しないだろう。
脳内に思い描いた地図を頼りに歩き続け、進路上に現れた別れ道を迷わず左折した。
「――ッ」
刹那、大木の影から肉を断ち切る分厚い刃が、俺の首めがけて一直線に迫りくる。
それを認識するより早く前のめりに転がって回避し、後方を振り返ればもはや見慣れた
普通の
【
第五階層から現れる
その名が示す通り、鎧と剣を持った兵士に似た装いで、肩から上半身までを覆った革特有の強度と重厚な刃物が、持ち主に破格の耐久性と殺傷能力を与えている。
今の一撃を見ても、武器だけでなく身体能力も通常の
『ガァルル!』
追撃の手を緩めず、
咆哮とともに右に左にと刃物を振り回してくる攻撃を、何度か小刻みにバックステップして躱す。
自然と
本来ならそろそろ反撃と行きたいとこだが、残念なことに今の俺は手持ちに武器となる物が無かった。最初に不意打ちを回避した際、地面を転がる上で邪魔であった長槍をその場に放り捨てていたからだ。
「――クリス! 今行くぞ!」
それが分かっているからこそ、グレンは鬼気迫った声を上げる。
「――いや、来なくていい! むしろ、そこに居ろ!」
だが、その声に反して俺が動じることはない。確かに、
しかし、周囲に隠しているだけで
イラついた様子で繰り出された振り下ろしを、体の軸を僅かにずらすことで横に避け、そのまま腰をひねって、
『ギャッ』
ドン、と鈍い衝突音が樹海中に響き渡る。脚に伝わる、少し大きなバランスボールとぶつかったような感触。
上空を突き進でいった先には、度肝を抜かれ立ち尽くしたグレン。
このままでは激突すると思った矢先、空中で
『ガァァ――……ッッ!』
貫かれた白刃の根元から鮮血が飛散し、堪らず断末魔の悲鳴が上がる。
間一髪、グレンは
しばしの間、もがき苦しむように、両手両足をジタバタと動かしていた
それを確認してから、グレンは死骸から
そして、張り詰めていた空気が緩むと、今度は鋭い視線を此方に向けた。
「危ないだろ、クリス! やるならせめてそう言えよ……」
「だが、駆けつける手間が省けて良かった。そうだろう?」
懲りない様子でそう返すと、グレンはヤレヤレと首を横に振ってから、傍に落ちていた槍を拾い上げ、此方に投げ渡した。
不運な不意打ちから始まった遭遇戦を顧みて、一層気を引き締めた俺達は、周辺の警戒を怠らずに
今までの階層と比べると、道幅の狭さや物陰の多さなどが影響して、どうしても遭遇戦が多くなる。
それを軽くあしらうように、グレン達は襲い来る
俺を例外とした他の
とりわけ特筆すべきは、グレンの獅子奮迅の戦いぶりだろう。
魔力温存の方針と射線が通らず開けた場所も少ない悪条件から、後衛の二人が大した
それでも、途切れることのない魔物の襲撃に、流石のグレンにも疲労の影が見え隠れし始める。
無理もない。本来なら幼年学校に五年間通い続けた最上級生の
一方、グレンたちは入学して一年余りの四人編成。現時点で
なお、それに追い打ちをかけるのが、何を隠そう俺の存在だ。本来の実力を秘めながら、それなりに活躍しているが、逆に言えばそれなり以上ではない。グレンと同じ
そうなると、その負担は、もう一人の前衛担当であるグレンに集中していくことになる。
勿論、注意深く観察し、いざとなれば手助けするつもりだが、グレンの悲劇的な未来を案じ、原作に勝る成長を望んでいる立場としては、そう簡単に手を貸す意思も無かった。
そんな愛の鞭と言うには独り善がりが過ぎる環境下でも、後衛の護衛から遊撃まで過不足なく務めて、順調に
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