第13話 集団戦



 迷宮主ダンジョンボス

 この世界には、各地下迷宮ダンジョンの階級に応じた高位モンスターが最下層の最奥に君臨している。

 更に言うと、斃した魔素原子生物の体内魔素を吸収し、位階を上げる仕様から、ゲームであった頃と同じくこの世界でも魔物モンスターを重要な経験値資源と見なす傾向は強い。


 特に迷宮主ダンジョンボスの経験値はその強さに比例して莫大である上、一度迷宮主ダンジョンボスを討伐してしまうと、再出現するのに、二週間前後の間隔インターバルが必要となる。その付加価値と希少価値は、他の有象無象の魔物モンスターとは比較にならない。よって、迷宮主ダンジョンボスに挑む権利は、誰もが手に出来る利権では無かった。


 迷宮主ダンジョンボスへの挑戦権は、国――厳密にはその下の地下迷宮ダンジョンを所管する地下迷宮省――が、魔術師養成機関でトップクラスの成績を修めた優等生や軍務で著しい功績を遺した功労者に与える、ある種の特権に等しい。


 また迷宮主ダンジョンボス戦に何人で攻略し、誰を連れて行くかは、挑戦権を手にした者の自由。今回は学年主席の特典として授与されたグレンの挑戦権枠を使用し、俺達四人編成で迷宮主ダンジョンボス討伐に挑む構図だ。


 ちなみに、幼年学校の席次は次席がセリシア、三席がカレンで多少の差が開いて四席が俺となる。その内実は、グレンとセリシアが常に主席の座を争い、魔術や魔力保有量などの素質面がダントツのカレンは、他のメンバーに対する配慮もあって、基本的には広域攻撃魔術を自重しているため、重要な評価項目である魔物モンスター討伐数を稼げていなかった。

 なお、俺が四席を定位置としている最大の原因は、原作以上に座学の成績がいまいち芳しくないからである。


 原作クリスのキャラ設定はアレだが、バカキャラという訳でなく作中でも座学の成績は学年トップクラスに優れていた。だが、こうして現実において他の面子に座学で大きく劣るのは、深夜のレベリングで緩慢的な寝不足に陥り、座学の時間を睡眠時間に充ててきたやむを得ない事情のせいだろう。曲がり間違っても、原作の世界線より中身ソフトウェアに劣化があるわけでは無い……多分、きっと、メイビー。





 ダンジョンの内部に足を踏み入れると、そこは地下空間とは思えない大草原が広がっていた。縦横は数百m、いや、㎞の単位に達しているだろうか。高さも五〇メートルに届いてそうで、天井全体が強烈な光を放ち、晴天の野外と変わらない明るさ。


 初級地下迷宮ビギナーダンジョン【小鬼が嗤う巣窟】は全部で五階構造となっており、最初の一階層と二階層は起伏も障害物もないワンフロアの平原地帯。

 魔物モンスターに囲まれやすい構造であるが、視界を遮る物は何もなく、俊敏な魔物モンスターも出現しないので戦闘の回避や逃走は容易だ。

 むしろ、奇襲や不意打ちなど不測の事態が発生しない分、低位階レベルの幼年学校生徒らが目の前の魔物モンスターだけに集中し易い環境で、地下迷宮ダンジョン攻略の初心者向けに相応しい階層と言えた。


 洋刀サーベル形状の魔兵杖が深緑の体皮をした小太りの魔物――小鬼ゴブリンの肌を切り刻んでいく。


 その紅蓮の髪をより朱く染めながら、敵の死角に残像を残して高速移動。一拍遅れて、剣戟の嵐が血の雨を降らす。

 その光景を間近で見ていた小鬼ゴブリンが、余りの壮絶さに思わずたじろいだ。数秒後、銃声と共にその小鬼ゴブリンの頭が撃ち抜かれ、額の風穴から血飛沫が舞い散る。

 続々と倒れていく同胞に、小鬼ゴブリンの一群は恐慌状態に陥り欠けていた。もう一押しあれば、散り散りになって逃走を始めていただろう。

 しかし、唐突に容赦ない猛攻の手が止まった。グレンは敵中のど真ん中から一旦離脱し、セリシアは魔導銃の銃口を下げて戦闘態勢を解いている。

 そのことに小鬼ゴブリンたちが、ほっと一安心したのも束の間、大きな放物線を描いた巨大な火炎矢が一群の頭上で炸裂し、無数の火の光となって降り注いだ。



『ギァ!? ギャオオオオオァァ!!!』



 広範囲に着弾したそれらは、着弾地点で炎の渦として燃え広がり、周囲の小鬼ゴブリンを一匹残らず飲み込んでいく。

 突然作り出された炎の海でもがき苦しみ、幾多もの悲鳴が重なり合う目前の光景は、まさしく地獄絵図そのもの。

 黒焦げの塊となり、一匹また一匹と斃れていく小鬼ゴブリンたち。



「…………」



 戦闘と呼ぶより蹂躙に近いそれを、俺は外野からしみじみと眺めていた。


 ここまで出来る限り戦闘を回避していた俺達だったが、行く手を阻むように次の階層への出入り口前に集まっていた小鬼ゴブリンの一群と遭遇。見事、地下迷宮ダンジョンに突入してから初めての大規模な集団戦は、楽勝の一言では済まないほどの圧勝劇に終わった。


 ただ結果に反して、グレンらと魔物モンスター位階値レベル差的には、実はそれほど離れていない。初級地下迷宮ビギナーダンジョンの一階層でも深部の魔物モンスターならば数値ゲームステータスで例えると一桁後半はある。グレンらと同年代の平均位階はそれに毛が生えた程度なので、同じ四人編成のチームで戦闘するなら十匹未満が理想で、その倍近い二十匹ともなると負けないまでも苦戦は必死だ。


 なのに、目の前の三人は、一〇〇匹近い小鬼ゴブリンを一方的に屠れてしまうほど、他の同世代とは桁違いの実力を持っている。


 生まれ持った身体能力ステータス便りでない確かな戦闘技術、魔導銃を扱える豊富な魔力保有量だけでなく後衛から的確に援護射撃できる狙撃能力、止めに放たれた中級上位相当の放出系統魔術。


 何もかもが規格外、千年に一人の逸材との称賛も単なる誇大広告ではない。

 無論、現役の一線級魔術師と比較すれば、まだまだ未熟な部分も目に付くが、現時点でも幼年学校生という枠を超えて目を見張るものがある。


 グレン達がそのまま順調に成長した未来を空想し、誰一人欠けることなくその潜在能力を開花させた場合は、己の脅威に成り得る逸材と魔帝が判断したのも納得だ。



「……何ボーっと突っ立てるのよ。貴方が出遅れているうちに、もう終わったわよ?」



 慣れた手つきで魔兵杖をレッグホルダーに納めたセリシアが、戦闘を傍観しているだけであった俺に目を留めて歩み寄ってくる。

 ただ戦闘に参加しなかったことを責めるというよりは、抜け駆けだと後から責め立てられるのを憂いている様なニュアンス。現に、今の蹂躙劇に更なる人手が必要であったかと言えば否だ。



「ふん、このような有象無象の露払いなど俺様が出張るまでもない」

「いやいや、ボス戦前に連携の確認とか……あと調整や準備運動とか必要じゃない?」



 カレンが苦笑いしながら問うた。

 まあ、本番前に武技や魔術は言うまでもなく、連携の確認をしておくべきという指摘は俺も認めるところだ。

 煙を立ち昇らせて息絶えた小鬼ゴブリンが灰となっていく様子に視線を移し、微かに残った焼ける肉の匂いに眉を顰めて後を紡ぐ。



「……今の蹂躙劇で準備運動や連携の確認が出来たとは到底思えないがな」

「確かにそうかもな。正直一方的過ぎてまともな戦闘にならなかったのは事実だ。それにクリスが加勢していたら余りの過剰戦力に小鬼ゴブリンたちが、一目散に逃げ散っていたかもしれない。遊撃として待機していたなら正しい判断だったと思う」



 何度か頷いて俺の言葉に同意を示したグレン。すると、それを横から見ていたカレンが不思議そうな顔を向けてくる。



「でも、最近は珍しいね。少し前なら、役割なんて大して気にせず、グレン君と先を争う様に敵中に飛び込んで行ったのに」

「カレンよ……貴様はこれまで俺の事を一体何だと思っていたんだ?」

「あ、勘違いしないでね! 私は別にクリス君の事を、腰を振るか獲物を追い回す事しか頭に無い発情期の犬みたいな人だ、なんて言いたいわけじゃ無いからね?」

「……」



 頬をかき困ったような苦笑いで、言い訳じみた発言をするカレン。……いや、思ってないなら、なぜ口にした? 怖い……。

 誰にでも優しいと評判な少女の裏の顔を垣間見て、しばらく言葉を無くすも、俺は気を取り直して何時もの調子で応える。



「……ふ、ふん。まあいい。それより、俺が何故傍観に徹していたかという話だったな? 話は至って単純よ。俺様が魔の脅威を討ち滅ぼす為には、その過程で露払いを務める手下にもそれなりの実力が求められるであろう? 手下である貴様らの成長の機会を俺様が奪ってしまうのは、あまりに無体ッ! よって、これから先は、貴様らにも活躍の場を与えてやる。先ずは迷宮主ダンジョンボスに辿り着くまでの道中、邂逅する雑魚を俺の手を煩わせずに処理して見せろ! 今後、お前達は俺様の力を当てにせず居ない者と扱い、各々の力だけで試練を乗り越えていくがいい」



 いつもの厨二病的言動ではあるが、内容それ自体がそれ程間違っているとは思わない。


 現時点でのグレンたちの位階は一〇を僅かに超える程度。対して、俺はここ三ヶ月中級地下迷宮ミドルダンジョンでレベル上げに務めた結果、昨日の時点で二三レベルに達していた。

 現段階では原作改変を抑制したい思惑もあり、大幅に彼らを強化するつもりは無い。ただ最終的にはグレン達の強化も必須であるし、位階レベル格差から初級地下迷宮ビギナーダンジョンでの戦闘が経験値的に無駄にしかならない自分が前に出るよりも、集団戦時には他のメンバーへ戦闘機会を譲る方が合理的であると思い至ったわけだ。



「……そう。なら戦闘中に弾丸が貴方を貫いても問題ないわね。だって居ないも同然なのだから」

「――力には相応の義務が伴う。大陸全土に史上最強の魔術師と名を馳せることになる俺様が弱者を盾代わりにし、自らは戦闘を忌避するのも道理に合わない。然らば、この先の有象無象は任せてもらおうか! 後に人類の導き手となり皇国に勝利と栄光を齎す、この俺クリス・ナイトレイにな!」



 同士討ちを示唆するセリシアの台詞に、俺は躊躇なく掌を返した。



 ――うん、我ながら煽っているのかサボりたいようにしか捉えられない言い方だな。こういう反応になるのも無理はない。仕方ないので不自然に思われない程度にさりげなく魔物を押し付ける方向にプランを変更しよう。


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