第12話 カレン・リリーホワイト



 なお、数年前から人知れず【方舟】を占有し、古代人が遺した莫大な遺産の解析と収集を進めていた魔帝アギアスは、古代人の魔導技術の再現に一部成功。更には方舟の内蔵システムを利用した位階レベル上げに取り組んで、現在の環境では絶対に届かないような超越者の如き力を手にしつつあった。


 そんな別次元の力を持ちながら、魔帝が直接対決で敗北する可能性があるのは、対魔人特攻の魔術を行使できる生き残りの古代人とその血を引く子孫、また現代人では唯一の例外事例のエディ・コールフィールドの如き特異点だけ。


 だからこそ、他の魔人には脅威であっても己にとっては警戒に値しない現役の精鋭魔術師を積極的に暗殺して回るより、古代人並みの魔力保有量と噂されたステラを始めとする皇国始まって以来の天才集団が、エディに続く特異点へと成長する可能性を考慮し、不確定要素と見做して早期に排除を推し進めたわけだ。


 その臆病なまでの警戒心の高さが原作では功を奏したと言える。魔帝との最終決戦はグレンの惨敗に終わったが、彼に比肩する戦力が他に複数人も参戦していれば、勝敗の結果は様変わりしていた可能性も。……まあ、下手に無傷で完封してしまったからこそ、利用するつもりで見逃した挙句、再起したグレンに理不尽なまでのご都合主義のノアを送り込まれて討たれたのだが。


 とはいえ、それも舞台袖を覗き見た立場だから言えるだけ。

 事前知識を根拠とする将来性込みでの評価も、自意識過剰と指摘されれば否定できる材料に乏しい。


 いずれにせよ、しばらくの間は物語の筋書きを利用しながらやっていくつもりなので、俺の言葉を本気に捉えられる方が困るのだが、泣きたくなるほど信じてくれそうな兆候すら無かった。……どうしてこうなった?


 複雑な感情を内心で抱えながら、何も言えずにセリシアを睨んでいると、同じテーブルを囲んでいた、もう一人の人物が話題を戻すように口を挟んだ。



「は、ははは……まあ、クリス君の話はさておいても、確かにグレン君も遅いよね。ホントに何かあったのかな……」



 鮮やかな亜麻色ベージュの髪と柔和で翡翠色の瞳が特徴的な少女。俺たちと同じ年なだけに年齢相応の幼さは隠し切れないが、その性格を物語るような物腰の柔らかさと生まれながらの儚げさが見事に調和しており、可憐な印象を一層強めている。


 幼年学校から支給された外套と女性用制服以外で目に見えるセリシアとの違いは、放出系統の魔術師が好んで着用する魔方陣が刻まれた黒い革手袋の存在感。テーブル横には、身の丈の半分を超える弦のない真っ白な西洋式の弓が立て掛けられているが、これは放出系統魔術の出力と照準、射程距離を補助する弓型の魔兵杖だ。弓の両端が鋭く尖っており、いざとなれば近接戦闘にも使用可能。


 ただし、カレン本人も武術をそれなりに修めているが、そちらは飽く迄も護身用程度でしかない。


 その真骨頂はグレンを超えてセリシアすらも二番手に追いやり、今月の頭にステラが入校するまでは、皇国の歴史上最高値だった魔力保有量を活かし、圧倒的な遠距離攻撃の物量で相手の接近すら許さずに押しつぶす超火力の戦闘スタイルこそが、彼女カレン・リリーホワイト最大の強みにして魅力だろう。



「ちょっと心配になって来たかも」

「……まあ、確かに遅いわね」



 憂いを帯びた表情で力なく呟いたカレンの言葉に、小さく頷いて同意したセリシア。そこに割り込むように椅子を蹴って立ち上がった俺は、仰々しく天井を仰いで言い放つ。



「やはり、そうか……グレンの奴は、既にもうこの世には……くッ、許せ、グレン……貴様の仇は必ず取る!」

「ねえ、なんで振り出しに戻ってるの? もう一度不毛なやり取りを続けるつもり?」

「……振り出しどころか、更に悪化してるし……」



 相変わらず空気の読めない俺の言動に、二人の冷たい視線が集中する。いい加減不謹慎なのだと、言外に責められているような感覚。


 グレンを含めた俺達が魔帝側の監視対象に入っているのは事実なのに……こ、これが時代の先頭を走る先駆者特有の孤独感ッ……!


 冷たい視線に若干たじろいで、心の中で重ねられる言い訳じみた言葉。もう三ヶ月以上も過去のクリスを模した演技をしているからか、内心の独白すら中二臭く仕方がない。……もう俺はダメかも知れないね。


 当然であるが、諧謔的な口調と言えども、こうした魔人勢力の脅威や襲撃を示唆する発言は、監視されているだけに相手の警戒感を不必要に買ってしまう恐れがある。


 ただ原作通りの展開に持っていく為、過去のクリスの模倣を貫くのであれば、そうした言動も避けては通れない。

 何を隠そう、原作の世界線においても、ある種の英雄願望を持っていた原作クリスは、皇国にとって最大仮想敵である魔帝国を殊更敵視しており、交戦状態にない幼年学校時代にも水面下で侵略準備を進めているという妄想を半分本気で信じていた節がある。


 ただし、逆説的には半分は信じていないという意味でもあった。

 脅威を大袈裟に話し騒ぎ立てていただけで、本当に自分達が魔帝側の監視対象で刺客まで送り込まれるとは、当の本人も露程も思っていなかった。心のどこかで国境地帯の前線に赴くまでは、魔人の脅威は遠くの彼方にあって、平穏がこれから先も当たり前に続いていくと思い込んでいた点では、他の人間とそう大きく変わらない。

 だが、原作の幼年学校襲撃によって、己の狂言が冷酷な現実となると、クリスの滑稽さが際立ち、作中最大の道化役ピエロとなってしまうのだ。


 そして、原作のクリスがその悲惨さなら、狂言が現実化すると知っていながら、それを阻止しようともせずに、ただ道化を真似ているだけの、今の俺は一体何なのだろうな……。


 自らの滑稽極まりない境遇に自嘲めいた笑いがこみ上げてくる。

 それを気味の悪そうな目で見つめる少女が二人。


 待合所の一角に混沌とした空間が形成されようとした時、背後で扉が開く音がする。咄嗟に振り返ってみれば、そこには待ち合わせを提案した張本人であるグレンが立っていた。



「――馬鹿な……生きていただと!?」

「ちょっと遅刻したぐらいで勝手に殺すな。どんな話の流れで、そうなったんだよ……」



 困惑気味のグレンに対し、セリシアが声をかける。



「気にしなくていいわよ。それより、遅かったわね。それに、貴方の妹が見当たらないけど、連れて来るのではなかったの?」

「いや、ステラも来たがっていたんだが、実は同級生との先約があったみたいでな。それでちょっとトラブルになりかけたから、そっちを優先するように言い含めておいた。入校して以来、地下迷宮ダンジョン攻略では俺たちばかりとつるんでいるが、同学年の友人も大切だからな。それでも遅くなってしまったのは悪かった」

「そっか、それは残念だね」



 グレンの語った内容に、カレンが僅かに顔を伏せる。カレンはステラと特に仲が良かった。



「そんなわけで、四人のチームになってしまったが、どうする? 他に誰か誘うか?」

「ふん、必要ない。下手に足手まといを増やしても仕方なかろう」

「……遺憾だけど、その言葉には私も同感ね。即席のチームでは、戦力となるよりも足枷にしかならないでしょう」



 俺とセリシア、そして、言葉にはしなかったが小さく無言で頷いたカレンを一瞥した上で、グレンはテーブルを囲んだ全員と改めて向き直る。



「了解。じゃあ、行くか――迷宮主ダンジョンボス討伐に」



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